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しおりを挟む十一月五日、月曜日――
二十四歳の誕生日に、花嫁修業をするよう母親に命じられました。
……今時、時代錯誤な話だと思いませんか?
私、野々宮織江。
とある企業の地方支店に勤める、ただの会社員。
特に良いところのお嬢様とかそんなのではない、ごく普通のどこにでもいる平凡な女子である。少なくとも自分ではそう思っている。けれど母親からすると〝平凡な女子〟というだけでは物足りないらしい。
「お母さんがあなたの年の頃にはね、とうに結婚して、お姉ちゃんを産んでいました。そのお姉ちゃんだって――」
いつもの小言。この流れで姉を引き合いに出すのもまた、いつものことだった。
姉の陽子はご近所でも有名な才色兼備。国立四大卒業後は一流企業に就職し、充実した社会人生活を満喫した後、エリート社員と結婚するのではないか。誰もがそう予想していたのだが、意外や意外、在学中から付き合っていた三歳年上の恋人にプロポーズをされるとあっさり結婚してしまった。
それが二年前の春のこと。私とは年子だから、当時姉は二十二歳。こうして彼女は若き花嫁となったのだ。
現在は旦那様の実家近くに建つ高級マンションに暮らし、専業主婦として日々を謳歌している。
当初姉が一流企業に勤めることを期待していた母だったが、最終目標である〝幸せな結婚〟が少し早まっただけで結果的には自分の理想どおりだと、今では手放しで喜んでいる。
「お姉ちゃんの旦那様は、海外出張も多い一流商社にお勤めだから、伴侶のサポートが必要なのよ。それにお給料がいいから、奥さんがあくせく働く必要なんてないしね」
ホホホ……と、勝ち誇ったように高笑いをする。
まるで、姉の暮らしが安泰なのは自分の手柄だとでも言わんばかりの態度であるが、実際それを目指して育ててきたのだから、そう言えないこともない。
女の幸せは夫となる男の甲斐性で決まるのよ、と口癖のように言ってきた母は、姉や私が物心つく前からずーっと働き続けている。私は最近まで共稼ぎは好きでやっていることだと勘違いしていたのだが、実は父の薄給を補うために仕方なく、だったらしい。
いつも元気に動き回る母はいきいきとして見えたのだが、本心は違っていたということなのだろうか。
「家でのんびりしたかったわよ。働いて家事やって子育てして……どれだけ大変なことか考えてごらん。いい? お姉ちゃんは持って生まれた器量と自分磨きで、今の幸せを勝ち取った。あんたはこれといった特技も無いし、一年中春みたいにぼーっとしてるんだから、若いうちに教養を身につけてレベルの高い男をゲットするしか幸せになる道はないのよ。なんといっても、二十四歳っていうのは、女性の結婚適齢期最後の年なんですからね」
今時そんなことを信じている母に頭痛を覚える。だって、周囲の同年代を見渡せば男も女も独身ばかり。それが普通で、現代の常識なのだ。
だが、思い込みの強い母にそんな正論は通じない。
私は無駄な反論はせず、いつもの小言をいつものごとく聞き流そうとしたが、母の言葉はまだ終わらなかった。
「そこで、まずは女性のたしなみの基本、お茶とお花から。お母さんの古いお友達の……えっと、ご親戚の方が、茶華道のお教室を開いてるから、すぐに行ってご挨拶してきなさい」
「は?」
いきなり何を言いだすのだろう。ぽかんと見返す私に、母の大真面目な顔が迫る。
「夜の十時に娘がお伺いしますと、約束してあります」
月初めの月曜日。時計を見れば九時二十分。
残業して帰ったばかりで、疲れてるんですけど。
明日はいつものように、朝七時に出勤するんですけど。
というか、そもそも夜の十時に伺うなんて、非常識では?
