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電車、二人
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「今日は」
角野の傍に立つ中島が柔らかく笑う。
「ちょっと嬉しそうだね」
優先席に座る角野の方へ少しだけ寄り、
「―――――ことあったの?」
と親しげに尋ねた。
しかし走行音と周囲の喧騒に紛れ、角野にはよく聞こえなかった。
中島と隅原の声は、どちらも静かだが通りの良さが違う。
隅原の声は小さくても通るが、中島の柔らかい声はすぐに聞こえなくなってしまう。
「え、なに?なんつった?」
角野が少し身を乗り出すと
「何かいいことあったのかなって」
と中島が少し声を張り上げた。張り上げてもうるさい印象にならないのは、少し不思議だ。
「え?いいこと?」
「うん、ちょっとウキウキしてるでしょ」
「え、まあ、そうかも?」
角野は少し迷った。中島には何でも話せるが、騒がしい電車内で話すのははばかられた。
とても、個人的な話だし。
そんな様子を悟った中島は、すぐになんでもないように話題を変えた。
「オーボエもすごく上手になってるよね。コンクール用の曲は練習しないの?」
「いやー、やってみよかなってチラッと思ったんだけど、俺楽譜読めねーし」
「譜読みならいつでも付き合うよ」
中島の見慣れた柔らかい笑顔を見て、角野は常より少し柔らかく笑った。
「ありがとな」
中島といると心地が良い。少し穏やかな気持ちになって、自分まで落ち着いていて優しい人間になってしまったような気さえする。
隅原といるときの、少し間違えたら相手の気持ちを窓ガラスのように呆気なく壊してしまいそうな、少し緊張感のある雰囲気とは全く違う。
(人としての雰囲気は、そこそこ似てると思うんだけどな)
中島の顔を一切の遠慮なく凝視していると、中島が
「どうしたの?」
とまた微笑む。
その顔を見ていると、唐突に一つの疑問が浮かんだ。
「お前ってさあ」
勢いのまま、何も考えずそれを声に乗せる。
「生きてて楽しい?」
その時角野は初めて、中島の驚いた顔を見た。
瞳を大きく丸くして、まるで子供みたいな幼い表情だった。
「うん」
中島は心底不思議そうに頷いた。
そしてじっと角野の瞳を見る。
角野も中島を見つめた。
走行の振動でガタガタと車内が揺れる。
「本当に?」
角野が真剣に聞くと、中島が安心させるように笑う。
「うん、楽しいよ」
その笑顔に、かえって不安になった。
「ホントかよ」
明らかに疑っている角野に、中島は明るく笑った。
「本当だって。毎日楽しいよ」
そして不思議そうに角野を見つめる。
「急にどうしたの?」
「えーと」
角野自身にも何故自分がそんな事を言い出したのか全く分からなかったので、正直少し困った。
無理矢理それっぽい理由を考える。
「いやー、最近ずっとフルートパートギスギスしてるだろ?疲れないかなーって」
言いながら、こんなことを言いたかったわけじゃないと気が付く。
「いや、待った!今のなし!」
慌てる角野に、中島が目を見て頷いた。
『ちゃんと聞くから、ゆっくりでいいよ』
中島の瞳がそう伝える。
「えーっとさあ」
電車が一際大きく揺れて言葉が途切れる。中島が角野の、捻挫ではなく骨折だったことが最近分かった右脚を素早く見た。
「大丈夫だって。最近じゃ体重かけなきゃ痛くないし」
ほらほらと、角野は自分の右脚をブラブラと動かした。
「でも、完治するまでは気を付けないと。悪化したら大変だし」
中島は角野の右脚を心配そうに見つめた。
「ほらお前、周りのことばっかり気にしてるじゃん」
「友達の怪我くらい心配するよ」
「でも心配しすぎ」
「それよく、言われる」
中島が苦く笑った。
「人のことより、自分のことを考えろよ!」
「自分のこと?」
中島がまた瞳を丸くする。
「後、優しすぎる!もっと怒っていこうぜ!」
「苦手なことばっかり言うね」
中島が明るく笑う。
角野の真剣だった雰囲気も、和らいできて
「笑い事じゃねえぞ。試しに今怒ってみろよ」
と笑った。
「えー」
中島が軽快に笑う。
「笑い事じゃねえぞ、なんかあるだろ」
「急に言われてもなー」
「絞り出せよ」
「じゃあ、授業はちゃんと聞いた方がいいと思う」
角野が眉をしかめた。
「そういうことじゃねえって。もっとなんか、不満だったこととか、嫌だったこととか」
「不満なことを言ったんだけどな」
中島が困ったように笑う。
