わたしの愛した知らないあなた  〜You don’t know me,but I know you〜

藤野ひま

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日常 1.

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 一花いちかは今、目の前にいる男の整った横顔をじいっと見ながら考えていた。

 高校生の頃はもっと細くてガリガリっぽかったなあ。なんだか、目つきも違う気がする。今の方が落ち着いてるけど、でも今の方が怒ると怖いし。
 10年もたてば変わって当たり前だけど、変わっていくところを見ていないから、時々、おかしな感じがするのよね。
 っていうか今日はいつもより目つき悪くない? 働きすぎなのよ。

 その金色の瞳は一花の方を向いてはいなかった。

 榛瑠はるは横にいる一花の視線を無視して、高層階の部屋の窓から陽の降り注ぐダイニングテーブルに、ノートパソコンを広げてなにやら早い速度で打ち込み続けている。

 一花はその横に座って暇を持て余していた。

 あと何が違うかな、そうね、髪型は意外と変わってないかも。

 そう思いながら、一花は半ば無意識に金色の髪に手を伸ばしてふれた。
 榛瑠は手を止めて軽く目を瞑ると、一花に向き直った。

「お嬢様」
「はいっ、何?」

 一花は手を引っ込めると緊張した声で返事をする。

「すみませんが、邪魔です。向こうに行ってて下さい」
「……何にもしてないもん」
「触ったでしょうが。さすがに気が散る。邪魔。この仕事が終わるまで近寄らないで静かにしてて」
「……ひどい」

 一花の抗議の声に耳を傾ける事なく、榛瑠はパソコンに向き直って作業を再開する。

 一花はふてくされながらリビングを出て寝室に行くと、勝手にベットの上に寝転がった。

「あーもう!」

 だいたい、榛瑠のマンションに来た時から最悪だった。
 そりゃね、約束してなかったわよ? いきなり来ちゃったわよ? でもさ、日曜日くらい良くない? 昨日は会えなかったんだし、先週だって……。
 ダメなら帰ろうとは思ってたけど、でも、正直、驚いて喜んでくれたりして、とか思ってたわよ。思っても良くない? ちょっとくらい。

 なのに、ヤツときたら……。

 一花は座りなおすと、枕を手にしておもいっきり打ちつけた。

 顔を見るなりため息をついて、それでも部屋にあげてはくれたけど、忙しいからって放置。
 まあ、しょうがないかなあって、文句も言わずに大人しくしてたのに! 挙句にこの扱い! 酷すぎる!

 一花は枕を抱きしめる。

 それでなくても、会社ではなかなか会えなくなっているのに。
 
 付き合っていることを隠しているから会社ではおおっぴらに話したりはできないにしろ、前は同じ部署だったし顔は見れたのに、今は榛瑠が部署移動してその機会も減った。
 それに、来週から確か海外出張のはず。

 ……なによ。相手してくれたっていいじゃない。

 一花は掛け布団を頭まで被ると中で丸くなった。

 こういう時、黒い影みたいなものが胸をよぎっていく。
 
 本当に、彼は私のこと好きなのだろうか? ただ単に惰性で、面倒をみないと、くらい思っているだけで、本当は好きとは違うのではないだろうか。
 時間は積み重なると、はじめの思いを変えていってしまう。
 私たちは途切れているにせよ一緒に重ねた時間は長くて、そのことが自信にも不安にもなる。

 本当は……?

 ……でも、こんなの、本当はいじけてるだけです。ごめんなさい。甘えてるんです。はい。
 だって、知ってるんだもん。彼が……。

 その時、ドアが開く音がした。ぎしっと、ベットに人が座る気配がする。

「お嬢様。終わりました。拗ねるのはやめて顔を出しませんか?」

 一花は無言のまま布団の中でもぞもぞと意味なく体を動かした。
 
 だって、怒ってるし。恥ずかしいし。
 
 と、そっと、榛瑠の片手が布団の中に入ってきて頬を撫でた。

「一花、顔見せて」

 一花はのそのそと布団から出て体を起こす。
 榛瑠は、ごめんね、と言ってキスをした。

 そう、知ってるの。彼は自分のやるべきことさえ終わっちゃえば、私を甘やかしにくる。
 わかってて拗ねてるのもどうかと自分でも思うのだけれど、でも、嫌なものは嫌だし。

「拗ねてるなあ」

 榛瑠はクスクス笑って私を見る。

「拗ねてもいいと思うの。たまには」
「そうしたければ、どうぞ」

 ……全然相手にしてくれないんだから。

「私もいつもいつもあなたを最優先にはできませんしね。でもまあ、お陰でこちらから伺う手間は省けたし」

 そう言ってまた軽くキスをする。

「一応、会うつもりはあったんだ?」
「そりゃね。だからこそ、さっさと仕事終わらせたかったていうのもある」

 そうなのか。

「……ごめんなさい、邪魔して」
「謝ることはないです。予定より早く終わったし。意外な効果でしたが」
「そうなの?」
「うん、あなたが一人で拗ねて待っていると思うとね、早く終わらないといけないでしょう?」
「……ごめん」
「そうじゃなくて」

 榛瑠はいたずらっぽい笑顔を浮かべる。

「さっさと終わらせないと俺の我慢の限界超える」
「え?」

 榛瑠はふいに一花を引き寄せて抱きしめた。そのまま長くて深いキスをする。
 やがて唇が離されて、でも抱きしめられたまま一花は榛瑠の声を聞く。

「どうしようかな」
「なに?」
「このままここで過ごすのもいいけど、コーヒー飲みたいしなあって」
「あ、私も飲みたい」

 ここでずっとこのままってのは、なんだかちょっと。とりあえずベットから降りよう。そう思うのに、榛瑠が離してくれない。

「離して?」

 嬉しいのだけど、動けないし。

「うん」

 そう言いながら、でも、榛瑠は離さず抱きしめていたと思ったら、そのまま一花の膝に頭を乗せて横になってしまった。

「ちょ、ちょっと榛瑠」
「だめだ、限界」
「え⁈」
「ねむい……」
「え?」
「ここ2日、ろくに寝てない」
「徹夜したの? しない主義じゃなかったっけ?」
「そうですけど、言ってられなくて……。ごめん、一時間したら起こしてくれていいから……」

 言っている間に、榛瑠は眠ってしまった。膝枕状態の私も動けない。いいけど。

 一花は金色の髪をそっと撫でた。

 榛瑠、疲れた顔をしているなあ。
 そりゃ、そうだよね。うちの会社とアメリカの自分の会社掛け持ちなんて……。出張があるから余計にスケジュールがタイトになったのかもしれない。
 私は何もしてあげられないからモヤモヤしてしまう。彼のためにできること、ってあるかしら?
 いろいろ考えてみるも何も思いつかない。基本、榛瑠は私の助けなんて必要としてないっていうの、わかってるし。あーあ、彼女としてどうなのよ? 私⁉︎

 一花はとりあえず、思いついた唯一の事 —— 彼を起こさないように掛け布団をかけてあげる——  をしたのだった。



 
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