51 / 55
第3章 配信者「姫宮みこと」
第51話 スペシャルゲスト
しおりを挟む
翌日の朝、スマホを開いた瞬間に、もう溜息が出た。
【人気Vtuber × 大御所俳優 和解か。】
ニュースサイトの見出しは、どこも似たり寄ったりだった。
和解も何も、そもそも争っていた覚えがない。こちらは最初から「気にしていない」と言い続けていただけだし、向こうは真摯に頭を下げてきただけだ。
「……まあ、こう書かれるよな」
それでも、悪い気分ではなかった。
少なくとも【対立】【泥沼】【決裂】みたいな単語が並ぶよりは、ずっとマシだ。
世間は、良くも悪くも単純だ。
昨日まで燃え盛っていた話題も、「和解」の二文字が出た途端、急速に温度を失っていく。
新しい炎上先を探して、視線はあっという間に別の場所へ移る。
……正直、助かった。
これでようやく、まともに配信ができる。
変に気を遣われたり、コメント欄が空気を読みすぎて静まり返ったりすることも、きっと減るだろう。
そう思っていた、矢先だった。
昼過ぎ、作業の合間に何気なくチェックしたメールに、見覚えのある差出人が表示されていた。
伍井貴之の所属する、あの大手芸能事務所だ。
〈突然のご連絡、失礼致します〉
〈実は……伍井が、姫宮みこと様の配信姿を一度、拝見してみたいと申しておりまして〉
……ん?
思わず、文面を最初から読み直す。
〈もちろん、ご迷惑であればお断りください〉
〈こちらからお願いしておきながら、大変心苦しいのですが……〉
文章の端々から、担当者の困惑が滲み出ていた。
そりゃそうだ。
大御所俳優が、個人Vtuberの配信に出たいと言い出すなんて、前例があるわけがない。
「……マジか」
思わず、声が漏れた。
驚きはしたが、不快ではなかった。
あの応接室での会話を思い出す。
Vtuberという文化そのものへの興味。
そして、こちらを「同じ舞台に立つ人間」として見ていた、あの視線。
少し考えてから、返信を打った。
〈こちらとしても、正直驚いています〉
〈ただ、場所と機会さえご用意いただけるのであれば……前向きに検討させてください〉
数分もしないうちに、返事が来た。
〈本当に感謝致します〉
〈出演料などはいただきません〉
〈短い時間で結構ですので、どうか……〉
そこまで言われて、断る理由はなかった。
それから数週間後。
話は、驚くほどスムーズに進んだ。
場所は都内のスタジオ。
配信設備はすべてこちらで持ち込み、事務所側は「場を用意するだけ」という形だ。
もちろん、このコラボのことは、リスナーには一切告知していない。
完全なサプライズ。
スタジオに入ると、すでに伍井貴之は到着していた。
ラフなジャケット姿で、どこにでもいそうな初老の男性――とは言えないが、テレビで見る「大御所」のオーラは、意識して抑えているように見えた。
「久しぶりやな」
「こちらこそ……今日は、よろしくお願いします」
握手を交わす。
手は大きく、思ったより温かい。
「わがまま言ってもうて、ほんまにすまんな」
そう言って、伍井は申し訳なさそうに笑った。
「君の配信、何回か見たんやけどな。
オモロくて、つい……出たくなってしもうてん」
「それ、本人に言われると結構プレッシャーなんですけど」
そう返すと、伍井は声を上げて笑った。
時刻は、午後を少し過ぎたところ。
普段なら歌配信をする時間帯だが、今日は最初から雑談メインで行くつもりだった。
そして――俺には、もう一つ仕込んでいるものがあった。
「実は、伍井さんに……サプライズを用意してまして」
「サプライズ?」
首を傾げる伍井に、ノートPCの画面を向ける。
そこに映し出されたのは、一体のアバター。
年齢を少しだけ若返らせた、しかし一目で「本人」と分かる絶妙なデザイン。
落ち着いた目元と、特徴的な口元。
スーツ姿で、微かに微笑んでいる。
「これ……ワシかいな!?」
目を見開いて、画面に顔を近づける。
