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(冬空3.5)
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美園は自販機で買ってきたホットカフェオレの入った紙コップを、危なっかしく指で持ちながら資料室に戻ってきた。
「熱すぎなのよ、まったく。考えろよ」
独り言を言いながら部屋のドアを開ける、と、いきなり後方から声をかけられた。
「美園さん」
美園は驚いて入口のほうを振り返りざま、指にカフェオレがかかる。
「熱っ」
「大丈夫ですか?」
入口の扉の死角から声をかけてきたのは榛瑠だった。
「大丈夫じゃないわよ」
美園は指に飛んだカフェオレを舐めながら言った。
「でも榛瑠なら許したげる。なんか用?」
そう言って自分のデスクに紙コップを置くと、榛瑠に向き直って、にっこり笑った。
「先程、佐藤さんに会ったのですが……」
「あん?」
「一花さんと喧嘩したって?」
美園は一瞬顔をしかめたが、すぐにまた笑顔に戻る。普段下がっている口角がぐっと上がった。
「やだ、心配してくれたの?」
わざとらしい甘えた声で聞く。
「叩かれた?」
「そうよお、痛かったわ。酷い女よね」
「彼女、頬赤かったけどね、あなたは大丈夫そうだ」
「会ったの?」
「この部屋の前ですれ違った」
ふーん、と美園は面白くなさそうに相槌したと思ったら笑い出した。
「お嬢様って本当に非力で笑うわ。頭に血が昇ったんでしょうけど」
「煽らない」
「手加減したのよ? か弱すぎるんだもん」
そうだね、と言った後、榛瑠は美園に笑いかけた。
「あなたが何とも無いのは、それはそれで良かったです」
「へえ、ありがと」
美園は心が全くこもってなさそうに礼を言うと、榛瑠の肩に手を置いた。
「ねえ、それより、アメリカ行き楽しみね?」
「まあ、そうだね。でも余計なこと言って煽らないでね?」
榛瑠は微笑みながら言う。
「言わないわよ、そんな面倒くさい」
「この前の夜、わざと一花さんと会うよう仕組んだでしょう」
「まさか。そんな上手くいくわけないわよ。たまたまおんなじような場所にいただけじゃん?
ま、わたしはとびきりツイてる人だけどねー」
榛瑠は苦笑しながら軽くため息をついた。
「嫌ってますね」
「まさか。最上級に気に入らないだけよ」
「何にしろこの辺までです。あなただって別に叩かれて嬉しいわけじゃないでしょう?」
そう言って榛瑠は美園の手をどかしながら、彼女の頬に軽く触れた。
美園が鼻で笑った。
「そろそろ戻ります」
「はーい。また連絡しまーす」
「はい。あと蛇足ですが、約束は守ってくださいね」
「何だっけ?」
美園さん、と榛瑠がやや低い声を出した。
「じょーだん。わかってるって。あんたが秘密にしてた事をバラすなってんでしょ」
「今は訂正もできないのでね。不必要な揉め事は起こされたくない」
「……でもさ、あたしが悪気なくめちゃくちゃ口軽い可能性あるじゃん?」
「それはないです」
「なんでよ」
榛瑠は微笑を浮かべた。
「それなら僕がそもそも、あなたを友人にする筈がない」
美園は真顔で榛瑠を見た後、皮肉っぽい笑いを浮かべた。
「凄い自信。忘れてるくせに」
「誰かさんが右も左もわからない人間に、天才だのなんだの吹き込むから」
美園は口の端に笑いを浮かべたまま、呟くように言った。
「……まあ、約束は守るわよ」
そして榛瑠とひっつくほどに半歩前にでた。
「ねえ、さっきのとこ、指痛いんだけど」
そう囁いてカフェオレが飛んだ指を口元に掲げた。榛瑠はちらっと美園の顔を見ると「ごめん」と言って、その指をそっと舐めた。
そのまま美園は榛瑠の頬に手をやると自分のほうに向くように誘導する。
そのまま二人はキスを交わした。
