妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲

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第2章 トライアングル

第29話 それぞれの帰り道

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 翌日、俺は放課後の昇降口付近で朝来野くんを呼び止めた。
 昨日の相談のあと、先生が事情を伝えてくれていたらしく、彼は真っ直ぐな表情でこちらに向き合う。

「恩塚さんですよね。雪乃さんの、お父さん」

「ああ。昨日は助けてくれて、本当にありがとう」

 深く頭を下げると、彼は慌てて両手を振って首を横に振った。

「い、いえ! あれはたまたまで……! でも――」

 息を整え、胸に手を当てる。

「む、娘さんは俺に任せて下さい!」

「いやいやいやいや、任せるって……」

 なぜか求婚前の宣言みたいな響きになっている。
 周囲の女子が小声で「きゃー」とか言ってるのは気のせいじゃない。

「送り迎え“だけ”頼むよ。付き添いと、安全確認。それだけだ」

「あっ、はい! もちろんです! 送り迎えだけ! それ“だけ”です!!」

 わざわざ強調するあたり、余計に怪しく聞こえる。
 まあ、真面目そうだし、何より雪乃を助けてくれた子だ。信じたい。

 俺は改めて礼を伝え、学校をあとにした。

◇◇

 帰宅して昼食を取り、しばらくしてから昼の配信準備を始める。
 平日なのに開始直後から同接は二千人を超えていた。

「今日も来てくれてありがとう。姫宮みこと、今日も元気に雑談するよ~」

 雑談と言っても、仕事や家事の愚痴は出さない。いつもどおり軽いトーク、ちょっとした世間話、リスナーのコメントに笑いながら返していく。

 チャット欄は平和で、適度に賑やか。
 俺の心も自然とほぐれていった。

「じゃあ、そろそろ締めますか。今日も来てくれてありが――」

 その時、コメント欄の流れが急に止まり、次の瞬間、異質な文字列が画面を占拠した。

〈お前の娘はボクの彼女だ!〉
〈絶対に誰にも渡さない!!〉
〈奪うなら許さない ずっとボクのものだから〉

 背筋が凍りつく。
 胸の奥で、嫌な記憶がザラリと蘇る。

 チャット欄が一気に荒れ始めた。

〈荒らしか?〉
〈姫宮に手出したら50万人弱が許さねぇからな〉
〈通報するぞおい〉
〈やべーやつ来た〉

 俺は呼吸を整え、落ち着いた声を作る。

「ただの荒らしだから、あまり触れないで。みんな、落ち着いてね」

 管理画面を開き、問題のアカウントを即座にブロックする。
 手は冷たく震えていた。

「じゃ、今日はここまで。また夜に」

 配信を切った瞬間、深く息を吐く。
 ただの荒らし――そう言った。
 言い聞かせるように。

 けれど胸騒ぎは消えなかった。

◆◇

 雪乃が帰るまで時間がある。
 何もしないと、不安が膨らみ続けそうで……俺はジムに向かった。

 トレーニングフロアに入ると、あのオタク女子が目に入った。
 前に会った、元気で早口で、どこか憎めない女性だ。

「あ、こんにちは。また会いましたね」

「どうも」

 少し並んでマシンを使いながら、自然に会話になる。

「鍛えてるのも弟に言われたからなんですよね」

「というと?」

「アタシ、昔サッカー部でインターハイ出たことあるんですよ」

「それはすごいな」

「でも引退してから太って、完全にオタク道へ一直線で……。数年前、弟に『昔のカッコいい姉ちゃんが好きだったのに』ってマジ泣きされちゃって」

 肩をすくめながら、どこか嬉しそうだ。

「いい弟さんだな」

「――まぁ、シスコン過ぎるっていうか、なんていうか」

 そう言いながらも、表情は満更でもない。
 弟想い、というより弟に慕われていることを誇らしく感じているのだろう。

「今はちょっと仕事で動画編集してて……あ、いや、ただの趣味に近いですね、趣味」

 さらっと言ったが、俺は特に気に留めなかった。

 汗を拭き、軽く会釈してジムをあとにする。



 夕方。
 駅前のロータリーで、俺は見覚えのある後ろ姿を見つけた。

 雪乃だ。
 横には朝来野くん。

 二人は笑い合いながら、同じ歩幅で並んで歩いている。
 雪乃があんなふうに無邪気に笑う姿を、俺は久しぶりに見た。

 声をかけかけて、足が止まる。

 ――邪魔しちゃいけないな。

 俺は振り返り、車に乗り込んだ。
 先に帰ろう。今日は良い日なんだ、と自分に言い聞かせながら。

◇◇◇

 今夜の夕飯は肉祭りだ。
 雪乃の三年間の集大成――中学総体が近い。景気づけの意味も込めて。

