夫のつとめ

藤谷 郁

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自由と孤独

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 壮太が黙り込み、空になった皿を見つめる。数分間の沈黙の後、彼は期待に満ちた目を上げた。

「社長は無理でも、社員にはなってくれるんだな。グラットン自体が嫌なわけじゃないんだろ?」
「えっ、それは……」

 壮二は一瞬考える。
 希美が理想とする夫は、普通のサラリーマン。グラットンで一般社員として働けば、条件から外れることはないし、壮太の期待にも応えられる。

 しかし―― 

「約束を破っておいて、会社に入れてもらうわけにいかないよ。だから僕は、大学の費用を壮太さんに頼らないし、就職の世話にもならない」
「壮二……」

 壮太は愕然とした。裏切られたという表情が、壮二には何より辛かった。

「一体どうしたんだよ。俺の会社に入って、レシピを開発したいって言ったじゃないか。それに、グラットンが今あるのは、壮二のアイデアのおかげなんだ。俺に恩返しもさせてくれないのか」
「すみません」

 はああーっと、壮太が息をつく。てこでも動かない相手に、お手上げ状態なのだ。

「……わかったよ。とにかく今は、理由を話せない。グラットンの社員になる気もないってことだな」
「はい」

 我ながら冷たい返事だと思う。しかしここで、中途半端なことはできない。

「だったら、それはそれとして。せめて生活費だけでも援助させてくれよ。そしたら、親父さんたちも助かるだろ」

 実家の経済状況を思うと、心が揺らぎそうだ。だが彼女のために生きると壮二は決めていた。

「壮太さんだけでなく、両親にも頼らない。僕は自力で大学を卒業し、就職する」
「そんな簡単にいくか! 大学出るのにいくらかかると思ってるんだ」
「いくらかかろうが、やってみせる」

 壮太の握りしめた拳が震えている。殴ってでも引き止めたい気持ちなのだと、壮二にはわかった。

「お前というやつは……何て頑固なんだ」

 彼は頭をかかえ、今度こそ完全に白旗をあげた。

「仙一にそっくりだ。あいつも普段はおっとりしてるくせに、人の言うこと全然きかないし」

 壮二は自分でもそう思う。だが、これほど頑固を貫くのは初めてのことだ。

「ったく、わけがわからん。しょうがねえ、今日のところは俺が負けてやる」
「壮太さん……」
「話は終わりだ。食え」

 二人は黙々と食事をし、1時間もしないうちに店を出た。
 ホテルの前で別れる時、壮太は未練がましく壮二を見やり、強い口調で言った。

「お前を後継ぎにするのを、あきらめないからな」

 壮二は返事のしようがなく、ベンツに乗り込む壮太を見守るほかない。
 車が去った後も、自由と孤独の狭間で、ただ立ち尽くした。

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