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1巻
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しおりを挟む「それより織江、お茶とお花を習うんですって?」
「うっ、それは……」
「そうそう、そうなのよ、明日からね」
再び前のめりになった母が代わりに返事をする。そしてデパートの紙袋から茶華道に使う道具を取り出し、テーブルの上にずらりと並べた。
「うわあ、本格的じゃない」
「お店の人に聞いて、できるだけ高級なものを選んで来たからね。浦島先生もびっくりするわよ」
いきなり出てきた名前にどきーんとするが、平静を装う。勘の鋭い姉の前で動揺を見せては余計な詮索をされてしまう。
「私の友人にも茶道教室に通ってる子が何人かいるけど、話を聞くと、かなり奥が深そうだよ」
「そ、そうなの?」
「まねごとで少し教えてもらったんだけど、確かね、こんな感じに」
姉は小さめのハンカチみたいな赤い布を取り上げると、サッサッと、よく分からない動作をしてから器用に折りたたみ、竹製の耳かきのような棒をその上にのせて、鷹揚な動きで拭う仕草をした。
「この布は服紗で、こっちの細長いスプーンみたいなのは、お抹茶を掬う茶杓という道具よ」
「……へえ」
今姉が行ったのは、服紗という布で茶杓を拭ったというただそれだけのことだ。しかも、まねごとていどに覚えている素人技で。それなのに何となく美しいと感じた。
――なるほど奥が深そうだ。
私はコーヒーを淹れるための道具を頭に思い描いてみた。豆を挽くミルやドリップ用のサーバーなどいろいろある。それらと似た役割のものがお茶にもあるのだろう。
でも、機能的に作られたコーヒー器具と比べると、お茶の道具は何か違っているように感じる。
たとえば、この茶杓は姉が言うとおりコーヒーにおけるスプーンにあたると思うけれど、服紗は道具を拭う布というだけでは無く、別の意味も持っているように思う。
そうでなければ、美しいと感じるはずはない。
「これも受け売りなんだけど、亭主が点てたお茶を客がいただく、その一連の動作ひとつひとつに意味があり、そして無駄がないの。正式な茶会である茶事ともなれば、炉に炭をつぐところから、懐石、濃茶、薄茶といったかしら、とにかくたくさんのきまりごとや所作があるんですって。それを自然体になるまで覚えようとしたら、これはもう、大変な修業よね」
何も言えない私をよそに、母が口をはさんだ。
「そうよ。ほら、浦島先生はその点、お祖父様やお父様が茶道の師範でいらして、幼い頃よりそのお二人について修業していらっしゃるのだから、相当に立派な方なんだよねえ」
細かいところはよく分からないというニュアンスだが、三船さんから浦島家についてあれこれ聞き出しているのだろう。そもそも、母は〝先生〟と呼ばれる人種に弱く、無条件で一目置いてしまうタイプだ。しかも三代続けて〝師範〟の肩書きがつくとなると、母からすれば彼らは殿上人かもしれない。
「私にできるのかな」
何も考えず、ぽつりともれた問いだった。
姉と母は顔を見合わせ、同時に首を捻る。なんて正直すぎる反応。がっかりしつつも、自分でもなぜそんなことを言ってしまったのか不思議だった。
「あー、でも、素質はあるかもしれない」
「えっ、そうかい?」
姉の希望的観測に、母は本気で驚いている。強制的に入門させておいて、無責任な人である。
「織江って、意外に手先が器用じゃない。それに、小さい頃から正座を苦にしないでしょ」
「そう言われればそうだねえ。法事の時なんか、陽子のほうが足を崩すのが早かったっけ」
正座が得意でこれまで得したことは無かったけれど、茶道では役に立つのだろうか。
「いいんじゃないの。案外いけるかもしれない。勉強もスポーツもいまいちだけど、根気よく続ければ、思わぬところで芽が出るかも」
これまた傷付く言い方だ。だが、私はふと支店長の言葉を思い出していた。
『まずは形から入り、根気よく経験を積めば、結果はあとからついてくるものだ』
なんだか、母と同じく前のめりになってくる私。
茶道、華道、未知の世界――
「それに、猫背も直るかもしれないねえ。三船さんも言ってたけど、茶道を始めてから背筋が伸びて、胃も丈夫になったとか」
「それは素敵ね。確かに織江の猫背はみっともないもの」
ずきっとくるけど本当のことだ。支店長にも度々注意されている。
私はテーブルいっぱいに並べられた茶華道の道具を見回しながら、明日は約束どおりちょっとだけ教室を覗いてみようかなと考える。
そして、母の台詞に影響されてか、その時だけ浦島先生のイメージが美化されていた。
「野々宮さん、電話だよ。浦島さんって方から」
木曜日の昼休み。
久しぶりに加奈子さんと外食することになり、ちょうど事務所を出ようとした時だった。
「うらしま……さん?」
背後からがっしりと羽交い締めにされた感覚だった。身体がかちこちに固まり、動けなくなる。
「織江ちゃん、下で待ってるね」
加奈子さんにぎこちなく頷いてから、自分のデスクの電話機に回してもらい、恐る恐る手を伸ばす。
昼休みが始まるのを狙いすましたような絶妙のタイミングに、私は混乱した。電話に出られない理由を捻り出そうとしても空しい抵抗である。
(なぜ私の会社や電話番号を知ってるの?)
