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第4章
第169話 懐かしい味と黒猫
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後で起きてきた他の兄弟たちにも朝ごはんを出してほっと一息つこうと庭が見える窓際の椅子に座る。と、三つ子たちがわらわらと集まってきて一緒に遊ぼうとおねだりを始めた。
「ねこしゃん! おいかけっこしよ~!!」
「こっちだよ!!」
「ほら、ねこじゃらしだよ~~」
だから、ねこしゃんじゃないんだけど! と思うのだけど、可愛い子どもたちに怒ることはできず僕は困っていた。
「こら。お前たち、猫とばっかり遊んでないで宿題しなさい」
とリリーがピシっと叱りつけると、ヤンチャ軍団は大人しく彼に出された宿題をやり始めた。家庭教師を雇うお金がないから、リリーが教えてあげているのだって。すごい! でも、あれ? リリー今僕のこと猫って言ったような……。
いや、細かいことは気にしないでおこう。
リリーは彼らがきちんとお勉強をしているのを確認したあと、二人分の朝食入りバスケットを持って執務室に向かった。バスケットには、リリーの両親が忙しくて執務室から出て来れないと聞き、忙しくても手軽に食べられるものを詰めてみた。(サンドイッチのパンはベンス作で、僕は具を挟んだだけなのだけど)
さてと、僕は彼らが大人しくなっている隙に、掃除しなくちゃならない。
この見事な汚屋敷にいても立ってもいられず、掃除したいと願い出たら、
「それは助かるよ! どうせもうあることも忘れているようなガラクタばっかりだし、メガネの判断で捨ててくれて構わないから」
と言われたので、とにかく使わなさそうなものは処分させてもらうことにした。
食器を洗って、洗濯をして、ゴミ集めをし、いらないものをどんどん家から出して処分していく。ただそれだけなんだけど、壊れたものやもう長いこと使ってないもので埋め尽くされ、しかも、広いこのお屋敷は、僕の想像を遥かに超えた散らかりようで、どれだけやっても終わりが見えなかった。
一人でするのは早々に諦め、クライスやギアにも手伝ってもらい、なんとか大型のゴミを庭に運び出す。
「ベッドシーツを洗って干して、布団を干して、ゴミを袋に詰めて庭に集めるところまではできた。ちょっと……休憩しよ」
全員分の紅茶を淹れて、ふぅ~っと広めのソファに寝転んでいると、クライスがやってきて気前良く膝枕をしてくれた。
「手伝わせちゃってごめんね」
「気にするな。大掃除なんてする機会、今までなかったからな。意外と楽しい」
そりゃあ王子様が大掃除なんてなかなかすることはないよね。
「ふふっ、よかった、僕も楽しい。掃除ってやればやるほど成果が出るから好きなの」
「そうか。だがキルナ、頑張りすぎるなよ。傷が癒えたばかりな上に、長距離の移動で疲れているはずだからな」
公爵家から出てこんなに遠いとこまでやってきた。ここで、できるだけ自分の力で生きる練習をする。大変だけど、できることが少しでも増えていくのはうれしい。
「掃除もそうだが、食事を全員分用意するなんて大変だろう。毎回作るつもりか?」
「ん、ここにいる間は僕が作りたいと、リリーにお願いしてたの。いつもこの家のご飯は兄弟が交代で作っているそうなんだけど、みんな料理が苦手で困っていると聞いていたから。ベンスが作って送ってくれると言ってくれたのだけど、料理の練習をするチャンスだと思って」
「そうなのか」
「ただ材料はベンスが送ってくれたもので作る約束なの。材料集めもやってみたかったんだけど、安全かどうかわからないからそれは駄目なのだって」
ふああ、疲れて眠くなってきた。クライスの膝枕あったかくて気持ちがいい。そんで、いい匂いがする。すりすりと彼の膝に頬をすりつけてみる。彼の膝の上で猫みたいに丸まっていい気分。
(ご飯ちゃんと作れてよかった……)
材料はベンス頼みだし、パンやスープのだしの素は作ってもらったものを使っている。完全に自炊できているとは言い難いけど、自分で作って食べることはできている。よかった。これで少し、目標に近付いた。
自分で作るご飯は、どれも懐かしい味がした。僕の作る料理は全部前世のお母さんに習ったものだ。ガレット、オムレツ、厚焼きたまごのサンド、キッシュ、フレンチトースト、オムライス……。
『卵にはたくさん栄養があるからね!』と、卵料理はとくにたくさん教えてくれた。
いつも笑顔で、溌剌としていて、いっぱい愛情をくれたお母さん。
大好きだよ、ありがとう、幸せだったよって、最後に一言でも伝えたかったのだけど……、
僕は、何も言わずに死ぬことを選んだ。
「どうして、泣いている?」
「泣いてないよ」
泣いてなければいいのに。お母さんは僕から解放されて幸せになっていればいいのに。
「僕ね、卵料理が好きなの」
「そうか」
『卵にはたくさん栄養があるからね。食べるときっと元気になるわ。ね、七海』
「知っている?シフォンケーキにはさ、たくさん卵が入っているんだよ」
