ツイン・ボーカル

hakusuya

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主のいない部屋

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 ナビを使ったにもかかわらず、そのアパートを見つけるのは苦労した。道が入り組んでいた。
「こんなところにあいつは住んでいたのか……」
 築何十年だかわからない二階建てアパートだった。近くには大型のマンションや小洒落た小さなマンションもあり、また零細企業の工場もところどころに見られ、新旧入り混じった雑多な街といった印象を受けた。
 人はたくさん住んでいるようだが、十一時近くになるとひっそりとしている。通りかかる人影はほとんどなかった。
 道端に車を停めるスペースがなかったために、少し離れたところにある二十四時間対応のコインパーキングに車を停めて、アパートまで歩いて来たのだった。
 表札はなかったが、一階郵便受けには「三篠みささ」の名があった。ここがダイゴのアパートだと確信して、玄関の鍵穴に鍵を差し込むと、鍵を開けることができた。
 きしんだような音がして扉が開く。手探りで灯りのスイッチを探した。
 部屋は一Kだった。台所は大きくない。奥の部屋は六畳しかなかった。ものはほとんど置かれていなかったが、壁際にほこりをかぶった衣装がたくさん吊られていた。その下にはケースに入ったディスクが多数。卓袱台には年季の入った分厚いノートパソコン。そして最も目についたのが寂しそうに帰宅を迎えるように佇んでいたアコースティックギターだった。
「これは俺が最初に買ってやったやつだな」八波はっぱはつぶやくように言った。「ほかに楽器はない。全部処分したのだろう」置く場所もないし、金に困れば処分するしかない。
「保険証とか、あるかな……」二人で探したがそれらしきものを見つけることはできなかった。
「パソコンはあるが、ネットは使えない様子だな」
 どうも最低限の光熱費とスマホの費用だけ支払っていたようだ。
「冷蔵庫も空っぽだ……」風呂も毎日入っている様子はなかった。じめじめした部屋にもかかわらず浴室は乾ききっていた。
「着替えを持って行ってやろうと思ったが、まともなのがないな……」
 お世辞にもきれいといえるものはなかった。すべて病院で買うしかないだろう。
「これ以上ここにいても仕方がないか……」
 そろそろ退散しようと思ったとき、玄関の扉が開いた。
三篠みさささん、いるのかい?」七十近い女性の声だった。
 女は、部屋に見知らぬ男と女がいるのを見て驚いているようだった。
「あんたたちは?」
三篠大吾みささだいごの保証人です」
「ほんものの?」
「ほんもの?」
「賃貸契約書の保証人が連絡つかないものだから三篠さんに言ったら、もう縁を切っているって言うんだよ。最初から無関係の人間の名を書いたんだろうね」
 その女はこのアパートの大家だった。
 ダイゴは部屋代を半年以上払っていなかった。銀行の預金残高がほとんどないために引き落とされていないのだ。だからときどき部屋を訪れて家賃の督促をしているとのことだった。
「私が立て替えるよ」八波が言うと、大家は少しうれしそうな顔をした。
 八波が名刺を差し出すと、大家は目を大きく見開いた。
「あんた、あのリュウなのかい?」
「こんななりじゃ、わからないかもしれないけれど、八波龍介はっぱりゅうすけだ」
「三篠さん、バンドやっていたと言っていたけれど、本当だったんだね」
「あいつもZEGゼグの一員だったよ。ベース担当だった」
「何で、こんな部屋でくすぶっているんだろうね」
「いつまでも夢を追う生き物なんだよ、男ってやつは」ふだんなら恥ずかしいセリフだが、ダイゴのあの姿を見ると、そう表現するのがふさわしいのだと八波は思った。
 八波は、ダイゴが病気で入院したことを大家に伝えた。部屋の管理については一任してほしいとも伝えた。
「ちゃんと支払いしてくれりゃ、それで構わないよ」
「このノートパソコンを借りていくよ。本人に渡すんだ」盗むわけではないと八波は強調したつもりだったが、大家はどの程度理解しただろうか。
 大事なことはこのパソコンの中にある。そんな気がした。だからこれを持ち出すのだ。
 明日もう一度面会に行こう。その際に持っていけば良い、と八波は考えた。
 そして八波と木崎は、ダイゴのアパートを後にした。
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