お前のこと、猫ちゃんて呼んだろか!!

ぽんぽこ狸

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刺繍の手仕事 その3

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「姫様、無理をなさるから行けないのですよ」
「しばらくは縫い物禁止にゃ」
「ふぁい」
 
 スープを口に運びながら返事をする。私はベットに閉じ込められて、しばらくは手仕事が出来そうにない。
 作り始めたのはいつだったろうか、一週間ほど前だった気がする。
 
 そもそも、今の差し迫った私の仕事は、生活をしていくために人間について、知ってもらう事、それから獣人を知る事とという曖昧なものだけだ。
 
 日常生活の中で、それをやりつつ、昨日まで延々と手仕事をしていた。
 夜はもちろん眠っていたが、暇さえあれば、魔力を使っていたせいか、またもや体調を崩してしまった。
 
 これじゃあクルスにまた、心配されてしまうかな。
 
「あ、そうだ。机の二番目の引き出しに入ってる、袋取ってくれない?」
「ですから姫様、無理は」
「しないよ、大丈夫。二人に渡す物があるんだ」
「……リノ」
「うん」
 
 リノが取りに行って、私に手渡す。
 渡された布のポーチから、ハンカチを二枚取り出して、刺繍のついている面を上に向けて、二人に差し出す。
 
 二人とも、同じ金の羽の刺繍だ。簡単なものだけど、お守り程度にはなる。
 正式に結婚した時にでもまた、時間をかけたものを作ろうかなと考えている。今は、手仕事を知ってもらうためにと、普段からの感謝の気持ちで作成した。
 
「二人とも、刺繍の上に手を置いて」
「こうですか?」
 
 そっと、二人は手をかさねる。リノは少し警戒するように、ピンッと耳を立てた。
 魔力を感じ取ったのかもしれない。けど、害のあるものじゃないから安心して欲しい。
 
「私の魔法が二人の助けになりますように」
 
 軽く二人に魔力が馴染むように、魔法をかける。
 渡す時に、こうして馴染ませてあげると使いやすいと言われている。けれど、使えない事は無いはずなので、気分的な問題だ。
 
 すると、形式的な、儀式のはずだったのに、淡く光る私の魔力がぐるぐる回って、ふわっと消えていった。
 
 驚いた二人は、目をむいて、硬直した。
 
「な、何が」
「ッ……っ、……」
 
 リノは数回瞬きをしてから、とてっとフェネックの姿になって、キュー!!と子供の潰したら音のなるおもちゃのように鳴き始めた。
 
「リノ!はしたないですよ!」
「ギュ、キューー!!」
 
 マティは、ハッと我に帰ってリノをはたいた。
 
「気持ちは分かりますか、抑えなさい。貴方は大人でしょう!まったく!……姫様失礼」
 
 私の手からハンカチを取って、いまだに、ぎゅう!きゅう!と鳴いているリノにふんわり被せる。
 
「きゅぅぅぅ」
「リ、リノはなんて?」
「……幸せだそうですよ」
「そんな、大袈裟な」
「そんなことありません!!」
 
 私のつぶやきにマティは全力で否定して、はあっと呼吸を荒くした。その間にも、目線はずっとハンカチを見ている。
 
 なんというか、目線がものすごく物欲しそうだったので、マティの手を取ってハンカチを渡すと、ぎゅうっと胸に抱いた。
 それから、そのハンカチを口に当てて、すううぅ!と思い切り吸い込んだ。
 
「ぇ、えぇー……」
 
 な、何が起こってるの?
 喜んでくれているのは確かだけれど、異常だ。人間でもこんな反応してる人見た事ない。吸ったってなんの香りもしないだろうに。
 
 リノはハンカチを口に加えて、部屋の中をぐるぐると周回し始める。
 
 まだ、ぎゅうぎゅう言ってるし。な、なんか、獣人に渡しちゃ行けないものだったのか……?
 
 喜びの奇行に私は、呆然とするしかなかった。
 
 
 

 
 しばらくは見ていたが、その後放置していると、二人はいつの間にかいそいそと私の元に戻ってくる。
 
「大変っ、失礼致しました」
「ごめんにゃさいです」
 
 マティは少し恥ずかしそうに、頬を染めていて、リノは興奮が収まりきっていないように、しきりにしっぽを揺らしている。
 ハンカチは、しっかりと二人のエプロンのポケットの中に収まっていた。
 
「いや、大丈夫。……変な作用でもあった?獣人に渡したの初めてだから、心配で……」
「違うのです!全く!その、良い作用と言いますか」
「気持ちよかったにゃ」
 
 ワタワタとマティは慌てて、リノは誤解を生みそうな発言をした。
 私が首を傾げると、マティはそっとポケットのハンカチに触れて、それから、口を開く。
 
「姫様の魔力が、なんというか、自分の中に入ってくるようで、それがまったく、嫌な感じがしないのです。寧ろ、母親に抱かれている時のような幸福感と安心感がやんわり私を包んで」
「気持ち良かったにゃ」
 
 丁寧に喋っていたマティに、被せるようにリノは同じ事を言った。リノは、語彙力があまり無いらしい。
 
 思わず、顔をほころばせる。魔力に敏感な獣人ならでわの反応なのだろうか。
 獣人特有の圧力も、魔力が関係しているしね。
 
「……まぁ、気に入ってくれたなら良かった。……これが私の手仕事、人間特有の文化だと思われるので!覚えてくれると嬉しいです!」
「はいっ」
「うん!」
 
 二人には、まだまだ、知ってもらう事が多そうだけど、こうして喜ばれる文化もあるのだから、なんだかやる気が出る。
 
「あ、そうだ、忘れるところだった」
「どうかなさいました?」
「これ」
 
 ポーチから、今回、一番大事なものを出す。
 布製の栞だ、深い藍色の布に、カスミソウが散りばめられているデザインの丹精込めて作った力作だ。
 
 ルカは、本を持ち歩いているところをたまに見かけるので、栞にしてみた。身につけるものだと、難解な性格をしている彼が、素直につけるとも思えないので、雑貨にしたのだ。
 
「お薬をくれた“彼”に、お礼だから、渡しておいてくれないかな」
 
 差し出すと、二人は首を傾げる。
 どうしたのだろう、栞は見当違いだっただろうか。
 
「……あの、大変、申し上げにくいのですが」
「うん?」
 
 マティは耳をへたりと下げて、伺うように私を見る。
 
「私達と、品物がその……私達よりも地位の高い方のなので……」
 
 品物……?
 
 あ!なるほど。
 同じグレードの物を送らない方がいいよって言いたいのか。手仕事の品だと言うことを除くと、三人ともそれ程、高価ではない小物だ。それを心配しているんだろう。
 ルカは王子様だ、気を使うのもうなずける。
 
「うふふ、大丈夫だよ。彼も触ったら特別なものだってわかるから」
 
 それに、今、この栞の魔力が感じ取れていないということは、獣人でも他人のために作られた、手仕事の品に込められた魔力は、分からないのだろう。二人のポケットに入っているハンカチの事は、ルカには分からないと思うし。
 
「さ、左様ですか……わかりました。必ず、お渡しします」
「ちゃんと使わせるにゃ!」
「うん、ありがとう」
 
 ……どうやら二人に、私の思惑はバレていないようだ。
 
 ちゃんと使ってくれれば、二人がはぐらかす、恩人の正体がハッキリする。絶対に、隠しきると言うつもりでもないようなので、特定させてもらおうと思う。
 城では、何度かすれ違う事もあるし、たまにルカは中庭で本を読んでいるのだ、まぐれでも使っているところが見られればいいのだけど……。
 
 
 
 

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