――母が教えたに違いない。
(それより、どうしてスマホではなく職場にかけてくるの?)
――それはもちろん、こうして呼び出されれば無視できないから。
自問自答し、脱力する。彼が策士なのは初対面の言動で理解していたことだ。
一体何の用事だろう。全身で警戒しながら電話に出る。
「もしもし、野々宮です」
『こんにちは、織江。浦島章太郎だ』
はきはきとした声が耳に飛び込んできた。
『ちゃんと聞いてるか?』
「う……聞いています」
電話を取り次いでくれた社員や、デスクで弁当を食べている支店長が、不思議そうに私を眺めている。
先生の声は大きくて、呼び捨てにしているのが周りにも丸聞こえだ。何事かと思うのだろう。
とりあえず、なるべく早く切り上げられるよう対応することにした。
「ご用件をうかがいます。あの、できるだけ手短にお願いします」
『ああ、昼飯時に悪いね。この前はいいものをありがとう。お母上には、よしなに伝えてくれたかな』
富有柿のことだ。よほど嬉しかったのだろう、ずいぶんと浮き立った調子である。
だが、それは挨拶代わりだった。
『ところで、今日は木曜日だ。忘れてるといけないから電話したよ』
「は、はあ?」
(忘れる? 忘れられたらどんなにいいか。あの夜以来、あなたを忘れた日はありません。むろん、悩みの種として)
とはいえ、口に出せるわけもなく、抑えた声で冷静に返事をする。
「忘れていません。ちゃんとお稽古の道具も用意してあります」
『ほう、感心だな』
母からお茶とお花に必要な道具一式、プレゼントされているのだ。しかもかかった金額は半端ではなく、ひとつひとつの値段を聞いて驚いてしまった。
自分の預金から出すとしたら絶対に躊躇するだろう。
『ま、道具なんてものは俺が貸してもいいし、手ぶらでも構わんがね』
「えっ、そうなんですか」
『ああ、ウチにあるものを気軽に使えばいいよ』
思わぬ言葉に、ほんの少し警戒心が緩んだ。気を遣わせないように言ってくれているのだろうか。何千円、何万円もする道具を気軽にだなんて。
この人は案外親切で、太っ腹なのかもしれない。もしかしたら、この電話も純粋に心配してかけてくれたのかなと、好意的な解釈をしかけたほど。
だが――
『君の身体さえ来てくれたら、ね』
「……なっ」
ふっふふふと、含み笑いが耳の奥まで侵入し、ぞわぞわと内側から犯される錯覚に陥った。支店長たちが目の前にいなければ、悲鳴を上げて受話器を叩きつけるところだった。私はふらふらしながらも、なんとか平静を装う。
「と、とにかく、今夜八時にお伺いします……それと、これからは職場ではなく、携帯のほうへかけていただくように、お願いします」
『了解。それじゃ、楽しみに待ってるよ、織江』
潔く、いや、一方的に通話は切れた。
(なんて人なの、なんて……うううううっ)
「大丈夫?」
いつの間にかそばに来て見守っていた支店長の声に、はっと我に返る。受話器を握りしめたまま、直立不動の状態だった。
「いえ、はい、平気です! なんでもないんです……って、あ、あの、昼休憩に行ってきます」
動揺もあらわに事務所を飛び出した。鏡を見なくとも分かる。私は今、どこもかしこも真っ赤になっている。
カラダは、正直だ。
午後七時四十五分。浦島茶華道教室の駐車場に到着した。
何度かハンドルを切り返しながら、この前の夜と同じ一番手前の隅っこに駐車した。
他に乗用車は一台も無い。この前とめてあったのは、生徒さんの車だろう。ということは、今夜はやはり私一人きりなのか。
稽古道具一式を収めたトートバッグを肩にかけ、深呼吸をする。それでも胸がばくばくするが、足は自然と歩み始める。私は、自分のこの行動に不可解な気持ちになりながらも、止まることなく進んでいる。
