夫のつとめ

藤谷 郁

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自由と孤独

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 突然出てきた会社名に、武子と寛人はぽかんとした。
 無理もない。
 大企業の会社社長と、後継ぎになる約束を交わした。……などと言われても、信じられないのだ。

(そうだよな。でも……)

 あれは男同士の約束だ。壮太に会って、きっちり話をつけなければならない。



 午後のバイトを終えると、壮二は急いでアパートに帰り、壮太の携帯に連絡を入れた。話があるので会いたいと言うと、壮太は二つ返事で承諾し、夜に食事することになった。

(壮太さん、学費のことだと思ってるな)

 壮二は畳に寝転がり、天井を仰いだ。安アパートが風に吹かれ、軋んだ音を立てる。

 ――まだ先の話だし、状況が変わるかもしれないだろ?
 ――ああ、大丈夫だ。臨機応変に対応するよ

 グラットンの後継者にはなれない。
 状況が変わったと、はっきり告げるつもりだった。壮太が臨機応変に対応するかどうか定かではないが、理由を言うつもりはない。もし言えば彼のことだから、全力でじゃましてくるだろう。

「学費や生活費の援助は断る。苦しくても構わない。僕は、希美さんのために生きると決めたんだ」 



「何だって? どういうことだ、壮二!!」

 ここは高層ホテルの最上階に位置する中華料理店。山海の料理を前に、二人は緊迫した空気に包まれる。
 壮太の大声に驚いたのか、店員が様子を窺いに来た。コワモテのいかつい男が、学生を恐喝するように見えたらしい。

「いや、何でもない。騒がせてすまなかった」

 店員が立ち去ると、壮太はネクタイを緩めて椅子の背にもたれた。眼下には豪華な夜景が広がっている。

「話があるというから来てみれば、ばかなことを言い出して……」

 大学にかかる費用について相談されると彼は思っていた。ところが、壮二はまったく逆のことを伝えたのだ。

「理由は何だ。一体、どんなふうに状況が変わったというんだ」
「……」
「グラットンの他に、就職したい会社でもできたのか」

 壮太の口ぶりは、別れたいという女に浮気を問いただす男のようだった。

「そうじゃなくて……とにかく僕は、グラットンの社長にはなれない。状況が変わったとしか言えないよ」
「まったく……」

 大きく息をつくと、大皿のまま料理をもりもり食べる。小皿に分けるなど、大食漢の彼にはまだるっこしいのだろう。

「仙一には話したのか」
「いいえ。これは僕と壮太さんの問題だから」
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