妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲

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第3章 配信者「姫宮みこと」

第53話 寂しいものは寂しい

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 月日は、思ったよりもあっさりと流れていった。

 あれほど賑やかだったテレビ業界の空気から、「姫宮みこと」という名前は、少しずつ姿を消していく。
 特集番組。コメンテーター枠。ネットニュース。どれも、いつの間にか次の話題に取って代わられていた。

 出演依頼は、目に見えて減った。
 あれだけ詰め込まれていたスケジュール帳も、気づけば白いページが増えている。

「まぁ……こんなもんだよな」

 寂しさがないと言えば嘘になる。
 けれど、落胆しているかと聞かれれば、答えは違った。

 忙しすぎた日々が、ようやく日常へと戻ってきただけだ。

 そして、日常の中心には、変わらず配信があった。

 夜になり、配信を始めると、いつもの名前が並ぶ。
 いつもの挨拶。
 いつもの流れ。

〈みこっちゃんおかえり〉
〈今日は歌う?〉
〈雑談でもいいよ〉

 画面越しのやり取りは、相変わらず楽しい。
 数字の大小よりも、言葉の温度が、今は心地よかった。

「テレビに出なくなっても、こうして待ってくれてる人がいるなら、それで十分だな」

 独り言のように呟くと、コメント欄が〈そうだよ〉〈ずっといる〉で埋まる。

 配信業専念。
 それは、決して後退ではない。
 むしろ、自分にとっては、前進だった。

 そんな穏やかな日々の中で、少しだけ、想定外の出来事が起きた。

 その日は、いつも通りジムに行っていた。
 軽く汗を流し、シャワーを浴びて、帰宅。

 玄関のドアを開けた瞬間、違和感に気づく。

「……あれ?」

 靴が、二足多い。

 しかも、見覚えのあるスニーカーだ。

「ただいまー」

 声をかけると、リビングから雪乃の声が飛んできた。

「……っ!」

 明らかに、驚いた声。

「も、もうっ! 帰るなら早く言ってよ!」

 何故か、怒られた。

「いや、普通に帰っただけだけど……」

 首を傾げながらリビングを覗くと、そこには朝来野くんがいた。

「あ、こんにちは。お邪魔してます」

 きちんと立ち上がり、丁寧に頭を下げる。
 相変わらず、礼儀正しい。

「こんにちは。ゆっくりしてって」

 そう言いながら、内心では少しだけ身構えていた。

 別に、何かあるとは思っていない。
 雪乃も、まだ子どもだ。

 ……いや、子どもと言うには、もう微妙な年頃か。

 雪乃はというと、頬を少し赤らめて、そわそわしている。

「今日は、たまたま……勉強、教えてもらってただけだから」

「うん、分かってる」

 本当に、それだけだろう。
 分かっている。分かっているのだが。

 ――父親という生き物は、どうしても余計な心配をしてしまう。

 朝来野くんは、良い子だ。
 落ち着いているし、無理に距離を詰めてくることもない。

 それでも。

「……お茶とか、お菓子とか……」

 口が勝手に動いた。

「アイスでも買ってこようか?」

 その瞬間だった。

 バタン。

 雪乃の部屋のドアが、ピシッと音を立てて閉じられる。

 静まり返る廊下。

 扉の前に立ち尽くしながら、声をかける。

「……雪乃?」

 少し間を置いて、返ってきたのは、短い言葉だけだった。

「あるから、要らない」

 それ以上、何も言われなかった。

「……そっか」

 ため息が、胸の奥に落ちる。

 思春期だ。
 分かっている。

 こういう時期なのだと、頭では理解している。

 それでも。

「……ちょっと、寂しいな」

 ぽつりと漏れた言葉は、誰にも届かない。

 朝来野くんは、気まずそうに視線を逸らしていた。

「えっと……今日は、この辺で失礼します」

「うん、ありがとうね」

 玄関まで見送ると、彼はもう一度、深く頭を下げた。

「雪乃さんに、よろしくお伝えください」

「……あぁ」

