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story7
しおりを挟む目が覚めると、全く知らない場所だった。普段アイリーンのいる昼間でも暗い部屋とは違い、カーテンが開けられた窓からは燦々と太陽の光が差し込んでいる。
『…ここはどこなのかしら』
先程倒れ込んでしまった事も踏まえて今度はできる限りゆっくりと体を起こすと、現在自分のいる部屋を見渡した。しかし暗いところに長年いたせいか光の眩しさに目が耐えられず、目を開けていることすら辛い上にぼんやりとしか見えなかった。
『せっかく声をかけてもらったのに、まともに返すことも出来なかったなぁ』
今度は部屋を観察することを諦めて、先程のやり取りを思い出した。
自身の喉元を指先で触れつつ、悔しさに顔を歪める。本当は、最初からきちんと聞こえていたのだ。最初の問いかけにはただぼんやりとしていて答えられなかったけれど、2度目の女性の声にはちゃんと返そうとして声を発しようとしたが、出なかった。
少ししてガチャリと部屋の扉が開く音がしたので驚いて扉の方に顔を向けると、男性が入ってきた様だった。よく目を凝らして見れば先程女性とともに部屋を出ていった男のようである。
部屋に入ってきた男は後ろ手に扉を閉めると慌てたようにして近づいてきた。
「大人しくしているよう言われたのに自分で起き上がったのか!?」
『ええっと…どうしよう…』
突然捲し立てるように言われたアイリーンはまず、自分が声を発せないことからどう返したら良いかわからず口をパクパクとさせるしかなかった。そんな彼女の様子を見た男はアイリーンの顔を覗き込むとそっと頬を撫でながら申し訳なさそうに口を開いた。
「すまない…君は3日も眠っていたんだ。体は辛くないか?」
そう心配してくれる男の声は、少し聞き覚えがあった。頬に触れているその手の感触にも。長いこと優しさに触れていなかった彼女にとっては、涙が出そうなほど優しくて温かい手だった。
『大丈夫です。あの、アナタは誰?』
そう伝えたいのに声が出ないもどかしさと、相変わらず窓から降り注ぐ眩しい日の光に思わず顔を歪めた彼女を見て何かを察したらしい男はサッと窓に近付くと薄手のレースのカーテンを下ろしてくれた。
「ずっと暗い部屋に居たのだから眩しかったな。気が付かなくて済まない」
先程から謝ってばかりの彼に対してやはり「大丈夫」と伝えたいのに伝えられない彼女はふるふると首を横に振ることでその意思を伝えようとした。そんな彼女を再びベッドに腰掛けた男がじっと見つめている。
「私の名前はセイラン・リノエスタ・シルファ 一応この国の現王の弟だ。」
『…現王陛下の弟!?』
きっちり3拍置いて思わず目を見開いたのは仕方がないと思う。みすぼらしい服装で早に閉じこめられていた自分が、目が覚めたら知らないところにいてしかも目の前にいるのが王弟だなんて思うはずもない。
「4日前から私はイレオスキー家に滞在していたんだ。それで次の日、つまり3日前、朝食を取って部屋に戻ろうとしたところ何かが割れる音と人が倒れるような音がした。それで慌てて駆けつけたら君が倒れていて、公爵家じゃまともな対応をとって貰えそうに無かったから城まで連れてきた。熱もすっかり下がって、呼吸もそんなに苦しくないだろう?」
そう言われてみて、確かに苦しくない、と思った。そもそも自分が目覚める前の記憶で1番新しいものと言えば薪を貰おうとして歩いた所までである。
「苦しくない」という意味を込めて頷くと、彼は優しく笑った。すっと通った鼻筋に形の良い唇、切れ長の綺麗な二重の下に輝くのは柔らかな光を湛えた琥珀色の瞳だった。少し癖毛がちの髪の毛はミルクティ色をしている。光の差し込む量が減ったことで目が慣れたのか自分の目の前にいる人間の顔立ちの良さをようやく認識した彼女は無意識のうちにセイランを見つめていた。
それはもう、じーっと。
「…そう見つめられると顔に穴が飽きそうだ」
セイランは思わず苦笑いしたことで自分が見つめていたことに気がついたアイリーンは慌てて目を逸らし、『ごめんなさい』と口をうごがしたのだった。
「さっきから思っていたが、声が出ないのか?」
本来、回りくどいことを好まない彼は単刀直入な言葉を投げた。気遣って遠回しに聞くか、このまま一方的に話し続けても良かったが、彼自身も彼女には聞きたいことが色々とあったので会話が成り立たないのでは意味がないからだ。
人にもよるが、大抵女性というものは本人を褒める言葉を除いて遠回しな物言いを好むものである。よって、彼女が気を悪くしないかと少し心配に思ったのだが、そういうことは無かったらしい。
彼女はこくりと素直に頷いた。
「そうか。じゃあ文字はかけるかい?」
これに彼女は先程ロザリアにもしたように手を上げると「少し」のジェスチャーをしながら頷く。
それをみたセイランは「少し待っていて」と言って立ち上がると、廊下につながっているのとは別の扉を開けて隣室へと姿を消した。少しして戻ってきたその手にはペンと大量の紙に板が握られている。
アイリーンのそばまで戻ってくると、部屋のソファに置いてあったクッションを彼女の膝の上に乗せ、さらに持ってきた板を乗せた。そしてその上に紙を1枚敷くと、「どうぞ」とペンを渡された。
「これで文字が書けるかな?」
どうやら筆談をしようということらしい。アイリーンは渡されたペンで目の前の紙に、
『かけます』
とゆっくりと書いた。
「じゃあこれで話をしよう。でも辛くなったら直ぐに言うように」
これの返事は書かなくてもいいかと思い、彼女はこくりと頷く。
「まず、君の名前を教えてくれ」
アイリーンはゆっくりゆっくりとペンを走らせた。乳母から文字を習ってはいたものの、それももう10年以上前の話しなのだ。最後に文字を書くという行為をしたのは一体いつだっただろうか、とそんな疑問をうかべるくらいには文字を書いていない。
『アイリーン・イレオスキー イレオスキー家当主の前妻の娘です』
彼女の言葉にセイランはやはり、と思った。それから彼はロザリアが食事を持ってくるまでの間にいくつかの質問をし、逆に質問もされたのでそれに答え、食事の到着を待った。
途中、背中にクッションを入れて欲しいと言われてこれでもかというほど彼女の背中にクッションを置いたりもしたが、それ以外に何か不調を訴えることも無く質問の内容に対する彼女からの解答内容を除けば和やかな会話が続いたのであった。
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