妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲

文字の大きさ
22 / 55
第1章 人生の転換期

第22話 鍋の湯気と警告のチャイム

しおりを挟む
 店で牛丼をテイクアウトし、雪乃を連れて帰路につく。

 到着すると、巨大なエントランスの前で、雪乃はぽかんと口を開けた。

「……え、ここ?」

「ああ。今、パパが住んでるところだ」

 きらめく照明、吹き抜けのロビー、静かな空気。

 雪乃の瞳に、ほんの少し光が宿った。

 ――現金なところは、母親譲りかもしれない。

 そんな苦い感情が胸をかすめながらも、俺は笑ってしまった。

 部屋に入り、テーブルに牛丼を広げる。

「いただきます……」

 雪乃は両手を合わせ、メガ盛りの牛丼を夢中で頬張る。口いっぱいにご飯を詰め、何度も噛んで、飲み込み、またすくう。

 その姿を見つめていると、視界がにじんだ。

 ああ――この子は、まだ中学生だ。

 まだ、助けを求めることしかできない年齢なんだ。

「ごめん……本当に、ごめんな……」

 パパとして声が震え、言葉が途中で崩れる。

 俺が泣き出すと、雪乃も箸を止めて顔を歪めた。

「……パパ、泣かないでよ……」

 次の瞬間、二人の涙がテーブルの上に落ちた。

 言葉なんて、もういらなかった。

 ただ――親と子として。

 同じ痛みを抱えたまま、夜の静けさの中で泣き合った。

◇◆◇

 雪乃は、しばらく俺の家で過ごすことになった。
 俺は仕事の合間に弁護士と連絡を取り合いながら、学校への連絡、生活リズムの調整、最低限の環境づくりを進めていった。

 翌朝、今年最後の登校日。
 送迎することになったが、当然ながら俺の手元に車はない。

「パパ、ほんとに車ないの?」
「……ない。タクシーで行く」
「ダサっ」

 雪乃はクスクス笑い、俺もつられて笑った。
 笑顔が、こんなにも自然に浮かぶのは、いつぶりだろう。

 学校へ送り届けると、雪乃は小さく手を振って校舎へ入っていった。
 その背中を見送りながら、胸の奥がじんわり温かくなる。

 ――守らなきゃ。

 そう強く思った。

 夜。
 俺は「今日はテイクアウトでいいか」と言いかけた瞬間、雪乃に睨まれた。

「ダメ。ちゃんと栄養摂らないと」
「は、はい……」
「ほら、スーパー寄るよ」

 手を引かれ、雪乃は真剣な顔で野菜を選び始める。

「鍋にしよっか。あったかいし、いっぱい食べられるし」
「お、いいな」
「白菜はこれ。ネギは太いの。豆腐は絹ね。あと、きのこ!」

 買い物かごがどんどん重くなる。
 表情は楽しそうで、声にも明るさが戻っていた。

 ――ああ、こんな時間を、もっと早く作ってやれたら。

 胸の奥が少し痛んだ。

 部屋に戻り、鍋の準備を始める。

「パパ、これ切って」
「了解。パパ、包丁さばきはプロ級だからな」
「嘘つけ。指切らないでよ」

 雪乃は笑いながら鍋をかき混ぜる。

「それ先に入れなきゃ。煮えにくいんだから」
「すみません、料理長」
「うむ、よろしい」

 台所に笑い声が満ちる。
 立ちのぼる湯気の向こうで、雪乃の横顔はどこか柔らかくなっていた。

「……ありがとう、パパ」
「なにが?」
「こういうの、久しぶりだから」

 言葉が喉に詰まり、俺はただ微笑むしかできなかった。

 翌朝、土曜日。
 まだコーヒーを淹れようとしていた矢先――

 ――インターホンが鳴った。

 嫌な予感が、背筋を走る。

 玄関を開けると、数人の警察官が立っていた。
 物々しい雰囲気。胸元の無線が、微かに鳴る。

「雪乃さん、こちらにいらっしゃいますよね?」

 喉が乾く。

「……います。事情は――」

「お母様から通報がありまして。帰宅した際、娘さんの姿が見当たらず……」

 彩花、か。

 俺はすぐに弁護士へ電話を入れ、事情をかいつまんで説明する。
 雪乃も玄関へ出てきて、震えた声で叫んだ。

「ママのところには行きたくない!!」

 警官たちの表情が変わる。
 弁護士が到着し、丁寧かつ冷静に経緯を伝えた。

「まずは警察署で話を整理しましょう」
「……わかりました」

 俺たちは全員で向かうことになった。

 警察署の面談室。
 彩花はそこにいた。腕を組み、足を組み、睨みつけている。

「はぁ!? 勝手に連れ帰って何様のつもり?」
「落ち着いてください。状況を――」と弁護士。

「黙れよ。親父ヅラしてんじゃねえの? キモいんだけど」

 胸の奥がぐらりと揺れたが、俺は歯を食いしばった。

 そのときだった。

「虐待だよ、こんなの!!」

 雪乃の叫びが室内に響いた。

 空気が、凍りついた。

 警察官が顔を見合わせ、弁護士の表情が鋭くなる。

「その言葉、詳しく聞かせてください」
「……はい」

 雪乃は震えながら、あの夜のこと、これまでの出来事を話し始めた。

 言葉にするたび、胸の奥が軋んだ。
 俺はただ、拳を握り締めて聞くしかなかった。

「本件については、親権移譲を視野に入れて動きます」

 弁護士がはっきりと告げる。
 警官も真剣な眼差しで頷いた。

 彩花は顔を歪め、椅子を蹴りそうな勢いで立ち上がろうとしたが、職員に制止された。

 雪乃は俺の袖を掴み、小さく息を吸った。

「……パパ。私学校、ちゃんと行くから」

「ああ。俺も全力で支える」

 互いにうなずき合う。

 小さな約束が――
 この先の道を照らす灯りになった気がした。

◇◆◇

 夜が更け、窓の外に街の灯りがぽつぽつと残る頃、リビングのソファに腰を落ち着けた俺は、配信機材の準備を整えていた。
 雪乃は風呂上がりで、まだ少し赤みの残る頬をして、毛布を肩にかけている。