 ドアが閉まり、家の中は静かになった。

 雪乃の部屋からは、物音ひとつ聞こえない。

 無理に話しかけるのは、逆効果だろう。

「……仕方ない」

 時計を見ると、配信まで、そう時間はない。

 気持ちを切り替えるしかなかった。

 パソコンを立ち上げ、マイクをセットする。
 いつもの準備。いつもの動作。

 ヘッドホンを首にかけながら、ふと思う。

 テレビの世界から距離ができたこと。
 雪乃が、少しずつ自分の世界を広げていること。

 どちらも、自然な流れだ。

 変わらないものなんて、ない。

 だからこそ、今、ここにある時間を、大切にしなければならない。

「……よし」

 配信ソフトを起動し、深呼吸をひとつ。

 画面に映るのは、いつもの姫宮みことの姿。

 その向こう側には、変わらず待ってくれている人たちがいる。

 開始ボタンを押す。

「こんばんは、姫宮みことです」

 その声は、いつもより少しだけ小さかった。

◇◆◇◆

 配信開始のジングルが流れ、画面が切り替わる。
 姫宮みことのアバターが、いつも通りに手を振った。

「こんばんはー、姫宮みことです」

〈こんみこー〉
〈待ってた〉
〈今日は元気そう〉

 コメント欄が、穏やかな速度で流れていく。
 同時接続数も、最近の平均値。爆発的ではないが、落ち着いた数字だ。

「今日はね、特に大きな告知もないんだけど……雑談しながら、少し歌えたらいいなって思ってます」

〈それが一番〉
〈無理しないでね〉

 自然と、肩の力が抜ける。
 こういう距離感が、今はちょうどいい。

 テレビに出ていた頃は、常に「次」を求められていた。
 もっと強い言葉。もっと派手な展開。もっと数字の出る話題。

 でも、今は違う。

 今日あった小さな出来事。
 何気ない気分の揺れ。
 そういうものを、そのまま話せる。

「そういえばさ」

 マイク越しに、少しだけ声を落とす。

「最近、時間がゆっくり流れてる感じがしてて」

〈いいことじゃん〉
〈落ち着いてきた?〉

「うん。忙しかったのも楽しかったけど……今は今で、悪くないなって」

 言葉にしてみて、気づく。
 これは、誰かに言い聞かせているというより、自分自身の確認だった。

 コメントを拾いながら、雑談を続ける。
 奥多摩の話。キャンプのカレーの話。
 猫が可愛かった、という話には〈猫!?〉〈写真は!?〉と盛り上がった。

「写真は撮ってないです。ごめん」

〈許さない〉
〈想像で補う〉

 笑いながら、次の曲を流す準備をする。

「じゃあ、一曲だけ歌おうかな」

 イントロが流れ、歌い出す。
 派手さはないが、今の自分の声に合った選曲だ。

 歌っている間、ふと、雪乃のことが頭をよぎる。

 ドアを閉めた、あの背中。
 短い返事。

 距離ができたわけじゃない。
 ただ、少しずつ、手を離す時期に入っただけ。

 分かっている。
 それでも、胸の奥に、小さな空洞ができたような感覚は消えない。

 歌い終わり、息を整える。

〈沁みた〉
〈今日の声、好き〉

「ありがとう」

 その一言が、素直に出た。

 配信を終え、機材を片付ける。
 ヘッドホンを外すと、家の中の静けさが戻ってきた。

 時計を見る。
 雪乃の部屋の前には、まだ灯りが漏れている。

 少し迷ってから、ノックした。

「……雪乃」

 返事はない。

「配信、終わったよ」

 数秒の沈黙。
 やがて、ドアの向こうから、控えめな声がした。

「……おつかれ」

 それだけだったが、不思議と、それで十分だった。

「明日さ」

 ドア越しに、続ける。

「時間あったら、一緒にご飯作らないか?」

 また、少しの間。

「……考えとく」

 ぶっきらぼうな返事。
 でも、拒絶ではない。

「うん」

 廊下を戻りながら、小さく笑った。

 変わっていくものもある。
 離れていく距離もある。

 それでも、完全に消えてしまうわけじゃない。

 配信も、家族も。
 形を変えながら、続いていく。

 その流れの中に、今の自分がいる。

「……悪くないな」

 そう呟き、リビングの灯りを落とした。
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