そうだ、魔剣士になろう

塔ノ沢渓一

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山頂

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 リカの前でああいった手前、引けなくはなっていたが、自信があったわけではなかった。しかし、そんなに身構える必要などなかった。走り回っているだけで十分に敵を引き付けられるし、それだけで攻撃される余地などありはしない。
 細かく方向を変えていれば、敵は俺の姿を目で追う事すらできていない。

 地形的にへこんだところを移動するときだけ、後ろにいるリカ――つまり俺の体の頭より高いところに腕一本でも出しておけば、一体も後ろにはいかない。
 さらに敵が集まってくると、敵同士がぶつかり始めるので、さらに敵を引き回すのが楽になる。翼があるから、羽ばたけなければ地面に落ちていくのだ。

 俺は後ろの奴らを難なく山頂まで誘導した。山頂まで来ると、ドラゴンの咆哮が響き渡り、ハーピーやグリフィンたちはどこかへと飛んで行ってしまった。

「やるじゃないの、リカ」
「やっぱり、やればできるんだよ」
 アイリとワカナからお褒めの言葉をいただいた。
「楽勝」
 俺は素直に褒められたことが素直にうれしい。
「ユウサクの言う通りにやったら出来たわね」
「別に、あんなの大したことないぜ」
 クレアにそんなことを言われて、リカはぶっきらぼうに負け惜しみをつぶやいた。
「ちゃんと褒めてあげなきゃだめだよ。リカだって頑張ったんだから。昨日も何か変なアイテムを買いたいとか言って色々と考えてたんだよ」
「私って凄い」
「本当に凄かったぜ。いつもと動きが違ったもんなー」

 山頂ではスモールドラゴンが俺たちを出迎えた。最初、吐き出された炎に巻き込まれてリカが怯んだ。それでもクレアがいつも通りターゲットを取って、普通に倒しきった。
 クレアはワカナのフルヒーリングでも回復しきれないほどダメージを貰っていたが、ワカナの回復量も上がっているので大したことない。

 短時間で回復するには、下級回復魔法の威力が重要になる。それは信仰に全振りしているワカナにはいらない心配だった。
 それに俺たちのパーティーは、アイリやリカの回復魔法も残しているのだ。
 忍者の俺はブレスの心配がない背後からの攻撃で、魔剣士なみのダメージをたたき出した。攻撃回数自体は少ないが、そんなことまで出来るようになると、なんでもできるという全能感がある。

 移動していれば敵から逃げる必要も、敵の攻撃をかわす必要もない。敵の死角から攻撃を入れればいいだけなのだ。
 ここで敵を集めるのは危険すぎるので、俺は敵を早く倒す方に専念することにしている。
 岩の上を飛び回っていると、フィールドもよく見渡せるし、視界も広くて安心して戦えた。

 リカはいきなり敵が出てきた事に驚いたようだが、それ以降はそつなく戦えている。ダメージを回復する手段も、敵から逃げる手段もないのに、ダメージを受けながら前に出るというのは不思議な感慨を抱いたことだろう。
 ワカナの回復を信頼していなければできない事である。

 しかし体を入れ替えるというのは、あまりいいものではないようだ。戦い終わって冷や汗をぬぐっているリカの姿の方が、その隣で汗を流す美少女のクレアよりも魅力的に見えた気がしたのだ。
 これはかなり女の体の方に魂が引きずられているのではないだろうか。

 その後はレッサードラゴンも出てきたが、そちらも特に問題なく倒すことができた。そっちの方は体ばかり大きくて、唯一後衛にまで届く尻尾での薙ぎ払いが危ないだけの相手だった。
 ここの敵はどれも倒すのに時間がかかるため、経験値はそれほどよろしくない。
 しかし期待しているのはアイテムの方なので、気にしていなかった。

 すでにミスリルの原石に混じってオリハルコンの原石などもドロップしている。そして割と落ちるドラゴンの鱗もかなりレアな素材だと思われた。ゴールドの額も平均で5000を超えている。
 二十体も倒したら昼飯時になった。
 俺は日当たりの良さそうな場所にみんなを誘導して、自分はさらに高くなっている大岩の上に腰を下ろした。

