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呼び出し
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翌日、八波は事務所の弁護士に相談して、ダイゴの親族について調査を依頼した。末期の癌なら会わせなければならない人間がいるかもしれない。法定相続人(財産があるとは思えなかったが)が誰なのかもはっきりさせておかなければならない。
一通り話をして落ち着いたと思った頃、病院からの連絡が入った。容態が良くないから来てほしいとのことだった。
「もしや急変したのですか?」
「意識が戻りました。しかしいつまた意識障害をきたすかわかりませんので……」電話の向こうで看護師はあやふやな言い方しかしなかった。
とにかく来いということなのだと八波は理解した。
幸いなことに絶対に手が離せない仕事はなかった。だから木崎とともにダイゴのところへ向かった。
「君は、外せない仕事はなかったのか?」木崎に訊いた。何でも屋の木崎の方が忙しいくらいだった。
「代役をたてました。それに……ヒロたちは今日は登校しています。四時ころまでに戻れば大丈夫でしょう」
「そうか」
この仕事は木崎なしではまわらない。決定権は八波にあるものの、すべてにおいて動くのは木崎なのだ。
「君がいて、助かっているよ」八波はつぶやくように言った。
「社長らしくありませんね。かつての仲間が大変な状態で動揺されているのは理解しますが」
「動揺なのかな……」
「でなければ後悔でしょうか。もっとよく話を聞いておけば良かった、とか」
「はっきり言うなあ……ヒヨコは……」
「その呼び方、拒絶します」
「すまん」
木崎りうは、過去に売れないアイドル歌手をしていた。その時の芸名が「奏多ひより」というものだった。当時八波が所属していた事務所にいたのだ。
本名の「りう」だと、ZEGの「リュウ」と紛らわしいとのことで芸名をあてたのだった。高校を中退してまで打ち込んだが、全く売れなかった。
世の中に星の数ほどいる、名前も覚えられずに消えてしまうアイドル歌手。それが「奏多ひより」だった。
当時八波は、彼女のことを「ひより」ではなく「ヒヨコ」と呼んでいた。売れなかったが、印象に残る子だった。売り出し方がはまらなかったと今なら思える。
木崎は二年ほどで歌手をやめ、高校卒業資格認定をとって叡智大学の二部に通って見事に卒業した。もともとそのくらい学はあったのだ。
八波が恩師のあとを継いで事務所の社長におさまったとき、木崎はすでになくてはならない人材として働いていた。そしてそのまま八波の秘書のような存在になったのだった。
文京医大病院についた。病棟カウンターを訪れると、昨日の夜とはまた別の医師が、別の看護師とともに現れた。
面談室で話を聞く。
「正直なところ、いつ亡くなってもおかしくない状態です」と医師は言った。「もともと肝硬変があったようです」
「肝硬変?」そんな酒に溺れるような暮らしをしていたとは思わなかった。アパートの冷蔵庫をはじめ部屋に酒類はなかった。
「肝炎のキャリアーです。肝炎を発症していたのに放置していたようですね。すでに肝硬変も末期と言える段階で、食道静脈瘤があって、そこからの出血で吐血したと思われます」
「胃癌と聞いたのですが」
「ときどき血を吐いたりしていたのでしょうが、食道からだと思って病院にもかからなかったようです。胃癌は確かにあります。腹膜播種、肝転移。今後もし今の状態を一時的に脱したとしてももうすることがありません。緩和病棟に移っていただくことになるかと思います。ご本人にその気はないようですが」
医師の話では、道端で倒れていて救急で医大病院に運ばれてきたが、特に積極的治療もできないので、ターミナルケアを行う緩和病棟のある病院へ転院してはどうかというものだった。
「ここにいても一日数万円の差額ベッド代が消えていくだけです。濃厚治療の医療費もバカになりません」
「入院費は私がもちますが……」
「ご本人がどのようにおっしゃるでしょうか」
高度医療を行う大学病院にはベッドが空くのを待つ待機患者が多い。その患者のために治療の見込みのない患者にはそれに見合った病院へ移ってもらいたいと医師の顔は言っていた。
「では、面会をお願いします。五分程度で」
「そんなに短いのか?」八波は思わず語気を荒げた。
「目は開きましたが、ほとんど話すことはできないでしょう。声がかすれていて、聞き取るのも大変です」
