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story8
しおりを挟むセイランとアイリーンが会話を始めてからおよそ30分程たった頃、コンコンというノックの音と共にロザリアが入ってきた。その後ろからは侍女が「失礼致します」と一声掛けつつトレンチを片手に部屋へ入ってくる。その上にはある程度大きさのあるスープカップに小皿とスプーンが乗っていた。
それらが食事であることを認識したセイランは立ち上がり、「そ、そのままお待ち下さいませ殿下」と慌てる侍女からお盆を受け取ると自分の傍にあったサイドテーブルの上にそれを置いた。
取られてしまったものは仕方ない、と侍女も諦め「外で待機致しますので、何かありましたらお呼び下さいませ」と一礼して退室していく。
バタンと扉が閉まったところで、ロザリアが声をかけた。
「あまりまともな食事を取れていなかったようだから、健常者が食べるのと同じものだと体が受け付けないと思ってね。味気ないかもしれないが今は我慢して欲しい」
彼女のために用意されたのは鶏がらスープの中に小さなパスタとたくさんの野菜が入ったパスティーナという物だ。蓋を開ければふわりといい香りが部屋を満たした。
ロザリアの言葉に頷いた彼女は、ベッドの上で食事を摂るのもどうかと思った。イレオスキーの自室に居た時はテーブルとイスなんて物もなかったのでベッドの縁に腰掛けて与えられた物を取り敢えず食していたわけだがここは王城の一室。横にいるのはこの国の王子様。テーブルもイスもあるのだから使うべきだろうと思いゆっくりとベッドから降りようとしたけれど、それはセイランとロザリアの2人から止められた。そんなことの出来る体ではない。背中に大量のクッションを置いて寄りかかることで座っていられる今の状況。普通に椅子に座るのは難しいだろう。
「何も気にせず、そのまま食べていい」
セイランは立ち上がると少し大き目のスプーンを使って小皿にスープカップの中身を取り分けた。元のスープカップや取り分けに使ったスプーンなどをトレンチから下ろして小皿だけの状態で彼女の膝の上に置いて「召し上がれ」と食べるように促す。
アイリーンはトレンチの上にある小皿とスプーンを手に取り中身を掬った。そして恐る恐るではあるが、匂いに誘われるように口元へと冷ますことなくそれを運ぶ。
「あっ、おい__________」
火傷をするぞ、とセイランが止めようとしたが少し遅かった。
「っっ!?!?」
長いこと温度のある食事という物を摂ってきていなかったこともあり、すっかりスープは熱いということを忘れていた彼女は驚いて手にしていた皿を落としそうになった。口に含んだ物を吐き出すわけにもいかず口を手で抑えて涙目になって悶えている。
「遅かったか…」
「ごめん、忠告するべきだった」
やってしまった、と言う顔でセイランとロザリアの2人は一先ず中身を零してしまいそうな小皿と落としそうなスプーンを回収。チリンチリンとロザリアが傍にあったベルを鳴らして待機していた侍女を呼ぶと、冷えた水を持ってくるように頼んだ。
「大丈夫か?」
侍女が持ってきた水をゆっくり飲み干した彼女は首を縦に降る。
口の中はまだヒリヒリしているが、かなりマシになった。
「ゆっくりでいいからね。食事は逃げない。今の君には、まずは栄養を摂ることが一番大事だなんだから」
ロザリアは先程回収した小皿とスプーンを彼女に渡そうとした。
彼女もそれを受け取ろうとしたが、それは横から伸びてきた腕によって叶わなかった。
「ちょっと殿下、この子に食べさせないつもり?」
何事だ、とロザリアが問い詰めるのをよそにセイランは小皿の中身を掬うとふーふーと息を吹きかけて熱を冷ましはじめた。その行動を見て不思議そうなアイリーンと、なるほど、と大人しくなるロザリア。ある程度冷めただろうところで、彼はアイリーンの口元にそれを運んだ。
「もう熱くないはずだから、食べてみて」
ほら、あーんしてみろ、と言う彼をみて、ロザリアはニヤニヤとしている。
そういえば昔、サーシャがお母様からこうやって食べさせてもらってて少し羨ましかったっけ。
そんなことを思い出したアイリーンはなんの抵抗もなく口を開いた。
