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出会いと別れ編
夜勤 4
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一瞬、自分がどこで何をしているのか考えた雛子だが、すぐに今が夜勤の休憩時間中であり、処置室で仮眠を取っていたのだと思い出した。
はっとして時計を見ると、時刻は深夜一時五十五分。深夜休憩の終了まであと五分だった。慌てて身支度を整え、雛子はステーションに戻る。
「休憩ありがとうございました。何かありましたか?」
ステーションで一台のパソコンに向かっていた二人が、雛子の声に顔を上げる。
「おかえりなさい雛子ちゃん。今のところ何もないわよ。ただ……」
そしてまた、二人同時にパソコンへ顔を下ろす。
「今ERに来てる人、入院になりそうなのよね。恭平起こしてきてくれる? あいつ休憩時間終わっても起きないから」
二人が休憩に入る場合、慣習的に先輩が休憩室、後輩が処置室のストレッチャーで休む事になっている。恭平はまだ休憩室にいるようだ。
「分かりました」
「お願いね」
一つ返事をして、雛子は休憩室に向かう。
ステーションから出ると、辺りはやはり闇に包まれていた。
「なんであんな夢見たんだろ……この前急変に遭遇しちゃったせいかな……」
せっかくの休憩だったのに、全く休んだ気がしなかった……。そんなことを思いながら、雛子は休憩室のドアをノックする。
「桜井さん、休憩終わりましたよ~」
入ってすぐ、容赦なく真っ暗な部屋の明かりを点ける。ソファでタオルケットを被っていた恭平が、閉じたままの瞳をぎゅっと顰めた。
「ほら、起きてくださーい」
雛子がタオルケットを思い切り引き剥がすと、恭平が目を閉じたままむくりと身体を起こす。
「……今から麻酔しますね……では、刺しマース……」
恭平が手にボールペンを握ったと気づいた時にはすでに遅し。
「いっ……たぁぁぁぁっ!!!」
雛子はストレッチャーから落ちた時の比ではない悲鳴を上げた。テーブルに着いていた手の甲に、ボールペンを思い切り突き立てられたのだ。幸いにして芯は仕舞われていたものの、痛い事に変わりはない。
「びっくりした……ひなっち何してんの……?」
雛子の悲鳴でようやく目が覚めたらしい恭平が、欠伸をしつつ呑気な声で訊ねる。
「休憩が終わったので起こしに来ました……それより人の夢に入ってくるのやめて貰えませんか……」
「え、何の話……?」
雛子は引っ込めた手を擦りながら、涙目で訴える。しかし恭平相手に何を言ったところで無駄だろう。
「いえ……何でもないです……。真理亜さんが、入院になりそうだから桜井さんの事起こしてきてって言ってました」
「まじか~。何の人?」
「骨折です。夜中にトイレに起きて、転んだみたいで」
「ふーん。ところで今日の整形の当直医って誰?」
心底嫌そうな顔の恭平が、再び欠伸ををする。
「たしか、小暮先生です」
カルテに書かれていた名前を思い出しつつ答えると、恭平が納得したような顔を浮かべた。
「あー、やっぱり」
「??」
何がやっぱりなのか、雛子には分からず疑問符を浮かべる。恭平はテーブルに置かれていたペットボトルから水を数口飲み、空になったそれをゴミ箱に放った。
「あの人"引く"んだよ」
「引く?」
「入院」
「はぁ」
その人がいると病棟が荒れる、人が亡くなる、はたまた緊急入院がひっきりなしに来る、そんなスタッフがいる事は、看護師の世界ではよく語られることだ。
偶然なのだろうが、そんな事を言われるスタッフも、その人と一緒にシフトに入る方も溜まったものでは無いだろうな、と雛子は他人事のように考えた。
願わくば自分はそちら側に入りたくない。
「とりあえず休憩後のラウンド行ってきて。あとで夜間の緊急対応教えるから」
「はい」
すっかり目の覚めたらしい恭平に返事を返し、雛子はラウンドへ向かう。先程の幽霊騒動でビクビクしながらも、何とか滞りなく受け持ち全部屋を回れた。
(丑三つ時かぁ~。あと七時間! 頑張るぞ~!)
