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日常2.
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榛瑠は冷たい目で一花を見下ろしていた。一花も自分のクリームでベタベタになった手を見つめる。
「どうしてこうなるの?」
「私が聞きたいです。なんでそうなるんですか? 生クリームを袋に入れて絞るだけですよ?」
結局、一花も一緒に眠ってしまって、榛瑠に起こされた時にはもう冬の空は暗くなっていた。
夕食は近くのカフェに買い出しに行った。食材も出張に備えて整理してあったのでこれといってないし、外食に出て行くのも億劫ということで。
食事後のデザートにプリンも買ってきたのだが、生クリームが残っているし飾り付けでもしたいな、ということになったのだった。
「だって、絞りだし袋にうまく入らないんだもの、それにうまく絞れないし」
一花は皿の上のふるえそうなプリンと共に無残に盛られたクリームを見る。
「わたし、大人になったら器用になるもんだと思ってたのに」
「そうですか、私は全く思っていませんでしたけどね。賞賛できるほどの不器用さですから」
「……ひどい」
言いながら一花は手についた生クリームを舐めようと口元に持っていく。
「ほら、髪につきます」
「え? え?」
「今度は顔についた。いいから動かないで」
一花が手を持ち上げた状態で固まっていると、榛瑠が彼女の顔にかかっている髪を耳にかける。
「本当に、こういうところ小さい頃のままですね」
「ごめんなさい」
一花は視線を下に向けながら謝った。さすがに子供っぽくて恥ずかしい。
「いいですけど」
榛瑠は一花の顎に手をやって軽く顔を上に向けさせた。
「可愛いし」
そう言って彼女の頬についた生クリームを舐めた。
え、え⁈
一花がうろたえるのを無視してそのまま唇を奪う。
「んっっ、ま、まって。クリーム、榛瑠についちゃうよ!」
「だったら、動かない。黙って」
そう言って手を上げたままの一花に深くキスをする。一花は身動きできず、されるままになる。
ちょっと待ってってば。手、下げれないし!
「ねえ、……ちょっ……、ついちゃう、から!」
隙をぬって切れ切れに一花が言うと、やっと榛瑠は彼女を離した。
「もう!」
そう言って一花はわざと彼に生クリームのついた手を近づける。
榛瑠はその一花の手首をつかむと、指についたクリームを舐めた。
な、なめないで! 流し目でこっち見ないで! 心臓に悪いじゃない!
思わず目をつぶった一花の手を榛瑠は不意にぱっと離すと、いつもの冷静な声で言った。
「後の事はやるので、あなたは座っててください。あ、手は洗ってね」
「……あ、洗うわよ、もちろん」
なんなのよ、この変わり身の早さ。いつものことながら……。こっちばっかりドキドキさせて。
ブツブツ言いながらソファーに座って待っていると、ほどなく榛瑠がデザートの皿と紅茶を運んできた。
さっきの失敗が嘘のように、皿にはプリンとカットしたフルーツとクリームが美味しそうに盛り付けられていた。
「いただきます」
「どうぞ」
榛瑠はコーヒーだけ持って一花の隣に座る。
「おいしいですか?」
「うん」
一花はニコニコして言った。
「それは良かった」
そう言って榛瑠はブラックコーヒーを口にする。
「食べてみる?」
一花がひとさじ差し出すと、榛瑠はそれをそのまま食べて言った。
「甘いな」
口直しにコーヒーを一口飲む。
「甘さ控えめって書いてあったんですけど」
「そりゃ、あなたが作ってくれるものよりは甘いよ。でも美味しいよ」
榛瑠はよく一花にスイーツを作る。昔からだ。でも、自分自身はほとんど食べない。
「別に、お嬢様を太らせたいわけじゃないので。でも、売り物はこんなものなのかな」
「太らせって、もうっ」
一花は頬膨らませた。っていうか、え、太ってきてるのバレてる?
