そうだ、魔剣士になろう

塔ノ沢渓一

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元通り

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「やばいかも。ワカナのことを好きになりそう」
「お前もか」
「コシロもワカナを好きになったの」
「そうじゃない。体に引っ張られて、考え方が変わるって話だ。俺も女への興味が薄れたよ」
 お互いの行動を見張るために一緒に寝る約束をしていた俺たちは、同じベッドの上で横になっていた。今は食事と入浴を終えた後のことである。
「さっき風呂に入った時も、まったく嬉しくなかったしな」
「そう、それは良かった。でもちょっとムカつく」
「ま、今だけの気の迷いみたいなもんだから気にするなよ」
「そうね」

 ゲーム攻略のために変なことになっている。無事に元通りになった後にも変な障害が出ないか心配になってくる。たぶん体から出ているホルモンに影響されているのだろう。
 起きていてもろくなことがなさそうだから、今日は早めに寝てしまうことにした。
 夜中にのどが渇いて目が覚めたから、飲み物を探しに行ったら風呂上がりのクレアに遭遇した。

 俺を見て一瞬だけギクリとした様子だったが、すぐに警戒を解いた。クレアはバスタオルを薄い下着姿の上に巻いただけの姿で、そのバスタオルを俺の前で巻きなおした。その大胆なしぐさに、さすがにドキリとさせられる。
 水のノミの竹を二人で並んで飲むことになった。

「今日は凄かったわね」
 新しい装備が手に入ったからか、クレアの機嫌は良かった。
「そうね」

 こんなふうに女言葉を話しているから、気持ちまで女になるのではないだろうか。正直、女言葉を話すたびにプライドがズタズタにされているような気持になる。
 そんな風に傷心していたらワカナがやってきた。

「今日も部屋に来ないよね」
「そう」
「そう、じゃないでしょ。最近のリカ、すごく変だよ」
「そんなことない」
「それにユウサク君の部屋に行ってるでしょ」
「いろいろ話すことがあるのよね。リカは買い物も任されているから」
「そういうこと」
「まさか一緒に寝てないわよね」
 クレアがぶーっと水を噴き出して、それが俺に掛かった。せっかく風呂に入ったというのに、なんてことをしてくれるのだ。
「そんなわけない」

「もしヌケサクに変なことを強要されているなら、私がやっつけてやるわよ」
 一体どんな発想をしているのか、クレアはそう言って腕まくりのしぐさをする。
「必要ない」
 俺はさっさと逃げ出そうと部屋に戻ろうとした。
「そっちはユウサク君の部屋だよ」
「そ、そうだったっけ」
「ねえ、ちょっと私の誕生日言ってみてよ」
「急に何を言い出すの」
 どれだけ鋭いカンをしているのか知らないが、ワカナはなにか核心に迫るようなことに気が付いたらしい。
「私の誕生日を言えるのか言えないのかだけ答えて」

「ちょっと、今は、お、思い出せないかな」
「貴女はいったい誰なの!? どうやってリカに成りすましているの!」
「まさかドッペルゲンガーとか……?」
 クレアが一歩、俺から後ずさって離れた。
「違う違う」
「リカを返しなさいよ!」

 これは終わったなと、クレアのチェインリーシュによって地面に繋ぎ止められながら思った。よくもまあワカナも、普段から必要最低限のアクションしかしないリカを見抜けるものだ。
 その洞察の鋭さにはさすがの俺も舌を巻いた。

「その通り、私はドッペルゲンガーである」
 冗談でそう言ったら、ワカナの表情が本気で怒ったものになった。これはもう言うしかないだろうと思っていたらリカの声が響いた。
「ワカナ、そいつはコシロ。私がリカ」
 騒ぎを聞きつけてリカがやってきたらしい。
「そういうことだ。バレちまったら仕方ねえ。おいクレア、いつまで俺を縛りつけとくんだよ」
「えっ、えっ、えっ?」
 さっきまで怒っていたワカナは急にうろたえて、俺とリカを交互に見る。
「ど、どういうことよ」
 クレアもワカナと同じ反応だった。
「一体なんの騒ぎかしら」

 そこにアイリまでやってきたので、すべてを話すしかなくなった。
 仕方なく俺は、アバターを交換したことを素直に話した。話していくうちにアイリとワカナの表情は、驚きのそれから怒りのそれに変わった。
 それはそうだ。バレるわけないと思って好き放題していたのだ。

「リカ、私の誕生日は言えるの」
「十二月二十五日」
「朝食の時に、抱きつきながら私のおっぱいを触ったのはどっち」
「それはコシロ」
「私を押し倒して、胸に顔をうずめたのはどっちかしら」
「それもコシロ」
「いや、それはお前らに原因があるよ。あんな風にされたら俺だってムラムラするだろ。不可抗力ってもんだろ。それに、そんなに下心はなかったと保証するよ」
「どうりで今日は、あのユウサクが優しいはずだわ」

 クレアは少し残念そうにつぶやいた。
 この後で俺はしこたま怒られたが、嘘をつかなくてもよくなったことで心は軽くなった。それでもう俺はいつもの生活に戻ることが出来るようになった。

「ユウサク君を一人にしていいのかな。リカの体に何されるかわからないよ」
「それはもういい。私も自分の部屋で眠りたい」

 ホルモンの影響なのか俺はどんどん女に興味がなくなっているし、それはリカもわかっているのだろう。もう見張っておく必要もないと思っているようだ。

「そんじゃ俺は自分の部屋で寝るから、お前らももう寝ろよ」
「変態クズ男」
「アイリはいつまで怒ってんだよ。それに今は女だぜ」

 俺は部屋に戻って寝た。次の日はクレアに朝も早くから起こされる。
 リビングに出ると、リカがみんなのおもちゃにされているところだった。

「愛してるよ」
 キャーーーと黄色い悲鳴が周りから上がる。うるさいし、俺の名誉が汚されているような気がする。
「感心しないな。やめろよ、俺はそんなこと言わないだろ」
「別にいいじゃない。ただの遊びだわ」
「あっ、ど、どうも、私はアイリです。とか、お前が言わされてたらどんな気持ちだよ」
「べ、別におかしなことなんてないじゃないの。何が言いたいのよ」
「おかしなことしかねえよ。そんなに殊勝な性格してないだろ」
「私の体でそんな喋り方しないでほしい」
「うるせえよ! 今はこれしか体がないんだから仕方ないだろ」
「なんだか可愛い見た目だと、口が悪くても許せるわね」
 クレアはなんだか楽しそうだ。
「ホントに、これがユウサクかよー。信じられねーよ」
 モーレットはただただ面白がっている。
「それはドラゴンの鱗で作った奴か」
「そーだよ。全部で55もダメージが上がるんだ」

 モーレットが着ている鎧には、レッドドラゴンスケイルメイルと表示されている。それだけでなく、靴も手袋も同じ素材で作ったものが装備されていた。
 きっと出た鱗は全部使ってしまったのだろう。
 予備も残しておきたかったのに、ちゃんと言っておけばよかった。レッドドラゴンスケイルグローブとレッドドラゴンスケイルブーツと表示されたものにも、ダメージ上昇効果が付いていた。

「かなり装備も揃ったよな」
 みんなを見渡してみても、特に必要な装備はないように思える。
「アタシはもっと強い銃が欲しーな。オリハルコンの原石がもうちょっとあったら、すごいアイテムが作れるんだ」
「クレアとユウサク君は、今使ってるのよりいい装備はもうなさそうだよね」
「そろそろ魔王も倒せるんじゃないかしらね。いつごろ倒しに行くのかしら」
 確かに、そろそろ魔王との戦いについても考えなければならない時期だ。
「魔王に挑むなら、アイリとワカナのドレスは最高レアに近いものが欲しいよな。その辺りの素材はどこでドロップするか知ってるか」
「ドレスを作るなら、アラクネーのシルク生地と、あとは精霊関係のアイテムが必要だよ」
「じゃあ、その辺りの情報も集めるか。しばらくは蒼天の山脈辺りでいいだろうけどさ、その後は素材集めとアイテム集めだな」
「そんなものなくたって、もう勝てるかもしれないわよ」
「アイリって、意外と雑な性格してるわよね」
「そんなことないわ」
「ゲームに興味がないだけだよな」

