辺境伯の5女ですが 加護が『液体』なので ばれる前に逃げます。

サラ

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57. 追いかけてくる王子様と婚約破棄

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 香水を振りかけられて余計に頭が混乱した私は、ドレスの裾を掴んで会場から逃げ出した。
 走って、走って、此処からいなくなりたい。

「待って、捕まえて!」
「捕まえろ!」
「逃がすな!」

 意地悪な人達の声が聞こえてくる。

「信じられない、信じられない」

 あのまま、あそこにいたら圧力に負けて変な事を口走ってしまいそうな気がした。
 それに臭い、この香水臭い。この香水は思考力を奪っていく気がする。

 大きな水玉で自身を包むとホッとした。水玉がコロコロと転がりスムーズに会場の外に出る事が出来た。
 もう、なんだか混乱して涙がボロボロ出てきて。
 悔しい、けど何も言えなかった。

 気づくと私は水玉の中に浮かんでいた。フンワリと温かい水にくるまれてこのまま眠ってしまいたい。
 もう、何もかも嫌!

「リーナ、リーナ。大丈夫だからこっちを向いて」

 アルファント殿下の声がした。振り向くと殿下がすごい顔をしてこちらを見ていた。

「リーナ、大丈夫だから出ておいで」

 殿下の押し殺した声が怖い。
 もう、全部なかったことにして逃げちゃいたい。
 そう思ったら水玉が走り出した。コロコロ、コロコロ、コロコロ。

 そのまま、中庭を走り庭園のバラ園を通り抜け迷路の中に突入した。私は水玉の中に座っているだけ。
 水玉はコロコロ、コロコロ、コロコロ。

 プカプカ水玉の中に浮かんだまま後ろを見ると、アルファント殿下が必死で追いかけてくる。
 凄く真剣な顔をしている。可哀そうに汗をかいて走っている。
 水玉は止まらない。コロコロ、コロコロ。

 追いかけてくる王子様、ごめんなさい。私は捕まらないわ。
 水玉が止まった。迷路の行き止まり。どうしよう。壁を打ち壊してしまう?

「リーナ、頼む。出てきてくれ!」

 殿下の声が必死で、必死で、水玉が割れた。
 と思ったら私は殿下に抱きしめられていた。

「リーナ、リーナ、大丈夫だから」

 私は殿下に抱きしめられながら泣いていた。

「怖かった、怖かったの。あんなに皆が私を責めて。私は何もしてないのに」
「よし、よし。リーナは悪くない」

 そのまましばらくグズグズと泣き続け、ようやく落ち着いてみると目の前に殿下の胸が……、如何しよう、凄く恥ずかしい。
 そっと、殿下の服に付いた私の涙と諸々を小さな水玉で綺麗にして、こっそり、私の顔も水玉で綺麗にしていると、柔らかい光が私の顔を撫でてきた。
 殿下が光の魔法で私の顔を乾かしてくれたらしい。光の魔法だから肌がしっとりと潤っている。

 そっと殿下を見上げるとこちらを見て笑っていた。優しい笑顔。
 私も思わず笑い返して、……どうしよう。
 すごく恥ずかしい。

「リーナ、好きだ。愛している」
「……」

「まだ、混乱していると思うけど、ラクアートは高位貴族の子息が大勢いる場所で婚約破棄を宣言した。今頃はノヴァ神官の立ち合いで婚約破棄の書類にサインしているだろう」
「婚約破棄……」

「リーナは自由だ」
「自由」
「だから、その、私の手を取ってくれ」
「殿下の手……」

「私の事は嫌いか?」
「いいえ、好きです。でも、初恋は実らないって」
「初恋、なのか。嬉しいなぁ」
「でも、でも殿下は好きだけど」

「リーナがどうしても王妃が嫌なら私は王にならなくていい。聖女が嫌なら私が聖女になると聖女の杖に懇願しよう。返事は今すぐでなくていいから私と一緒になる事を考えてくれないか」
「殿下は好き、好きだけど」
「まだ、ゆっくりでいい。ただ、婚約破棄の書類にはサインが欲しい。ウオーター家からアプリコット家に横やりが入らないうちに」
「婚約破棄……」

「ノヴァ神官!」
「はい。ここに」

 そして、私は差し出された書類にサインをした。

 正直、頭がボーッとして何も考えられない状態だったけど言われるがままサインをして、そして、気が付くとタウンハウスに帰っていた。
 目の前にはホカホカと湯気が立つ肉マン、何故に肉マン? 美味しいけど。
 そして空のコップ。

「ごめん。リーナが出してくれるお茶のほうが美味しいから。温かい麦茶、出してくれる? ミルク入れて」

 お兄様の声に思わず笑ってしまった。
 二人分のミルク入り麦茶を入れて、ホッと一息ついた。肉マンも美味しい。

「ごめんなさい。お兄様。私、混乱していたわね」
「ああ、まさか、ああ出てくるとは思わなかった。もう、その大丈夫か?」
「ええ、あんな風に断罪されるのって見ると聞くとは大違い。大勢の悪意に晒されるのってとても、とても辛かった」
「ラクアートの奴、まさかあんな真似にでるとは思わなくて俺たちも驚いて思わず固まってしまった。リーナが駆け出して殿下が追いかけていったから、俺たちは急いでラクアートとピンク頭、それにピンク教の奴らを隔離したんだ」
「隔離。だから彼らが追いかけてこなかったのね」

「リーナは殿下にまかせて、もう、宣言した以上は急いで婚約破棄してしまおうとノヴァ神官がいつも持ち歩いていた破棄の書類にサインさせたんだ」
「いつも?」
「ああ、婚約破棄の言質さえ取れたらすぐに破棄させようと用意だけはしていたけど、まさかこんなに早く婚約破棄を宣言してくるとは思わなかった。ピンクの奴、ラクアートとは離して隔離したんだけど暴れてさ。リーナの心を折って加護を返してもらって、その後は大事にするつもりだった、って言ってたぞ」
「大事に!?」
「ちゃんと側妃にはしてあげるつもりだから、リーナと話せばわかるってさ」

 結局、ラクアート様とピンクさん、ピンク教の人たちは卒業パーティーの最中に無駄な騒ぎを起こしたという事で隔離をしたそうだ。

 その時に別室でノヴァ神官立ち合いの元で、婚約破棄の書類にはラクアート様のサインを貰い、直ぐに私のサインを取りに来たので正式に婚約破棄の手続きはできてしまった。
 何せ、ラクアート様は15歳で既に成人しているし、高位の神官が立ち会って二人の意志を確認したことになるのだから。

 婚約破棄、できて良かった。
 まさか、私が断罪されるとは思わなかったけど。

 でも、如何しよう。殿下に告白されてしまった。
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