「もう一口あげる。はい」
一花はスプーンに山盛り掬うと、榛瑠の口元に持っていく。
そして彼の口元に、なめらかなプリンとクリームが消えていくのを見てドキドキしている自分に気づく。なんか、あぶない人みたい、わたし。
「もういい」
そう言って榛瑠はコーヒーを飲んだ。わずかにしかめっ面をしている。一花は笑ってしまった。
「笑ってますけど、ね。今度から作るときにはめちゃくちゃ甘くしましょうか?」
「いい。大丈夫! 」
笑いながら言う一花に榛瑠が顔を近づける。
「違う意味での甘さなら、もうちょっと得意ですよ?」
え?
榛瑠は笑顔が固まる一花からスプーンを取り上げると、まだ残っているプリンを掬ってにっこり笑いながら一花に差し出す。
「はい、どうぞ」
笑顔で言われて仕方なしに口を開ける。甘くて美味しいものが口に広がる。美味しい、んだけど、……なにこれ、想像以上に恥ずかしいんですけど。
が、またスプーンを差し出される。
「も、もういいってば。自分で食べるから」
「だめ。はい、口開けて」
勝手に心臓がドキドキするし、だんだん味がわからなくなる。口の中に濃い甘さだけが残っていく。
たまらなくなって、口元に手を持っていく。そんな一花を見て、榛瑠が小さく笑った。
一花は榛瑠からスプーンを取り返すと残りを急いで食べ終わった。
「ごちそうさま。美味しかったです」
榛瑠が皿を片付けて、ついでに自分のカップにコーヒーを再び入れて戻ってくる。
「美味しかったけど」
一花は紅茶を飲みながら言った。
「やっぱり榛瑠が作ってくれたのが一番好き。特にプリンは」
「帰ったらまた作ります」
「うん……。海外出張の準備はもう済んだの?」
「ほぼ終わりました。後はいつもの仕事の引き継ぎが少々残っているくらいかな」
「大変そうだね。結構、今回長いんだよね」
「約二週間です。今回は早川さんが来ないから他のメンバーがちょっとバタついてましたね。普段が頼りすぎなんですよ」
早川さんと言うのは、社長付きの秘書の30代の女性だ。すっごく美人で何より仕事のできる人だった。
「そうか、行かないんだ。中東だっけ?」
「そうです」
「気をつけて行ってきてね」
海外出張って言っても、アメリカあたりならしょっちゅう行ってるし、あんまり心配しないんだけど……。
「大丈夫ですよ、いつも通り商談です。危険な地域に行くわけでもないし」
「うん……。お父様の事もよろしくね」
「いつも通りに。社長ですから」
榛瑠は表情を崩さず言う。その顔が逆にわざとらしくも見える。
お父様と榛瑠って微妙に仲悪いんだよね。そのくせ、お父様もアメリカからわざわざ呼び寄せたり、こっちはこっちで文句も言わず仕事したり、わかりにくい。きっと、私のためもあるんだろうけど、二人とも。
「ずいぶん心配してませんか? 珍しくないのに、出張なんて」
そう言って榛瑠は一花の頬に手をそえる。
あったかい。骨ばってて指が長くて少し冷たいいつもの手。安心する。
「こんなに長期のなんてないもん。初めてだよ」
そう、約一年前に榛瑠が日本に戻ってきてから、こんなに長く側からいなくなるのは初めてだ。
「その前に9年間いなかったのに?」
榛瑠は可笑しそうに微笑んで「おいで」と一花を引き寄せると、自分の膝に座らせて頬に軽くキスをした。
「そっちが長すぎなの。それに、あの時とは違うもん」
そう、私の家で一緒に育った彼が出て行って、音信不通になって9年。それが急に姿を現して……。
「違うの?」
「だって……」
当時の私がどう思っていたかは別にして、まだ、ただの世話係というか家族みたいというか……。いなくなって辛かったけど、それを言うこともできなかった。
「そうだね。……こんなキスはしなかったしね」
そう言って榛瑠は一花の頭に手をやると唇にキスをした。優しい一時の後、唇を離されてぼんやりしている一花に榛瑠の声が届く。
「やっぱり甘いな」
