妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲

文字の大きさ
21 / 55
第1章 人生の転換期

第21話 夜のSOS

しおりを挟む
 翌週の午後、俺は雪乃の通う中学校を訪れていた。昇降口の横を抜け、事務室前の廊下を歩く。どこにでもある公立中学校の匂い――ワックスの残り香と、体育館から流れてくるボールの音、遠くで響く吹奏楽のリズム。かつて自分も通った世界に似ているのに、今の俺にはあまりにも遠く感じられた。

 案内された面談室には、生活指導の教師と学年主任が待っていた。二人とも、どこか申し訳なさそうな顔をしている。

「本日はお忙しい中、ありがとうございます」

 学年主任が深く会釈し、資料のファイルをテーブルに置いた。

「離婚されていることは以前から伺っておりましたので、お母様の彩花さんにも何度かご連絡を差し上げたのですが……」

 教師が言葉を濁す。

「つながらなかったと」

「はい。電話にも出られず、メールも返答がありません。家庭訪問も検討しましたが、いまは学校としても慎重に動かざるを得なくて……」

 部屋の空気が沈む。俺は静かに息を吐き、資料へ視線を落とした。欠席日数、遅刻、早退――無機質な数字が、胸に重くのしかかる。

「雪乃さん自身は、学校には来たい気持ちがあるようです。ただ……精神的に不安定で、登校へ向かう途中で足が止まってしまうこともあるようで」

「……そうですか」

「私たちからは、まず保護者の方と協力し、生活リズムを整えていくことを提案しています。しかし――お母様と連絡が取れない以上、どうにも……」

 学年主任が言いにくそうに視線を寄こす。

「お父様から、なんとか説得していただけないでしょうか。今のままでは、受験に――」

「影響が出るのは理解しています」

 胸の奥で何かが締め付けられる。

「できる限り、話してみます。俺なりにですが」

 教師たちは安堵の色を浮かべ、深く頭を下げた。

 面談を終え、校舎の外へ出る。西日に照らされたグラウンドでは、部活中の生徒たちが声を張り上げている。テニスコート、サッカーゴール、トラック――活気に満ちた光景。しかし、その影の中に、ひとり佇む姿があった。

