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オーバーテイカー準決勝始まる プレセア暦三〇四八年 ローゼンタール王都学院
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オーバーテイカーの準決勝が始まった。相手はマチルダのチーム。
「生徒会長のチームに勝って、最後はフランツに雪辱だ」アーサーが息巻いている。
「三位狙いで良いんだが……」アーサーに聞こえないようにオスカーがロアルドとマルセルに言った。
ロアルドはこの際、試合の結果などどうでも良かった。とにかく無事に最後の二試合を終えること。準決勝に負けても三位決定戦があるので二試合することは決まっていた。
相手チームが先攻だったために、ロアルドのチームはジャマーのオスカーを除く四人が空中ショートトラックに飛び立った。
初めて格闘型トラック競技に出るロアルドは、緊張のあまりうまく飛び立てず、やり直すはめになった。観衆から失笑とヤジがとんだ。
「おいおい、補欠の一年生、大丈夫かよ……」
「仕官科の生徒が出るとは……ほかに適当なのはいなかったのか?」
なぜかそういうヤジだけはしっかりと聞こえてくる。
ロアルドはため息をついた。
「気にするな。試合で黙らせてやれば良いさ」アーサーはいつも爽やかだ。
黙らせるのは自分の仕事ではないけれど、とロアルドは思った。
先攻のマチルダのチームはジャマーを含めて五人。すべて騎士科の男子生徒だった。そこにマチルダの姿はなかった。マルセルが警戒するアルベルチーヌもいない。
「正攻法で来たか」アーサーは不思議にも思わなかったようだ。「トラック競技の名を借りた格闘技だからな。魔法科の女子が出る幕ではないぜ」
それに対して守備側のロアルドのチームは、アーサー、マルセル、ロアルド、騎士科の上級生男子の四人だった。
相手ジャマーをブロックするのはアーサーに任せ、あとの三人はひたすらスピードを出して抜かれないように飛ぶ作戦だった。
空中ショートトラックにドーナツ型の結界がはられた。その部分だけ周囲よりも明るく見える。
この直径七メートルのリング状のエリアの中でジャマーが追い抜くと得点になる。エリア外で抜いても失格ではないが得点にならない。
逆に守備側はこのエリアを出てしまうと失点につながる。ジャマー以外のブロッカーに押し出されても失点になるので、ロアルドはむしろそれを警戒していた。
まずはゆっくりと選手たちがトラックの周回を始めた。助走ならぬ助飛行だ。
ある程度スピードが乗り、ジャマーが最後尾についたら審判が開始を宣言する。
ロアルドはどうにかそれなりのスピードで飛べるようになっていた。
ロアルドの前を騎士科上級生とマルセルが飛んでいる。ロアルドの後ろにはブロッカー役のアーサーが飛んでいた。
「そのスピードで構わない」アーサーが励ますように言った。「俺が抜かせないからな」
とはいえ、相手プレイヤーはゆっくり飛んで周回遅れでマルセルたちの前に現れたかと思うと、まるでそれが決められた配置であるかのように適当な距離をとってマルセルやロアルド達の横にひとりずつ並ぶようになった。
そして相手ジャマーが最後尾についたので審判が開始を宣言した。
ジャマーが加速する。一度目の追い抜きは得点対象にならず、単なる加速だ。ジャマーの飛行を妨害してはならない。敵ジャマーは一気に速度を上げてロアルド達を抜いていった。そしてほどなく再び最後尾についた。
ロアルドは相手ジャマーに抜かれないようにひたすら全速力で前へ前へと飛ぶだけだ。
「気をつけろ!」アーサーが叫んだ。「はじき出すつもりだ!」
相手プレイヤーは攻撃時もブロッカーの役割を果たすつもりのようだった。
ロアルドのすぐ外側を飛んでいた敵プレイヤーが中へと身を寄せた。そのままロアルドを内側に押し出してコースアウトさせるつもりのようだ。
これも正攻法だった、とロアルドが今更のように思った時にはロアルドはトラックの内側に押し出されていた。これで一失点。ロアルドは一旦地上へ降りて待機しなければならない。
こうして四人を押し出して四点をとるのも一つの作戦だった。ただしそれでは一回の攻撃で四点までしか入らない。優秀なジャマーがいる場合は制限時間内に何度でも追い抜きができ、大量得点の可能性もあるが、彼らはそれを放棄したようだ。
そしてあっさりと騎士科上級生もコースアウトさせられた。二失点目。