その言葉に一花は急にある女性が頭に浮かんだ。背は高くないけれどメリハリのあるボディーと派手な顔が。
「そのセリフ、前に美園さんに言われた。多分わたしのことを言ったんだと思うけど……」
榛瑠は笑った。
「いかにも言いそうだけど。まあ、私がいない時は彼女には近づかないことですね」
そんなことを言いながら二人は結構仲がいい。元々、榛瑠にひっついて日本に来ちゃった人だしなあ、美園さんは。
なんとなく面白くない思いが込み上げてくる。そんな一花を榛瑠が抱きしめた。
「そんな顔しないの、心配になる」
そうだよね、へんな顔してたら心配かけちゃうよね。しばらく会えないなら、なおさらそれは、ダメだよね。そう思うとなぜか泣きたくなった。
「うん、ごめんね。でも……」
一花は榛瑠の首に腕を回して抱きつきながら言った。
「ねえ、榛瑠は、その、寂しくないの? わたしと会えなくても」
だんだん声が小さくなる。恥ずかしい。でも、聞いてみたい。寂しいって言って欲しい。
「寂しいですよ?」
期待した答えに一花は腕に力を込める。聞きたがってるから、言ってくれる。わかってる。
「でもね、それも結構悪くないよ、私には」
意味がよくわからなくて一花は榛瑠の顔を見た。そんな彼女の髪を榛瑠が撫でる。
「誰かを想って寂しくなるなんてこと、そうあることじゃないから。自分で自分のことが可笑しくなるぐらいですよ」
「……可笑しくない」
一花の口調が少し強くなる。
「うん、その手前で留まってる。あなたに失礼だしね。でもね、なんなんだろうね、これ」
そう言って榛瑠は小さく笑うと、一花をぎゅっと抱きしめた。
「愛してるよ、一花。おかしいくらいに」
耳元で囁かれたその声は優しくて、一花は目眩がしそうだった。
「……うん。知ってる」
一花は榛瑠に囁き返した。言われた方は微笑んだ。
「生意気でいい返事だ」
そう言って一花を見る。
一花は金色の目に吸い込まれそうだった。それから優しくそっとキスをされ、なぜだか涙が滲んだ。
「私も好きだから。大好きだから」
榛瑠は震える声で言われたその言葉に返事を返すことはなく、ただもう一度強く抱きしめた。
「どうしてこうなるの?」
「私が聞きたいです。なんでそうなるんですか? 生クリームを袋に入れて絞るだけですよ?」
結局、一花も一緒に眠ってしまって、榛瑠に起こされた時にはもう冬の空は暗くなっていた。
夕食は近くのカフェに買い出しに行った。食材も出張に備えて整理してあったのでこれといってないし、外食に出て行くのも億劫ということで。
食事後のデザートにプリンも買ってきたのだが、生クリームが残っているし飾り付けでもしたいな、ということになったのだった。
「だって、絞りだし袋にうまく入らないんだもの、それにうまく絞れないし」
一花は皿の上のふるえそうなプリンと共に無残に盛られたクリームを見る。
「わたし、大人になったら器用になるもんだと思ってたのに」
「そうですか、私は全く思っていませんでしたけどね。賞賛できるほどの不器用さですから」
「……ひどい」
言いながら一花は手についた生クリームを舐めようと口元に持っていく。
「ほら、髪につきます」
「え? え?」
「今度は顔についた。いいから動かないで」
一花が手を持ち上げた状態で固まっていると、榛瑠が彼女の顔にかかっている髪を耳にかける。
「本当に、こういうところ小さい頃のままですね」
「ごめんなさい」
一花は視線を下に向けながら謝った。さすがに子供っぽくて恥ずかしい。
「いいですけど」
榛瑠は一花の顎に手をやって軽く顔を上に向けさせた。
「可愛いし」
そう言って彼女の頬についた生クリームを舐めた。
え、え⁈
一花がうろたえるのを無視してそのまま唇を奪う。
「んっっ、ま、まって。クリーム、榛瑠についちゃうよ!」
「だったら、動かない。黙って」
そう言って手を上げたままの一花に深くキスをする。一花は身動きできず、されるままになる。
ちょっと待ってってば。手、下げれないし!
