天使は金の瞳で毒を盛る

藤野ひま

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4. 困惑の懇親会 ③

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「隣いいですか」榛瑠が言って、スペースのあった私の隣に座る。え、なんで、なんで?

動揺する私を横切って、榛瑠がビールの瓶を鬼塚さんに差し出した。

「お、悪いな」そう言って受け取ると、鬼塚さんも返している。

「ちょっと、びっくりだな。こういうことしないかと思ってたわ」

「なんでですか?鬼塚さん先輩なんですから、しますよ」

「いや、でもさ、アメリカいたやつなんてしなさそうじゃないか?」

うん、わかる。ていうか、榛瑠が人にお酌するなんて。……私にはするけど。

私は二人の間に挟まれて小さくなりながら聞いていた。

「アメリカって言っても高校卒業後に渡米したので、それまでは普通に日本の学校通ってますし」

「お、そうなのか?へえ、高校どこだよ」

榛瑠が出身高校名を口にした。

「え、すごいな、あそこかよ。初めて会ったわ、出身のやつ」

榛瑠が卒業した高校は、入る試験のための選抜があると噂されているらしい私立で、良家の子ばかりが集まっている、鉄壁のセキュリティを誇るところだった。ちなみに私は小等部から入ったが、榛瑠は高等部からの編入生だった。

「俺、剣道の大会で試合したことあったけどな。あそこの生徒会ってすごいんだろう?将来の内閣のデモ版だとかって」

そんなことないですよ、と榛瑠が返している。そんなことを今話している人は、会長やっていましたよお。

「剣道やっていたんですね」

「まあな」

二人の話を聞きながらまだ余っていたお肉を焼く。自分で焼いたの初めてだけど、すごく楽しい。

でも、二人とも大きいから狭いんだけどっ。あと、なんとなく女性たちからの視線が痛いんだけど。

お肉が焼けたので取ろうとしたが、二人に挟まれてうまくとれない。仕方なく膝立ちになって腕を伸ばした。

ガチャッ

何かの食器が袖に引っかかった。

しまった、こぼした。

驚き慌てて見た次の瞬間、大事に至ってないことを知る。

榛瑠が私の右手を持ち上げ、もう一方の手で倒れかけたコップを支えていてくれた。

「気をつけて」

「す、すみませんっ」

彼の冷静な声に反して私の声は明らかに動揺している。びっくりした。こぼさなくてよかったあ。

榛瑠が手を離す。と、袖をまくっていた彼の右腕の内側に、タレらしいのがついているのが目に入った。今の弾みでとんだのだろう。

「すみません!いま拭きますからっ」

あれ、私のお手拭きどれだっけ、テーブルの上ごちゃごちゃでわかんないよ。

慌てる私に榛瑠は相変わらず冷静に言った。

「大丈夫、平気ですよ」

そう言って自分の腕の内側をゆっくりともいえる動作で舐めた。

ドキッとした。

伏し目がちになっている。まつ毛が長い。手首筋っぽい。舌にも綺麗とかってあ……

って私、何、見ているのよ!

ドキドキしながら慌てて目を逸らすと、固まって凝視している女性が何人もいるのが目に入った。

ああ、本当に、もう、榛瑠は分かっているのか、いないのか……。

深いため息をつく私の前を腕が横切った。

「お前、いい腕してるなあ、今、気づいたわ」鬼塚さんが榛瑠の腕をがっちり掴んで言った。「なにかやっているのか?」

「昔、空手を少し。鬼塚さんはさすがの握力ですね」

悪い、悪い、と、鬼塚さんは手を離した。榛瑠がまくっていた袖を直している。

榛瑠は子供の時から、空手だけでなく色々やっていた。でもスポーツとしてではなく、私を守るための護衛術として身につけさせられていた感じだった。

榛瑠はそういうのがとても多い。

お菓子作りでも、給仕でも、空手でも。私のために身につけ、私にだけすることが。

そうだよね、そう思うと、家から出て行こうと思うよね。私から離れてせいせいするよね。

そんなことを考えていると、なんだか食欲も無くなってきて狭い座席の後ろの壁に寄りかかった。

鬼塚さんと榛瑠の背中の影になる。なぜか妙に安心した。……まるで、木の陰にいるみたい。

「げ、こいつ寝てないか?」

ぼんやりした意識の向こうに鬼塚係長の声がする。

「寝かせておきましょう。今週、元気がないようでしたし、疲れているのかもしれませんね」

「しょうがないなあ」

なにかがバサッと上半身にかけられた。鬼塚さんの上着?ありがとうございます……。

それから覚えているのは何かが頬に優しく触れたこと。そして安心した気持ちになったこと……。
 




「おい、帰るぞ、起きろ」

寒っ。体にかかっていたものが取り除かれビクッとする。あれ、今って何してたっけ?

「いい加減、離してやれ。お前んとこの課長困ってるぞ」

鬼塚さんだ。離すって何を……。

ぼんやりと目を開ける。横向きに寝ていた私の目に榛瑠が目に入る。

相変わらず冷静な顔をして片足立てて座っている。足が長いせいか窮屈そうに見える。その膝の上に右手が置かれている。左手は……。

私の目の前に、あった。で、がっちり、私が両手で握っていた。

その事実が脳みそまでたどり着くと、私は声にならない悲鳴をあげて飛び起き、後ずさった。

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