「イラストは、知り合いのクリエイターさんにお願いしました。
簡単ですけど、モーションキャプチャも入ってます」
その言葉通り、伍井が軽く手を振ると、アバターも同じ動きをした。
「最高やんか、みこっちゃん!」
子どものように目を輝かせる姿に、こちらまで笑ってしまう。
――さて。
準備は整った。
配信開始。
いつもの挨拶、いつものBGM。
最初は、普段通りの雑談だ。
〈今日は雑談?〉
〈歌枠じゃないの珍しい〉
〈なんか雰囲気違う?〉
コメント欄が温まってきた頃合いを見計らう。
同時接続数は、いつもより明らかに多い。
「えーと、今日はですね」
一拍置いて、言った。
「今回は、スペシャルゲストに来ていただきました!」
画面を操作する。
俺のアバターの横に、もう一体の存在が追加された。
スーツ姿の男性アバター。
「ご紹介します」
胸の奥が、少しだけ高鳴る。
「伍井貴之さんです!」
一瞬の静寂。
そして――
〈え?〉
〈は???〉
〈伍井!?!?!?〉
〈嘘でしょwww〉
〈理解が追いつかない〉
コメント欄が、爆発した。
その横で、伍井のアバターがゆっくりと頭を下げる。
「どーも。噂の大御所俳優です」
ボイスチェンジャー越しではない、地声のまま。
その一言で、さらに同接数が跳ね上がった。
俺は、内心で小さく息を吐く。
――ああ、やっぱり。
この人は、生粋の表舞台の人間だ。
そして今、その舞台に俺たちは一緒に立っている。
◇◆◇◆
配信画面の右上に表示された同時接続数は、すでに見慣れない数字になっていた。
コメント欄は流速を上げ、画面の下から上へ、文字が雪崩のように押し寄せてくる。
正直に言えば、少し――いや、かなり怖かった。
この状況を、ちゃんとコントロールできるのか。
自分は、配信者として場を回せるのか。
そんな俺の不安をよそに、伍井はひと呼吸置いてから、深々と頭を下げた。
「まずは、謝罪をさせて下さい」
スタジオの空気が、一瞬だけ張りつめる。
「姫宮みことさん、そして視聴者の皆さんには、大変不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
その言葉は、用意された台本を読んでいるようには聞こえなかった。
声のトーンも、言葉の選び方も、どこか不器用で、真っ直ぐだった。
コメント欄が、少し遅れて反応する。
〈ちゃんと謝ってくれるのは偉い〉
〈頭下げられるのすごい〉
〈もう終わった話やで〉
〈みことが許してるならそれでいい〉
〈もう謝らんでええよ〉
流れる言葉の多くが、思った以上に温かい。
炎上という言葉から想像していた、刺々しい空気は、ここにはなかった。
「……ありがとうございます」
伍井はそう言って、顔を上げた。
「正直に言うとな、最初は何が悪かったんか、ちゃんと分かってへんかった」
コメント欄が、少しざわつく。
「せやけど、謝りに行って、みこっちゃんと話して、
それでようやく気づいたんや。
ワシは、知らん世界を、知らんままに茶化してしもうた」
その言葉に、俺は小さく息を呑んだ。
知らないことを、知らないまま笑いにする。
それは、悪意がなくても、人を傷つける。
彼自身が、それを理解したのだと、伝わってきた。
「だからな」
伍井は、画面越しに俺のアバターを見て、にやりと笑う。
「これからは友達として、ファンとして、
皆さんと一緒に応援していきたいと思っとります」
コメント欄が、一気に湧いた。
〈友達宣言!?〉
〈ファンって言った!?〉
〈大御所がみことのファンは草〉
〈世界線バグってる〉
そして、伍井は続ける。
「だからなぁ、みこっちゃん」
「……は、はい?」
突然、話を振られて声が裏返った。
コメント欄に〈かわいい〉が流れる。やめてほしい。
「何か困ったら、ワシになんでも言うてくれ」
「……」
「みこっちゃんは、事務所に所属してへんのやろ?」
