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白衣の天使編
熱 3
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雛子が買い出しに出かけて程なくした頃である。
「……あれ、入山君、市ヶ谷さん、起きてくださーい?」
次第に目の焦点が合わなくなってきたかと思うと、二人はこくりこくりと船を漕ぎ始める。鷹峯の呼び掛けにも反応がない。
「駄目だなこりゃ。あっちで寝かすか」
やがて完全に寝始めてしまった二人を恭平と鷹峯で運んでいくのを横目に、舞は缶チューハイで首元を冷やしていた。
何となく、頭がぼんやりする。
身体にも気怠さを感じるものの、スマホのカレンダーを睨み付けながら舞は首を捻る。まだ退院してから一週間しか経っていない。
「舞」
名前を呼ばれふとスマホから視線を上げると、至近距離から恭平に顔を覗き込まれていた。
「どうした?」
ドキリと胸が高鳴る。平素からあまり表情の読めない恭平に目を合わせられると、何故だか心の奥深くまで飲み込まれそうな恐怖感すら覚えてしまう。
それでも、その全てを見透かすかのような瞳が好きで、舞は目が離せなくなる。
「あ、えっと……」
頭が働かず何と返事をするか考えている間に、恭平の大きな手のひらが舞の頬や首筋を触れる。
「少し熱っぽいか……? いつもの発熱周期より随分早いな」
考え込む恭平に、舞の胸はより一層大きな音を立て始めた。
恭平が好きだ。
そう思い始めたのはいつ頃の事だろう。
舞はぼんやりする頭で考えた。
「では、篠原さんはあちらの部屋で休んでもらいましょうか」
「ああ、そうだな。いけるか?」
恭平が身体を支えて立たせてくれる。されるがままに舞は隣の部屋へと連れて行かれ、二つあるベッドのうち片方に寝かされる。
「たかみー、どう思う?」
着いてきていた鷹峯が、スマホのライトを片手に診察する。彼は確か、総合内科医だと言っていた。
「口内炎も扁桃の腫れも見られません。恐らく軽い熱中症でしょう」
日中屋外で行動すると、夜になって時間差で熱中症になる事があるのだと彼は説明した。
「水分をしっかり摂って、まだ早いですが今日はこのまま休んだ方が良いでしょう。明日には身体の違和感もなくなると思いますよ。お大事に」
「分かったわ……」
それだけ言うと、鷹峯は部屋をあとにした。いつもの発熱ではなくて良かったと、舞は人知れず息を吐く。
「大丈夫か?」
恭平が再び覗き込む。
いつもの病室とは違うベッド。私服姿の恭平。ホテルとも違うコンドミニアムの室内は、まるで同棲しているカップルのそれに思える。
「舞?」
何も答えない舞に、恭平は問いかける。
「……」
恭平が好きだ。
今日たまたま有給を貰えて、気紛れにやってきた海で恭平を見つけた時、その偶然に今までにないほど心が踊った。
その隣にいたのが病棟屈指の美人看護師である清瀬真理亜だと気付いて、自分でも驚くほど咄嗟に声をかけてしまった。
彼は舞と偶然出くわしても相変わらず驚いた顔ひとつせずに、『奇遇だな』と感想を述べただけだった。
「恭平……」
好きだと、はっきり伝えたかった。
舞は小さく呟き、俯いたまま彼のTシャツを握り締めた。
「あのね、恭平、私っ……」
その時─────。
控えめに、けれど急いだようなノックが三回聞こえる。ドアを開けたのは買い物から帰った雛子だった。
「おう、お疲れさん」
恭平の顔を見た雛子が、ほっと緊張を緩めるかのように笑って見せた。
そしてそれに応えるかのように、恭平が薄らと笑みを浮かべたのを舞は見逃さなかった。
(笑った……)
雛子はアイスとミネラルウォーターのボトル、そして木のスプーンをベッドのサイドテーブルに置いた。
「篠原さん、熱っぽいって……大丈夫ですか……?」
心配そうに声を掛ける雛子に対し、恭平が舞の代わりに答える。
「たかみーが言うには、軽い熱中症だって。今日しっかり休めば良くなるらしい」
それを聞いた雛子が、心底安心したかのように笑った。
(恭平の表情が読めないんじゃない……)
羨ましい。
そんな感情が、舞の心を黒く満たした。
(私には、あんな表情してくれないだけだわ……)
患者としていつも自分に優しくしてくれている恭平。その関係性を勘違いしているつもりはなかった。
それなのに。
「それなら良かったですね、篠原さん」
心からほっとしたという顔をして見せる雨宮雛子という人間が羨ましくて、憎たらしく思えた。
(何で恭平、こんな女にあんな顔するのかしら……)
どん臭くて、仕事も出来そうになくて、顔もスタイルも自分より劣っている。性格は良いのかもしれないが、それだってきっと幸せな家庭に育ってのほほんとしているだけだろう。
それなのに、同じ職場の人間と言うだけで、舞より随分後に現れた女が恭平の隣で親しげに笑っている。
「気に入らない……」
「えっ?」
舞がぽつりと呟いた言葉が聞き取れず、雛子が聞き返す。
「……何でもないわ」
舞はベッドの上でアイスのカップを開け、ひと口掬う。
「ありがとう、これ食べたらもう休むわ」