「パパ、寝ないの?」

 ベッドルームの方を振り返りながら、雪乃が首をかしげた。

「ああ、今日は配信があるからな。先に寝てていいぞ」

「やだ。配信見たい」

 思わず固まった。

「……は?」

「見たい。ちゃんと見たい。パパがどんな配信してるのか、ちゃんと知りたい」

 真っ直ぐな目だった。
 冗談でも好奇心でもなく、どこか決意の色がにじんでいる。

「いや、でも……ほら、ああいうのはな……」

 俺が言い淀むと、雪乃は毛布を握りしめたまま続けた。

「大丈夫。覚悟できてるから」

 胸に小さく痛みが走る。

 ――覚悟なんて、子どもにさせたくなかった。

 それでも、拒む言葉は喉の奥で消えていった。

「……わかった。じゃあ静かにしてろよ」
「了解です、パパ」

 軽く笑って、雪乃はソファの端に座った。

 配信ソフトを立ち上げ、マイクのゲインを調整し、照明を確認する。
 いつも通り、配信モードのスイッチが入る。

「こんばんは、姫宮みことです。今日も来てくれてありがとう」

 ――私、という声色に切り替わる。

 コメントが次々と流れていく。

〈待ってた!〉
〈昨日の件どうなった?〉
〈今日もかわいい〉

 俺は落ち着いた声で笑い返し、いつものテンポで雑談を続けた。
 隣で雪乃が静かにモニターを見つめているのが視界の端に入る。

 しばらく順調に進んでいたそのとき――

 俺の冗談に合わせて、隣から小さく吹き出す声がした。

「ぷっ……」

 それが、マイクに乗った。

 一瞬、時が止まる。

 画面に、怒涛の勢いでコメントが流れ始めた。

〈今の声は??〉
〈誰かいるよな?〉
〈幽霊!?〉
〈女連れ込んでんぞw〉
〈ついに同棲発覚ww〉

 雪乃が慌てて口を押さえる。
 俺は軽く息を吸い、覚悟を決めた。

「……少しだけ、紹介します」

 マイクを横に向ける。

「ど、どうも……娘です」

 雪乃の声は、ボイスチェンジャーの影響で妙に丸くなり、本当にハムスターみたいな可愛い声になってしまった。

 コメント欄が爆発する。

〈神回キタタタタタ〉
〈声かわいすぎ問題w〉
〈ハム太郎の新キャラじゃん〉
〈パパみこと、娘いたのか!!〉
〈守れ。絶対に守れ〉
〈泣きそうなんだが〉

 中には悪意のあるものもあったが、
 驚くほど多くの人が温かい反応をくれた。

 俺は深呼吸し、静かに告げる。

「事情は話せません。今日は……遊びに来てくれています。それだけ、理解してほしい」

 雪乃はマイクの外で、そっとうなずいた。

 配信を短めに切り上げた直後、スマホが鳴った。
 弁護士からの着信。続けて警察からも。

 会議室のような狭い応接室で、弁護士の言葉を聞く。

「親権について、相手方は裁判を求める意向です」

「……裁判」

「彩花さんは金銭面でも追い込まれているようです。
 しかし、本件では雪乃さんの意思が重要視されるでしょう。戦う覚悟はありますか」

 俺は目を閉じ、雪乃との日々を思い返した。

 鍋の湯気、涙、笑顔、握った袖。
 そのすべてが胸の奥で重なっていく。

「やります。パパとして……逃げない」

 弁護士は小さくうなずいた。

 翌日、雪乃の送迎と生活のため、車を買いに行くことにした。

「スポーツカーにしよ! 赤いやつ!」

「いやいや、なんでだよ」

「かっこいいじゃん!」

「パパはな、もっと落ち着いてて――可愛いのがいいと思うんだが」

「え、可愛い車って何よ」

 ディーラーの駐車場を歩きながら、俺たちは笑い合う。

 雪乃は楽しそうに車を眺め、俺はその横顔を見守った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。

ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。 そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。 すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

誰の金で生活してんの?

広川朔二
ライト文芸
誰よりも家族のために尽くしてきた男がいた。朝早くから働き、家事を担い、家庭を支えてきた。しかし、帰ってきたのは妻の裏切りと娘の冷たい視線。不倫、嘲笑——すべてを悟った男は、静かに「計画」を始める。仕組まれた別れと制裁、そして自由な人生の再出発。これは、捨てられた“だけの男”が、すべてをひっくり返す「静かなる復讐劇」。

愛する夫にもう一つの家庭があったことを知ったのは、結婚して10年目のことでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の伯爵令嬢だったエミリアは長年の想い人である公爵令息オリバーと結婚した。 しかし、夫となったオリバーとの仲は冷え切っていた。 オリバーはエミリアを愛していない。 それでもエミリアは一途に夫を想い続けた。 子供も出来ないまま十年の年月が過ぎ、エミリアはオリバーにもう一つの家庭が存在していることを知ってしまう。 それをきっかけとして、エミリアはついにオリバーとの離婚を決意する。 オリバーと離婚したエミリアは第二の人生を歩み始める。 一方、最愛の愛人とその子供を公爵家に迎え入れたオリバーは後悔に苛まれていた……。

魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした

たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。 死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

処理中です...