その言葉に、コメント欄が一斉に反応する。
〈そうなんだよな〉
〈個人勢は大変〉
〈マネージャーいないのキツそう〉
「だったらな」
伍井は、少しだけ真剣な表情で言った。
「協力者は、必要やで」
一瞬、言葉が出なかった。
配信者として、姫宮みこととして。
ここまで一人でやってきた。
それを誇りに思っていたし、同時に、どこかで限界も感じていた。
「……ありがとうございます」
絞り出すように、そう答える。
「今は、まだ……正直、実感が追いついてなくて」
「それでええ」
伍井は、即座に返した。
「急に背負わんでええ。
困ったときに、思い出してくれたら、それでええんや」
コメント欄は、もう完全にお祭り状態だった。
〈いい話すぎる〉
〈こんなん泣くわ〉
〈みこと、ええ人に出会ったな〉
〈これは神回〉
そこからは、雑談に入った。
伍井が配信を見るようになったきっかけ。
深夜にテレビを消して、スマホで偶然流れてきた切り抜き。気づけば次の動画、次の配信と追いかけていたこと。
「歌もええけどな」
伍井は言う。
「喋りがな、絶妙やねん。
あれは才能や」
「いや、そこは否定させてください」
「なんでや」
「台本も何もない中で、噛み倒してるだけなので」
〈それがいい〉
〈素の感じが好き〉
〈噛みも含めて姫宮〉
コメント欄が、容赦なくフォローしてくる。
笑って、突っ込んで、また笑う。
不思議なことに、緊張はいつの間にか消えていた。
配信者と俳優。
世代も、立場も違う。
それなのに、会話は驚くほど自然に続いた。
気づけば、予定していた時間を少しオーバーしていた。
「そろそろ、お開きにしましょうか」
俺がそう言うと、コメント欄から〈もっと!〉〈終わるな〉が飛ぶ。
「またな」
伍井が、画面越しに手を振る。
「今日はほんまに、ありがとう」
配信を終了する。
BGMがフェードアウトし、画面が暗転した。
スタジオの静けさが、急に現実を引き戻す。
「いやぁ」
伍井は椅子から立ち上がり、満足そうに笑った。
「おもろかったわ」
「……本当に、助かりました」
そう言うと、伍井は首を振る。
「助けたつもりはあらへん」
そして、少しだけ声を落とした。
「配信で言うたこと、覚えとるか?」
「……はい」
「あれはな、本心や」
真っ直ぐな目で、こちらを見る。
「この先、いろんなことで困ることがあるやろ。
炎上も、仕事の話も、人間関係も」
それは、予言のようにも聞こえた。
「でもな」
伍井は、いつもの調子で笑う。
「応援しとるで。みこっちゃん!」
その一言が、胸の奥に、静かに沈んだ。
協力者。
仲間。
ファン。
どの言葉も、まだしっくりは来ない。
けれど。
――一人じゃない。
その事実だけは、確かに、ここにあった。
【人気Vtuber × 大御所俳優 和解か。】
ニュースサイトの見出しは、どこも似たり寄ったりだった。
和解も何も、そもそも争っていた覚えがない。こちらは最初から「気にしていない」と言い続けていただけだし、向こうは真摯に頭を下げてきただけだ。
「……まあ、こう書かれるよな」
それでも、悪い気分ではなかった。
少なくとも【対立】【泥沼】【決裂】みたいな単語が並ぶよりは、ずっとマシだ。
世間は、良くも悪くも単純だ。
昨日まで燃え盛っていた話題も、「和解」の二文字が出た途端、急速に温度を失っていく。
新しい炎上先を探して、視線はあっという間に別の場所へ移る。
……正直、助かった。
これでようやく、まともに配信ができる。
変に気を遣われたり、コメント欄が空気を読みすぎて静まり返ったりすることも、きっと減るだろう。
そう思っていた、矢先だった。
昼過ぎ、作業の合間に何気なくチェックしたメールに、見覚えのある差出人が表示されていた。
伍井貴之の所属する、あの大手芸能事務所だ。
〈突然のご連絡、失礼致します〉
〈実は……伍井が、姫宮みこと様の配信姿を一度、拝見してみたいと申しておりまして〉
……ん?
