妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲

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第3章 配信者「姫宮みこと」

第51話 スペシャルゲスト

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 翌日の朝、スマホを開いた瞬間に、もう溜息が出た。

【人気Vtuber × 大御所俳優 和解か。】

 ニュースサイトの見出しは、どこも似たり寄ったりだった。
 和解も何も、そもそも争っていた覚えがない。こちらは最初から「気にしていない」と言い続けていただけだし、向こうは真摯に頭を下げてきただけだ。

「……まあ、こう書かれるよな」

 それでも、悪い気分ではなかった。
 少なくとも【対立】【泥沼】【決裂】みたいな単語が並ぶよりは、ずっとマシだ。

 世間は、良くも悪くも単純だ。
 昨日まで燃え盛っていた話題も、「和解」の二文字が出た途端、急速に温度を失っていく。
 新しい炎上先を探して、視線はあっという間に別の場所へ移る。

 ……正直、助かった。

 これでようやく、まともに配信ができる。
 変に気を遣われたり、コメント欄が空気を読みすぎて静まり返ったりすることも、きっと減るだろう。

 そう思っていた、矢先だった。

 昼過ぎ、作業の合間に何気なくチェックしたメールに、見覚えのある差出人が表示されていた。
 伍井貴之の所属する、あの大手芸能事務所だ。

〈突然のご連絡、失礼致します〉
〈実は……伍井が、姫宮みこと様の配信姿を一度、拝見してみたいと申しておりまして〉

 ……ん?

 思わず、文面を最初から読み直す。

〈もちろん、ご迷惑であればお断りください〉
〈こちらからお願いしておきながら、大変心苦しいのですが……〉

 文章の端々から、担当者の困惑が滲み出ていた。
 そりゃそうだ。
 大御所俳優が、個人Vtuberの配信に出たいと言い出すなんて、前例があるわけがない。

「……マジか」

 思わず、声が漏れた。

 驚きはしたが、不快ではなかった。
 あの応接室での会話を思い出す。
 Vtuberという文化そのものへの興味。
 そして、こちらを「同じ舞台に立つ人間」として見ていた、あの視線。

 少し考えてから、返信を打った。

〈こちらとしても、正直驚いています〉
〈ただ、場所と機会さえご用意いただけるのであれば……前向きに検討させてください〉

 数分もしないうちに、返事が来た。

〈本当に感謝致します〉
〈出演料などはいただきません〉
〈短い時間で結構ですので、どうか……〉

 そこまで言われて、断る理由はなかった。

 それから数週間後。
 話は、驚くほどスムーズに進んだ。

 場所は都内のスタジオ。
 配信設備はすべてこちらで持ち込み、事務所側は「場を用意するだけ」という形だ。
 もちろん、このコラボのことは、リスナーには一切告知していない。

 完全なサプライズ。

 スタジオに入ると、すでに伍井貴之は到着していた。
 ラフなジャケット姿で、どこにでもいそうな初老の男性――とは言えないが、テレビで見る「大御所」のオーラは、意識して抑えているように見えた。

「久しぶりやな」

「こちらこそ……今日は、よろしくお願いします」

 握手を交わす。
 手は大きく、思ったより温かい。

「わがまま言ってもうて、ほんまにすまんな」

 そう言って、伍井は申し訳なさそうに笑った。

「君の配信、何回か見たんやけどな。
 オモロくて、つい……出たくなってしもうてん」

「それ、本人に言われると結構プレッシャーなんですけど」

 そう返すと、伍井は声を上げて笑った。

 時刻は、午後を少し過ぎたところ。
 普段なら歌配信をする時間帯だが、今日は最初から雑談メインで行くつもりだった。

 そして――俺には、もう一つ仕込んでいるものがあった。

「実は、伍井さんに……サプライズを用意してまして」

「サプライズ?」

 首を傾げる伍井に、ノートPCの画面を向ける。

 そこに映し出されたのは、一体のアバター。
 年齢を少しだけ若返らせた、しかし一目で「本人」と分かる絶妙なデザイン。
 落ち着いた目元と、特徴的な口元。
 スーツ姿で、微かに微笑んでいる。

