妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲

文字の大きさ
24 / 55
第2章 トライアングル

第24話 熱気

しおりを挟む
 あれから半年が過ぎた。
 梅雨が明けたばかりの、空気が肌にまとわりつくような蒸し暑い午後。真上から落ちてくる夏の光に目を細めながら、俺は雪乃と並んでスーパーの駐車場を歩いていた。

「今日の晩ご飯、どうする?」

「鍋はやだよ、さすがに。夏だし」

「じゃあ冷しゃぶでもするか」

「賛成。パパは野菜もちゃんと食べること」

 腕にぶら下げたエコバッグを軽く揺らしながら、雪乃が得意げに言う。
 この半年で、雪乃の笑顔は格段に増えた。前よりも声が明るい。歩く足取りも軽い。
 俺はその横顔を見るたび、胸の奥がじわりと温かくなる。

 スーパーの入口をくぐろうとした、その瞬間だった。

「――あれ? みことさん?」

 振り返ると、白いブラウスに薄く汗を浮かべた女性が立っていた。
 ショッピングバッグを抱え、少し驚いたような瞳――ほたるだ。

「ほたるさん?」

 思わず言葉が出る。
 これまで何度もイラストやサムネの依頼でやり取りはしていたが、直接会うのは事務所で挨拶したあの日以来、二度目だ。

「うわ、本当にみことさんだ……。偶然ですね。ここ、よく来るんですか?」

「いや、今日は買い出しで。雪乃、挨拶しろ」

 横から顔を出した雪乃が、じろりと俺とほたるを見比べ――口を開いた。

「パパの彼女!?」

「ち、違う違う違う!!」

 即座に否定した俺よりも先に、ほたるの耳まで一気に染まった。

「ちょ、ちょっと、娘ちゃん!? そ、そんな、ぜんぜん違うからね!?」

「えっ? でも雰囲気、なんか……」

「ないって! 一回り以上違うだろ!」

 俺が慌てて言い返すと、ほたるは俯いたまま小さく笑った。

「……一回りくらいなら、別に、そんな……」

 その声音に、なぜか俺の方が言葉を失った。
 まんざらでもない、というか――妙に柔らかい空気が流れる。

「雪乃」

 俺が低く釘を刺すと、雪乃はニヤニヤした顔のまま肩をすくめる。

「パパは年齢より若く見られがちだから大丈夫だよ。ジム通いの成果も出てるし。――ねぇ、ほたるさんも一緒にご飯行こうよ!」

「ちょ、お前な……」

 慌てる俺を横目に、ほたるは少し困ったように微笑んだ。

「ありがとう。でも、今日は家の用事があって……。この辺り、実家で暮らしてるんだ」

「うん。じゃあまた今度ね!」

 軽く手を振り合い、俺たちはスーパーの中へ。
 ほたるの背中が遠ざかるのを見送りながら、胸の奥に妙な違和感が残った。

「いい人そうじゃん、あの人」

「仕事仲間だよ。それに……今更彼女なんて」

「パパはどうなの? 別に私はいいけど」

「お前はいいのかよ」

「ママは別にいらないけど――お姉ちゃんは欲しかったんだよねー」

 ケラケラ笑う雪乃に、俺は返す言葉を見失ったまま、車のドアを開けた。
 夕焼けが赤く広がる。
 アクセルを踏み込む足に、わずかな揺らぎが残ったままだった。

 翌朝。
 雪乃は電車で学校へ向かい、俺はジムへ向かった。
 入口に入ると、機械油と消毒液の混ざった匂いが鼻をくすぐる。

 更衣室でトレーニングウェアに着替え、ランニングマシンの電源を入れた瞬間――背後から声が飛んだ。

「姫宮みこと、好きなんですか?」

「え?」

 振り返ると、ポニーテールの若い女性が立っていた。
 俺のスマホの背面に貼られている 『姫宮みこと』のステッカー を指さしている。

「あ、いや……まぁ」

 曖昧に笑ってはぐらかす。
 だが、彼女の目は一気に輝きを増した。

「やっぱり! 私も大好きなんです! 歌もトークもすごくて、しかも最近の切り抜き見ました? あの回、神でしたよね!」

「は、はぁ……」

 ランニングマシンが動き出す。
 隣のマシンに並んで走り始めた彼女は、まるで堰を切ったように話し続けた。

「配信で急に娘さん出てきた回とか、あれ泣きました。尊いの権化って感じで――あ、すみません、オタク語りで」

「い、いや……」

 心臓が別の意味で走り出す。
 俺は“本人”だ。けれど、ここではただの中年男。
 正体を明かすなんてできるはずもない。

「姫宮みこと、絶対幸せになってほしいんです。あの人、絶対裏で苦労してるタイプですもん」

 彼女は笑いながら、汗を拭った。

 ――胸の奥が、少しだけ締めつけられた。

「……そうだな。俺も、そう思うよ」

 走る足音と機械音がリズムを刻む。
 梅雨明けの熱気が、窓の向こうで揺れていた。

◇◇◇

 夜更け、家じゅうの明かりが落ちる。
 雪乃の部屋から、規則正しい寝息が微かに聞こえてくるのを確かめてから、俺はリビングの奥――新しく増設した防音ユニットのドアを静かに閉めた。