それにしても、夜の病院とはやはり怖いものだ。雛子はふと子どもの頃の事を思い出す。
(昔入院した時は本当に夜中の病院が怖かったなぁ。子どもだったからだと思ってたけど、大人になっても怖い……)
雛子が入院したのは、この火野崎病院の本院だ。ここよりもずっと古く、トイレは部屋ではなく廊下に出なければ行けなかった事を覚えている。
(それがきっかけでここの病院の就職面接を受けたんだよね。まぁ、配属は本院じゃなくてこっちだったけど)
蓋を開けてみれば、病棟は違えど仲の良い同期もいて、恭平や真理亜に指導してもらえるこの日々が楽しいと感じている。
ここの病院で、病棟で良かった。
激務の8A病棟の噂に当初は怯えていたものの、今ではそんな風に思えていることに雛子は人知れず胸をなで下ろしていた。
そして夜は更け、あっという間に朝を迎え────。
はっとして時計を見ると、時刻は深夜一時五十五分。深夜休憩の終了まであと五分だった。慌てて身支度を整え、雛子はステーションに戻る。
「休憩ありがとうございました。何かありましたか?」
ステーションで一台のパソコンに向かっていた二人が、雛子の声に顔を上げる。
「おかえりなさい雛子ちゃん。今のところ何もないわよ。ただ……」
そしてまた、二人同時にパソコンへ顔を下ろす。
「今ERに来てる人、入院になりそうなのよね。恭平起こしてきてくれる? あいつ休憩時間終わっても起きないから」
二人が休憩に入る場合、慣習的に先輩が休憩室、後輩が処置室のストレッチャーで休む事になっている。恭平はまだ休憩室にいるようだ。
「分かりました」
「お願いね」
一つ返事をして、雛子は休憩室に向かう。
ステーションから出ると、辺りはやはり闇に包まれていた。
「なんであんな夢見たんだろ……この前急変に遭遇しちゃったせいかな……」
せっかくの休憩だったのに、全く休んだ気がしなかった……。そんなことを思いながら、雛子は休憩室のドアをノックする。
「桜井さん、休憩終わりましたよ~」
入ってすぐ、容赦なく真っ暗な部屋の明かりを点ける。ソファでタオルケットを被っていた恭平が、閉じたままの瞳をぎゅっと顰めた。
「ほら、起きてくださーい」
雛子がタオルケットを思い切り引き剥がすと、恭平が目を閉じたままむくりと身体を起こす。
「……今から麻酔しますね……では、刺しマース……」
恭平が手にボールペンを握ったと気づいた時にはすでに遅し。
「いっ……たぁぁぁぁっ!!!」
雛子はストレッチャーから落ちた時の比ではない悲鳴を上げた。テーブルに着いていた手の甲に、ボールペンを思い切り突き立てられたのだ。幸いにして芯は仕舞われていたものの、痛い事に変わりはない。
「びっくりした……ひなっち何してんの……?」
雛子の悲鳴でようやく目が覚めたらしい恭平が、欠伸をしつつ呑気な声で訊ねる。
「休憩が終わったので起こしに来ました……それより人の夢に入ってくるのやめて貰えませんか……」
「え、何の話……?」
雛子は引っ込めた手を擦りながら、涙目で訴える。しかし恭平相手に何を言ったところで無駄だろう。
「いえ……何でもないです……。真理亜さんが、入院になりそうだから桜井さんの事起こしてきてって言ってました」
「まじか~。何の人?」
「骨折です。夜中にトイレに起きて、転んだみたいで」
「ふーん。ところで今日の整形の当直医って誰?」
心底嫌そうな顔の恭平が、再び欠伸ををする。
「たしか、小暮先生です」
カルテに書かれていた名前を思い出しつつ答えると、恭平が納得したような顔を浮かべた。
「あー、やっぱり」
「??」
何がやっぱりなのか、雛子には分からず疑問符を浮かべる。恭平はテーブルに置かれていたペットボトルから水を数口飲み、空になったそれをゴミ箱に放った。
「あの人"引く"んだよ」
「引く?」
「入院」
「はぁ」
その人がいると病棟が荒れる、人が亡くなる、はたまた緊急入院がひっきりなしに来る、そんなスタッフがいる事は、看護師の世界ではよく語られることだ。
偶然なのだろうが、そんな事を言われるスタッフも、その人と一緒にシフトに入る方も溜まったものでは無いだろうな、と雛子は他人事のように考えた。
願わくば自分はそちら側に入りたくない。
「とりあえず休憩後のラウンド行ってきて。あとで夜間の緊急対応教えるから」
「はい」
すっかり目の覚めたらしい恭平に返事を返し、雛子はラウンドへ向かう。先程の幽霊騒動でビクビクしながらも、何とか滞りなく受け持ち全部屋を回れた。
(丑三つ時かぁ~。あと七時間! 頑張るぞ~!)
それにしても、夜の病院とはやはり怖いものだ。雛子はふと子どもの頃の事を思い出す。
(昔入院した時は本当に夜中の病院が怖かったなぁ。子どもだったからだと思ってたけど、大人になっても怖い……)
雛子が入院したのは、この火野崎病院の本院だ。ここよりもずっと古く、トイレは部屋ではなく廊下に出なければ行けなかった事を覚えている。
(それがきっかけでここの病院の就職面接を受けたんだよね。まぁ、配属は本院じゃなくてこっちだったけど)
蓋を開けてみれば、病棟は違えど仲の良い同期もいて、恭平や真理亜に指導してもらえるこの日々が楽しいと感じている。
ここの病院で、病棟で良かった。
激務の8A病棟の噂に当初は怯えていたものの、今ではそんな風に思えていることに雛子は人知れず胸をなで下ろしていた。
そして夜は更け、あっという間に朝を迎え────。
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