そう告げると、雛子はやっと安心したように微笑み、恭平と一緒に部屋を出ていった。
「……あれ、入山君、市ヶ谷さん、起きてくださーい?」
次第に目の焦点が合わなくなってきたかと思うと、二人はこくりこくりと船を漕ぎ始める。鷹峯の呼び掛けにも反応がない。
「駄目だなこりゃ。あっちで寝かすか」
やがて完全に寝始めてしまった二人を恭平と鷹峯で運んでいくのを横目に、舞は缶チューハイで首元を冷やしていた。
何となく、頭がぼんやりする。
身体にも気怠さを感じるものの、スマホのカレンダーを睨み付けながら舞は首を捻る。まだ退院してから一週間しか経っていない。
「舞」
名前を呼ばれふとスマホから視線を上げると、至近距離から恭平に顔を覗き込まれていた。
「どうした?」
ドキリと胸が高鳴る。平素からあまり表情の読めない恭平に目を合わせられると、何故だか心の奥深くまで飲み込まれそうな恐怖感すら覚えてしまう。
それでも、その全てを見透かすかのような瞳が好きで、舞は目が離せなくなる。
「あ、えっと……」
頭が働かず何と返事をするか考えている間に、恭平の大きな手のひらが舞の頬や首筋を触れる。
「少し熱っぽいか……? いつもの発熱周期より随分早いな」
考え込む恭平に、舞の胸はより一層大きな音を立て始めた。
恭平が好きだ。
そう思い始めたのはいつ頃の事だろう。
舞はぼんやりする頭で考えた。
「では、篠原さんはあちらの部屋で休んでもらいましょうか」
「ああ、そうだな。いけるか?」
恭平が身体を支えて立たせてくれる。されるがままに舞は隣の部屋へと連れて行かれ、二つあるベッドのうち片方に寝かされる。
「たかみー、どう思う?」
着いてきていた鷹峯が、スマホのライトを片手に診察する。彼は確か、総合内科医だと言っていた。
「口内炎も扁桃の腫れも見られません。恐らく軽い熱中症でしょう」
日中屋外で行動すると、夜になって時間差で熱中症になる事があるのだと彼は説明した。
「水分をしっかり摂って、まだ早いですが今日はこのまま休んだ方が良いでしょう。明日には身体の違和感もなくなると思いますよ。お大事に」
「分かったわ……」
それだけ言うと、鷹峯は部屋をあとにした。いつもの発熱ではなくて良かったと、舞は人知れず息を吐く。
「大丈夫か?」
恭平が再び覗き込む。
いつもの病室とは違うベッド。私服姿の恭平。ホテルとも違うコンドミニアムの室内は、まるで同棲しているカップルのそれに思える。
「舞?」
何も答えない舞に、恭平は問いかける。
「……」
恭平が好きだ。
今日たまたま有給を貰えて、気紛れにやってきた海で恭平を見つけた時、その偶然に今までにないほど心が踊った。
その隣にいたのが病棟屈指の美人看護師である清瀬真理亜だと気付いて、自分でも驚くほど咄嗟に声をかけてしまった。
彼は舞と偶然出くわしても相変わらず驚いた顔ひとつせずに、『奇遇だな』と感想を述べただけだった。
「恭平……」
好きだと、はっきり伝えたかった。
舞は小さく呟き、俯いたまま彼のTシャツを握り締めた。
「あのね、恭平、私っ……」
その時─────。
控えめに、けれど急いだようなノックが三回聞こえる。ドアを開けたのは買い物から帰った雛子だった。
「おう、お疲れさん」
恭平の顔を見た雛子が、ほっと緊張を緩めるかのように笑って見せた。
そしてそれに応えるかのように、恭平が薄らと笑みを浮かべたのを舞は見逃さなかった。
(笑った……)
雛子はアイスとミネラルウォーターのボトル、そして木のスプーンをベッドのサイドテーブルに置いた。
「篠原さん、熱っぽいって……大丈夫ですか……?」
心配そうに声を掛ける雛子に対し、恭平が舞の代わりに答える。
「たかみーが言うには、軽い熱中症だって。今日しっかり休めば良くなるらしい」
それを聞いた雛子が、心底安心したかのように笑った。
(恭平の表情が読めないんじゃない……)
羨ましい。
そんな感情が、舞の心を黒く満たした。
(私には、あんな表情してくれないだけだわ……)
患者としていつも自分に優しくしてくれている恭平。その関係性を勘違いしているつもりはなかった。
それなのに。
「それなら良かったですね、篠原さん」
心からほっとしたという顔をして見せる雨宮雛子という人間が羨ましくて、憎たらしく思えた。
(何で恭平、こんな女にあんな顔するのかしら……)
どん臭くて、仕事も出来そうになくて、顔もスタイルも自分より劣っている。性格は良いのかもしれないが、それだってきっと幸せな家庭に育ってのほほんとしているだけだろう。
それなのに、同じ職場の人間と言うだけで、舞より随分後に現れた女が恭平の隣で親しげに笑っている。
「気に入らない……」
「えっ?」
舞がぽつりと呟いた言葉が聞き取れず、雛子が聞き返す。
「……何でもないわ」
舞はベッドの上でアイスのカップを開け、ひと口掬う。
「ありがとう、これ食べたらもう休むわ」
そう告げると、雛子はやっと安心したように微笑み、恭平と一緒に部屋を出ていった。
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