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迷子3.
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パソコンのキーボードを打つ手を止めて、凝った肩を軽くほぐしながら、一花は部署の部屋を見回した。一人、やたらと目立つ長身に目を止める。
鬼塚さんだ。さっき入ってきて、書類片手に佐藤さんと話し込んでいる。なんだろう?
鬼塚が顔を上げてフロアを見回す。ふっと、一花と目が合う。わ、なんか……。
「一花!」
名前を呼ばれて手招きされる。うわあ、仕事増えるなこれは。
一花が立ち上がって側に行くと、鬼塚が言った。
「おまえさ、呼んだだけで嫌そうな顔するなって」
「してないですよ。鬼塚さんだけならともかく、佐藤主任もいるのに。なにか用ですか?」
「なんだ、その差別」
「まあまあ」
佐藤が間に入る。
「ごめんね、勅使川原さん。一つ仕事お願いしたいんだけど」
一花は会社内では、母方の勅使川原を名乗っていた。
「これなんだけど」
佐藤が資料を一花に見せた。
「不良が大量にはいってね。保険請求して欲しいんだ。件数多いからちょっと面倒かもしれないけど」
「大丈夫です」
なんだ、思ったより大変じゃない。鬼塚さんが怖い顔してるから何が起こったかと思うじゃない。
「でも、確かに結構な量ですね。どうしたんですか、これ?」
一花は書類をめくりながら聞いた。
「コンテナ半分、石入れてきやがった」
鬼塚が苦々しげに言った。
「うわあ」
「やられたよ。マジ腹立つわ」
鬼塚の言葉に一花は頷く。
……でも、今の鬼塚さんの様子を見たら、相手もやらなければよかったと思いそうなものだけど。
「そんなわけで俺は明後日から飛ぶから、よろしくな」
一花は鬼塚を見た。
「え?飛ぶって現地ですか?」
「他にどこ行くよ。文句の一つも言わないと気が済まないだろう」
「まあまあ。本当はもうちょっと建設的な話だよ、元々予定はあったんだ」
佐藤が穏やかな笑顔とともに言う。
佐藤さんが中に入るとそれだけで空気が和らぐなあ、と一花は思った。でも。
「なんだよ」
見上げる一花に鬼塚が聞く。
「いえ……。気をつけて行ってきてくださいね」
「もちろんそうする。なに心配してるんだ? そんなに立て続けにトラブルが起こってたらたまらんだろう」
「それはそうなんですが」
「第一、俺の心配する役目はお前じゃないっての」
「そうですけど。いいじゃないですか、心配ぐらい」
「まあまあ」
佐藤の相槌に取り合わず鬼塚が続けた。
「一花が心配するべきなのは俺じゃないだろ」
「わかりました。せいぜいお土産の心配でもしてますっ」
本当に、鬼塚さんってば。……斜めに優しいんだもん。
「大丈夫だよ、勅使川原さん、何度も行ってる場所だし。お土産は期待できない田舎だけどね」
佐藤の柔らかな笑顔に押されて一花も笑顔を作ると、席へ戻った。
「なにかありましたか? 一花さん?」
篠山の問いかけに、一花は笑顔で答えた。
「ううん、ちょっと保険の仕事もらっただけ。大丈夫よ」
「そうですか。我が社の誇るイケメンに取り囲まれて何喋ってるかと思いました」
「イケメンって」
一花は笑った。まあ、確かに。一人はだいぶ強面だけど。もう一人はめちゃくちゃ雰囲気イケメンよね。
「で、一花さんはどっちが好きですか?」
「は?」
いきなりな質問についていけない。
「だから、鬼塚課長と佐藤主任。一花さん二人とも仲良いじゃないですか。どっち本命?」
「ちょっ、何の話よ?」
一花は意外を通り越して笑ってしまった。
「確かによくしてもらってるけど、そんなんじゃないし。だいたい、二人とも彼女いるじゃない」
「え? そうなんですか?」
篠山の声がわずかに上がる。
「一花さんに話をふったのは半分冗談ですけど、えー! 二人とも彼女持ち? なんだあ」
わかりやすくがっかりする篠山を見て、一花はまた笑いがこぼれる。
「笑い事じゃないですよお。最近、我が社トップのイケメン王子にも彼女できちゃったって言うのに」
「はい? 何の話?」
一花は首を傾げる。誰のこと? と思いながら一人の影が心に浮かぶ。
「知らないんですか? 四条課長ですよ。我が社の最高級でしょ」
「はあ……」
いろいろ呼び名をつけるなあ、と一花は感心する。って、榛瑠がなに?
「課長、結局、美園さんとくっついちゃったらしいですよ」
「まさか」
彼は他人に慎重な人なのに。ましてこんな状況で??
「本当ですって。社内の子が夜に繁華街を腕組んで歩く二人を見たそうですもん。それも結構遅い時間だったらしくて。そんな時間に何にもない男女が腕組んで歩いたりしないでしょう?」
「……へえ」
「まったく、誰が美園さんなんかを海外まで迎えに送り込んだのやら。どう考えてもそこですもんね。余計なことしてくれましたよねえ」
それ、私。一花はそう言う代わりに曖昧な返事を返して、視線をデスクのパソコンに向けた。
何だか、頭がしっかり働いてくれない。榛瑠と美園さん? なんで?