どちらかといえば小心な私なのに、初めて会った女性に強引にキスをするようなあの人、恐ろしい仁王様のような浦島先生のもとへと、自ら飛び込もうとしている。
彼は怖いし、とんでもない人だと思う。それは間違いない。
でも、今の自分のままでは駄目だという、かつてない焦りに突き動かされている。
だが呼び鈴を押そうとして、さすがに躊躇する。
二時間も二人きりになるのを知っていながらここまで来たことに、今さらだが気付いたのだ。この後におよんで、初めて自分を責めた。ちょっとだけ覗くなんて、あの人相手では無理な話なのだ。がっつり拘束されるに決まっている。
母が三船さんから聞いた話によると、先生のご両親は現在仕事の関係でアメリカ合衆国のワシントン州シアトルに住んでいる。移住したのは先生が高校生の頃だそうだ。
残された先生は茶道の師匠でもある祖父と暮らしていたが、今年の春に他界されてしまい、今は一人暮らしだそうだ。
だからこの家には彼の他には誰もおらず、足を踏み入れたが最後本当に二人きりになるのだ。それなのに来てしまった。
(もしかしたら、私は……)
「待っていたよ、織江」
いきなり玄関の引き戸が開き、本人が現れた。あまりにも唐突で逃げることも出来ない。
「あ……わた、わたしっ」
「うん、よく来た。こんばんは、いい夜だね」
挨拶も返せず、しどろもどろになった私に、先生は上体を屈めて覗き込むようにした。
着物の胸元から、この前の夜と同じように、微かな香りが漂ってくる。月曜日、私のワンピースに移り香がほのかに残っていた。スーッとするような、甘いような、うっとりする独特の匂い。
「さあ、入りなさい。それはこっちに寄越して」
「あっ」
ぱっと手首をつかまれ、ぎょっとしている隙にトートバッグを取り上げられる。
「中身は〝お稽古用の道具〟だろ。先生が検査してやる」
「でも……きゃっ」
引っ張られるようにして玄関に上がると、手を繋がれたまま廊下から入ってすぐの部屋に連れて行かれた。離せば私が逃げるとでもいわんばかりの態度である。
「茶室は奥だが、まあ今日は居間でいいだろう。座って」
「は、はい」
促されるまま、敷いてある座布団に正座した。浦島先生は私と向かい合わせになる格好で、畳の上に座った。
十二畳の部屋には、中型の液晶テレビが据えられた木製ラックと、あとは座椅子が二台あるだけだ。しかも座椅子は隅の方に押しやられている。
この部屋も仏間と同じく片付けられて清浄だが、余計なものが無いぶん生活感も薄く、居間らしからぬ印象だった。
二人でしばしそのまま向き合い、無言になる。
先生の心の底まで見透かすような眼差しを受けながら、私も彼の瞳に映った自分を見つめていた。屋敷全体が静かで、時計の秒針がコチコチと動く音だけが聞こえる。
私から何か言うべきだろうかと迷ったが、沈黙を破ったのは先生だった。
「さて、織江。今夜から君は俺の弟子になるわけだ。それも、木曜日にただ一人、個人稽古の愛弟子にね」
少し気になる言い方だが、習うとなるとそれはそのとおりだ。
浦島先生が目の前にいるというのに、私は自分でも驚くほど落ち着いている。不思議で未知なる気持ちだった。
私は座布団を外すと、居住まいを正してから先生に挨拶をした。
「野々宮織江と申します。お茶とお花の稽古に参りました。よろしくお願いします」
「はい、私は浦島章太郎です。頑張ってくださいね」
先生も座り直すとあらたまって挨拶を返してくれた。言葉遣いや態度が急に先生らしくなったので、ちょっと意外な気持ちになる。
すると彼は少し考えるそぶりをしてから、帯に差している扇子を抜いて私に手渡した。
「これは?」
普通に受け取ってはみたものの、どういう意味があるのか分からなくて首を傾げた。
「茶扇といって、茶席で使う扇子だよ。それを膝の前に置いて。こう、横向きに」