思わず、文面を最初から読み直す。
〈もちろん、ご迷惑であればお断りください〉
〈こちらからお願いしておきながら、大変心苦しいのですが……〉
文章の端々から、担当者の困惑が滲み出ていた。
そりゃそうだ。
大御所俳優が、個人Vtuberの配信に出たいと言い出すなんて、前例があるわけがない。
「……マジか」
思わず、声が漏れた。
驚きはしたが、不快ではなかった。
あの応接室での会話を思い出す。
Vtuberという文化そのものへの興味。
そして、こちらを「同じ舞台に立つ人間」として見ていた、あの視線。
少し考えてから、返信を打った。
〈こちらとしても、正直驚いています〉
〈ただ、場所と機会さえご用意いただけるのであれば……前向きに検討させてください〉
数分もしないうちに、返事が来た。
〈本当に感謝致します〉
〈出演料などはいただきません〉
〈短い時間で結構ですので、どうか……〉
そこまで言われて、断る理由はなかった。
それから数週間後。
話は、驚くほどスムーズに進んだ。
場所は都内のスタジオ。
配信設備はすべてこちらで持ち込み、事務所側は「場を用意するだけ」という形だ。
もちろん、このコラボのことは、リスナーには一切告知していない。
完全なサプライズ。
スタジオに入ると、すでに伍井貴之は到着していた。
ラフなジャケット姿で、どこにでもいそうな初老の男性――とは言えないが、テレビで見る「大御所」のオーラは、意識して抑えているように見えた。
「久しぶりやな」
「こちらこそ……今日は、よろしくお願いします」
握手を交わす。
手は大きく、思ったより温かい。
「わがまま言ってもうて、ほんまにすまんな」
そう言って、伍井は申し訳なさそうに笑った。
「君の配信、何回か見たんやけどな。
オモロくて、つい……出たくなってしもうてん」
「それ、本人に言われると結構プレッシャーなんですけど」
そう返すと、伍井は声を上げて笑った。
時刻は、午後を少し過ぎたところ。
普段なら歌配信をする時間帯だが、今日は最初から雑談メインで行くつもりだった。
そして――俺には、もう一つ仕込んでいるものがあった。
「実は、伍井さんに……サプライズを用意してまして」
「サプライズ?」
首を傾げる伍井に、ノートPCの画面を向ける。
そこに映し出されたのは、一体のアバター。
年齢を少しだけ若返らせた、しかし一目で「本人」と分かる絶妙なデザイン。
落ち着いた目元と、特徴的な口元。
スーツ姿で、微かに微笑んでいる。
「これ……ワシかいな!?」
目を見開いて、画面に顔を近づける。
「イラストは、知り合いのクリエイターさんにお願いしました。
簡単ですけど、モーションキャプチャも入ってます」
その言葉通り、伍井が軽く手を振ると、アバターも同じ動きをした。
「最高やんか、みこっちゃん!」
子どものように目を輝かせる姿に、こちらまで笑ってしまう。
――さて。
準備は整った。
配信開始。
いつもの挨拶、いつものBGM。
最初は、普段通りの雑談だ。
〈今日は雑談?〉
〈歌枠じゃないの珍しい〉
〈なんか雰囲気違う?〉
コメント欄が温まってきた頃合いを見計らう。
同時接続数は、いつもより明らかに多い。
「えーと、今日はですね」
一拍置いて、言った。
「今回は、スペシャルゲストに来ていただきました!」
画面を操作する。
俺のアバターの横に、もう一体の存在が追加された。
スーツ姿の男性アバター。
「ご紹介します」
胸の奥が、少しだけ高鳴る。
「伍井貴之さんです!」
一瞬の静寂。
そして――
〈え?〉
〈は???〉
〈伍井!?!?!?〉
〈嘘でしょwww〉
〈理解が追いつかない〉
コメント欄が、爆発した。
その横で、伍井のアバターがゆっくりと頭を下げる。
「どーも。噂の大御所俳優です」
ボイスチェンジャー越しではない、地声のまま。
その一言で、さらに同接数が跳ね上がった。
俺は、内心で小さく息を吐く。
――ああ、やっぱり。
この人は、生粋の表舞台の人間だ。
そして今、その舞台に俺たちは一緒に立っている。
◇◆◇◆