そんな言葉がぐるぐると頭の中を巡ったが、口からは何の言葉もでてこなかった。とりあえず、ぼーっとしたまま、目の前の夕飯をぼそぼそと食べ始める。
「ほら、桃田町二丁目の光明寺っていうお寺さんの前に、古いお屋敷があるでしょう。あのお屋敷のご主人が織江の先生になってくださる浦島章太郎さん。あちこちの会社やお店に土地を貸してる地主さんで、ええとあとは……ふ、ふぉ? 何とかっていう街の一等地の喫茶店だかレストランだかを経営する、やり手の経営者でもあるんですって」
母の目がキラキラしてきた。〝やり手〟〝経営者〟という言葉は、彼女の大好物である。
「その上、京都に宗家のある有名な茶道流派で、準教授の許状を得られた師範でもいらっしゃるのよ。その浦島先生が、毎週木曜日の夜八時から十時まで、茶華道を稽古してくださるそうなの」
「はあ……」
桃田町というのは、私が小学三年生まで住んでいた町で、ここからそれほど遠くない。車なら十五分ほどの距離である。母は知人が多いこともあり、よく行く場所だ。この前も、『秋の農業祭』という毎年の行事に誘われ出かけていた。ちなみに私もその時、運転手を兼ねて付き合わされている。
きっと、その友達関係の伝手だろうが、それにしても藪から棒な話だと思う。
「でも、今からなんて失礼じゃないの……」
「だから、夜は十時までお教室を開いてるから大丈夫なのっ」
ささやかな抵抗は、大きな声に一蹴される。今日の母は、いつにもまして迫力たっぷりで、鼻息も荒いような気がする。
急な話に未だ思考はついていかないが、この状態の母に何を言っても無駄だろう。
「さあ、約束してあるんだから、ちゃんと行ってちょうだい。遅れるほうが失礼よ!」
とりあえず抵抗を諦めて、急かされるままに夕飯を口にかき込み、出かけるための準備をした。歯を磨いて化粧直しをし、ふわふわしたショートボブをきちんと梳かして、用意してあったお出かけ用のワンピースに着替えさせられる。
「なんか、変だな」
ここで首を傾げるが、早く早くという母の煽りに違和感もかき消されてしまう。
「安物のナイロン靴なんて駄目よ。ほら、きれいに磨いておいたからこれを履いて行ってちょうだい」
母が玄関に揃えたのは、入社式以来靴箱に放置してあった革のパンプスである。確かにこの服には釣り合うけれど、わざわざ磨いてくれるなんてどういうことだろう。
玄関の外まで見送りに出て来た母に、箔押しされた富有柿を持たされる。
ずしりと重いそれを手土産に『浦島先生』のところへ向かうこととなった。
母親の急かし振りと用意周到さに、再び首を傾げる私。
車に乗って桃田町二丁目を目指しながら、母の言葉をあらためて考えてみる。
「えーと、木曜日の夜の八時から十時まで、その〝やり手経営者〟である浦島章太郎先生が教えてくださる、お茶とお花を、か」
二丁目の光明寺の前にあるお屋敷は知っている。
広い敷地をぐるりと囲む塀は古く、ところどころ穴が開いていた。全体的に古びた様子が不気味で、子供心にお化け屋敷のようだと思っていた。母のお使いか何かで前をとおりかかった時、穴のひとつに首を突っ込み、中を覗いてみたことがある。子供ならではの好奇心というやつだ。
『やっぱり、人が住んでたのかー』
と、驚いた記憶がある。
その屋敷に挨拶に行くことになろうとは。しかも、これまで考えてもみなかった茶華道の入門である。
「お化け屋敷に住んでる人に習うなんて……」
どういうご縁なのか知らないが、ちょっと遠慮したい気分になってきた。
それに、勢いに押されてここまで来てしまったが、やっぱり何か変だと思うし、納得がいかない。
母は、姉が早くに結婚してエリートの奥様におさまったのがよほど嬉しいらしく、私にもあんな結婚をさせたがっている。でも私にとって結婚が最上の道だとどうして分かるのだろう。
確かに、私は特技も無いし、男の人との交際だって未経験に等しい。だからといって、『教養を身につけてレベルの高い男をゲットしろ』なんて、いきなり命令されるのは釈然としない。
(誰かに変なことを吹き込まれたのでは?)