 フェンス越しに、静かにコートを見つめている雪乃だった。

 俺は足を止め、少し距離をとって声をかけた。

「……雪乃」

 彼女は振り返らないまま、ぼそりと呟いた。

「引退まで、やりたかったな」

 風が制服のスカートを揺らす。夕焼けがコートに長い影を落としている。

「部活、なんでやめたんだ。パパのことで噂が広がったからか?」

 俺の問いに、雪乃は一拍置いて首を振った。

「……パパのことは、正直もういいよ。バレてるし。クラスの子、何人か知ってたし。『お父さん有名人なんでしょ?』とか言われて、ウザいけど……それだけ」

「じゃあ……」

 雪乃は少し顔を上げ、コートの方へ視線を戻した。

「原因は、ママ」

 その声は、とても静かだった。

 ――そして、雪乃は語り始めた。



 その日は大会だった。地区大会二連覇がかかった大事な試合。朝から緊張で手が冷たくて、でも少しワクワクしていた。ママは前日にこう言った。

「明日送ってってやるから、早く寝なさい」

 それが、嬉しかった。たまには頼りにしてもいいかなって、そう思った。

 ――翌朝。

 玄関に降りても、ママはいなかった。寝室のドアをノックしても返事がない。スマホを見たら、深夜に“高橋”の名前と一緒に通知がいくつか光っていたのを思い出した。

 嫌な予感がした。

 電話をかけても繋がらない。何度もかけて、何度も切って、時計の針がどんどん進んで――

 私は最後に、電車で行くしかないと判断した。

 だけど、会場は遠かった。電車を乗り継いで、必死で走って、でも……到着した時には、もう試合は始まっていて、ベンチには誰も私の席を空けていなかった。

「もう替え出しちゃってるから」

 監督が申し訳なさそうに言った。

 私はうなずくしかなかった。

 帰宅後、ママはリビングのソファに座ってスマホを見ていた。

「どうして来てくれなかったの」

 声が震えた。

 ママは顔も上げずに言った。

「知らんし」

 たった、それだけ。

 胸の奥で何かが折れた音がした。

 私のせいで、ダブルスのペアが変わって、チーム全体もバタバタして――迷惑をかけた。だから、辞めた。もうこれ以上誰にも迷惑かけたくなかった。



 雪乃は、静かに言葉を閉じた。

 俺は何も言えなかった。喉が固まり、胸の奥が焼けるように痛い。

 知らなかった――。

 俺はただ、情けなさに歯を食いしばった。

「……雪乃。もし、もしだよ。パパが送迎するって言ったら……またやってみる気にならないか?」

 慎重に言葉を選びながら問いかける。

 しかし、雪乃は首を横に振った。

「もういい。やる気、なくなった。パパもママも、信用できない」

 その言葉は、冷たい刃よりも深く胸に突き刺さった。

 雪乃はフェンスから離れ、グラウンドに背を向けた。

「もう帰る」

「雪乃――」

 伸ばしかけた手は、空を切った。

 夕暮れの中、彼女の小さな背中が遠ざかっていく。

 俺はただ、その背中を見送ることしかできなかった。

 自分の無力さだけが、長く影を落としていた。

◇◇◇◇

 その夜も、俺はいつものようにリングライトの前に座っていた。画面の向こうには、笑い声や絵文字が流れ、軽い雑談と冗談が飛び交っている。姫宮まこととしての「私」は、いつもどおり明るく振る舞いながら、コメントを拾い、時折スパチャに頭を下げていた。

 ――そのときだった。

 スクロールの途中、視界の端をかすめる違和感に、俺は指を止めた。

〈母さんにスマホ壊された〉
〈もう5日くらい帰ってきていない〉
〈お金も無くて友達の家でスマホ借りてコメントしてる〉

 見慣れたハンドルネーム。けれど、その言葉の湿り気は、冗談やネタのそれではなかった。

 最初は――なりすましかと思った。

 だが、文の癖、言い回し、そして胸の奥を刺す妙な直感が、俺の背筋を凍らせた。

 ……雪乃だ。

 コメント欄にも動揺が走る。

〈え、ガチ?〉
〈釣りでしょw〉
〈中坊娘オワタ〉
〈今更助けてとか草〉
〈自業自得じゃね?〉

 俺は笑顔を保とうとした――だが、喉の奥で何かが弾けた。

「やめなさい」

 配信中の「私」の声は、自分でも驚くほど強かった。

「今のコメント、全部。人の痛みにケラケラ笑って、何が楽しいの。冗談でも許せないわ」

 配信を始めて以来、初めて声を荒げた。

 沈黙が広がる。コメントが一瞬止まり、代わりに戸惑いと謝罪が流れ始める。

 その中に、ひとつだけ、はっきりとした文字が浮かんだ。

〈今、ウッチーの家にいる〉

 胸が締め付けられる。

 雪乃からの――SOS。

 離婚したからといって、無関係でいられるわけがない。親であることは、紙切れ一枚で終わるものじゃない。

「ごめんなさい、今日の配信はここまでにします。また後で必ず――」

 そう言い残し、俺は急いで配信を切った。

 タワマンの夜景を背に、玄関へ駆ける。靴紐を結ぶ余裕もなく飛び出し、タクシーに乗り込んで住所を告げた。

 ――ウッチー。内村。

 近所に住む幼馴染。昔から雪乃と仲が良かった、あの家だ。

 玄関の前まで来た瞬間、

「パパ……!」

 小さな体が、勢いよく抱きついてきた。

 震えながら、大粒の涙を流し、胸元に顔を埋める。

「怖かった……死ぬかと思った……」

 声が擦れていた。身体は細く、力が弱い。五日間――何があったのか、想像するだけで胃の奥が軋む。

 リビングから現れた内村の父親は、少し困ったように頭を掻きながらも笑ってくれた。

「悪いな、連絡する前に来てくれて助かったよ。気にすんな。うちで出来ることは、これぐらいだ」

「……本当に、ありがとうございます」

 頭を下げる俺に、彼は手を軽く振った。

「昔から雪乃ちゃんはよく遊びに来てたしな。困ったときはお互い様だ」

 胸が熱くなる。救われたのは、きっと俺のほうだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。

ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。 そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。 すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

誰の金で生活してんの?

広川朔二
ライト文芸
誰よりも家族のために尽くしてきた男がいた。朝早くから働き、家事を担い、家庭を支えてきた。しかし、帰ってきたのは妻の裏切りと娘の冷たい視線。不倫、嘲笑——すべてを悟った男は、静かに「計画」を始める。仕組まれた別れと制裁、そして自由な人生の再出発。これは、捨てられた“だけの男”が、すべてをひっくり返す「静かなる復讐劇」。

愛する夫にもう一つの家庭があったことを知ったのは、結婚して10年目のことでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の伯爵令嬢だったエミリアは長年の想い人である公爵令息オリバーと結婚した。 しかし、夫となったオリバーとの仲は冷え切っていた。 オリバーはエミリアを愛していない。 それでもエミリアは一途に夫を想い続けた。 子供も出来ないまま十年の年月が過ぎ、エミリアはオリバーにもう一つの家庭が存在していることを知ってしまう。 それをきっかけとして、エミリアはついにオリバーとの離婚を決意する。 オリバーと離婚したエミリアは第二の人生を歩み始める。 一方、最愛の愛人とその子供を公爵家に迎え入れたオリバーは後悔に苛まれていた……。

魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした

たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。 死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

処理中です...