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熱の病 その1

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 明け方に部屋に帰ると、マティとリノにとても心配したと言われた。

 エグバート様も居た事を伝えると、それはそれは驚かれた。彼は、国王様なだけあって、執務がとても忙しいのに、研究が趣味なんだそうだ。
 クルスが心配するぐらい、研究室にこもることが多いんだそう。

 それから月光浴は、友人や知人とする習慣があるが、そのまま明け方まで、過ごすのは、家族に限定されるらしい。
 
「嬉しいやら……なんというか」
 
 特に何もしていないし、クルスともルカとも婚約はしているが、全く心が通じてない状態で、エグバート様とだけ、グンと距離が縮まった感じだ。
 
 優しいし、毛並みは最高だし、彼が結婚相手だったら、私はもう少し前向きだったと思う。
 
 ……いや、でも、どうかな。
 微妙である、人間を脆くて弱いと知っていつつも、気遣いは、得意ではないようだ。
 
「ふ……ふ、えっくしゅ」
 
 気温は昨日とさほど変わらないはずなのに、首筋が寒いような気がして、身震いした。
 
 どうやら私は、風邪を引いてしまったらしい。
 絶対、大理石の上で眠ったせいである。今度からは、あの部屋にお布団でも用意しておいて欲しい。
 
「姫さん、お料理持ってきました」
「ありがとう、リノ」
 
 リノが持ってきた食事を、サイドテーブルに並べてくれる。私は、ベットから少し身を乗り出して、料理を覗き込んだ。
 
「わ、わぁお」
 
 暖かいスープに、メインはガッツリお肉。焼き野菜と大きなパン。風邪をひいている時の昼食にしては、重すぎるメニューだ。
 
「おかわり、沢山準備してあるから、いっぱい食べてにゃ」
 
 い、いっぱい?
 喉が痛くて、お水も少量しか喉を通らないのに、食べられるだろうか。

 ……いや、頑張ろう。頑張って食べるべきだ、リノだって気遣ってこのメニューを出したのだと思うし、好意を無駄にするわけには!
 
「ありがとう、ゴホッ……いただきます」
 
 パンをスープで流し込んで、どうにか、お肉をお腹の中に押し込む。
 
 ……は、はぁ、苦しい。体は熱いし、喉の痛みも酷いのに、段々と頭も痛くなってきた。
 
「あっ、リノ!姫様は、体調を崩されてるのですから、食事のメニューが違いますよ」
「あ、そうだ、忘れてた」
「ワゴンには乗っているじゃないですか、リノったら」
 
 お肉をもごもごと噛んでいる間に、そんな会話が聞こえて来た。
 
 そ、そりゃそうか!なんてこった!リノはドジさんだものね。ありがとうマティ!これ全部食べなくていいんだ!
 
 マティが天使に見えて、背後から別の料理と取り出すリノを見つめる。
 すると、出てきたのは、赤黒い液体になにか塊が浮いている、非常にグロテスクな逸品だった。
 
「ひっ」
「これを食べれば、すぐににゃおる」
「ど、どゆこと……ま、まてぃ」
「ご存知ないのですか?……牛の血を使ったスープです」
「そんな……」
 
 そんなものは飲めません!!という言葉を飲み込んだ。
 呆然として、それをじっと眺める。

少し濃度があってとろりとしており、彩り、緑の野菜が心做しか入っているが、血と言われるとスープでは無い、グロテスクな物に見えてくる。
 
 また突然の異文化交流に、ツッコミができない。風邪で疲弊しているのに、しっかりと説明できる気がしなかった。
 
「その、マティ、私、マナンルークで牛の血だけは飲むなと教えられてるので、飲めないの」
「そ、そのようなもったいない事、あるのですか!?」
「ええ、牛さんには、申し訳なく思ってます」
「姫さん。好き嫌いすると、長引くのです」
 
 リノの心から心配しているという表情に、胸が苦しくなるが。
 今の私には、スープとパンで充分なのだ。
 いつか、飲むから、今だけは許して欲しい。
 
 そして、リノが子供扱いするのなら、もはや私は子供でもいい。
 
「だって、飲めないもん……」
「も~、仕方ないにゃ」
 
 必死に顎を動かして、それ以外の料理をたいらげる。途中、血の香りに頭がクラっとした。
 
 ホットミルクに、はちみつ入れたヤツとか、野菜のスープとか、そう言った優しい食べ物が食べたい。
 なぜ弱っている時に、こんなエネルギッシュな料理が出てくるんだろう。
 
「少し寝るね、夜までには、起きるから」
「姫様、午後はクルス様がいらっしゃる予定がありますが」
「……あったっけ、そんなの」
「はい、先程、体調を崩されたというお話をしたら、食後の運動に付き合うと」
「……え」
 
 なんでだ、クルス!
 体調が悪い人のところにわざわざ来て、食後の運動をしようと思えるの?!
 一人でするの?!もちろん一人でやるんだよね?付き合うってどういう意味??
 
 まぁ、もういい!それまで寝る!その時になったら考えるから、今はお腹の中のものを消化させて!
 
 バタリとベットに倒れ込むと、それと同時にバタンと勢いよく扉が開いた。
 
 ……嫌な予感。
 


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