手をとられて戸惑うが、先生が真面目な顔つきなので、言うとおりにする。
「こう、ですか?」
「そう、そして礼、つまりお辞儀をする。やってみなさい」
「はい」
私は頭を深く下げたが、こんなふうにお辞儀をするなんて普段に無いことなので、自分でも不格好な感じがした。
「うん、稽古の始めと終わりには、きちんと挨拶することだ。扇子は、結界を表す」
「結界……」
先生は真面目な顔のまま頷く。
「稽古の間は、俺は君と師匠と弟子の関係でいるよう、けじめをつける。そこのところは、厳しく分けるぞ」
言葉どおり、いつの間にか厳しい雰囲気になっている。突然の切り替えに合わせられない私は、どう反応すればいいのか分からない。
先生はおろおろする私から扇子を取り上げると元どおり帯に差した。
それからじっと私を見て、困ったように肩をすくめた。
「まあ、この前の夜は俺も必死だったから、やり過ぎたかな、とは思っている」
「え……あっ」
私を捕まえて、強引にキスをしたことだ。
膝に目を落とし、もじもじした。あの光景と感触をクリアに思い出してしまい、頬が火照ってきて、正面から先生を見ることができない。
「半ば無理やり弟子入りするように話を持っていったからね。実は心配してたんだよ、今日はちゃんと来てくれるかなあって」
予想もしない発言に、思わず顔を上げる。
背筋をピンと伸ばして正座をする先生だが、扇子をおさめた途端リラックスした笑顔になっている。なんとも鮮やかな切り替えだった。
「でも俺は後悔してない。こうして君も来てくれたことだし、かえって自信が付いたな」
「ええっ?」
自信だなんて、それはどういう意味ですかと焦る私に対し、彼は膝を詰めてきた。
二人の間に扇子は無い。じりじりとにじり寄る彼に、私はぱくぱくと口を開けたり閉めたり、声にならない抗議をする。当然通じるわけもなく、あっという間に追い詰められる。
「稽古は稽古、これはこれ。普段は男と女として、俺と付き合ってくれないか、織江」
「あっ、あの、でも私は」
「脈があると思うけどね、違うのか」
どくんどくんと全身の血が勢いよく巡り始める。大きく大きく脈打っている。もう、誤魔化しは利かない。彼にも、私自身にも。
「は……い」
「ん? もっとはっきりと」
濁りのない薄茶色の瞳に、吸い込まれそうになる。
着物から匂い立つ独特の香りに、気が遠くなっていく。
私と全然違う人。
だからこそ、私はまたここに来てしまったのだ。
「はい――お付き合いします。私、先生と」
「男と女として?」
「はい」
明確な返事に、先生が目を見開き、全身を震わせたのが分かった。
「織江」
「でも、でも、お稽古は……」
感激の震えを目の当たりにした私は怖気付いて彼の気をそらそうとするが、今の先生に通じるわけも無い。覆い被さるように抱き締められる。私は正座したままのけ反り、後ろに両手をついた。
着物越しに伝わってくる温もりと、香りが私を包み込む。
「タイプじゃないって言ったのに、どうしてそんな目で見る? どこで気が変わった? 俺のキス、そんなに気持ちよかった?」
初めて会った日のことを責めるような立て続けの質問に、私は曖昧に首を振った。
自分が自分でも分からなかった。本当にタイプじゃないはずなのに、なぜ惹かれるのか。
「……俺好みに仕上げたい」
「え」
答えられないでいると先生は突然身体を起こし、私のことも両手で支えてまっすぐに座らせた。
香りが薄まって、くらくらしながらも懸命に気を取り直す。
「今の君じゃ俺は満足しない。道具というのは、使い込んでこそ味わいが増すもんだ」
「つ、つかい、こむ?」
「師匠と弟子として、男と女として俺と付き合えばいずれ分かってくるよ」
ぽかんとする私に、先生は嬉しくて堪らないというように笑う。どういう意味だろう?