配信画面の右上に表示された同時接続数は、すでに見慣れない数字になっていた。
コメント欄は流速を上げ、画面の下から上へ、文字が雪崩のように押し寄せてくる。
正直に言えば、少し――いや、かなり怖かった。
この状況を、ちゃんとコントロールできるのか。
自分は、配信者として場を回せるのか。
そんな俺の不安をよそに、伍井はひと呼吸置いてから、深々と頭を下げた。
「まずは、謝罪をさせて下さい」
スタジオの空気が、一瞬だけ張りつめる。
「姫宮みことさん、そして視聴者の皆さんには、大変不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
その言葉は、用意された台本を読んでいるようには聞こえなかった。
声のトーンも、言葉の選び方も、どこか不器用で、真っ直ぐだった。
コメント欄が、少し遅れて反応する。
〈ちゃんと謝ってくれるのは偉い〉
〈頭下げられるのすごい〉
〈もう終わった話やで〉
〈みことが許してるならそれでいい〉
〈もう謝らんでええよ〉
流れる言葉の多くが、思った以上に温かい。
炎上という言葉から想像していた、刺々しい空気は、ここにはなかった。
「……ありがとうございます」
伍井はそう言って、顔を上げた。
「正直に言うとな、最初は何が悪かったんか、ちゃんと分かってへんかった」
コメント欄が、少しざわつく。
「せやけど、謝りに行って、みこっちゃんと話して、
それでようやく気づいたんや。
ワシは、知らん世界を、知らんままに茶化してしもうた」
その言葉に、俺は小さく息を呑んだ。
知らないことを、知らないまま笑いにする。
それは、悪意がなくても、人を傷つける。
彼自身が、それを理解したのだと、伝わってきた。
「だからな」
伍井は、画面越しに俺のアバターを見て、にやりと笑う。
「これからは友達として、ファンとして、
皆さんと一緒に応援していきたいと思っとります」
コメント欄が、一気に湧いた。
〈友達宣言!?〉
〈ファンって言った!?〉
〈大御所がみことのファンは草〉
〈世界線バグってる〉
そして、伍井は続ける。
「だからなぁ、みこっちゃん」
「……は、はい?」
突然、話を振られて声が裏返った。
コメント欄に〈かわいい〉が流れる。やめてほしい。
「何か困ったら、ワシになんでも言うてくれ」
「……」
「みこっちゃんは、事務所に所属してへんのやろ?」
その言葉に、コメント欄が一斉に反応する。
〈そうなんだよな〉
〈個人勢は大変〉
〈マネージャーいないのキツそう〉
「だったらな」
伍井は、少しだけ真剣な表情で言った。
「協力者は、必要やで」
一瞬、言葉が出なかった。
配信者として、姫宮みこととして。
ここまで一人でやってきた。
それを誇りに思っていたし、同時に、どこかで限界も感じていた。
「……ありがとうございます」
絞り出すように、そう答える。
「今は、まだ……正直、実感が追いついてなくて」
「それでええ」
伍井は、即座に返した。
「急に背負わんでええ。
困ったときに、思い出してくれたら、それでええんや」
コメント欄は、もう完全にお祭り状態だった。
〈いい話すぎる〉
〈こんなん泣くわ〉
〈みこと、ええ人に出会ったな〉
〈これは神回〉
そこからは、雑談に入った。
伍井が配信を見るようになったきっかけ。
深夜にテレビを消して、スマホで偶然流れてきた切り抜き。気づけば次の動画、次の配信と追いかけていたこと。
「歌もええけどな」
伍井は言う。
「喋りがな、絶妙やねん。
あれは才能や」
「いや、そこは否定させてください」
「なんでや」
「台本も何もない中で、噛み倒してるだけなので」
〈それがいい〉
〈素の感じが好き〉
〈噛みも含めて姫宮〉
コメント欄が、容赦なくフォローしてくる。
笑って、突っ込んで、また笑う。
不思議なことに、緊張はいつの間にか消えていた。
配信者と俳優。
世代も、立場も違う。
それなのに、会話は驚くほど自然に続いた。
気づけば、予定していた時間を少しオーバーしていた。
「そろそろ、お開きにしましょうか」
俺がそう言うと、コメント欄から〈もっと!〉〈終わるな〉が飛ぶ。