辿り着いた答えはそれだった。
と同時に、運転してきた軽自動車も、浦島家屋敷前に辿り着いてしまった。
「とにかく、絶対、変だよね」
月明かりも頼りない闇の中、高木の梢が秋風に揺れ、散った枯葉がはらはらとフロントガラスに舞い降りる。嫌な予感に苛まれながら屋敷の裏手に車を回すと、空き地然としたスペースに複数の自家用車がとめてあった。
入り口脇に立つ朽ちかけた木札に『浦島茶華道教室駐車場』と筆書きされている。小学生の時に書道を習っていたので、私にも少しは分かる。これはなかなかの達筆だ。
何度かハンドルを切り返しながら手前の一番隅っこにバック駐車をし、ハンドブレーキをぐっと引っ張ってからしばし考えてみる。
やっぱり何か企んでいるに違いない――というのが結論だった。
車を降り塀に沿って歩いて、屋敷の正面側に戻った。ところどころ穴が開いた塀は相変わらずで、修繕された様子はない。しかし街灯のもとではそんなあらも目立たず、大きな屋敷にふさわしい立派な外構えに見える。
闇に浮かび上がる門の大きさに少し怯んだが、思い切ってくぐった。
腕時計を見ると、約束の十時まであと二、三分ほどだ。母が勝手に取り付けた約束ではあるが、相手が待っているのならば遅れてはいけない。それは社会人として最低限のルール。
だが、さすがの私もだんだんと腹が立ってきた。こんなやり方はあまりにも人を馬鹿にしている。疲れて帰宅した娘に問答無用でご挨拶に行け、茶華道を始めろ、だなんて。母に逆らうのは気が重いが、ここでバシッと自分の意思を示さねばと心に決めた。
門の先には石造りの階段が二段あり、そこから飛び石のアプローチが家屋へと続いていた。
母屋の玄関横に電灯が点っているもののその光は弱く、玄関全体は薄暗い。
広い庭には外灯も無く、縁側からもれる灯りが伸びっぱなしの枯れ草を照らしている。こちらも相変わらず手入れがされていない様子だ。
(こんなだらしないことで、お茶やお花を教えられるのかしら)
不信感をつのらせながら呼び鈴を押す。暫くして奥から足音が聞こえてきた。その足音は複数で、女性の笑いさざめく声も混じっている。
がらりと、勢いよく引き戸が開け放された。
「おっ、こんばんは」
張りのある声に驚いて思わずぱっと見上げると、背の高い、スポーツ選手のように体格のいい男性が立ちはだかっていた。グレーの着物に紺の帯を締めている。
(この人が、浦島章太郎先生?)
茶華道の先生というからにはもっと年配で、なぜか華奢で小柄というイメージを抱いていたから、ちょっとびっくりした。
さらにびっくりしたのは、彼と一緒に出て来た三人の女性にあっという間に取り囲まれたことだった。
「あらあ、この方が?」
「随分と若いコじゃないか。へえ、隅に置けないね、先生も」
「よかった、よかった。これで大先生もようやく極楽往生を遂げなさる」
薄暗くてはっきりとしないが、どうやら皆、中高年の女性である。それぞれがビニールで巻かれた生花を手にしている。教室の生徒さんのようである。先生と呼ばれた大男は照れくさそうに頭をかいて、「まいったなあ、いやあ本当に来てくれたんだ」などと、嬉しそうに笑っている。
(なんなんだろう、この人は。どういうことなんだろう)
わけが分からずきょろきょろするばかりであるが、とにかくこの男性が〝浦島先生〟なのは間違いないようだ。
「それじゃあね、先生。おじゃま虫はこの辺で失礼するよ」
中央に立っている六十歳くらいの女性が、浦島先生の頑丈そうな肩をぺしっと叩いて玄関を出て行った。
「ありがたい、ありがたい。なにとぞよろしくお願い申し上げまする」
次に、ほぼ九十度に腰が曲がった老婦人が、額が地面に着きそうなほど深々とお辞儀をするので、私も慌てて頭を下げた。どういう訳か、なむなむと念仏を唱えながら私に手を合わせている。
「頑張ってねえ、楽しみにしておりますわん、ご結婚」
最後に、三人の中では最も若いと見られる中年女性が、意味ありげにニヤリと笑ってそう言い残し、老婦人とともに歩み去って行った。
賑やかさが消え、暗く荒れた庭に秋の虫が鳴き始める。しばらく呆然と見送っていたが、徐々に意識が戻ってきた。
「え……えっ?」
振り向くと、浦島先生が玄関の奥へ腕を広げ、身体にふさわしい大きな声で言ったのだ。
「さあ、上がってください織江さん」
(今、名前を呼んだ? それも、苗字ではなく下の名前を。じゃなくって、その前にとんでもないことを聞いたような)
あらためて、目の前の男性を眺めた。嬉しそうににこにこして、私を見下ろしている。
(この人は、誰?)