 室内に置ける箱型の簡易防音室。
 雪乃と二人暮らしになってから、思い切って導入したものだ。これなら夜中でも歌配信ができるし、雑談で笑い声を上げても気兼ねはいらない。
 壁に埋め込まれた小さなライトを点け、マイクの電源を入れる。

「……こんばんは、姫宮みことです。今日も遅い時間に、ありがとう」

 配信用の甘い声――**私**の声を作ると、コメント欄が一斉に流れ出した。
 今日はリクエスト形式の歌枠にすると宣言してあったらしく、たちまち曲名の羅列が画面を覆っていく。

〈バラード頼む!〉
〈夏曲ほしい!〉
〈受験生に刺さる曲いこうぜ〉

「じゃあ、まずはこれから――」

 少し懐かしいラブソング、続けてアップテンポなロック。
 汗ばむ喉を水で潤しながら、私は曲の情感をたどるように歌った。
 終盤に差し掛かるころ、リクエストは落ち着き、自然と雑談モードへ切り替わる。

「そういえば、最近は家のことでバタバタしててね……」

 ふわりと笑ってごまかす。
 すると、次々にコメントが流れた。

〈姫宮むすめは中3?〉
〈ってことは受験じゃん!〉
〈その前に総体あるだろw〉
〈パパ業がんばれ〉

「ふふ。まあ、色々あります。……でもね、“私”は私なりに頑張りますよ」

 どこまで言うべきか、どこで線を引くべきか。
 それはいつも難しい。
 けれど、リスナーの言葉が画面に光るたび、胸の奥が少しだけ軽くなった。

「じゃあ、そろそろ今日はここまでです。また次の配信で会いましょう――おやすみなさい」

 配信を切り、防音室の灯りを落とす。
 静寂が戻る。
 アラームをセットし、ベッドに身を沈めた瞬間、意識は一気に暗闇に落ちた。

 朝――。
 肩を軽く揺さぶられて目を開けると、制服姿の雪乃が覗き込んでいた。

「パパ、行ってくるねー」

「ああ……気をつけてな。部活、無理すんなよ」

 寝ぼけた声でそう送り出すと、玄関のドアが軽い音を立てて閉まった。
 今日は配信もジムも休み。夕方からボイトレが一枠入っているだけで、ほぼ丸一日フリーだ。
 この歳になると、週に一度は「何もしない日」を作らないと身体がもたない。

 ソファに沈み込み、だらだらとニュースを見て、洗濯機を回し、床を掃除し、食器を片付ける。
 家事は驚くほど静かで、けれど悪くない孤独だった。

「……雪乃、今日は帰り遅いな」

 時計を見上げながらつぶやく。
 友達と寄り道でもしているのだろう。
 遊ぶ時間もまた、あいつには必要だ――そう自分に言い聞かせ、夕方、ボイトレへ向かった。

 レッスン室で発声練習を終え、講師に軽く頭を下げて外に出る。
 夜の気配が街を染め始めた頃、ポケットの中でスマホが震えた。

 ――通知音が、やけに大きく響いた。

 画面には、見慣れた学校名。
 冷たい嫌な予感が、背骨をひた走る。

 タップすると、短い文面が表示された。

『至急ご連絡ください。雪乃さんが――何者かに連れ去られた可能性があります』

 呼吸が止まる。
 血の気が一瞬で引いた。

「……は?」

 次の瞬間、俺は走り出していた。
 駐車場まで一気に駆け降り、ドアを乱暴に閉め、エンジンを踏み込む。

 ハンドルを握る指が震えている。
 視界の端で街灯が滲む。

 胸の奥で、ただ一つの言葉だけが、焼けつくように繰り返されていた。

――待ってろ、雪乃。
――絶対に、俺が迎えに行く。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。

ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。 そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。 すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

誰の金で生活してんの?

広川朔二
ライト文芸
誰よりも家族のために尽くしてきた男がいた。朝早くから働き、家事を担い、家庭を支えてきた。しかし、帰ってきたのは妻の裏切りと娘の冷たい視線。不倫、嘲笑——すべてを悟った男は、静かに「計画」を始める。仕組まれた別れと制裁、そして自由な人生の再出発。これは、捨てられた“だけの男”が、すべてをひっくり返す「静かなる復讐劇」。

愛する夫にもう一つの家庭があったことを知ったのは、結婚して10年目のことでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の伯爵令嬢だったエミリアは長年の想い人である公爵令息オリバーと結婚した。 しかし、夫となったオリバーとの仲は冷え切っていた。 オリバーはエミリアを愛していない。 それでもエミリアは一途に夫を想い続けた。 子供も出来ないまま十年の年月が過ぎ、エミリアはオリバーにもう一つの家庭が存在していることを知ってしまう。 それをきっかけとして、エミリアはついにオリバーとの離婚を決意する。 オリバーと離婚したエミリアは第二の人生を歩み始める。 一方、最愛の愛人とその子供を公爵家に迎え入れたオリバーは後悔に苛まれていた……。

魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした

たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。 死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

処理中です...