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ルカの嫌がらせ その1

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 目の前に居るルカは、口の端を吊り上げて、愉快そうに目を細めている。私は、カーペットに直に足を折り畳むようにして、座っていた。

 テーブルの上には、いくつかの書類、それはマナンルークとタリスビアの印が押してある正式な書面。
 よく見れば、私の養父の印も押してある物もある。
 
「正式に書面になったら、見せてあげようと思ってさ」
「……」
「俺、君の婚約者だよ?返事ぐらい出来ないの」
「……」
 
 今日は、わざわざこれを見せに来たらしい。
 私と養父の養子縁組解消、それから、マナンルーク王国の王位継承権をもつ正式な姫として、タリスビア獣族国、王子二人との婚約の書面だ。
 
 間違いなく私は、王子の婚約者として、この国の住人となった。それと同時に、私の帰る家は無くなった。
 
 ……ルカが何をしたいのかは、相変わらず分からない。
 
「婚約者だって言うのなら、人間だからという理由で、床に座れと言った言葉を撤回してくれない?」
「嫌だけど」
「あ、そう」
 
 ぶってやろうか、こいつ。

 部屋に入ってきて早々に、リノとマティを下がらせて、私をこの扱いだ。この間までは、こんな事を言わずに同じテーブルで無理やり魔法の練習を強要してきたくせに!
 
 というか、私が気に入らないのであれば、部屋に来なければいい、そして婚約を解消して私を屋敷に返してくれ。
 何故それをしないのか、全くもってルカのことが分からない。
 
「あのさ、もっと色々ないの?養父様がこんな婚約認めるわけない!とか、俺の非道をマナンルークに訴えてやる!……とかさ」
「……」
「また、だんまり?」
 
 ……ダメだ、腹立つこの人。

 こんな綺麗な容姿して、どす黒い性格してるなんて、誰が思うだろう。きっとこの人には、共感性というものが欠如しているんだろう。
 うん。きっとそうだな。
 
 無反応の私に、ルカは顎に手を当てて、考えるような仕草をした後に、話を続ける。
 
「……あっそうそう!問題を起こした子達は、無事に家に戻ったよ。これからちゃんとした人間の家に嫁げて、幸せな人生を送るんだろうね?君と違って」
 
 ……まぁ、それはいいけどさ。

 でも、思ってみれば、ここに嫁ぎたくて、来ていた子も居ただろうに、あんな騒動が起こってしまって、帰った姫様達は、家で酷い扱いを受けていないだろうか。
 私なんかより、よっぽど、困窮していた姫が居たはずだ。変われるものなら、変わってあげたい。……切実に。
 
 彼女達のように、私にも、実家に報いたいという思いがあれば、こんな扱いでも、妥協できたのだろうが、それもない。
 
「君さ、いい歳なんだからマナンルークで恋人とか居なかったの?教えてくれれば、連れてくるよ。このままじゃ、あまりに君が可哀想でしょ?それで俺が二人まとめて飼ってあげるよ。番で飼って子供だけ俺の子を産んだからいいよ、どう?」
「……」
「人間ってほら、たくさん繁殖するでしょ?一人や二人なら、その男の子供でも産んでやれば、きっと上手く、生活を送れるんじゃないのかな?あははっ」
 
 ルカは一人で勝手に喋って、勝手に笑っている。
 
 もう、ここまで来ると、すごいと思う。なんて言うか、言葉選びのセンスが秀逸だ。
 
 わざと、私を傷つける言葉を選んで喋っているような、そんなイメージ。

 ……まぁ、私に恋愛経験のひとつやふたつがあったら、また思うことが変わってきたと思うけど、あいにくそういった経験は皆無なのだ。
 だから、……めっちゃ下衆だなと思うだけ。
 
「……」
 
 ルカをじっと見つめると、ふと彼と目が合う、ルカは私がどんな反応をするのか、ワクワクと言った感じで私の言葉を待った。
 
 罵ってやろうか。
 それか、無感情に、していた方がいいのか。……どっちだろう。
 
 けれど……なぁ。
 私は……弱いんだ。
 それは、メイド二人の事で自覚した。
 獣人に少し痛い目に合わされただけで、それが尾を引いて、種族だけで勝手に怯えて、ちゃんと二人の事を見ていなかった。

 思い悩んで感情をすり減らして、ルカに一生懸命対応したって、きっと、私をこんなに傷つけようとしている彼に敵うことは無いのだろう。
 
 ……だったら、我慢のない範疇で、適当に対応したらいい、なんて。
 
 あれ、意外と名案じゃない?
 
「ルカには、恋人いないの?」
「……は?」
「だから、好きな人の一人や二人いるでしょ」
 
 もはや向かい合って、真剣に話すのも馬鹿らしくなって、私は立ち上がった。
 ルカは、面食らってぽかんとしたまま私を見ている。
 
「お茶でも飲む?」
「……」
 
 部屋に常備されているティーセットの所まで行くが、そういえば獣人は、一切、紅茶を飲まないんだった。ルカに聞いても意味無いな。

 ……じゃあこれって誰が準備してくれたんだろう?マティか、リノ?でもこの部屋をあてがわれた時から、あったような……。
 
「いらない」
「そう」
 



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