キーボードを機械的に打ちながら、一花の頭の中に以前、美園が言った言葉が浮かんだ。
ーー後で後悔しなよーー
私は後悔しないといけないのだろうか?
鬼塚さんだ。さっき入ってきて、書類片手に佐藤さんと話し込んでいる。なんだろう?
鬼塚が顔を上げてフロアを見回す。ふっと、一花と目が合う。わ、なんか……。
「一花!」
名前を呼ばれて手招きされる。うわあ、仕事増えるなこれは。
一花が立ち上がって側に行くと、鬼塚が言った。
「おまえさ、呼んだだけで嫌そうな顔するなって」
「してないですよ。鬼塚さんだけならともかく、佐藤主任もいるのに。なにか用ですか?」
「なんだ、その差別」
「まあまあ」
佐藤が間に入る。
「ごめんね、勅使川原さん。一つ仕事お願いしたいんだけど」
一花は会社内では、母方の勅使川原を名乗っていた。
「これなんだけど」
佐藤が資料を一花に見せた。
「不良が大量にはいってね。保険請求して欲しいんだ。件数多いからちょっと面倒かもしれないけど」
「大丈夫です」
なんだ、思ったより大変じゃない。鬼塚さんが怖い顔してるから何が起こったかと思うじゃない。
「でも、確かに結構な量ですね。どうしたんですか、これ?」
一花は書類をめくりながら聞いた。
「コンテナ半分、石入れてきやがった」
鬼塚が苦々しげに言った。
「うわあ」
「やられたよ。マジ腹立つわ」
鬼塚の言葉に一花は頷く。
……でも、今の鬼塚さんの様子を見たら、相手もやらなければよかったと思いそうなものだけど。
「そんなわけで俺は明後日から飛ぶから、よろしくな」
一花は鬼塚を見た。
「え?飛ぶって現地ですか?」
「他にどこ行くよ。文句の一つも言わないと気が済まないだろう」
「まあまあ。本当はもうちょっと建設的な話だよ、元々予定はあったんだ」
佐藤が穏やかな笑顔とともに言う。
佐藤さんが中に入るとそれだけで空気が和らぐなあ、と一花は思った。でも。
「なんだよ」
見上げる一花に鬼塚が聞く。
「いえ……。気をつけて行ってきてくださいね」
「もちろんそうする。なに心配してるんだ? そんなに立て続けにトラブルが起こってたらたまらんだろう」
「それはそうなんですが」
「第一、俺の心配する役目はお前じゃないっての」
「そうですけど。いいじゃないですか、心配ぐらい」
「まあまあ」
佐藤の相槌に取り合わず鬼塚が続けた。
「一花が心配するべきなのは俺じゃないだろ」
「わかりました。せいぜいお土産の心配でもしてますっ」
本当に、鬼塚さんってば。……斜めに優しいんだもん。
「大丈夫だよ、勅使川原さん、何度も行ってる場所だし。お土産は期待できない田舎だけどね」
佐藤の柔らかな笑顔に押されて一花も笑顔を作ると、席へ戻った。
「なにかありましたか? 一花さん?」
篠山の問いかけに、一花は笑顔で答えた。
「ううん、ちょっと保険の仕事もらっただけ。大丈夫よ」
「そうですか。我が社の誇るイケメンに取り囲まれて何喋ってるかと思いました」
「イケメンって」
一花は笑った。まあ、確かに。一人はだいぶ強面だけど。もう一人はめちゃくちゃ雰囲気イケメンよね。
「で、一花さんはどっちが好きですか?」
「は?」
いきなりな質問についていけない。
「だから、鬼塚課長と佐藤主任。一花さん二人とも仲良いじゃないですか。どっち本命?」
「ちょっ、何の話よ?」
一花は意外を通り越して笑ってしまった。
「確かによくしてもらってるけど、そんなんじゃないし。だいたい、二人とも彼女いるじゃない」
「え? そうなんですか?」
篠山の声がわずかに上がる。
「一花さんに話をふったのは半分冗談ですけど、えー! 二人とも彼女持ち? なんだあ」
わかりやすくがっかりする篠山を見て、一花はまた笑いがこぼれる。
「笑い事じゃないですよお。最近、我が社トップのイケメン王子にも彼女できちゃったって言うのに」
「はい? 何の話?」
一花は首を傾げる。誰のこと? と思いながら一人の影が心に浮かぶ。
「知らないんですか? 四条課長ですよ。我が社の最高級でしょ」
「はあ……」
いろいろ呼び名をつけるなあ、と一花は感心する。って、榛瑠がなに?
「課長、結局、美園さんとくっついちゃったらしいですよ」
「まさか」
彼は他人に慎重な人なのに。ましてこんな状況で??
「本当ですって。社内の子が夜に繁華街を腕組んで歩く二人を見たそうですもん。それも結構遅い時間だったらしくて。そんな時間に何にもない男女が腕組んで歩いたりしないでしょう?」
「……へえ」
「まったく、誰が美園さんなんかを海外まで迎えに送り込んだのやら。どう考えてもそこですもんね。余計なことしてくれましたよねえ」
それ、私。一花はそう言う代わりに曖昧な返事を返して、視線をデスクのパソコンに向けた。
何だか、頭がしっかり働いてくれない。榛瑠と美園さん? なんで?
キーボードを機械的に打ちながら、一花の頭の中に以前、美園が言った言葉が浮かんだ。
ーー後で後悔しなよーー
私は後悔しないといけないのだろうか?
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