「とにかく、スタートだ」
先生は笑いを収めると、稽古道具が入れてある私のトートバッグを二人の間に置いて、口を広げた。
「見てもいいか」
「あっ、はい。お願いします」
これから道具の検査をするのだ。先生はいつの間にか〝先生〟に戻っている。
お花に使う数種類の鋏や剣山、お茶の服紗、懐に入れるという懐紙の束などを、ひとつひとつ手に取り吟味していく。
すべて見終わると、小さな呟きがきこえた。
「ふうむ……」
「あの……なにか?」
「ん、いや、どれもこれもビギナーには過ぎたる贅沢品だなと思ってね。お母上のお見立てかい」
「はい……いえ、見立てたというか、茶華道の知識がないから、とにかく専門店のすすめる値段の高い道具を揃えてきたのだ、と言っていました」
「そうか。確かにものはいい。うーん、だが剣山はうちにあるのを使えばいいし、剪定鋏も当分は不要だなあ」
何も言えずにいると、先生は取り出したものを丁寧にバッグに仕舞い、私に返した。
「これからは、道具は自分で選びなさい。今必要なものは何なのかよく考えて。懐紙一枚、人任せにはしないで」
「は……い」
今更ながら恥ずかしかった。
茶華道を習うのに何の予備知識も持たず、言われるまま流されるまま、渡された道具の使い道すら確かめもせずに来たなんて。どうしてこんなに人任せなのだろう。これだから母も心配するのだ。結婚どころか彼氏もできないのではとやきもきされても仕方ない。
さらにそのことを指摘されるまで気付かないなんて、あまりにも鈍すぎる。
だけど先生は明るく笑い、うつむいている私にすべてお見通しとばかりに言ったのだ。
「そんな織江だから、俺は惚れたんだけどね」
夜のしじまに優しく響く、畏縮した私の心を和らげる素朴な告白。
「先生……」
怖いと思っていたはずの、大きくて、力が強くて、強引な人。それなのに、今は私を大らかに受け止めてくれる頼もしい人だと感じている。
単純すぎるだろうか。
なぜだか、もうひとつ奥にある彼の気持ちを確かめたくなっていた。
「でも、今の私では満足しないって」
先生はもう一度朗らかに笑った。私はじっと見上げて答えを待つ。
「だから言っただろう。俺好みになるように使い込むって」
「使い込む?」
「まったく、困った娘だね」
先生は立ち上がると隣の部屋に移動し、じきに戻ってきた。私の前に正座すると、手にしているものを渡してしっかりと握らせた。
先生が帯に差しているものよりも小ぶりな扇子だった。
「女性用の扇子だよ。これは道具の中に入ってなかっただろう。用意しておいて正確だったな」
「あ、ありがとうございます」
稽古のための道具選びを母にすべて任せきりだった私。そんな私のために、先生はわざわざ用意をしてくれたのだ。こんな私のことを、受け入れてくれるのだ。
なぜこんなによくしてくれるのか不思議だけれど、とても嬉しくて感動してしまう。一生懸命に茶華道の修業をして、先生も満足するようなしっかりした自分になりたいと心から願う。
真新しい扇子を膝の前に置き、始まりの挨拶をした。
「よろしくお願いします」
「よし、やろうか。俺のもとに来たからには稽古もその後も、徹底的に仕込んでやるからな!」
先生と私は師と弟子になり、見つめ合った。
でも私は〝稽古もその後も〟という言葉をよく理解していなかったのだ。もっと言うなら、〝俺好みになるように使い込む〟という宣言すら、深く考えていなかったのだ。
ここに来る前、あんなことを言われていたのに。
――君の身体さえ来てくれたら、ね。
それを思い知ったのは、初めての稽古が終わった後だった。
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