「またな」
伍井が、画面越しに手を振る。
「今日はほんまに、ありがとう」
配信を終了する。
BGMがフェードアウトし、画面が暗転した。
スタジオの静けさが、急に現実を引き戻す。
「いやぁ」
伍井は椅子から立ち上がり、満足そうに笑った。
「おもろかったわ」
「……本当に、助かりました」
そう言うと、伍井は首を振る。
「助けたつもりはあらへん」
そして、少しだけ声を落とした。
「配信で言うたこと、覚えとるか?」
「……はい」
「あれはな、本心や」
真っ直ぐな目で、こちらを見る。
「この先、いろんなことで困ることがあるやろ。
炎上も、仕事の話も、人間関係も」
それは、予言のようにも聞こえた。
「でもな」
伍井は、いつもの調子で笑う。
「応援しとるで。みこっちゃん!」
その一言が、胸の奥に、静かに沈んだ。
協力者。
仲間。
ファン。
どの言葉も、まだしっくりは来ない。
けれど。
――一人じゃない。
その事実だけは、確かに、ここにあった。
20
あなたにおすすめの小説
卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。
柊
ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。
そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。
すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
誰の金で生活してんの?
広川朔二
ライト文芸
誰よりも家族のために尽くしてきた男がいた。朝早くから働き、家事を担い、家庭を支えてきた。しかし、帰ってきたのは妻の裏切りと娘の冷たい視線。不倫、嘲笑——すべてを悟った男は、静かに「計画」を始める。仕組まれた別れと制裁、そして自由な人生の再出発。これは、捨てられた“だけの男”が、すべてをひっくり返す「静かなる復讐劇」。
愛する夫にもう一つの家庭があったことを知ったのは、結婚して10年目のことでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の伯爵令嬢だったエミリアは長年の想い人である公爵令息オリバーと結婚した。
しかし、夫となったオリバーとの仲は冷え切っていた。
オリバーはエミリアを愛していない。
それでもエミリアは一途に夫を想い続けた。
子供も出来ないまま十年の年月が過ぎ、エミリアはオリバーにもう一つの家庭が存在していることを知ってしまう。
それをきっかけとして、エミリアはついにオリバーとの離婚を決意する。
オリバーと離婚したエミリアは第二の人生を歩み始める。
一方、最愛の愛人とその子供を公爵家に迎え入れたオリバーは後悔に苛まれていた……。
魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした
たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。
死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた
今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。
レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。
不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。
レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。
それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し……
※短め
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる