妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲

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第1章 人生の転換期

第2話 静かな決意

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 ビジネスホテルの薄いカーテン越しに、朝の光が差し込んでいた。狭い部屋の天井を見つめながら、聖士はゆっくりと呼吸を整えた。昨日、銀行で確認した数字は夢でも錯覚でもなかった。通帳の桁数が脳裏に焼き付き、瞼を閉じるたびに浮かび上がる。

 枕元のスマートフォンには、数件の未読通知。彩花からのものも混じっていたが、タップはしなかった。今の自分に必要なのは、感情ではなく整理だと思った。

 小さなテーブルに腰を下ろし、ノートを開く。昨日書いた決意の言葉の下へ、新たな行を作る。

 ――まずは、住む場所を確保する。
 ――次に、仕事や生活の契約を整理する。
 ――感情の整理は、そのあとでいい。

 ペン先が紙の上を滑るたび、心の中のざわつきが少しずつ静まっていく気がした。

「焦るな。順番にやればいい」

 声に出してみると、その響きが少しだけ自分を支えてくれた。

 ホテルを出て、朝の街を歩く。冬の空気は冷たいが、昨日まで感じていた重さはなかった。コンビニでコーヒーを買い、ベンチに腰掛ける。紙コップから立ち上る湯気を見つめながら、携帯を取り出した。

 弁護士事務所の番号を検索し、指先を静かに画面へ落とす。

「……離婚相談をお願いしたいのですが」

 受付の柔らかな声が、受話口から落ち着いた温度で響いた。予約日は二日後に決まった。通話を終えると、胸の奥で小さな音がした。何かが、ようやく前へと動き始めた感覚。

 次に向かったのは不動産会社だった。受付カウンター越しに姿勢のいい男性社員が笑顔で頭を下げる。

「本日はどのような物件をお探しでしょうか」

 聖士は一拍置いてから答えた。

「防音性が高いタワーマンションを。価格は……まずは条件優先で」

 男性の表情が一瞬だけ固まり、それから仕事モードの笑みに戻る。

「承知しました。上階・防音仕様・セキュリティ重視の物件を中心にお持ちいたします」

 差し出された資料の束は、これまでの人生で見たどの数字よりも遠い世界のものだった。それでも、今はその門の前に立っている。

 ――本当に、手を伸ばしていいのか。

 心の奥に小さな声がよぎる。しかし、それに答える前に、別の思いが浮かんだ。

 ――もう、誰にも奪われない場所が欲しい。

 モデルルームの内覧へ向かうエレベーターの中、鏡に映る自分の顔は、数日前より少しだけ険しさが取れていた。

 扉が開くと、広がるのは静寂だった。窓から見える東京の街並みは、冬の陽を受けて硬質な光を放っている。足音さえ吸い込まれるような防音の床。壁を指先で軽く叩くと、音は鈍く、深いところで消えた。

「こちらは完全防音仕様です。楽器演奏や収録、配信を想定した設計になっております」

 案内役の担当者が説明する。その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に微かな熱が灯った。

 ――配信。
 ――あの頃、こっそり作っていた3Dモデル。
 ――誰にも見せなかった自分のもう一つの顔。

 封じ込めていた記憶が、ゆっくりと扉を叩く。

 彩花と結婚した頃、聖士は趣味を一つずつ手放していった。家庭のため、仕事のため。そう信じてきた。だが、それはいつの間にか、自分自身を消す作業へと変わっていたのかもしれない。

「ここなら……何をしても、誰にも迷惑をかけない」

 思わず漏れた独り言に、担当者が首を傾げた。聖士はかすかに微笑み、頭を下げる。

「検討します。……いえ、前向きに」

 内覧を終え、不動産会社を出る頃には、胸の中に一本の線が引かれていた。選択肢ではなく、道筋として。

 ホテルへ戻る途中、スマートフォンが震えた。画面には、妻・彩花(あやか)の名前が表示される。一度画面を見つめ、通話に出る。

「……どこにいるの。連絡くらい返してよ」

 声はわずかに苛立ちを含んでいた。罪悪感よりも、義務を求める響き。

「今は話すことはない。手続きは弁護士を通す」

 短くそう告げると、沈黙が流れた。受話口の向こうで小さく息を呑む音がする。

「本気なの? いきなり家を出て……私だって――」

 その先を聞く前に、聖士は通話を切った。胸の奥が冷たくなる代わりに、頭は静かだった。

 夜。ホテルの机にノートパソコンを広げる。フォルダの奥に眠っていた3Dソフトを起動した。画面に現れたのは、かつて休日の夜に少しずつ作っていた少女のアバターデザイン。まだ未完成で、髪の先や表情のパーツが荒いままだ。

「……久しぶりだな」

 マウスを握る指先が、自然と動き始める。頬のラインを滑らかにし、瞳の色を整え、唇に柔らかな表情を与える。時間を忘れて画面へ没頭する感覚は、どれほどぶりだろう。

 やがて、仮の完成データを保存し、深く息を吐いた。背筋に心地よい疲労が残る。

 ――俺は、もう一度生き直す。
 ――男として、ではなく。
 ――「自分」として。

 机の上の通帳へ視線を落とす。重い数字は、もう恐怖ではなく、決断の重さへと変わりつつあった。

 窓の外には、都会の灯りが遠くまで続いている。小さな部屋の中で、聖士は目を閉じた。

 これから始まる新しい日々の輪郭が、まだぼやけているながらも、確かにそこに存在している気がした。

 ――ここからだ。
 ――本当の意味で、人生が始まるのは。

 静かな夜が、ゆっくりと更けていった。
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