戦力が限られるロアルドのチームは出場するプレイヤーがぎりぎり五人の状態で、相手チームからするとひとりひとりの戦力分析は想定内だった。だから誰に誰をあてるか容易に決めることができる。
ロアルドチームの騎士科上級生には彼よりも少しパワーのあるプレイヤーがついていた。押し合いなら相手の方が一枚上手だったのだ。
こうしてロアルドのチームはマルセルとアーサーだけが飛ぶ事態となった。
ただ、マルセルは想像以上に速かった。後ろからだと誰も追いつかない。だから相手プレイヤーはゆっくり飛んで周回遅れでマルセルの前をふさいだ。
マルセルの前に相手プレイヤー三人、マルセルのすぐ後ろにアーサーがいて、アーサーをマークする相手プレイヤー一人、そして相手ジャマーが飛ぶ形となった。
この状態を維持したまま制限時間を迎えれば相手チームの初回の攻撃は二点で終了となる。
しかしマルセルとアーサーはすっかり挟まれていた。しかもその間隔が狭まっている。
アーサーとしては相手ジャマーを押し出してコースアウトさせたかっただろう。そうなれば相手ジャマーは最後尾からやり直しだ。ただ、攻撃側はコースアウトしても失格扱いにはならないから五人飛び続けることに変わりはなかった。この競技は攻撃側に有利なルールになっている。
マルセルの前を行く三人が手をつないだりして塊となってマルセルに迫った。飛行路をふさぎながらコースアウトさせるつもりだ。
危ないと思った瞬間、マルセルの体が瞬時に敵三人を搔い潜った。そしてあっという間に抜き去っていった。
「今のは瞬間移動か?」ロアルドの横に来ていた騎士科上級生が驚いていた。
「凄いな」あちこちから声があがる。
「ルール上、問題ないのか?」
「ジャマーがあれを使って抜いたらルール違反だが、ブロッカーなどの他のプレイヤーなら問題ない。しかも一旦下へ移動してから抜いているからな。瞬間移動でそのまま前へ出たらコースアウトとみなされるよ。本当に際どい抜き方だ」
なるほど、そういうものなのかとロアルドは感心した。
瞬間移動を使って抜いたら、たとえジャマーでなくてもコースアウトとなり失点するが、下や横へ移動して、そこから空中飛行のみで抜き去ったのだから反則でないというわけだ。
「それにしても瞬間移動できるやつなんて学院内にも数えるほどしかいないぞ。何なんだ、あの一年」
ロアルドも瞬間移動を初めて目にした。初めて見たはずなのに、なぜかどこかで見たような気がした。この既視感がどこから来るのか、ロアルドにはわからなかった。
「生徒会長のチームに勝って、最後はフランツに雪辱だ」アーサーが息巻いている。
「三位狙いで良いんだが……」アーサーに聞こえないようにオスカーがロアルドとマルセルに言った。
ロアルドはこの際、試合の結果などどうでも良かった。とにかく無事に最後の二試合を終えること。準決勝に負けても三位決定戦があるので二試合することは決まっていた。
相手チームが先攻だったために、ロアルドのチームはジャマーのオスカーを除く四人が空中ショートトラックに飛び立った。
初めて格闘型トラック競技に出るロアルドは、緊張のあまりうまく飛び立てず、やり直すはめになった。観衆から失笑とヤジがとんだ。
「おいおい、補欠の一年生、大丈夫かよ……」
「仕官科の生徒が出るとは……ほかに適当なのはいなかったのか?」
なぜかそういうヤジだけはしっかりと聞こえてくる。
ロアルドはため息をついた。
「気にするな。試合で黙らせてやれば良いさ」アーサーはいつも爽やかだ。
黙らせるのは自分の仕事ではないけれど、とロアルドは思った。
先攻のマチルダのチームはジャマーを含めて五人。すべて騎士科の男子生徒だった。そこにマチルダの姿はなかった。マルセルが警戒するアルベルチーヌもいない。
「正攻法で来たか」アーサーは不思議にも思わなかったようだ。「トラック競技の名を借りた格闘技だからな。魔法科の女子が出る幕ではないぜ」
それに対して守備側のロアルドのチームは、アーサー、マルセル、ロアルド、騎士科の上級生男子の四人だった。
相手ジャマーをブロックするのはアーサーに任せ、あとの三人はひたすらスピードを出して抜かれないように飛ぶ作戦だった。
空中ショートトラックにドーナツ型の結界がはられた。その部分だけ周囲よりも明るく見える。
この直径七メートルのリング状のエリアの中でジャマーが追い抜くと得点になる。エリア外で抜いても失格ではないが得点にならない。
逆に守備側はこのエリアを出てしまうと失点につながる。ジャマー以外のブロッカーに押し出されても失点になるので、ロアルドはむしろそれを警戒していた。
まずはゆっくりと選手たちがトラックの周回を始めた。助走ならぬ助飛行だ。