あまりの愛想の良さに、もしかしたら自分の知っている人だろうかと急いで記憶の中の人物ファイルを検索する。が、どこにも見当たらない。玄関の灯りに照らされた顔と姿を凝視しても分からない。こんな彫りの深い、西洋人のように高い鼻梁を持った美丈夫は知り合いにはいない。
絶対に、初対面のはずである。
「あ、あなたは誰ですか。一体これは、どういうことなんですか?」
うわずった声で質問すると、先生はぽかんとして広げていた腕を下げた。そして逆に訊いてきた。
「分からない?」
こくこくと頷いた。全く、分からなかった。
「そういうことかあ」
がっかりしたように言われても、私にはサッパリである。
「私はただ、お茶とお花を習いなさいと母に言われてご挨拶に来たのです。母の古い知り合いの方からのご縁だと紹介されて、あなたは、その、浦島先生だと聞いています」
「うん、俺は浦島章太郎。週に一度、茶華道の教室をここで開いているが、他の日も出張講師や何かで忙しい。ちなみに年齢は三十二歳。これも知らない?」
はきはきとした喋り口調は真面目そうであり、私はびくびくしながらも素直に答える。
「はい。あ、でも、先生は地主さんでお店の経営者だというお話も聞いています。それと木曜日の夜に教室を開いているとも」
「木曜日?」
怪訝な顔にハッとする。
「あ、今日って……」
「月曜日だよ。他の曜日に教室は開いていない」
そうだ、今日は月曜日だ。なんで木曜日じゃないのにご挨拶に送り出されたのか不思議に思うべきだった。こんな単純なことに、どうして気付かなかったのだろう。
いや、それよりも、そんなことよりも――
「さ、さっきの人が言ってた、ごっ、ご結婚って、どういう……」
「あー、いい。大体分かったよ」
夜のしじまに響く声に遮られ、びくっと身体を震わせた。
(怒ったのかな? でも、私が悪いんじゃないのに)
「ほら、そんな重そうなものぶら下げてないで」
「きゃっ」
いきなり、手にしていたお土産の富有柿を取り上げられた。と言うより、有無を言わせぬ早業で奪い取られたのだ。
「な、なにを」
「せっかく来たんだ。まあ、話だけでも聞いて行きなさい」
「はあ? いえ、私は帰ります。もう、帰りますから!」
玄関の奥に続く廊下はシンとして薄暗く、他に人がいる気配は無い。冗談ではないと思い、私は必死に頭を振った。
「こいつは俺の好物だ。君、織江さん。ひとつ剥いてくれないか。そうしたら、帰してやる」
彼は富有柿の箱を高々と掲げ、その反対の手で私の腕をつかんだ。着物の袖から伸びる腕は日に焼けていて、手首は太く、恐ろしく頑丈そうに見える。
「ちょ、ちょっと待ってくださ……」
「遠慮しなくてもいいよ、この屋敷には俺しかいない」
(だから困るんです!)
玄関の中に引きずり込まれた。ものすごい力だった。
「やめてください。離してくださいっ」
必死にもがいてもびくともしない。それどころか、ますます彼の力は強くなる。
「だから、一緒に食おう。食って、話を聞いてくれたら何もしないで帰してやると言ってる。どうだ、ここで逆らってるのとどっちが良い?」
はあはあと、息を荒らげながら彼の一方的な提案を聞いた。せっかく直した化粧も髪も乱れ、目尻には涙さえ浮かんでいる。
(どうしてこうなるの?)