「これ……ワシかいな!?」

 目を見開いて、画面に顔を近づける。

「イラストは、知り合いのクリエイターさんにお願いしました。
 簡単ですけど、モーションキャプチャも入ってます」

 その言葉通り、伍井が軽く手を振ると、アバターも同じ動きをした。

「最高やんか、みこっちゃん!」

 子どものように目を輝かせる姿に、こちらまで笑ってしまう。

 ――さて。

 準備は整った。

 配信開始。
 いつもの挨拶、いつものBGM。
 最初は、普段通りの雑談だ。

〈今日は雑談?〉
〈歌枠じゃないの珍しい〉
〈なんか雰囲気違う?〉

 コメント欄が温まってきた頃合いを見計らう。
 同時接続数は、いつもより明らかに多い。

「えーと、今日はですね」

 一拍置いて、言った。

「今回は、スペシャルゲストに来ていただきました!」

 画面を操作する。
 俺のアバターの横に、もう一体の存在が追加された。

 スーツ姿の男性アバター。

「ご紹介します」

 胸の奥が、少しだけ高鳴る。

「伍井貴之さんです!」

 一瞬の静寂。
 そして――

〈え?〉
〈は???〉
〈伍井!?!?!?〉
〈嘘でしょwww〉
〈理解が追いつかない〉

 コメント欄が、爆発した。

 その横で、伍井のアバターがゆっくりと頭を下げる。

「どーも。噂の大御所俳優です」

 ボイスチェンジャー越しではない、地声のまま。
 その一言で、さらに同接数が跳ね上がった。

 俺は、内心で小さく息を吐く。

 ――ああ、やっぱり。

 この人は、生粋の表舞台の人間だ。

 そして今、その舞台に俺たちは一緒に立っている。


◇◆◇◆

 配信画面の右上に表示された同時接続数は、すでに見慣れない数字になっていた。
 コメント欄は流速を上げ、画面の下から上へ、文字が雪崩のように押し寄せてくる。

 正直に言えば、少し――いや、かなり怖かった。
 この状況を、ちゃんとコントロールできるのか。
 自分は、配信者として場を回せるのか。

 そんな俺の不安をよそに、伍井はひと呼吸置いてから、深々と頭を下げた。

「まずは、謝罪をさせて下さい」

 スタジオの空気が、一瞬だけ張りつめる。

「姫宮みことさん、そして視聴者の皆さんには、大変不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」

 その言葉は、用意された台本を読んでいるようには聞こえなかった。
 声のトーンも、言葉の選び方も、どこか不器用で、真っ直ぐだった。

 コメント欄が、少し遅れて反応する。

〈ちゃんと謝ってくれるのは偉い〉
〈頭下げられるのすごい〉
〈もう終わった話やで〉
〈みことが許してるならそれでいい〉
〈もう謝らんでええよ〉

 流れる言葉の多くが、思った以上に温かい。
 炎上という言葉から想像していた、刺々しい空気は、ここにはなかった。

「……ありがとうございます」

 伍井はそう言って、顔を上げた。

「正直に言うとな、最初は何が悪かったんか、ちゃんと分かってへんかった」

 コメント欄が、少しざわつく。

「せやけど、謝りに行って、みこっちゃんと話して、
 それでようやく気づいたんや。
 ワシは、知らん世界を、知らんままに茶化してしもうた」

 その言葉に、俺は小さく息を呑んだ。

 知らないことを、知らないまま笑いにする。
 それは、悪意がなくても、人を傷つける。

 彼自身が、それを理解したのだと、伝わってきた。

「だからな」

 伍井は、画面越しに俺のアバターを見て、にやりと笑う。

「これからは友達として、ファンとして、
 皆さんと一緒に応援していきたいと思っとります」

 コメント欄が、一気に湧いた。

〈友達宣言!?〉
〈ファンって言った!?〉
〈大御所がみことのファンは草〉
〈世界線バグってる〉

 そして、伍井は続ける。

「だからなぁ、みこっちゃん」

「……は、はい?」

 突然、話を振られて声が裏返った。
 コメント欄に〈かわいい〉が流れる。やめてほしい。

「何か困ったら、ワシになんでも言うてくれ」

「……」

「みこっちゃんは、事務所に所属してへんのやろ?」

 その言葉に、コメント欄が一斉に反応する。

〈そうなんだよな〉
〈個人勢は大変〉
〈マネージャーいないのキツそう〉

「だったらな」

 伍井は、少しだけ真剣な表情で言った。

「協力者は、必要やで」

 一瞬、言葉が出なかった。

 配信者として、姫宮みこととして。
 ここまで一人でやってきた。
 それを誇りに思っていたし、同時に、どこかで限界も感じていた。

「……ありがとうございます」

 絞り出すように、そう答える。

「今は、まだ……正直、実感が追いついてなくて」

「それでええ」

 伍井は、即座に返した。

「急に背負わんでええ。
 困ったときに、思い出してくれたら、それでええんや」

 コメント欄は、もう完全にお祭り状態だった。

〈いい話すぎる〉
〈こんなん泣くわ〉
〈みこと、ええ人に出会ったな〉
〈これは神回〉

 そこからは、雑談に入った。

 伍井が配信を見るようになったきっかけ。
 深夜にテレビを消して、スマホで偶然流れてきた切り抜き。気づけば次の動画、次の配信と追いかけていたこと。

「歌もええけどな」

 伍井は言う。

「喋りがな、絶妙やねん。
 あれは才能や」

「いや、そこは否定させてください」

「なんでや」

「台本も何もない中で、噛み倒してるだけなので」

〈それがいい〉
〈素の感じが好き〉
〈噛みも含めて姫宮〉

 コメント欄が、容赦なくフォローしてくる。

 笑って、突っ込んで、また笑う。
 不思議なことに、緊張はいつの間にか消えていた。

 配信者と俳優。
 世代も、立場も違う。
 それなのに、会話は驚くほど自然に続いた。

 気づけば、予定していた時間を少しオーバーしていた。

「そろそろ、お開きにしましょうか」

 俺がそう言うと、コメント欄から〈もっと!〉〈終わるな〉が飛ぶ。

「またな」

 伍井が、画面越しに手を振る。

「今日はほんまに、ありがとう」

 配信を終了する。
 BGMがフェードアウトし、画面が暗転した。

 スタジオの静けさが、急に現実を引き戻す。

「いやぁ」

 伍井は椅子から立ち上がり、満足そうに笑った。

「おもろかったわ」

「……本当に、助かりました」

 そう言うと、伍井は首を振る。

「助けたつもりはあらへん」

 そして、少しだけ声を落とした。

「配信で言うたこと、覚えとるか?」

「……はい」

「あれはな、本心や」

 真っ直ぐな目で、こちらを見る。

「この先、いろんなことで困ることがあるやろ。
 炎上も、仕事の話も、人間関係も」

 それは、予言のようにも聞こえた。

「でもな」

 伍井は、いつもの調子で笑う。

「応援しとるで。みこっちゃん!」

 その一言が、胸の奥に、静かに沈んだ。

 協力者。
 仲間。
 ファン。

 どの言葉も、まだしっくりは来ない。

 けれど。

 ――一人じゃない。

 その事実だけは、確かに、ここにあった。
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