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夜です(5)—榛瑠—
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「そんなわけで取り残されたんですが、その夜が開けた時見た朝焼けは本当に美しいと思いました。……そんな顔しないでお嬢様」
一花は顔をこわばらせている。夜の闇に波がよせて返している。
「でも、だって。え、足? 大丈夫なの?」
「足は後遺症もなく完治してます。心配しないで。もう、何年も前の話です。ただ、その朝がきれいだったと言いたいだけですから」
あの日の朝は忘れないだろう。俺は安堵しながら明るくなっていく空を見ていた。
雨は上がっていた。濡れた地面が美しかった。やがて岩山の上から朝日がさした。
その時、世界が光り輝いた。
赤茶けた大地のそのずっと向こうまで光が満ちて広がり、清浄で、静かで、美しかった。
俺はその光を身に浴びながら、一人で、孤独で、そして満たされていた。
ああ、そうか、と思った。俺はこの世界を愛しているんだ。
その時、いるはずのない誰かの気配を感じた。思わず振り返ってしまったくらいに。もちろん誰もいない。
でも、なんだろう、この知っている感覚。
無意識に手をつなごうとして気づいた。
ああ、そうか。一花か。
いないその人が自分を包んでくれている。
……そう、俺は知っている。
君は、全てをなくして自分を取り巻く世界は敵なのだと思っていた俺に、奇跡のようにもう一度与えられた愛すべきものだった。
世界が美しく見えるのも、それを愛することができるのも、全部あなたがいたからだよ、一花。
君がいるところはいつだって温かだったよ。
「とてもその朝は美しくて、あなたのことを想っていました。……なんて言うと、また調子よく聞こえますね」
一花は下を向いてた。泣いているようだった。俺は彼女の頬を両手で包んだ。
「どうしたの? もう、何年も前の話ですよ。ここにいるのは幽霊じゃないですから、大丈夫」
「……私、叫んだことは覚えてないけど、叫びたかったことは覚えているの。……元気?って、元気でいてねって、ずっとそう……」涙で言葉が途切れる。「届いてたって、いま……」
最後は言葉になってなかった。俺は彼女を抱きしめた。
「……うん、届いてた。ありがとう」
腕の中で震える彼女を抱きしめる。あの朝、俺も泣いていた。無くしたものとそれでも残るものに。
しかし、自分が選んだ選択に後悔はなかった。
こんなふうに一花を抱きしめる日が来るなんて思うことさえしなかった。
だから、今泣いている彼女を慰めるすべがない。泣かしたのは俺で、でも、そのことを謝ることもできない。例え時間が戻っても同じ選択をするとわかっているから。
今だって本当は逃げ出した当時と根本的には何も変わっていない。一花の望む未来と俺のそれは違っていて、わずかに重なった場所で手をとりあっているだけにすぎない。
将来を誓うことはできたとしても、幸せにするとは言ってあげられない。
一花の幸せは一花のものだ。俺の幸せが俺のものであるように。
だからせめて君に約束しよう。
「これからはずっとあなたのそばにいますから、泣かないで」
「ずっと? 絶対?」
「うん。ずっとです」
「5年後も、10年後も? 50年後も?」
「百年後も、その後も」俺は一花を抱き上げた。「ずっと私はあなたのものです、一花」
一花が俺を抱きしめる。愛しい温かさに包まれる。
ずっと、今度こそ。あなたが俺のそばからいなくなることがあっても、ずっと。
「約束する」
一花の小さな嗚咽の向こうで波の音がよせて返していた。
美しい夜だった。
一花は顔をこわばらせている。夜の闇に波がよせて返している。
「でも、だって。え、足? 大丈夫なの?」
「足は後遺症もなく完治してます。心配しないで。もう、何年も前の話です。ただ、その朝がきれいだったと言いたいだけですから」
あの日の朝は忘れないだろう。俺は安堵しながら明るくなっていく空を見ていた。
雨は上がっていた。濡れた地面が美しかった。やがて岩山の上から朝日がさした。
その時、世界が光り輝いた。
赤茶けた大地のそのずっと向こうまで光が満ちて広がり、清浄で、静かで、美しかった。
俺はその光を身に浴びながら、一人で、孤独で、そして満たされていた。
ああ、そうか、と思った。俺はこの世界を愛しているんだ。
その時、いるはずのない誰かの気配を感じた。思わず振り返ってしまったくらいに。もちろん誰もいない。
でも、なんだろう、この知っている感覚。
無意識に手をつなごうとして気づいた。
ああ、そうか。一花か。
いないその人が自分を包んでくれている。
……そう、俺は知っている。
君は、全てをなくして自分を取り巻く世界は敵なのだと思っていた俺に、奇跡のようにもう一度与えられた愛すべきものだった。
世界が美しく見えるのも、それを愛することができるのも、全部あなたがいたからだよ、一花。
君がいるところはいつだって温かだったよ。
「とてもその朝は美しくて、あなたのことを想っていました。……なんて言うと、また調子よく聞こえますね」
一花は下を向いてた。泣いているようだった。俺は彼女の頬を両手で包んだ。
「どうしたの? もう、何年も前の話ですよ。ここにいるのは幽霊じゃないですから、大丈夫」
「……私、叫んだことは覚えてないけど、叫びたかったことは覚えているの。……元気?って、元気でいてねって、ずっとそう……」涙で言葉が途切れる。「届いてたって、いま……」
最後は言葉になってなかった。俺は彼女を抱きしめた。
「……うん、届いてた。ありがとう」
腕の中で震える彼女を抱きしめる。あの朝、俺も泣いていた。無くしたものとそれでも残るものに。
しかし、自分が選んだ選択に後悔はなかった。
こんなふうに一花を抱きしめる日が来るなんて思うことさえしなかった。
だから、今泣いている彼女を慰めるすべがない。泣かしたのは俺で、でも、そのことを謝ることもできない。例え時間が戻っても同じ選択をするとわかっているから。
今だって本当は逃げ出した当時と根本的には何も変わっていない。一花の望む未来と俺のそれは違っていて、わずかに重なった場所で手をとりあっているだけにすぎない。
将来を誓うことはできたとしても、幸せにするとは言ってあげられない。
一花の幸せは一花のものだ。俺の幸せが俺のものであるように。
だからせめて君に約束しよう。
「これからはずっとあなたのそばにいますから、泣かないで」
「ずっと? 絶対?」
「うん。ずっとです」
「5年後も、10年後も? 50年後も?」
「百年後も、その後も」俺は一花を抱き上げた。「ずっと私はあなたのものです、一花」
一花が俺を抱きしめる。愛しい温かさに包まれる。
ずっと、今度こそ。あなたが俺のそばからいなくなることがあっても、ずっと。
「約束する」
一花の小さな嗚咽の向こうで波の音がよせて返していた。
美しい夜だった。
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