自分を捕まえている見知らぬ男よりも、こんなところに私を寄越した母を、ひたすらに恨んだ。
「ほんとうに、何もしない?」
気弱な諦めの言葉に、彼はふっと力を緩め、表情もやわらげた。
「ああ、約束するよ」
腕をそっと離し、彼はくるりと背を向ける。さっきまでの激しさとは打って変わった静かな口調と、あっさり解放されたことに私は戸惑う。つかまれた部分はじーんと痺れているのに。
浦島先生は上り框に足をかけて家に上がり、さっさと歩いて行く。そして廊下の途中でぴたりと止まると、玄関で立ちすくんだままの私を振り返り、もう一度富有柿の箱を高く掲げた。
「おいで織江。早く食いたい」
逃げようと思えば逃げられるのに。
見えない縄に捕らわれたみたいに、後について行った。
廊下から一間置いた奥の座敷に通された私は、少し待っているように言われて畳の上に正座した。
先生が出て行き襖を閉めてから、それとなく室内を見回してみた。
座敷は、屋敷周りの荒れようからは考えられない、きちんと片付けられた清浄な仏間だった。ぴかぴかに磨かれた立派な仏壇には線香が焚かれ、花もきれいに供えられている。豪快な外見のあの人の手によるものとは思えない、細やかな心遣いだ。
鴨居には、上品な面差しをした着物姿の男女の遺影が飾られていた。立ち上がって見上げ、彼の祖父母だろうかと推測する。仏壇の前に座ると、手を合わせて「おじゃま致します」と挨拶をした。
なんとなくそうしたのだが、部屋に入ってきた先生は驚いたように目をみはり、なぜか嬉しそうに笑った。
「さて、剥いてもらおうかな」
座卓の脇に戻り再び正座した私の目の前に、富有柿がひとつと果物ナイフに布巾、お皿とフォークを載せたお盆が置かれた。
濡れ布巾で手を拭うように言われて、丁寧に指一本一本の脂を取り去り気持ちを落ちつかせる。緊張で全身脂汗をかいている。
「先月末の農業祭に、お母上と一緒に来てただろう。俺も会場が近所なものだからあの日、散歩がてら、ぶらぶらと出かけてたんだよ。そこで、君を見かけたんだ」
柿を剥く私の手元に注目しながら、浦島章太郎三十二歳独身はにこにこ……いや、にやにや顔で話し始めた。
「今年の品評会で金賞を取った白菜の前で、ぼーっとしている君が、なんていうかこう、ね、どうにも可愛くってね。平たく言えばひと目惚れってやつだ。でも、いきなり嫁さんになってくれなんていくら俺でも恥ずかしくって言えないからねえ。どうしようかと迷っていたら、君のお母さんと連れ立って歩いているのが俺の知ってる人じゃないか。彼女、三船さんは俺の教室の生徒さんで、しかも君のお母さんとは仲が良さそうだ。これは天の導きだと喜んで、その日のうちに三船さんに連絡して、紹介してほしいと頼んだのさ。もし白菜の彼女が独身で俺の申し出に応えてくれるなら、花嫁修業をかねて茶華を習いに来るよう取り計らってくれないかと。どうだ? これで話は見えただろう」
そうだったのかと、ようやくこの状況を理解したが、にわかに信じられる話ではなかった。理解をしても、納得ができない。
だって彼は、驚くようなことを言ってのけたのだから。
私に、ひと目惚れした? それから、嫁さんになってくれ!?
動揺でナイフの運びが乱れてしまう。彼のにやにやはそれを楽しんでいるからだろうか。
震える手でナイフを置くと、切り分けた柿を器に並べた。
「お待たせ致しました」
座卓を挟んで正面に座っている浦島先生の前におずおずと差し出す。先生は、着物の袖に互い違いに突っ込んでいた両腕を抜いて、すっと手を合わせた。
「いただきます!」
よく通る声で挨拶すると、果実にフォークをさくっと刺して口に含んだ。
「ん、んん~」
感に堪えないといった唸り声をもらし、それから私にフォークの持ち手を向けた。
「君も食べてみろ。実に美味い」
「え、あ、はい」
同じフォークで? と、訊く間もなく持たされる。仕方なく同じように果実を刺して、かりりとかじった。彼はじっと見守っている。
「美味いだろう」
「はい、美味しいです」
この富有柿は、母が岐阜の親戚に送ってもらったものだ。柿の選果場に勤める伯父がいるので、贈答用にと毎年取り寄せている。
「俺の好物をお土産にしてくださるとは、織江のお母さんは俺のことを気に入ってくれてるんだな」
――先生の好物?
嬉しそうに笑う彼に、確信した。
やはり、母は企んでいたのだ。
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