 クックパッドを見ながら一生懸命作ったピーマンの肉詰め。
 手ごねで作った特製ソースハンバーグ。
 唐揚げとローストビーフも少しだけ。

 部屋に肉の匂いが満ちる。

 しかし、時刻は過ぎても雪乃は帰ってこない。

 不安が喉元までせり上がり、俺はスマホを取り上げた。

「……雪乃、今どこだ?」

『あ、ごめん。いま夜ご飯食べちゃったから要らない。これから帰るね』

「あ、ああ……気をつけて帰りなさい」

 通話が切れる。
 キッチンに漂う肉の匂いが、急に重くなる。

 椅子に腰を下ろし、黙って皿を見つめた。
 そして無理やり笑いながらフォークを手に取る。

「……これ、外側にピーマンがあるかどうかで違いは無いのでは」

 雪乃に言われそうなツッコミを、自分で口にしてみる。
 声が少しだけ震えた。

 静かな部屋。
 食卓の向かい側は、空席のままだった。

◇◇◇

 玄関の鍵が回る音がして、雪乃が帰ってきた。ドアが開くやいなや、鼻歌まじりに「ただいま~」と声が弾んでいる。足取りも軽い。よほど楽しい時間を過ごしたのだろう。

 ――友達と夕飯でも行ったのか? それともまさか……朝来野くん?

 心臓が、嫌な意味で跳ねる。

「雪乃、ちょっといいか」

「なに、パパ?」

 振り返る表情はどこか照れているようにも見える。ああ、これは確定コースなのでは?

「……朝来野くんと、ご飯行ったのか?」

「そうだけど、なに?」

 そうだけど、なに? え、そんなサラッと。
 俺の心の動揺をよそに、雪乃は靴を脱ぎながら肩をすくめる。

「いや、別に。ほら……もう少し早く言ってくれればって思ったんだ。夕飯、作ってたから」

「あー……ごめん。明日の朝とかに食べるよ。置いておいて」

 悪びれた様子は一切ない。完全に「楽しかった後」のテンションだ。

「んじゃ、おやすみ~」

 それだけ言って、雪乃はひらひらと手を振り、自分の部屋へ消えていった。
 ドアが閉まる音が、やけに遠く響く。

 ――まさか、もう付き合ってるとか!?

 頭に最悪(?)の単語が浮かぶ。

 ど、どこまでいったんだ。
 いやいや、そんなに早いはずが――でも、最近の子は進んでるって言うし!

 落ち着け俺。娘だぞ。現実を直視しろ。

「手を繋ぐ……くらいだよな? いやしかし階段で抱きとめられたとか聞くと、ドラマ展開でこう、勢いで――」

 ――やめろ俺。勝手に続きを想像するな。精神に悪い。

 頭の中で自問自答と妄想と現実逃避が入り乱れ、最終的にソファへ沈み込み天井を仰いだ。

 ……とりあえず、信じよう。
 雪乃は、ちゃんと話せる子だ。危ない橋は――きっと渡らない。はずだ。多分。たぶん……。

◆◇◇

 翌朝。
 スマホの通知音で目を覚ました。

 ――ピロン、ピロン、ピロン。

 異様な数の通知。SNSのリプ、フォロー、メール。胸がざわつく。
 嫌な予感ではない。もっと、違う種類のざわつきだ。

 画面を開くと、ひときわ目立つリンクが目に飛び込んできた。

〈姫宮みこと 海外切り抜き〉
〈English Subtitle/Funny Moment〉

「……ん?」

 動画を開いた瞬間、理解した。

 俺の配信の切り抜き――それが、見知らぬ海外アカウントによって字幕付きで投稿されていた。
 英語どころか複数言語のコメントが並び、再生数がとんでもない勢いで伸びている。

 登録者数のカウンターを確認する。

 ――七十九万八千。
 ――七十九万九千。
 ――八十万、突破。

 喉の奥から息がこぼれた。

「……これ、百万人いくぞ……」

 胸がじんわりと熱くなる。
 遠い世界の向こう側で、誰かが俺の声を聞いて笑ってくれている。
 そんな実感が、じわじわと体に広がっていった。



 すぐにパソコンを開き、ほたるにメッセージを送る。

〈記念配信用のサムネ、お願いできるかな? 百万人、近い〉

 しばらくして、丁寧な返信が戻ってくる。

〈もちろんです。全力で描かせていただきます〉

 頼もしい言葉に、自然と笑みがこぼれた。

 続けて、切り抜き編集をしてくれているナンコツさんにもメールを送る。

〈英語字幕付きの切り抜き、対応できたりしますか?〉

 数分後、即レス。

〈私は英語が苦手でして……でも、うちの従姉妹が得意なので頼んでみても良いですか?〉

〈もちろん!〉

〈分かりました! 従姉妹も姫宮ファミリーなのでとても喜ぶと思います!〉

 迷いなく二つ返事で送信する。
 人の縁がつながって、また新しい場所へ広がっていく――そう思うと胸が軽くなった。

 ――百万人。
 手の届くところに、ようやく見えてきた。

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