「そうなのか?」
「うん、とってもたくさんの卵を泡立てて作るの」
『七海、きっと病気は良くなるわ』
シフォンケーキは、お母さんの味がする。
だから好きなの。
「ねこしゃん! おいかけっこしよ~!!」
「こっちだよ!!」
「ほら、ねこじゃらしだよ~~」
だから、ねこしゃんじゃないんだけど! と思うのだけど、可愛い子どもたちに怒ることはできず僕は困っていた。
「こら。お前たち、猫とばっかり遊んでないで宿題しなさい」
とリリーがピシっと叱りつけると、ヤンチャ軍団は大人しく彼に出された宿題をやり始めた。家庭教師を雇うお金がないから、リリーが教えてあげているのだって。すごい! でも、あれ? リリー今僕のこと猫って言ったような……。
いや、細かいことは気にしないでおこう。
リリーは彼らがきちんとお勉強をしているのを確認したあと、二人分の朝食入りバスケットを持って執務室に向かった。バスケットには、リリーの両親が忙しくて執務室から出て来れないと聞き、忙しくても手軽に食べられるものを詰めてみた。(サンドイッチのパンはベンス作で、僕は具を挟んだだけなのだけど)
さてと、僕は彼らが大人しくなっている隙に、掃除しなくちゃならない。
この見事な汚屋敷にいても立ってもいられず、掃除したいと願い出たら、
「それは助かるよ! どうせもうあることも忘れているようなガラクタばっかりだし、メガネの判断で捨ててくれて構わないから」
と言われたので、とにかく使わなさそうなものは処分させてもらうことにした。
食器を洗って、洗濯をして、ゴミ集めをし、いらないものをどんどん家から出して処分していく。ただそれだけなんだけど、壊れたものやもう長いこと使ってないもので埋め尽くされ、しかも、広いこのお屋敷は、僕の想像を遥かに超えた散らかりようで、どれだけやっても終わりが見えなかった。
一人でするのは早々に諦め、クライスやギアにも手伝ってもらい、なんとか大型のゴミを庭に運び出す。
「ベッドシーツを洗って干して、布団を干して、ゴミを袋に詰めて庭に集めるところまではできた。ちょっと……休憩しよ」
全員分の紅茶を淹れて、ふぅ~っと広めのソファに寝転んでいると、クライスがやってきて気前良く膝枕をしてくれた。
「手伝わせちゃってごめんね」
「気にするな。大掃除なんてする機会、今までなかったからな。意外と楽しい」
そりゃあ王子様が大掃除なんてなかなかすることはないよね。
「ふふっ、よかった、僕も楽しい。掃除ってやればやるほど成果が出るから好きなの」
「そうか。だがキルナ、頑張りすぎるなよ。傷が癒えたばかりな上に、長距離の移動で疲れているはずだからな」
公爵家から出てこんなに遠いとこまでやってきた。ここで、できるだけ自分の力で生きる練習をする。大変だけど、できることが少しでも増えていくのはうれしい。
「掃除もそうだが、食事を全員分用意するなんて大変だろう。毎回作るつもりか?」
「ん、ここにいる間は僕が作りたいと、リリーにお願いしてたの。いつもこの家のご飯は兄弟が交代で作っているそうなんだけど、みんな料理が苦手で困っていると聞いていたから。ベンスが作って送ってくれると言ってくれたのだけど、料理の練習をするチャンスだと思って」
「そうなのか」
「ただ材料はベンスが送ってくれたもので作る約束なの。材料集めもやってみたかったんだけど、安全かどうかわからないからそれは駄目なのだって」
ふああ、疲れて眠くなってきた。クライスの膝枕あったかくて気持ちがいい。そんで、いい匂いがする。すりすりと彼の膝に頬をすりつけてみる。彼の膝の上で猫みたいに丸まっていい気分。
(ご飯ちゃんと作れてよかった……)
材料はベンス頼みだし、パンやスープのだしの素は作ってもらったものを使っている。完全に自炊できているとは言い難いけど、自分で作って食べることはできている。よかった。これで少し、目標に近付いた。
自分で作るご飯は、どれも懐かしい味がした。僕の作る料理は全部前世のお母さんに習ったものだ。ガレット、オムレツ、厚焼きたまごのサンド、キッシュ、フレンチトースト、オムライス……。
『卵にはたくさん栄養があるからね!』と、卵料理はとくにたくさん教えてくれた。
いつも笑顔で、溌剌としていて、いっぱい愛情をくれたお母さん。
大好きだよ、ありがとう、幸せだったよって、最後に一言でも伝えたかったのだけど……、
僕は、何も言わずに死ぬことを選んだ。
「どうして、泣いている?」
「泣いてないよ」
泣いてなければいいのに。お母さんは僕から解放されて幸せになっていればいいのに。
「僕ね、卵料理が好きなの」
「そうか」
『卵にはたくさん栄養があるからね。食べるときっと元気になるわ。ね、七海』
「知っている?シフォンケーキにはさ、たくさん卵が入っているんだよ」
「そうなのか?」
「うん、とってもたくさんの卵を泡立てて作るの」
『七海、きっと病気は良くなるわ』
シフォンケーキは、お母さんの味がする。
だから好きなの。
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