 景色も良くて、昼飯を食べるには最高の場所だった。地べたで飯を食べてる奴らのことが気の毒に思える。
 さっそく俺はのり弁当を出して食べ始めた。これは別に節約しているわけではなく、色々食べた結果、これが一番おいしいから食べているのである。

 しかし体のサイズが半分になったから、メシのサイズも半分になるので楽しみも半分だ。
 早々に食べ終えた俺は、見張りも放り出して大岩の上で横になった。そしたら下から会話が聞こえてくる。会話が聞こえてくると、リカがボロを出さないか心配になるので出来れば聞きたくない。

「ワカナ、そこは風が当たるから、もうちょっとこっちに寄ったほうがいいぜ」
「え、うっ、うん」
「クレアもこっちの岩の方が平らで座りやすいぜ」
「と、隣に座れって言うの。変なこと考えてないでしょうね」
「なにも変なことは考えてないぜ」
 また、おかしな「ぜ」を使っている。それだけで男言葉になると思っているなら、実に能天気な頭である。
「クレアばっかりずるいわ」
「じゃあ、アイリも隣に来ればいい」
「じゃあ、アタシは膝の上だなー」
「いいぜ」

 下は女同士で仲良くやってるらしい。俺は一人になれて、すがすがしいことこの上ない。コートの毛皮も温かいし、下にはいてるタイツも驚くほど温かい。
 あんなにごちゃごちゃ言われたらリカも迷惑極まりないだろう。山頂だから、この世界を一望できる景色がすぐ近くで見られるというのに、地べたの上に座っている奴らにはそれもわからない。

 あまりの気持ちよさに、俺はいつのまにか寝てしまった。
 しばらくして、リカ、リカと呼ぶ声がして、ああ俺の事かと我に返って目が覚めた。

「いつまで寝てるんだ」
 リカが偉そうにそんなことを言う。ずいぶんと俺の姿が様になってきた。俺は石の上から飛び降りて、みんなの前に立った。
「ちょっと寝てた」
「どうして今日は髪の毛を縛ってないの。邪魔じゃないのかな」
「すごく邪魔。でも今日はこれでいい」
「その方が女の子らしくていいわよ」
 長い髪の毛を振り回している俺を評してクレアが言った。できればこんな髪の毛は切ってしまいたい。
「コシロ、私はショートカットが似合うと思わない」
「そんなことしたら殺すぜ」
「今日のユウサク君は、ちょっとリカに対して厳しくないかな」
「そんなことないぜ」

 あまりの物言いをしたリカはワカナに突っ込まれている。しかしショートカットにはしてほしくないようだ。
 走り回ってる間は気にならないが、止まってるときに長い髪の毛は邪魔くさいことこの上ない。

「アイリは、ここにテレポートできるようになったの」
「ええ、山頂にもテレポートできたわよ。さっき試してみたの」
「そう」

 これでもう体を入れ替えておく理由はなくなってしまった。もう体を入れ替えたことをバラしてしまってもいいのだが、ワカナに変ないたずらをしてしまったために言い出せない。

「クレア、あっち」
「わかったわ」

 こんな指示を出すのにも言葉遣いに気を遣うから、いい加減ばらしてしまいたい。
 山脈というだけあって、山頂は長く続いている。風が強いから、雪もそれほど降り積もっていない。
 今のところボスの姿は見えなかった。ゆっくりと探して回ればいいだろう。
 いきなりレッサードラゴンが二体も現れてしまったので、俺が一体を引き離して連れまわす。

 背面攻撃でなんとか倒せないかと試みたが、俺をターゲットにしているので、後ろに回るスキルがない忍者には難しい。それでもすれ違いざまに飛び上がって何度か攻撃を入れている。
 しかしドラゴンにとっては微々たるダメージだ。だから無理に攻撃することもやめてしまった。
 日も傾きかける頃になって、やっとボスが現れる。

 名前だけは有名なレッドドラゴンである。
 最初から燃え上がっているので、そのダメージを利用してデストラクションを撃ち込めばいいだけの相手だ。
 リカがなかなか攻撃しないので、俺が攻撃を入れようと近づいたら驚くほどの燃焼ダメージが入った。魔法抵抗も低いから、やるべきではなかったようだ。

