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29.白い魔力
しおりを挟む好きだと認識してからの、恋人としての触れ合いはこんなに幸せなものなのかと、驚く。
「甘いキス」って名詞を残したひとの感覚がわかったような気がした。
クラウス様は僅かに唇を離すと、間近の私の表情を読んで、それからまた口付けをする。
嬉しいのか、切ないのか、それとも両方の感情を混ぜた目の細め方をしていた。
クラウス様、と、彼の名前を拙く呼ぶ。
キスの合間に零すその声量が自分の口から出たことに驚いた。まるで粉砂糖みたいだと、他人行儀に考えてしまうほどの頼りなさ。
さらりと空気に混じって、すぐ溶けて消えるような声だった。
肩と頬を支える手が、体の輪郭を添うようにしてまた背中と腰に伸びる。先ほどよりも強い抱擁に首が傾げた。疑問を抱えたからではなく、物理的な位置の変化のせいで。
心臓の底に、甘く若い酒が溜まっていくような、不思議な心地だった。
ずっとこうしていられたなら、どんなに幸せだろう。
けれども、はじめてのキスはクラウス様の呻き声と共に唐突に終わりを告げた。
「……っ、う」
「クラウス様?」
「すまない。何も、」
ない。と言おうとして、できなかったようだ。
クラウス様は不快そうな顔つきになり、顔を押さえる。正しくは、火傷の傷の残る、上半分を。
「グうッ、」
「クラウス様!」
よっぽど痛むか何かしているのだろう。武人であるはずの彼でさえ、とうとう膝を折ってしまった。
過去日常的に傷や病人の手当てはこなしていたけれど、相手がクラウス様だからか、気が逸って頭が回らない。
「やだ、どうしよう。誰か、誰か!」
私の焦った声を聞いたのか、タイミングよくダフとライラが部屋に入ってくる。
「ダフ! 男手と担架を持ってきて!」
狼狽える私の代わりにライラが声を上げた。
「ライラ、クラウス様が」
「フローラ! しっかりなさい! 落ち着いて。大丈夫よ、血は出てないわ。ほら、ひとつひとつ確認して、治療をこなしていくだけよ。いつも出来ているでしょう!」
焦りで呼吸が浅くなっている私の背を、ライラが強く擦って落ち着かせようとしてくれる。
力が入らない私の両手は情けなくぶるぶると震えていた。
それをぎゅうっと強く握りしめる。
出かかった涙と、それに伴う呼吸の引き攣りを、深呼吸で無理やり押し込んだ。
印を組み、魔法陣を紡ぐための魔力を練り上げていく。でも、なかなか上手く発動ができない。何度か挑戦しているけれど、悪いイメージとその恐怖が邪魔をしてきていた。
ライラが執務室の扉を開いてダフ達の到着を待っている。ダフは今さっき部屋を出たばかりだ。担架の場所も把握していないかもしれない。
集中しないといけないのに、どうしても気が逸れる。
死闘を繰り広げたあの旅では、こんなこと無かったのに!
「フローラ、だい、大丈夫だ」
大きな体を丸めるようにしていたクラウス様が、荒い呼吸の合間に声をかけてくれた。
「すぐ、治まる……だから泣くな…、ッ」
苦味の残る、優しい笑み。
それを目にして、私の中の何かが弾ける。
目の奥がカッと熱を持ち、魔力が体中の毛穴から噴き出していくような気がした。
衝動のままにクラウス様の頭を抱え込む。
体から溢れた魔力は眩い光となって、春雷のように辺りを照らした。
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