榛瑠が出ていくと、美園は自分のデスクに戻り、だいぶ冷めて飲み頃になったカフェオレを口にした。そして、「あーあ」と言って反るようにイスの背にもたれた。イスがぎっと鳴った。
「秘密ねえ、なんでしょうねー」
そう独り言を言いながらイスを回転させてぐるぐるする。
「やばい事で稼いでた時期があったことかなー、今でもヒキがある事かなー、ストーカー製造機な事かなー。それか、死ぬほど忙しいのに黙ってあいつのために時間作ってた事とかー? それともあれかー、十代の時から男女関係なくヤッてた事かなー」
イスを止めると、再びカフェオレを一口飲んだ。
「どれもあの女は知らんでしょうよ。……だからって何よ」
そしてまたイスの背に体重をのせるように上を向くと、目を瞑った。
「本当の秘密なんてこれっぽっちも漏らさなかったくせに。誰にもさ。あんたの頭の中にあっただけ。だからもう誰も知らないよ。……榛瑠が何者だったかなんて、誰ももう……私たちは誰も」
美園の脳裏に二年程前のある記憶が浮かぶ。
『何て? 日本に戻る?』
『そうです』
『は? ついにおかしくなった? 最近おかしかったけどさ』
『一応、正常です』
『だって、仕事どうすんの? だいたい何しにいくのよ、何もないじゃん』
『……一花に会いに行く』
美園は眉を寄せる。
『え、何って言った? 何それ、もしかして人の名前? 何なの?』
榛瑠の口元にはうっすらと微笑みが浮かんでいる……。
その時、部屋の扉が開いて室長が入って来た。手にはコンビニのビニールを持っている。
「すみません、遅くなりました」
美園はぐるっとイスを半回転して向き合った。
「しつちょー」
「えーと、ついでにコンビニ寄っちゃって……」
「ねー、どっかにいい男いない?」
「え? えーと、目の前?」
「馬鹿じゃん?」
言って美園は再び半回転してもとに戻ると、だるそうにカフェオレを飲む。
室長はそんな美園のデスクに近寄りながら、ゴソゴソと袋の中に手を突っ込んだ。
「ドーナツあるよ?」
そういってチョコドーナツを取り出す。
「天才」
美園は無愛想に言うと手を伸ばした。
「熱すぎなのよ、まったく。考えろよ」
独り言を言いながら部屋のドアを開ける、と、いきなり後方から声をかけられた。
「美園さん」
美園は驚いて入口のほうを振り返りざま、指にカフェオレがかかる。
「熱っ」
「大丈夫ですか?」
入口の扉の死角から声をかけてきたのは榛瑠だった。
「大丈夫じゃないわよ」
美園は指に飛んだカフェオレを舐めながら言った。
「でも榛瑠なら許したげる。なんか用?」
そう言って自分のデスクに紙コップを置くと、榛瑠に向き直って、にっこり笑った。
「先程、佐藤さんに会ったのですが……」
「あん?」
「一花さんと喧嘩したって?」
美園は一瞬顔をしかめたが、すぐにまた笑顔に戻る。普段下がっている口角がぐっと上がった。
「やだ、心配してくれたの?」
わざとらしい甘えた声で聞く。
「叩かれた?」
「そうよお、痛かったわ。酷い女よね」
「彼女、頬赤かったけどね、あなたは大丈夫そうだ」
「会ったの?」
「この部屋の前ですれ違った」
ふーん、と美園は面白くなさそうに相槌したと思ったら笑い出した。
「お嬢様って本当に非力で笑うわ。頭に血が昇ったんでしょうけど」
「煽らない」
「手加減したのよ? か弱すぎるんだもん」
そうだね、と言った後、榛瑠は美園に笑いかけた。
「あなたが何とも無いのは、それはそれで良かったです」
「へえ、ありがと」
美園は心が全くこもってなさそうに礼を言うと、榛瑠の肩に手を置いた。
「ねえ、それより、アメリカ行き楽しみね?」
「まあ、そうだね。でも余計なこと言って煽らないでね?」
榛瑠は微笑みながら言う。
「言わないわよ、そんな面倒くさい」
「この前の夜、わざと一花さんと会うよう仕組んだでしょう」
「まさか。そんな上手くいくわけないわよ。たまたまおんなじような場所にいただけじゃん?
ま、わたしはとびきりツイてる人だけどねー」
榛瑠は苦笑しながら軽くため息をついた。
「嫌ってますね」
「まさか。最上級に気に入らないだけよ」
「何にしろこの辺までです。あなただって別に叩かれて嬉しいわけじゃないでしょう?」
そう言って榛瑠は美園の手をどかしながら、彼女の頬に軽く触れた。
美園が鼻で笑った。
「そろそろ戻ります」
「はーい。また連絡しまーす」
「はい。あと蛇足ですが、約束は守ってくださいね」
「何だっけ?」
美園さん、と榛瑠がやや低い声を出した。
「じょーだん。わかってるって。あんたが秘密にしてた事をバラすなってんでしょ」
「今は訂正もできないのでね。不必要な揉め事は起こされたくない」
「……でもさ、あたしが悪気なくめちゃくちゃ口軽い可能性あるじゃん?」
「それはないです」
「なんでよ」
榛瑠は微笑を浮かべた。
「それなら僕がそもそも、あなたを友人にする筈がない」
美園は真顔で榛瑠を見た後、皮肉っぽい笑いを浮かべた。
「凄い自信。忘れてるくせに」
「誰かさんが右も左もわからない人間に、天才だのなんだの吹き込むから」
美園は口の端に笑いを浮かべたまま、呟くように言った。
「……まあ、約束は守るわよ」
そして榛瑠とひっつくほどに半歩前にでた。
「ねえ、さっきのとこ、指痛いんだけど」
そう囁いてカフェオレが飛んだ指を口元に掲げた。榛瑠はちらっと美園の顔を見ると「ごめん」と言って、その指をそっと舐めた。
そのまま美園は榛瑠の頬に手をやると自分のほうに向くように誘導する。
そのまま二人はキスを交わした。
榛瑠が出ていくと、美園は自分のデスクに戻り、だいぶ冷めて飲み頃になったカフェオレを口にした。そして、「あーあ」と言って反るようにイスの背にもたれた。イスがぎっと鳴った。
「秘密ねえ、なんでしょうねー」
そう独り言を言いながらイスを回転させてぐるぐるする。
「やばい事で稼いでた時期があったことかなー、今でもヒキがある事かなー、ストーカー製造機な事かなー。それか、死ぬほど忙しいのに黙ってあいつのために時間作ってた事とかー? それともあれかー、十代の時から男女関係なくヤッてた事かなー」
イスを止めると、再びカフェオレを一口飲んだ。
「どれもあの女は知らんでしょうよ。……だからって何よ」
そしてまたイスの背に体重をのせるように上を向くと、目を瞑った。
「本当の秘密なんてこれっぽっちも漏らさなかったくせに。誰にもさ。あんたの頭の中にあっただけ。だからもう誰も知らないよ。……榛瑠が何者だったかなんて、誰ももう……私たちは誰も」
美園の脳裏に二年程前のある記憶が浮かぶ。
『何て? 日本に戻る?』
『そうです』
『は? ついにおかしくなった? 最近おかしかったけどさ』
『一応、正常です』
『だって、仕事どうすんの? だいたい何しにいくのよ、何もないじゃん』
『……一花に会いに行く』
美園は眉を寄せる。
『え、何って言った? 何それ、もしかして人の名前? 何なの?』
榛瑠の口元にはうっすらと微笑みが浮かんでいる……。
その時、部屋の扉が開いて室長が入って来た。手にはコンビニのビニールを持っている。
「すみません、遅くなりました」
美園はぐるっとイスを半回転して向き合った。
「しつちょー」
「えーと、ついでにコンビニ寄っちゃって……」
「ねー、どっかにいい男いない?」
「え? えーと、目の前?」
「馬鹿じゃん?」
言って美園は再び半回転してもとに戻ると、だるそうにカフェオレを飲む。
室長はそんな美園のデスクに近寄りながら、ゴソゴソと袋の中に手を突っ込んだ。
「ドーナツあるよ?」
そういってチョコドーナツを取り出す。
「天才」
美園は無愛想に言うと手を伸ばした。
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