 レッドドラゴンを倒したことで、俺たちはすでにランク50になっている。だから山頂にいるドラゴンを倒してもそれほど経験値が入らなくなっていた。それでも図書館に通い、情報集めをしながら山頂に通い続けた。
 そしてランク51になることになって、山頂ではもう駄目だという事になった。

 次の狩場の候補は見つかっていない。難易度的にも、経験値の入りが良さそうなところがない。あとは魔王の洞窟という、どう考えても最後に向かうべき場所だけである。
 そもそも魔王が洞窟暮らしを強いられているというのが不憫に思える。せめて城でもと思うが、それだと大人数に囲まれて魔法でも使われたらひとたまりもないという配慮なのだろう。

 召喚組の平均的なランクは30前後である。
 大体どんなゲームでもラスボスを倒すのはレベルにして60辺りという気がする。だからというわけでもないが、俺たちはそろそろラスボスに挑んでもいい時期なのではないだろうか。
 なにせ魔王を倒せば願いが一つかなうのだ。早い者勝ちである。

 アンや姫様に頼んで、城にある装備を使わせてもらうという手もあるかもしれない。
 そろそろ自分の体も返ってくるので、姫様あたりに頼みに行けば、こころよく貸してくれそうな気がする。俺だけ何度か食事に呼ばれて、それなりに親しくなっているのだ。
 ただ、アンは俺と姫様をくっ付けようとしている節があるので、軽はずみに借りを作るのは考え物である。

 その日一日の狩りを終えて、スキルの関係で俺の仕事になった市場に出ている売りのチェックを済ませた頃には、夕食の時間になっていた。
 疲れた体で食事を済ませて眠りについた。そしたら、次の日になって、俺はリカの部屋で目が覚めた。ようやく自分の体が戻ってきたようである。

 立ち上がったら視界の高さに一瞬だけ恐怖を覚えた。やけに地面が遠くに感じられる。そして起きだして向かったリビングもやけに遠くに感じられた。
 歩いているのに全く前に進まないような気がする。ふらふらしながら、なんとかリビングにたどり着いた。。

「その席に座ったってことは、ユウサクに戻ったのよね」
 朝から元気なクレアが、いつもの席に座った俺を見て言った。
「まあな」
「残念だわ」
 そう言ったアイリは、寝起きで調子が悪そうだ。
「そろそろ一回くらい、魔王の様子を見に行ってくるか」
「それがいいわ。なんなら、これから倒しに行きましょうよ」
 いつもながらアイリは適当に終わらせたいようなことを言う。
「いくらなんでも気が早すぎるわ。もっとちゃんと準備を済ませるべきよ」
「装備は作らねーのかよ」
「装備は欲しいけど、素材を集めるのがだるいんだよな」

「挑んでみて、駄目そうなら装備を揃えればいいわ」
「挑んで負けたら装備を失うじゃない。アイリはいいかげんすぎるわ。ユニークボスから出たアイテムは、失ったら二度と手に入らないのよね」
「まあ、そうだろうな」

 確かに装備を失ってしまったら、かなり面倒なことになる。とは言え、願いが叶うのは一つのパーティーだけだろう。だから、のんびりしていていいわけじゃない。
 周りのランクが低いから、まだそんなに焦る必要はないが、場合によっては、なにか対策を立てる必要が出てくるかもしれないのだ。
 とにかく一度様子を見てみない事には、何も決められないんではないかと思う。
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