妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲

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第2章 トライアングル

第32話 喝采の先へ

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 コートの向こう側に立つ二人を目にした瞬間、周囲の空気がわずかに張りつめたように感じた。
 審判台の横に掲げられたスコアボードには、対戦校の名前とともに――

 後神《ごかん》。

 その名前を見ただけで、周囲の保護者や選手たちが小声でささやく。

「去年、二年でベスト4まで行った子らしいよ」
「三年生を押しのけてレギュラーだったとか……」

 細身の体躯、落ち着いた表情。
 ラケットを握る姿勢には一切の無駄がなく、構えた瞬間から「強い」と分かる選手だ。

 その横に立つのは同じ学校の三年生。
 派手さはないが、静かな集中が全身から伝わってくる。

 ――昨年、二年生ながら三年生たちを圧倒して勝ち進んだという後神。
 そしてそのパートナー。

 準々決勝の舞台は、最初から異様な緊張に包まれていた。

 



 

 コイントスの結果、相手サーブから試合が始まった。

「レディー? プレイ」

 乾いた声とともに、硬質なボールの音がコートの奥へ突き刺さる。

 一球目から、後神は深く正確なトップスピンを打ち込んできた。
 雪乃は必死に追いつき、クロスへ返す。

 だが――

 返球はネットを越えた直後、前衛の相手のラケットに吸い込まれた。
 タイミングを外さない、完璧なボレー。

 15-0

 観客席から、小さく息を呑む音が聞こえた。

 続く二球目。
 今度は絵上の前に速いフラットサーブが飛ぶ。

「っ――」

 わずかに遅れたスイング。
 ボールはフレームに当たり、高く舞い上がってコート外へ消えた。

 30-0

 絵上の肩がびくりと揺れる。

「大丈夫、次いこう」
 雪乃が短く声をかける。

「は、はい……!」

 返事をしながらも、笑の指先はわずかに震えていた。

 

 三球目。
 相手はわざと緩急を付けてきた。後神がゆるいロブを打ち上げる。

 ――嫌なボールだ。

 判断が一瞬遅れた絵上は、下がりきれず無理な体勢でラケットを出す。
 ボールはネットに吸い込まれた。

 40-0

「……ごめんなさい……すみません、先輩……!」

 笑の声は掠れていた。
 唇を噛み、視線が下へ落ちる。

 その横顔を見た瞬間、雪乃の胸の奥で何かが強く燃え上がった。

 ――泣くな。ここは、まだ終わりじゃない。

「笑《えみ》、顔上げて。まだ一本目だよ。ミスしたのは私だって同じ。取り返そう」

 落ち着いた声色で、はっきりと言う。

 絵上は一瞬だけ雪乃を見上げ、目を大きく見開いた。

「……はいっ!」

 



 

 ゲームカウントは0-1から始まり、
 その後もしばらく、相手の“崩れないテニス”に苦しめられる展開が続いた。

 後神のストロークは、深く・速く・正確――
 ギリギリを攻めてくるのに、一切アウトしない。

 もう一人の選手も、淡々とボールを返し続ける。
 どんなにラリーが長引いても、焦りを感じさせない。

 ミスをしない。

 それこそが、彼女たちの最大の武器だった。

 

 中盤、嫌な流れのまま迎えた雪乃たちのサービスゲーム。
 ここで落とせば、差は一気に開く。

「私、前詰めます。先輩、ロブ警戒で」

「分かった。無理はしないで」

 絵上が自ら提案した。
 その目はもう、さっきまでの弱気とは違っている。

 ――強い光。

 雪乃は胸の奥が熱くなる。

 

 一球目――
 後神の鋭いクロスを、笑が体ごと飛び込んで拾った。

「ナイス!!」

 そのまま雪乃が回り込み、逆クロスへ叩き込む。
 観客席から拍手が起こった。

 15-0

 次のラリーでも、絵上は前へ飛び込み、ぎりぎりのボレーをすくい上げる。
 それが決まり、スコアは30-0。

「笑、いいぞ! そのまま!」

「はいっ!!」

 彼女の声は、晴れやかだった。

 

 だが――相手も簡単には崩れない。

 後神のショットは徐々に軌道を変え、攻め方のバリエーションを増やしてくる。
 ドロップ気味のボール、意地のように深いストローク。

 それでも雪乃と絵上は喰らいついた。

 ラリーは伸び、観客席の時間さえ止まったかのように静まり返る。

 40-40――デュース。

 

