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5話 婚約破棄されたので便乗しました③
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物音がしてすぐに扉が開かれ、ケヴィンが驚いた様子で顔を出した。
「アマリリス様? はい、もちろんです。パーティーから戻られたのですか?」
「もう侯爵家から出ていくわ。これは図書室の鍵よ。みんなにはお世話になったのに、なにも返せなくて申し訳ないけど……ありがとうと伝えてほしいの」
「そんな急すぎます! いったいなにがあったのですか?」
「前から計画してはいたんだけど、さっきダーレン様から婚約破棄されたの。だからこれ以上は……」
「なんということだ……!」
ケヴィンは両親が健在だった頃からクレバリー侯爵家に仕えてくれている。当然エミリオの邪な思惑も懸念していた。
それに、いつも伯父から見えないところで優しくしてくれた。使用人をまとめてこっそり誕生会を開いてくれたり、食事だって少しでもいいものを食べられるように手配してくれたのを知っている。
ケヴィンや使用人たちの存在があったからアマリリスはやってこれたのだ。彼らが不幸になるのは本意ではないので、秘められた事実を伝えておくことにした。
「それから、おそらくクレバリー侯爵家はそう長く持たないわ。兆候が見え始めたら、すぐに逃げるのよ」
帳簿管理を任されるようになって、気付いたことがあった。伯父がクレバリー侯爵となってから、経営がうまくいっていないのだ。
原因は伯父一家の散財と年々領地の収入が落ちていることにある。
先代たちや両親が蓄えてきた資産は、すでに底を尽きそうな状態だ。伯父の余裕があるうちに紹介状を書いてもらい、別のお屋敷に移った方が賢明だ。
それにダーレンの存在も気になる。彼が後継者になっていたのは、バックマン公爵家の嫡男だからというのが最大の理由だ。
ロベリアにあれだけいいように操られるダーレンでは、貴族社会や商会の運営をうまくやれるか不安がある。
バックマン公爵夫妻は厳しい方たちなので、ダーレンの勝手な振る舞いを許す可能性も低い。それを見越しての婚約破棄宣言ならばいいけれど、実際はそこまで考えが及んでいないだろう。
より優秀な次男と三男がバックマン公爵家の後継者になった場合、ダーレンは間違いなくここへやってくる。そうなったらエミリオとの対立も勃発して、侯爵家がどうなるのか想像に難くない。
「逃げられる人はなるべく早く退職して。ケヴィンもいつまでも残っていてはダメよ」
「……アマリリス様がそうおっしゃるのなら、注意深く観察しておきましょう。では、少々お待ちください」
ケヴィンは一度部屋の中へ戻り、小さな巾着を手に戻ってきた。
「これをお持ちになってください。わずかしか用意できませんでしたが、お役に立つと思います」
巾着を受け取るとジャリッと音がする。慌てて中を見ると金貨が数十枚入っていた。
「こんな、受け取れないわ! 優しくしてもらっただけで十分よ。お返しもできないのだから……」
「お返しいただかなくて結構です。これは来月のアマリリス様の誕生会を開くための費用でしたから、気にせずお持ちください。これで隣国まで安全に進めるでしょう」
確かに来月はアマリリスの二十一回目の誕生日だ。毎年、こっそりと厨房でお祝いしてくれていた。じわりと琥珀色の瞳が潤んで、アマリリスの視界がぼやける。鼻の奥がツンとしたけど、何度か瞬きしてやり過ごした。
「ありがとう。こんなによくしてくれて……この恩は絶対に忘れないわ」
「では必ず幸せになると約束してください。どうかご無事で」
こらえきれなくて涙が頬を伝う。ゴシゴシと手のひらで拭って、最後はケヴィンに笑顔を向けた。
そして、両親や兄たちが大切にしていたクレバリー侯爵領を守れなかったことを心の中で懺悔しながら、屋敷を後にした。
「アマリリス様? はい、もちろんです。パーティーから戻られたのですか?」
「もう侯爵家から出ていくわ。これは図書室の鍵よ。みんなにはお世話になったのに、なにも返せなくて申し訳ないけど……ありがとうと伝えてほしいの」
「そんな急すぎます! いったいなにがあったのですか?」
「前から計画してはいたんだけど、さっきダーレン様から婚約破棄されたの。だからこれ以上は……」
「なんということだ……!」
ケヴィンは両親が健在だった頃からクレバリー侯爵家に仕えてくれている。当然エミリオの邪な思惑も懸念していた。
それに、いつも伯父から見えないところで優しくしてくれた。使用人をまとめてこっそり誕生会を開いてくれたり、食事だって少しでもいいものを食べられるように手配してくれたのを知っている。
ケヴィンや使用人たちの存在があったからアマリリスはやってこれたのだ。彼らが不幸になるのは本意ではないので、秘められた事実を伝えておくことにした。
「それから、おそらくクレバリー侯爵家はそう長く持たないわ。兆候が見え始めたら、すぐに逃げるのよ」
帳簿管理を任されるようになって、気付いたことがあった。伯父がクレバリー侯爵となってから、経営がうまくいっていないのだ。
原因は伯父一家の散財と年々領地の収入が落ちていることにある。
先代たちや両親が蓄えてきた資産は、すでに底を尽きそうな状態だ。伯父の余裕があるうちに紹介状を書いてもらい、別のお屋敷に移った方が賢明だ。
それにダーレンの存在も気になる。彼が後継者になっていたのは、バックマン公爵家の嫡男だからというのが最大の理由だ。
ロベリアにあれだけいいように操られるダーレンでは、貴族社会や商会の運営をうまくやれるか不安がある。
バックマン公爵夫妻は厳しい方たちなので、ダーレンの勝手な振る舞いを許す可能性も低い。それを見越しての婚約破棄宣言ならばいいけれど、実際はそこまで考えが及んでいないだろう。
より優秀な次男と三男がバックマン公爵家の後継者になった場合、ダーレンは間違いなくここへやってくる。そうなったらエミリオとの対立も勃発して、侯爵家がどうなるのか想像に難くない。
「逃げられる人はなるべく早く退職して。ケヴィンもいつまでも残っていてはダメよ」
「……アマリリス様がそうおっしゃるのなら、注意深く観察しておきましょう。では、少々お待ちください」
ケヴィンは一度部屋の中へ戻り、小さな巾着を手に戻ってきた。
「これをお持ちになってください。わずかしか用意できませんでしたが、お役に立つと思います」
巾着を受け取るとジャリッと音がする。慌てて中を見ると金貨が数十枚入っていた。
「こんな、受け取れないわ! 優しくしてもらっただけで十分よ。お返しもできないのだから……」
「お返しいただかなくて結構です。これは来月のアマリリス様の誕生会を開くための費用でしたから、気にせずお持ちください。これで隣国まで安全に進めるでしょう」
確かに来月はアマリリスの二十一回目の誕生日だ。毎年、こっそりと厨房でお祝いしてくれていた。じわりと琥珀色の瞳が潤んで、アマリリスの視界がぼやける。鼻の奥がツンとしたけど、何度か瞬きしてやり過ごした。
「ありがとう。こんなによくしてくれて……この恩は絶対に忘れないわ」
「では必ず幸せになると約束してください。どうかご無事で」
こらえきれなくて涙が頬を伝う。ゴシゴシと手のひらで拭って、最後はケヴィンに笑顔を向けた。
そして、両親や兄たちが大切にしていたクレバリー侯爵領を守れなかったことを心の中で懺悔しながら、屋敷を後にした。
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