琥珀色の花嫁

藤谷 郁

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ラルフの名前

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 ここは、ゴアドア郊外にある共同墓地。
 故人の名が記された墓標の前でラルフは佇み、静かに祈っている――
 しばらくすると彼は顔を上げた。傍らに立つ墓守に金子を渡すと、マントを翻して通りへ戻って行く。背の高い美しい青年の姿を、墓守は珍しそうに見送った。

 墓標に記された一番新しい名前はベル。
 彼女だけでなく、かつて妻であった女達に花を手向けるのは、初めてのことだった。



 その後、ラルフは森を通り抜ける貿易商人の護衛をし、仕事が済むと妖獣に変身してゴアドア城へ飛んだ。王に尋ねたいことがあった。

「ラルフ、また来てくれたのか。どうしたことだ一体」
 めったに城に寄り付かない男が、短期間に二度も顔を出した。王は不思議そうにするが、喜んでラルフを迎えた。
「王よ。お前は歴代の王の中でも博識の部類に入る」
「何だ、いきなり」
 褒められたのか、それとも皮肉か。よく分からないといった顔で、王はラルフとテラス席で向き合う。髭を撫でながら、森の番人をしげしげと眺めた。

「どうした、ハモンド。不作法だぞ」
「ああ、すまない。どこか、いつもと違う気がしての」
「私は変ったか」
 彼自身、分かっているようだった。
「うむ……まるで血の通った人間のようだ」
 王の遠慮のない表現にラルフは苦笑するが、否定はしない。

「何があったのかは知らんが……ふむ。しかし、悪くはないのう」
 なおもしげしげと眺めてくるのを手の平で制すと、ラルフは真顔になって訊いた。
「私について、お前は何を学んだ」
「何だと?」
「幼い頃から、お前はゴアドアの歴史と成り立ちについて、徹底的に教え込まれているだろう。その中には私についての知識もあるはずだ。それが知りたい」
「お前について? それはしかし……妙なことを言う。お前のことは、お前自身が一番よく知っているだろう」

 紅茶と菓子が運ばれてきた。ラルフは菓子器から一つ摘むと、王に質問の意図を示した。
「例えば、蜂蜜をたっぷりと使った揚げ菓子。私はこれが自分の好物だと知っている。だが、いつごろから、なぜ好むようになったのかは覚えていない」
「……」
 王は言葉を失った。この男は、1000年もの永い時を生きているというのに、己の存在理由を今さら知ろうとしている。

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