ある程度スピードが乗り、ジャマーが最後尾についたら審判が開始を宣言する。
ロアルドはどうにかそれなりのスピードで飛べるようになっていた。
ロアルドの前を騎士科上級生とマルセルが飛んでいる。ロアルドの後ろにはブロッカー役のアーサーが飛んでいた。
「そのスピードで構わない」アーサーが励ますように言った。「俺が抜かせないからな」
とはいえ、相手プレイヤーはゆっくり飛んで周回遅れでマルセルたちの前に現れたかと思うと、まるでそれが決められた配置であるかのように適当な距離をとってマルセルやロアルド達の横にひとりずつ並ぶようになった。
そして相手ジャマーが最後尾についたので審判が開始を宣言した。
ジャマーが加速する。一度目の追い抜きは得点対象にならず、単なる加速だ。ジャマーの飛行を妨害してはならない。敵ジャマーは一気に速度を上げてロアルド達を抜いていった。そしてほどなく再び最後尾についた。
ロアルドは相手ジャマーに抜かれないようにひたすら全速力で前へ前へと飛ぶだけだ。
「気をつけろ!」アーサーが叫んだ。「はじき出すつもりだ!」
相手プレイヤーは攻撃時もブロッカーの役割を果たすつもりのようだった。
ロアルドのすぐ外側を飛んでいた敵プレイヤーが中へと身を寄せた。そのままロアルドを内側に押し出してコースアウトさせるつもりのようだ。
これも正攻法だった、とロアルドが今更のように思った時にはロアルドはトラックの内側に押し出されていた。これで一失点。ロアルドは一旦地上へ降りて待機しなければならない。
こうして四人を押し出して四点をとるのも一つの作戦だった。ただしそれでは一回の攻撃で四点までしか入らない。優秀なジャマーがいる場合は制限時間内に何度でも追い抜きができ、大量得点の可能性もあるが、彼らはそれを放棄したようだ。
そしてあっさりと騎士科上級生もコースアウトさせられた。二失点目。
戦力が限られるロアルドのチームは出場するプレイヤーがぎりぎり五人の状態で、相手チームからするとひとりひとりの戦力分析は想定内だった。だから誰に誰をあてるか容易に決めることができる。
ロアルドチームの騎士科上級生には彼よりも少しパワーのあるプレイヤーがついていた。押し合いなら相手の方が一枚上手だったのだ。
こうしてロアルドのチームはマルセルとアーサーだけが飛ぶ事態となった。
ただ、マルセルは想像以上に速かった。後ろからだと誰も追いつかない。だから相手プレイヤーはゆっくり飛んで周回遅れでマルセルの前をふさいだ。
マルセルの前に相手プレイヤー三人、マルセルのすぐ後ろにアーサーがいて、アーサーをマークする相手プレイヤー一人、そして相手ジャマーが飛ぶ形となった。
この状態を維持したまま制限時間を迎えれば相手チームの初回の攻撃は二点で終了となる。
しかしマルセルとアーサーはすっかり挟まれていた。しかもその間隔が狭まっている。
アーサーとしては相手ジャマーを押し出してコースアウトさせたかっただろう。そうなれば相手ジャマーは最後尾からやり直しだ。ただ、攻撃側はコースアウトしても失格扱いにはならないから五人飛び続けることに変わりはなかった。この競技は攻撃側に有利なルールになっている。
マルセルの前を行く三人が手をつないだりして塊となってマルセルに迫った。飛行路をふさぎながらコースアウトさせるつもりだ。
危ないと思った瞬間、マルセルの体が瞬時に敵三人を搔い潜った。そしてあっという間に抜き去っていった。
「今のは瞬間移動か?」ロアルドの横に来ていた騎士科上級生が驚いていた。
「凄いな」あちこちから声があがる。
「ルール上、問題ないのか?」
「ジャマーがあれを使って抜いたらルール違反だが、ブロッカーなどの他のプレイヤーなら問題ない。しかも一旦下へ移動してから抜いているからな。瞬間移動でそのまま前へ出たらコースアウトとみなされるよ。本当に際どい抜き方だ」
なるほど、そういうものなのかとロアルドは感心した。
瞬間移動を使って抜いたら、たとえジャマーでなくてもコースアウトとなり失点するが、下や横へ移動して、そこから空中飛行のみで抜き去ったのだから反則でないというわけだ。
「それにしても瞬間移動できるやつなんて学院内にも数えるほどしかいないぞ。何なんだ、あの一年」
ロアルドも瞬間移動を初めて目にした。初めて見たはずなのに、なぜかどこかで見たような気がした。この既視感がどこから来るのか、ロアルドにはわからなかった。
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