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変化
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ルズは森の上を飛びながら、何とも言えない違和感を覚えた。
いつもと違う――
暗黒の森特有の、魔物の気配や不気味さといったものが感じられないのだ。
「おかしいなあ。見たところ、特に変化はないけど」
今夜は月が出ている。空が明るいせいかなと思いつつ、ラルフの屋敷が見えてきたので降下を始めた。背中につかまるサキ博士も、姿勢を低くして準備する。
屋敷の窓は寝室の他はすべて暗かった。
ルズは静かに庭に降り立つと、サキが地面に足を付けたのを確認してから、いつものように変身した。
「あーあ、さすがに疲れたわね。ぶっ通しで飛び続けて、あなたもクタクタでしょ……」
サキが腰をのばしつつ、ルズに振り向く。
「ルズ……?」
彼女は一瞬、ぼんやりとした。なぜなら、そこに妖獣の姿がない。
そのかわり、見たことのない少年が一人、夜の中に白い裸体をぼうっと浮かび上がらせ、立ち竦んでいた。
「……あなたは?」
いつの間に、そこにいたのか。というより、なぜ裸なんだろう。
サキは距離をとって、少年を観察する。
彼は丸っこい鳶色の瞳を瞬かせた。黒髪は真っ直ぐで、肩まで垂れている。線は細いが、敏捷そうな体つきだ。
どこかで見たような少年だ。しばし考え、サキはハッと気が付く。
(この子、ラルフ様に似ている。もしかして親戚の子かしら)
ラルフに親戚がいるのか不明だが、おそらく彼に関係のある少年だとサキは確信する。
「あなたは、誰?」
もう一度、大きな声で訊ねた。
少年は初めて目が覚めたように、己の姿を見下ろす。それから、あらためてサキの顔を見つめ返し、爆ぜたように叫んだ。
「僕だ! 僕になってる」
サキは驚きのあまり、腰を抜かしそうになった。彼の甲高い声は、ルズと同じである。
「ルズ? あなたまさか……ルズなの!?」
「ラルフ! ラルフー!!」
少年は裸のまま、月明かりの中をピョンピョンと飛び跳ね、相棒の名を呼んだ。その声は喜びに満ちている。
「僕だ! ああ、思い出した。僕はラルフの従兄弟で、お付きの小姓でもある……」
「久しぶりだな、ルズ・ロラン」
いつの間にか庭に出ていたラルフが、背後からその名を呼んだ。
びっくりしてサキが振り向くと、ラルフもこちらに視線を寄越す。
「ラルフ……様?」
彼と目を合わせ、サキは戸惑った。
いつもの冷酷な眼差しではない。それどころか、深い慈愛すら感じさせる。蒼い瞳は穏やかで、優しい色を湛えていた。
一体全体、何がどうなっているのか? サキの頭は混乱を極めている。
「サキ博士、ご苦労だったな」
「えっ? いえ、そんな……あの、ただいま戻りました」
しどろもどろに、帰還の挨拶をした。普段と異なる態度のラルフに労われ、妙な緊張を覚える。
「さあ、中に入ってくれ。ルズもだ。いいかげん人間らしくしないと風邪を引くぞ」
微笑を浮かべてラルフが言うと、ルズは素っ裸でいるのを自覚したらしく、「わあっ」と声をあげた。
見ると、ラルフの後ろにガウンを手にしたミアが、俯いて立っている。ルズは今さら後ろを向き、体を隠すようにした。
「早く言ってくれよ、もう!」
ラルフに釣られて、サキも思わず笑う。
混乱しながらも、人心地が付いた気がした。
いつもと違う――
暗黒の森特有の、魔物の気配や不気味さといったものが感じられないのだ。
「おかしいなあ。見たところ、特に変化はないけど」
今夜は月が出ている。空が明るいせいかなと思いつつ、ラルフの屋敷が見えてきたので降下を始めた。背中につかまるサキ博士も、姿勢を低くして準備する。
屋敷の窓は寝室の他はすべて暗かった。
ルズは静かに庭に降り立つと、サキが地面に足を付けたのを確認してから、いつものように変身した。
「あーあ、さすがに疲れたわね。ぶっ通しで飛び続けて、あなたもクタクタでしょ……」
サキが腰をのばしつつ、ルズに振り向く。
「ルズ……?」
彼女は一瞬、ぼんやりとした。なぜなら、そこに妖獣の姿がない。
そのかわり、見たことのない少年が一人、夜の中に白い裸体をぼうっと浮かび上がらせ、立ち竦んでいた。
「……あなたは?」
いつの間に、そこにいたのか。というより、なぜ裸なんだろう。
サキは距離をとって、少年を観察する。
彼は丸っこい鳶色の瞳を瞬かせた。黒髪は真っ直ぐで、肩まで垂れている。線は細いが、敏捷そうな体つきだ。
どこかで見たような少年だ。しばし考え、サキはハッと気が付く。
(この子、ラルフ様に似ている。もしかして親戚の子かしら)
ラルフに親戚がいるのか不明だが、おそらく彼に関係のある少年だとサキは確信する。
「あなたは、誰?」
もう一度、大きな声で訊ねた。
少年は初めて目が覚めたように、己の姿を見下ろす。それから、あらためてサキの顔を見つめ返し、爆ぜたように叫んだ。
「僕だ! 僕になってる」
サキは驚きのあまり、腰を抜かしそうになった。彼の甲高い声は、ルズと同じである。
「ルズ? あなたまさか……ルズなの!?」
「ラルフ! ラルフー!!」
少年は裸のまま、月明かりの中をピョンピョンと飛び跳ね、相棒の名を呼んだ。その声は喜びに満ちている。
「僕だ! ああ、思い出した。僕はラルフの従兄弟で、お付きの小姓でもある……」
「久しぶりだな、ルズ・ロラン」
いつの間にか庭に出ていたラルフが、背後からその名を呼んだ。
びっくりしてサキが振り向くと、ラルフもこちらに視線を寄越す。
「ラルフ……様?」
彼と目を合わせ、サキは戸惑った。
いつもの冷酷な眼差しではない。それどころか、深い慈愛すら感じさせる。蒼い瞳は穏やかで、優しい色を湛えていた。
一体全体、何がどうなっているのか? サキの頭は混乱を極めている。
「サキ博士、ご苦労だったな」
「えっ? いえ、そんな……あの、ただいま戻りました」
しどろもどろに、帰還の挨拶をした。普段と異なる態度のラルフに労われ、妙な緊張を覚える。
「さあ、中に入ってくれ。ルズもだ。いいかげん人間らしくしないと風邪を引くぞ」
微笑を浮かべてラルフが言うと、ルズは素っ裸でいるのを自覚したらしく、「わあっ」と声をあげた。
見ると、ラルフの後ろにガウンを手にしたミアが、俯いて立っている。ルズは今さら後ろを向き、体を隠すようにした。
「早く言ってくれよ、もう!」
ラルフに釣られて、サキも思わず笑う。
混乱しながらも、人心地が付いた気がした。
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