「ねえ、……ちょっ……、ついちゃう、から!」
隙をぬって切れ切れに一花が言うと、やっと榛瑠は彼女を離した。
「もう!」
そう言って一花はわざと彼に生クリームのついた手を近づける。
榛瑠はその一花の手首をつかむと、指についたクリームを舐めた。
な、なめないで! 流し目でこっち見ないで! 心臓に悪いじゃない!
思わず目をつぶった一花の手を榛瑠は不意にぱっと離すと、いつもの冷静な声で言った。
「後の事はやるので、あなたは座っててください。あ、手は洗ってね」
「……あ、洗うわよ、もちろん」
なんなのよ、この変わり身の早さ。いつものことながら……。こっちばっかりドキドキさせて。
ブツブツ言いながらソファーに座って待っていると、ほどなく榛瑠がデザートの皿と紅茶を運んできた。
さっきの失敗が嘘のように、皿にはプリンとカットしたフルーツとクリームが美味しそうに盛り付けられていた。
「いただきます」
「どうぞ」
榛瑠はコーヒーだけ持って一花の隣に座る。
「おいしいですか?」
「うん」
一花はニコニコして言った。
「それは良かった」
そう言って榛瑠はブラックコーヒーを口にする。
「食べてみる?」
一花がひとさじ差し出すと、榛瑠はそれをそのまま食べて言った。
「甘いな」
口直しにコーヒーを一口飲む。
「甘さ控えめって書いてあったんですけど」
「そりゃ、あなたが作ってくれるものよりは甘いよ。でも美味しいよ」
榛瑠はよく一花にスイーツを作る。昔からだ。でも、自分自身はほとんど食べない。
「別に、お嬢様を太らせたいわけじゃないので。でも、売り物はこんなものなのかな」
「太らせって、もうっ」
一花は頬膨らませた。っていうか、え、太ってきてるのバレてる?
「もう一口あげる。はい」
一花はスプーンに山盛り掬うと、榛瑠の口元に持っていく。
そして彼の口元に、なめらかなプリンとクリームが消えていくのを見てドキドキしている自分に気づく。なんか、あぶない人みたい、わたし。
「もういい」
そう言って榛瑠はコーヒーを飲んだ。わずかにしかめっ面をしている。一花は笑ってしまった。
「笑ってますけど、ね。今度から作るときにはめちゃくちゃ甘くしましょうか?」
「いい。大丈夫! 」
笑いながら言う一花に榛瑠が顔を近づける。
「違う意味での甘さなら、もうちょっと得意ですよ?」
え?
榛瑠は笑顔が固まる一花からスプーンを取り上げると、まだ残っているプリンを掬ってにっこり笑いながら一花に差し出す。
「はい、どうぞ」
笑顔で言われて仕方なしに口を開ける。甘くて美味しいものが口に広がる。美味しい、んだけど、……なにこれ、想像以上に恥ずかしいんですけど。
が、またスプーンを差し出される。
「も、もういいってば。自分で食べるから」
「だめ。はい、口開けて」
勝手に心臓がドキドキするし、だんだん味がわからなくなる。口の中に濃い甘さだけが残っていく。
たまらなくなって、口元に手を持っていく。そんな一花を見て、榛瑠が小さく笑った。
一花は榛瑠からスプーンを取り返すと残りを急いで食べ終わった。
「ごちそうさま。美味しかったです」
榛瑠が皿を片付けて、ついでに自分のカップにコーヒーを再び入れて戻ってくる。
「美味しかったけど」
一花は紅茶を飲みながら言った。
「やっぱり榛瑠が作ってくれたのが一番好き。特にプリンは」
「帰ったらまた作ります」
「うん……。海外出張の準備はもう済んだの?」
「ほぼ終わりました。後はいつもの仕事の引き継ぎが少々残っているくらいかな」
「大変そうだね。結構、今回長いんだよね」
「約二週間です。今回は早川さんが来ないから他のメンバーがちょっとバタついてましたね。普段が頼りすぎなんですよ」
早川さんと言うのは、社長付きの秘書の30代の女性だ。すっごく美人で何より仕事のできる人だった。
「そうか、行かないんだ。中東だっけ?」
「そうです」