医者にそう言われると返す言葉もなかった。
そうして、またガウンやらキャップやらマスクやらをつけて、八波と木崎はダイゴのもとを訪れた。
一通り話をして落ち着いたと思った頃、病院からの連絡が入った。容態が良くないから来てほしいとのことだった。
「もしや急変したのですか?」
「意識が戻りました。しかしいつまた意識障害をきたすかわかりませんので……」電話の向こうで看護師はあやふやな言い方しかしなかった。
とにかく来いということなのだと八波は理解した。
幸いなことに絶対に手が離せない仕事はなかった。だから木崎とともにダイゴのところへ向かった。
「君は、外せない仕事はなかったのか?」木崎に訊いた。何でも屋の木崎の方が忙しいくらいだった。
「代役をたてました。それに……ヒロたちは今日は登校しています。四時ころまでに戻れば大丈夫でしょう」
「そうか」
この仕事は木崎なしではまわらない。決定権は八波にあるものの、すべてにおいて動くのは木崎なのだ。
「君がいて、助かっているよ」八波はつぶやくように言った。
「社長らしくありませんね。かつての仲間が大変な状態で動揺されているのは理解しますが」
「動揺なのかな……」
「でなければ後悔でしょうか。もっとよく話を聞いておけば良かった、とか」
「はっきり言うなあ……ヒヨコは……」
「その呼び方、拒絶します」
「すまん」
木崎りうは、過去に売れないアイドル歌手をしていた。その時の芸名が「奏多ひより」というものだった。当時八波が所属していた事務所にいたのだ。
本名の「りう」だと、ZEGの「リュウ」と紛らわしいとのことで芸名をあてたのだった。高校を中退してまで打ち込んだが、全く売れなかった。
世の中に星の数ほどいる、名前も覚えられずに消えてしまうアイドル歌手。それが「奏多ひより」だった。
当時八波は、彼女のことを「ひより」ではなく「ヒヨコ」と呼んでいた。売れなかったが、印象に残る子だった。売り出し方がはまらなかったと今なら思える。
木崎は二年ほどで歌手をやめ、高校卒業資格認定をとって叡智大学の二部に通って見事に卒業した。もともとそのくらい学はあったのだ。
八波が恩師のあとを継いで事務所の社長におさまったとき、木崎はすでになくてはならない人材として働いていた。そしてそのまま八波の秘書のような存在になったのだった。
文京医大病院についた。病棟カウンターを訪れると、昨日の夜とはまた別の医師が、別の看護師とともに現れた。
面談室で話を聞く。
「正直なところ、いつ亡くなってもおかしくない状態です」と医師は言った。「もともと肝硬変があったようです」
「肝硬変?」そんな酒に溺れるような暮らしをしていたとは思わなかった。アパートの冷蔵庫をはじめ部屋に酒類はなかった。
「肝炎のキャリアーです。肝炎を発症していたのに放置していたようですね。すでに肝硬変も末期と言える段階で、食道静脈瘤があって、そこからの出血で吐血したと思われます」
「胃癌と聞いたのですが」
「ときどき血を吐いたりしていたのでしょうが、食道からだと思って病院にもかからなかったようです。胃癌は確かにあります。腹膜播種、肝転移。今後もし今の状態を一時的に脱したとしてももうすることがありません。緩和病棟に移っていただくことになるかと思います。ご本人にその気はないようですが」
医師の話では、道端で倒れていて救急で医大病院に運ばれてきたが、特に積極的治療もできないので、ターミナルケアを行う緩和病棟のある病院へ転院してはどうかというものだった。
「ここにいても一日数万円の差額ベッド代が消えていくだけです。濃厚治療の医療費もバカになりません」
「入院費は私がもちますが……」
「ご本人がどのようにおっしゃるでしょうか」
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「では、面会をお願いします。五分程度で」
「そんなに短いのか?」八波は思わず語気を荒げた。
「目は開きましたが、ほとんど話すことはできないでしょう。声がかすれていて、聞き取るのも大変です」
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そうして、またガウンやらキャップやらマスクやらをつけて、八波と木崎はダイゴのもとを訪れた。
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