辺境伯の5女ですが 加護が『液体』なので ばれる前に逃げます。

サラ

文字の大きさ
43 / 103

43. 勇者の涙

しおりを挟む
 アルファント殿下と私は一緒に、二人で最初から勇者の覚書を読んだ。
 所どころ、わからない箇所があって、二人で思い出すためにフランスの固有の言葉や土地の名前や風物詩などを語り合った。そして、私達二人には共通の認識があるのが話しているうちに良く判った。 

 勇者の覚書はそんなに分量はなくて端的に出来事と心情が書いてあった。一日では読み解けなくて学園を休んでアルファント殿下と私はずっと勇者の覚書を読んでいた。

 勇者、エドガー・サガンさんと佐々木小太郎さんは日本の同じ会社で働く同僚だった。エドガーさんは日本の大学に留学してそのまま日本の商社に就職した。小太郎さんはエドガーさんと同じ大学の級友で偶々同じ商社に入社した。
 二人は親友だった。

 二人してフランスに出張に行き、小太郎さんをエドガーさんが自分の実家に招待した時にそれは起こった。
 突然、光に包まれてこの世界に召喚されてしまったのだ。

 召喚された二人はこの世界に開いた異次元の穴を女神の化身である少女と共に塞いで回り、そして、どうしても塞ぎきれない大きな裂け目が開く出来事があって、その穴を塞ぐ栓の役割をするために決断をした。

 お互いに自分が犠牲になると譲らなかったのだが、結局、エドガーさんと小太郎さんは戦って、勝った小太郎さんが贄の役目を負った。勝ったほうの言う事を聞くという事で。

 小太郎さんを犠牲にして次元の穴は塞いだが、彼は異次元からの瘴気によって100年ごとに覚醒し狂気にとらわれて暴れてしまう。その時に彼の狂気を沈め瘴気を浄化して眠りにいざなう事が聖女の役割になる。

 しかし、真実を後世に伝える事で曲解される事を防ぐために『魔王と勇者』という話は創られた。それは小太郎さんの希望でもあった。
 小太郎さんは自分自身によってその次元の穴を塞いだが、女神の計らいによりその精神はこの世界で自由に生きる事ができる。

「100年ごとの覚醒なんてたいした事じゃない。普段は忘れているんだから。魔王と勇者というシンプルな形で残したほうがいい」 

 小太郎さんはおおらかに笑ったそうだ。
 後悔、懺悔
 でも、……希望はあった。
 女神の化身である少女は言った。

「時が来れば必ず彼は解放されるでしょう。この世界の魔力が満ちる時、転生者である聖女によって次元の穴は完全に塞ぐことができます。聖女の杖によって彼はその役割から解き放されます」

 次元の穴は氷で塞ぐことでジワジワと縮めていく事ができる。完全に穴が塞がった状態で魔法の糸で縫い留めてしまう。小太郎さんの固有魔法は『水魔法』だった。かれは自身を氷像とする事で次元の穴、裂け目を塞いでいるのだ。

「だから、水魔法なのか」
「聖女の杖を手に入れるアイテムが氷の彫刻なのは、『氷』が必要だから……。んぅ? 歴代の聖女は『水魔法』が使えたのですか?」
「歴代の聖女は『水魔法』の方もいましたし、『氷』の加護の方も『水の魔法』『冷却』『冷』『凍える』など変わった加護の方もいらっしゃいましたが、皆さま、氷を武器にする事が出来ました」

 側にいたノヴァ神官が直ぐに答えてくれた。

 そして、最後のページは勇者の涙で滲んであちこち見えなくなっていた。
 インクは滲んでいるし、文字は乱雑になって書きなぐっているようだし、端は2枚がくっ付いて破損しないように剥がすのが大変だった。
 勇者の涙が邪魔だった。

 わかった単語は予言、分岐点、転生者、選択、覚醒、魔女、星。それと乙女ゲーム? かもしれない単語。
 何かがあって、それが分岐点になって何事か起こる? らしい。
 乙女ゲーム? ちょっとそれが小太郎さん(魔王)の解放と、どうつながっているのか良く判らない。

 この覚書はフランス語で書かれているけど、多分エドガーさんの日記を兼ねていたのだと思う。そして、最後の予言は別にきちんとした文書で残っているのではないだろうか、とアルファント殿下が言った。
 ノヴァ神官が悩ましい顔をして、「調べてきます」と出ていった。勇者の私物関係はこの部屋にあるけれど、文書はまた別に保管してあるそうだ。

「乙女ゲームが何で、関係してくるんだ?」
「分岐点とか選択ってなっているのが怖いんですけど、どういう事なんでしょう」
「勇者の時代ってかなり昔ですよね。乙女ゲームのヒロインが小太郎さんを救ってハッピーエンド? いえ、ピンクさんは普通に学園生活を楽しんで攻略をしてハッピーエンドらしいし」
「いや、そもそもピンクは聖女じゃないだろう。聖女は……」
「私は違います」
「そうだな。違う。まだ。おや、なんの匂いだ?」

 アルファント殿下がふと顔を上げるとソファーに座ったお兄様がうどんを食べていた。何故にうどん!

「美味そうだな」
「あっ、美味しいですよ。リーナの新作なんです。天ぷらうどん。海老天ですよ」
「お兄様!」
「いや、だって二人して凄く深刻な様子で顔寄せ合って話しているから、ちょっと休憩しようかなって」
「それで、何でアークが休憩しているんだ」
「代わりに?」
「そのうどんはまだあるんだよな」
「ああ、ハイ此処に出しますね」

 お兄様が海老天うどんをテーブルの上に出した。

「ああ、懐かしいこのうどんのお出汁、出汁?! なんで再現できているんだ? どうやって?」
「ああ、それはリーナが」

 お兄様がしれっと言いかけるので睨んでやった。足を踏みたかったけどソファーの反対側にいたから。
 私の横にはアルファント殿下がいる。何だか距離が近い。
 慌てて距離を開けた。今更だけどこんなに近くで話をしてたなんて、そういえば綺麗な目にまつ毛の影がかかって……、いいえ、何を言っているのだか、もう、恥ずかしい。

 それより、真剣な顔をして、時々顔を緩めながらうどんを食べている殿下が、殿下に何といいわけしよう。
 うどんの出し汁なんてこの世界にあるわけないじゃない。

 もう、お兄様のばか!
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

その聖女は身分を捨てた

喜楽直人
ファンタジー
ある日突然、この世界各地に無数のダンジョンが出来たのは今から18年前のことだった。 その日から、この世界には魔物が溢れるようになり人々は武器を揃え戦うことを覚えた。しかし年を追うごとに魔獣の種類は増え続け武器を持っている程度では倒せなくなっていく。 そんな時、神からの掲示によりひとりの少女が探し出される。 魔獣を退ける結界を作り出せるその少女は、自国のみならず各国から請われ結界を貼り廻らせる旅にでる。 こうして少女の活躍により、世界に平和が取り戻された。 これは、平和を取り戻した後のお話である。

処理中です...