「気をつけて行ってきてね」
海外出張って言っても、アメリカあたりならしょっちゅう行ってるし、あんまり心配しないんだけど……。
「大丈夫ですよ、いつも通り商談です。危険な地域に行くわけでもないし」
「うん……。お父様の事もよろしくね」
「いつも通りに。社長ですから」
榛瑠は表情を崩さず言う。その顔が逆にわざとらしくも見える。
お父様と榛瑠って微妙に仲悪いんだよね。そのくせ、お父様もアメリカからわざわざ呼び寄せたり、こっちはこっちで文句も言わず仕事したり、わかりにくい。きっと、私のためもあるんだろうけど、二人とも。
「ずいぶん心配してませんか? 珍しくないのに、出張なんて」
そう言って榛瑠は一花の頬に手をそえる。
あったかい。骨ばってて指が長くて少し冷たいいつもの手。安心する。
「こんなに長期のなんてないもん。初めてだよ」
そう、約一年前に榛瑠が日本に戻ってきてから、こんなに長く側からいなくなるのは初めてだ。
「その前に9年間いなかったのに?」
榛瑠は可笑しそうに微笑んで「おいで」と一花を引き寄せると、自分の膝に座らせて頬に軽くキスをした。
「そっちが長すぎなの。それに、あの時とは違うもん」
そう、私の家で一緒に育った彼が出て行って、音信不通になって9年。それが急に姿を現して……。
「違うの?」
「だって……」
当時の私がどう思っていたかは別にして、まだ、ただの世話係というか家族みたいというか……。いなくなって辛かったけど、それを言うこともできなかった。
「そうだね。……こんなキスはしなかったしね」
そう言って榛瑠は一花の頭に手をやると唇にキスをした。優しい一時の後、唇を離されてぼんやりしている一花に榛瑠の声が届く。
「やっぱり甘いな」
その言葉に一花は急にある女性が頭に浮かんだ。背は高くないけれどメリハリのあるボディーと派手な顔が。
「そのセリフ、前に美園さんに言われた。多分わたしのことを言ったんだと思うけど……」
榛瑠は笑った。
「いかにも言いそうだけど。まあ、私がいない時は彼女には近づかないことですね」
そんなことを言いながら二人は結構仲がいい。元々、榛瑠にひっついて日本に来ちゃった人だしなあ、美園さんは。
なんとなく面白くない思いが込み上げてくる。そんな一花を榛瑠が抱きしめた。
「そんな顔しないの、心配になる」
そうだよね、へんな顔してたら心配かけちゃうよね。しばらく会えないなら、なおさらそれは、ダメだよね。そう思うとなぜか泣きたくなった。
「うん、ごめんね。でも……」
一花は榛瑠の首に腕を回して抱きつきながら言った。
「ねえ、榛瑠は、その、寂しくないの? わたしと会えなくても」
だんだん声が小さくなる。恥ずかしい。でも、聞いてみたい。寂しいって言って欲しい。
「寂しいですよ?」
期待した答えに一花は腕に力を込める。聞きたがってるから、言ってくれる。わかってる。
「でもね、それも結構悪くないよ、私には」
意味がよくわからなくて一花は榛瑠の顔を見た。そんな彼女の髪を榛瑠が撫でる。
「誰かを想って寂しくなるなんてこと、そうあることじゃないから。自分で自分のことが可笑しくなるぐらいですよ」
「……可笑しくない」
一花の口調が少し強くなる。
「うん、その手前で留まってる。あなたに失礼だしね。でもね、なんなんだろうね、これ」
そう言って榛瑠は小さく笑うと、一花をぎゅっと抱きしめた。
「愛してるよ、一花。おかしいくらいに」
耳元で囁かれたその声は優しくて、一花は目眩がしそうだった。
「……うん。知ってる」
一花は榛瑠に囁き返した。言われた方は微笑んだ。
「生意気でいい返事だ」
そう言って一花を見る。
一花は金色の目に吸い込まれそうだった。それから優しくそっとキスをされ、なぜだか涙が滲んだ。
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