「多分、怒るの向いてないんだ」
角野の傍に立つ中島が柔らかく笑う。
「ちょっと嬉しそうだね」
優先席に座る角野の方へ少しだけ寄り、
「―――――ことあったの?」
と親しげに尋ねた。
しかし走行音と周囲の喧騒に紛れ、角野にはよく聞こえなかった。
中島と隅原の声は、どちらも静かだが通りの良さが違う。
隅原の声は小さくても通るが、中島の柔らかい声はすぐに聞こえなくなってしまう。
「え、なに?なんつった?」
角野が少し身を乗り出すと
「何かいいことあったのかなって」
と中島が少し声を張り上げた。張り上げてもうるさい印象にならないのは、少し不思議だ。
「え?いいこと?」
「うん、ちょっとウキウキしてるでしょ」
「え、まあ、そうかも?」
角野は少し迷った。中島には何でも話せるが、騒がしい電車内で話すのははばかられた。
とても、個人的な話だし。
そんな様子を悟った中島は、すぐになんでもないように話題を変えた。
「オーボエもすごく上手になってるよね。コンクール用の曲は練習しないの?」
「いやー、やってみよかなってチラッと思ったんだけど、俺楽譜読めねーし」
「譜読みならいつでも付き合うよ」
中島の見慣れた柔らかい笑顔を見て、角野は常より少し柔らかく笑った。
「ありがとな」
中島といると心地が良い。少し穏やかな気持ちになって、自分まで落ち着いていて優しい人間になってしまったような気さえする。
隅原といるときの、少し間違えたら相手の気持ちを窓ガラスのように呆気なく壊してしまいそうな、少し緊張感のある雰囲気とは全く違う。
(人としての雰囲気は、そこそこ似てると思うんだけどな)
中島の顔を一切の遠慮なく凝視していると、中島が
「どうしたの?」
とまた微笑む。
その顔を見ていると、唐突に一つの疑問が浮かんだ。
「お前ってさあ」
勢いのまま、何も考えずそれを声に乗せる。
「生きてて楽しい?」
その時角野は初めて、中島の驚いた顔を見た。
瞳を大きく丸くして、まるで子供みたいな幼い表情だった。
「うん」
中島は心底不思議そうに頷いた。
そしてじっと角野の瞳を見る。
角野も中島を見つめた。
走行の振動でガタガタと車内が揺れる。
「本当に?」
角野が真剣に聞くと、中島が安心させるように笑う。
「うん、楽しいよ」
その笑顔に、かえって不安になった。
「ホントかよ」
明らかに疑っている角野に、中島は明るく笑った。
「本当だって。毎日楽しいよ」
そして不思議そうに角野を見つめる。
「急にどうしたの?」
「えーと」
角野自身にも何故自分がそんな事を言い出したのか全く分からなかったので、正直少し困った。
無理矢理それっぽい理由を考える。
「いやー、最近ずっとフルートパートギスギスしてるだろ?疲れないかなーって」
言いながら、こんなことを言いたかったわけじゃないと気が付く。
「いや、待った!今のなし!」
慌てる角野に、中島が目を見て頷いた。
『ちゃんと聞くから、ゆっくりでいいよ』
中島の瞳がそう伝える。
「えーっとさあ」
電車が一際大きく揺れて言葉が途切れる。中島が角野の、捻挫ではなく骨折だったことが最近分かった右脚を素早く見た。
「大丈夫だって。最近じゃ体重かけなきゃ痛くないし」
ほらほらと、角野は自分の右脚をブラブラと動かした。
「でも、完治するまでは気を付けないと。悪化したら大変だし」
中島は角野の右脚を心配そうに見つめた。
「ほらお前、周りのことばっかり気にしてるじゃん」
「友達の怪我くらい心配するよ」
「でも心配しすぎ」
「それよく、言われる」
中島が苦く笑った。
「人のことより、自分のことを考えろよ!」
「自分のこと?」
中島がまた瞳を丸くする。
「後、優しすぎる!もっと怒っていこうぜ!」
「苦手なことばっかり言うね」
中島が明るく笑う。
角野の真剣だった雰囲気も、和らいできて
「笑い事じゃねえぞ。試しに今怒ってみろよ」
と笑った。
「えー」
中島が軽快に笑う。
「笑い事じゃねえぞ、なんかあるだろ」
「急に言われてもなー」
「絞り出せよ」
「じゃあ、授業はちゃんと聞いた方がいいと思う」
角野が眉をしかめた。
「そういうことじゃねえって。もっとなんか、不満だったこととか、嫌だったこととか」
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中島が困ったように笑う。
「多分、怒るの向いてないんだ」
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