 ワカナに回復魔法を使わせるわけにもいかないから、かなりの貴重品であるLv5のヒーリングポーションを使って回復した。
 リカがやや遠慮がちにデストラクションを使い始めると、例のドラゴンブレスのモーションがでて、ワカナがリザレクションを詠唱する。
 この連携は何度もやってるので、心配するようなことはない。

 ドラゴンブレスはモーレットを一瞬だけ戦闘不能にしたが、それだけだった。
 その間にアイリのデスペルも入り、リカのデストラクションによってドラゴンは素早く倒されて地面に倒れた。
 この感じだとデスペルがなくとも倒せそうな感じであった。

 ついつい戦いに見入ってしまっていたが、本当なら周りを警戒しなければいけなかったと気付いたのは戦いの終わった後だった。
 ドロップはレッドドラゴンプレートメイルのセットが一つ、レッドドラゴンブラッドソードが一本、魔法書ホーリーブレスが一冊、アスクレピオスの杖が一本、レッドドラゴンスケイル十四枚、それに800万ゴールドである。
 ユニークボスを倒したとの表示が流れたが、王都に来たドラゴンに比べるとやはり見劣りする。このドラゴンが最強のドラゴンではないのだろうか。

 それでも聖職者の最強魔法が手に入ったのは大きい。ホーリーブレスはMPを回復させる魔法である。これは俺たちのパーティーなら魔導士、魔剣士、聖職者が恩恵を受けられる。
 魔法戦士や格闘家の方が受ける恩恵は大きいが、それでも大きな戦力になるのは間違いない。
 杖はMPの自然回復+20の他に、回復魔法の回復量+10%という効果までついていた。

「これとこれはワカナで、これはクレアだな」
「この魔法、覚えてもいいの」
 リカがこちらに視線を向けたので、俺は小さく頷いた。
「もちろんだ」
「じゃあ、ちょっと着替えてくるわね」
「リカ、一応クレアについて行ってあげて」
 アイリに見張りを命じられて一瞬だけドキリとしたが、岩陰に行ったクレアはステータスウインドウから着替えたので何も見ずに済んだ。
 赤いプレートメイルはかなり派手な装飾が付いていた。
「今まで使ってた装備はどうしましょうか。まだ使えるのよね」
「とっておけばいい」
「でもレアアイテムよ。ギルドハウスに置いておいて大丈夫かしらね」
「たぶん平気」

 ペットやコンパニオンがあれだけいれば、ギルドハウスの警備は心配ないだろう。
 山頂に来られたことで、最大の懸案事項であったクレアの装備を回収することが出来て俺は満足だった。これで心配事もないから、あとはレアアイテムを求めてドラゴンを狩りまくればいい。
 レッドドラゴンプレートメイルはセットで防御力240に、リフレクションというダメージを5%反射する効果が付いている。

「盾も武闘大会でもらった奴にした方がいい」
「そうよね。色が嫌だったんだけどしょうがないわね」

 クレアはしぶしぶ武闘大会でもらった盾を取り出した。これまで使っていた盾もボロボロだったから仕方がない。
 みんなの元に戻るとリカがさっそくレッドドラゴンブラッドソードを装備していた。
 鑑定すると、攻撃力220にダメージの10%をHPとして吸収する効果が付いていた。

「まーた、アタシの装備は出なかったのかよー」
「これが出た」
 そう言ってレッドドラゴンの鱗をリカがモーレットに渡した。
「好きなもん作ってもいいのかよ」

 モーレットにそう言われて、リカが勝手に頷いている。できれば武器のようなものではなく、装備を作ってほしいのだが大丈夫だろうか。

「防具を作るように言え」
 俺はリカの耳を引っ張ってささやいた。
「出来れば防具を作ってほしいぜ」
「わかってるよ。あの攻撃が強くなる鎧を作ればいいんだろ」

 余計な心配だったようだ。今日はもうお開きにして帰っていいだろう。
 リカにしきらせて、俺たちはギルドハウスに帰った。
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