 一本取り、一本取り返される。
 息が荒くなり、視界が揺れる。

 それでも、心だけは折れない。

(勝ちたい――笑のためにも)

 雪乃は奥歯を噛みしめ、最後までボールを追い続けた。

 

 そして、最終局面。

 決着を告げるラリーは、永遠にも思えるほど長かった。

 十本、二十本――
 コートの上を走り続け、膝が悲鳴を上げる。

 太陽は真上に昇り、照り返しが容赦なく体力を奪っていく。

 

 ほんの一瞬、視界が揺らいだ。

 ボールが僅かに伸びる。
 それに反応しようと踏み出した足が――

 もつれた。

「あ――」

 身体が前へ傾く。
 砂の粒が跳ね、シューズが滑った。

 ラケットが空を切る。

 ボールは無情にも背中側を通り過ぎ、後方のフェンスで鈍い音を立てて跳ね返った。

「ゲームセット。6-4」

 澄んだ審判の声が、遠くから聞こえてくる。

 

 その瞬間、絵上は膝から崩れ落ちた。

「……ごめんなさい……私、私のせいで……っ」

 両手で顔を覆い、嗚咽がこぼれる。
 肩が震え、涙がコートに落ちた。

 雪乃はゆっくりと息を吸い、そして――笑った。

 悔しさはもちろんあった。
 でも、その奥にある感情は、それとは違う。

 やりきった。

 燃え尽きるほど戦い切ったという実感が、胸の中に静かに広がっていた。

「笑。顔上げて」

 雪乃は膝をつき、そっと彼女の背中に手を添える。

「……負けたけど、最後まで一緒に戦えた。
 ありがとう。私、楽しかった」

「せ、先輩……っ……でも……!」

「私が足止めたんだよ。だから、どっちのせいでもない。
 これは“二人の結果”」

 涙の向こうで、絵上はしばらく言葉を失い――
 やがて、くしゃくしゃに顔を歪めて頷いた。

 



 

 ネット際で相手ペアと握手を交わす。

 後神は静かに頭を下げ、柔らかな声で言った。

「いい試合でした。最後まで怖かったです」

「こちらこそ……ありがとうございました」

 雪乃は微笑み、深く礼を返す。

 それからコートを出た瞬間、ふっと緊張がほどけた。
 足に残る重さと、汗のしょっぱい味――全部が現実の証拠だった。

 

 観客席の端で、俺は小さく息を吐いた。
 喉の奥が焼けつくようで、言葉にならなかった。

 悔しい、でも誇らしい。
 胸の中で相反する感情が渦を巻く。

 ――よくやった。

 心の中で何度も、何度も呟いた。

 



 

 試合が終わり、昼休憩へと案内のアナウンスが流れる。
 個人戦までは、少し時間が空く。

 ベンチに座った雪乃は、タオルで顔を拭い、長く息を吐いた。

 隣ではまだ目元を赤くした絵上が、静かに水を飲んでいる。

「笑。個人戦、まだ残ってるよ」

「……はい。泣いてる場合じゃないですよね」

「泣いていいよ。ただ、前は向こう」

 そう言って、雪乃は小さく笑った。

 風が少しだけ、汗ばんだ頬を撫でていく。

 夏の空は、どこまでも高かった。


◇◆◇

 昼休憩に入り、観客席脇のベンチで雪乃はタオルを頭からかぶり、長く息を吐いていた。
 ダブルスの余韻がまだ抜け切らないのだろう。肩で呼吸をしながら、水筒の麦茶を一口ずつ大事そうに飲む。

 俺は校庭の隅、日陰になったテントの下からそっと近づいた。

「雪乃」

 名前を呼ぶと、タオルの隙間から顔だけがひょいと出てくる。

「……パパ?」

「お疲れ。いい試合だったな」

 それ以上の言葉が喉につかえた。
 褒めたいところも、抱きしめたい気持ちも山ほどあったのに、口から出たのはその短い一言だけだった。

 雪乃は、少しだけ照れたように笑う。

「うん。楽しかった。……すごく、悔しいけど」

 その声に、強がりも後悔も、全部まざっている。

 俺はベンチの横に腰を下ろし、黙って空を仰いだ。
 夏の陽射しは強く、目を細めるほどまぶしい。

 ふと、雪乃の動きが止まる。
 視線を落とした先で、右足の足首をそっとさすっていた。

 ――あの時、もつれた足。

 わずかに歯を食いしばるような表情。

(……痛いんだな)

 胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

 だが、俺は何も言わなかった。

 言えば、きっと心を折ってしまう。
 「無理するな」と言えば、きっと雪乃は迷ってしまう。

 彼女は今、戦っている最中だ。

 親として言いたい言葉を押し殺し、代わりに小さく息を吐いた。

「腹減ってないか? おにぎり入ってる。少しは食べとけ」

「……ありがと」

 雪乃はおにぎりを半分だけ頬張り、残りをラップで包み直す。

「個人戦、まだあるから。重くなりすぎると走れないし」

 自分でそう言って、笑った。

 俺はただ頷いた。

「雪乃」

「なに?」

「……楽しんでこい」

 それだけを言った。

 雪乃は目を丸くして、それからふわっと柔らかく笑った。

「うん。行ってくる」

 



 

 午後一番のアナウンスが流れ、個人戦が始まった。

 第一試合――危なげなく勝利。
 第二試合――深いラリーでも冷静に打ち返し、相手を振り切る。

 第三試合、そして第四試合。

 雪乃は落ち着いていた。
 コートに立つ姿は、もう一年生の頃の彼女ではない。

 打球の音が、迷いなく空へ吸い上がっていく。

「勝者――恩塚選手」

 審判の声が響くたび、胸の奥が温かくなる。

 これで、一年の時の成績に並んだ。

 観客席の影で、俺は静かに拳を握る。

(よくここまで来たな……)

 汗で貼りついた髪を払いながら、雪乃は顔を上げる。
 その表情は、少しだけ遠くを見ていた。

 



 

 そして――準々決勝。

 対戦相手としてコートに現れたのは、見覚えのある少女だった。

 橋本。

 さきほどのダブルスで、後神とペアを組んでいた一年生。

 身体は細いが、立ち姿は芯がある。
 そして何より――雪乃はすぐに悟る。

 嫌なところへ、嫌なボールを正確に落としてくるタイプ。

 ラリーが始まると、それはすぐに明らかになった。

 浅く落ちるスライス。
 ラインぎりぎりのロブ。
 わざと体勢を崩させる横回転のショット。

 地味だが、いやらしい。
 精神を削るテニス。

 しかし雪乃は崩れなかった。

 

 一ポイント目――冷静にクロスへ叩き込む。
 ポイント先取。

 二ポイント目――前に詰め、角度のないショートクロス。
 連続ポイント。

 観客席から小さく拍手が起こる。

(いい流れだ……このまま――)

 そう思った、その時だった。

 

 三ポイント目。

 無理のないラリー。
 慎重に繋ぐボール。

 ――そのはずだった。

 踏み込んだ瞬間、雪乃の足首から力が抜ける。

「っ……!」

 顔が歪む。

 ダブルスの時にもつれた足。

 さっきまで我慢していた痛みが、急に牙をむいた。

 追いつけるはずのボールに届かない。
 伸ばしたラケットが、わずかに空を切る。

 一ポイント失点。

 観客席で、俺の喉がひくりと鳴る。

(やっぱり……傷んでるのか)

 四ポイント目。

 痛みに意識を持っていかれ、半歩遅れる。
 橋本はそこを逃さなかった。

 左右に振られ、ラケットが遅れる。

 再び失点。

 スコアは並ぶ。

 

 それでも――雪乃は顔を上げた。

 歯を食いしばり、足を前に出す。

(負けない。ここまで来たんだから――)

 痛みを抱えたまま、それでも前へ出る。

 打球音が、金属音のように重く響いた。

 攻める橋本。
 粘る雪乃。

 ラリーは徐々に長くなる。

 観客席の空気が固まる。

 息を飲む音だけが聞こえる。

 

 何度も、何度もボールが行き交い――

 デュース。

 審判の声が、乾いた午後の空に吸い込まれた。

 まるで、ダブルスの延長戦のように。

 ここからが、本当の勝負だ。


********あとがき********

皆様こんにちは。
年が明けまして、月曜日からの仕事や学業に鬱々としているところでしょうか?

え、まさか今日から仕事!?
おつかれさまでーす

さて、本作、やや青春スポーツ小説っぽくなってしまっておりますが、しばらくは雪乃ちゃんメインですのでご容赦ください。

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