自分で食べた時とは違い、程よい温度になっていて食べやすい。先程は熱さでろくに味も分からなかったが、今度はしっかりと味わうことが出来た。
鶏がらの優しい味わいと野菜の甘み、そこに香る何種類ものハーブたち。じんわりと空っぽの胃が満たされるのを感じた。
____________美味しい
一日によくて3回、多くは1回、時折0回
それが彼女の家での食事の回数だった。
出される物はみな冷えていて、スープが温かかった試しなどない上に、残り物をかさ増しさせて出されているらしくほとんど味がしなかった。主食として出されるパンは乾燥していて固く、冷めたスープにつけなければとても食べれないような代物。時折スープに入っているカスのような肉片がご馳走に思えるような、そんなどうしようもない食生活だった。
「どうした!?」
気がつけば、アイリーンはポロポロと涙を流していた。
明るい部屋、ふかふかのベッド、清潔な服、与えられた食事の温かさ、自分を可哀想とかそんな気持ちなしに純粋に心配してくれる人達の優しさ、それらは全て彼女がずっと欲していた物だった。
両手で顔を多い嗚咽を漏らして涙を流す彼女に動揺しつつ、どうしたものかと考えた結果、セイランは手にしていた小皿をおいて自分の胸に抱き寄せた。そしてその背中を優しくさする。
ロザリアはロザリアでベッドに身を乗り出して頭を優しく撫でた。
「…その痩せ方、正直異常だと思ったよ。身体中傷だらけで、真新しい痣もたくさんあった。大丈夫。ここには君を苦しめるものは何も無い。安心してお食べ」
アイリーンは溢れてくる涙を一生懸命拭い、何度も何度も頷いた。
それでもしばらく涙が止まらなかった彼女の目は赤くなり、瞼も少し腫れている。
「食べ終わったら目を冷やすのに氷を持ってこさせるから、食事の続きをしようか」
落ち着いたらしい彼女を抱きしめる力を緩め、その顔を覗きこんだセイランは軽くその目元を擦った。堰を切ったように溢れた涙、今までどれだけのことを我慢してきたのかと思うと痛ましくてたまらない。
「だいぶ冷めたから、食べやすいと思うぞ。自分で食べれるか?」
しっかりと頷いた彼女の手に小皿とスプーンを渡せば、彼女はゆっくりと食べ始めた。一口食べるごとに再び流れる始める涙。それでもスプーンを口に運ぶ手は止まらない。彼女は小皿一杯と半分のパスティーナを食べきった。
調べたところ、現在19歳のはずである彼女。その年齢にしては少食であるが、今まで食べてきた物の量が異常に少なかった為か余り胃が膨らまないのも無理はない。口元に運ぶ速度がやけに遅くなったためお腹いっぱいなのだろうと察したロザリアが残して良いといえば、彼女は食べ物を残すことに抵抗を示した。食べると言ってきかないため、ベルを鳴らして侍女を呼ぶと強制的に食事を下げた。そのついでに氷を持ってくるように伝えるのも忘れない。
自分を不安そうに見上げてくる彼女を見て、食事についても昔何かがあったのだろうことが察せられた。
「君は病み上がりで、今までろくな食事を摂ってこなかった。そこにいきなり無理して食べたらそれは逆に体が驚いてしまうから、今は無理しなくていいんだよ。少しずつ、食べれるようになればいいから」
安心させるように頭を撫でてやれば、こくりと頷く。その目はとろんとしていてどうやら眠いらしかった。
それに気づいたセイランが彼女の背中にあったクッションをそっと抜き取る。
なんで?
と不思議そうに見つめてくる彼女の体をベッドに倒し、掛け布団を引き上げてやる。
「人というのはお腹いっぱいになると眠くなったりするものなんだ。体調が悪い時や疲れている時はとくに。眠ることで体力を回復することも大切だから、眠るといい」
「殿下の言う通りだ。起きたら今度は私と話しをしようか。美味しい紅茶を用意しておくよ」
優しい声に包まれて、アイリーンは重くなる瞼をそのまま下ろしていた。
夢のようだけど、夢じゃないないのよね
今まで不安と苦痛ばかりで安心して眠るということがほとんどなかった彼女は、初めて安心して眠りについたのだった。
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