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お義母さま その1

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 最近は、少し冬の気配を感じるようになってきた。
 タリスビアに来た時は、秋だったので、少しずつ気温が下がって、心做しか夜が長くなってきた気がする。足元をスっと冷える風が撫でる。
 私は、足と足を擦り合わせて、ふぅと息をついた。
 
 どうにも、ペンが進まない。何を書こうか考えているばかりで、初めの定型文しか、手紙には書けていない。
 
「……色々、ありすぎたしなぁ」
 
 全てを書き起こそうとしたら、封筒に収まりきらなくなってしまうし、何より、不安にさせてしまうだろう。
 クリスティナ様にも、屋敷のもの達にも、何となくふんわりと、良さげな感じで、現状を伝えたいのだが、簡潔に書いたとしても伝わる気がしない。
 
 常識が違いすぎるんだよね。
 
 ここに来てしばらく経つのに、一通も手紙を書いていなかったのが良くないのかもしれない。もう少しこまめに連絡をしておくべきだった。
 
 まぁ、到着するまでに時間がかかるから、相談なんかは出来ないにしても、元気だよってとりあえず送っておけば良かった。
 
 そうすれば……。
 
 ちゃんとこちらから連絡しておけば、誰からもお手紙が来なくて、寂しい気持ちにならずにすんだだろう。
 
 タリスビアに来てから、月日がたっているけれど、私の元には、一つの便りもなかった。
 
 情報は既に回っていると思うのだが、音沙汰がない。おめでとうでも、頑張ってでも、いつでも帰りを待ってる、でも、なんでもいい。
 一言、素っ気ない文章でもいい。
 言葉が欲しかった。
 
「……こっちから送らなきゃ、送りづらいかもしれないもんね」
 
 ちゃんと、頑張っていると連絡すれば、それに応じた手紙が帰ってくるだろう。
 
「……でもなぁ」
 
 ……。
 
 やはり書くことが思い浮かばない。
 だって手紙が来ないと言う事は、私の事など……気にかけて居ないのかもしれない……と思ってしまう。
 わかっている、そんなことは無いはずだ。
 皆の情を疑うつもりなど毛頭ないのに、私の手紙なんて煩わしく思うんじゃないかと、頭によぎる。

 もし、返信が帰ってこなかったら、そう思うと、どんな言葉も書くことは出来なかった。
 
「姫様。そろそろ参りましょう」
「……もうそんな時間だっけ」
「うん、国王様の使いが知らせに来ました」
 
 慌てて、便箋を片付けて、リノが持ってきてくれたショールを羽織る。
 ブローチで落ちないように止めてもらい、髪をちょいっと自分で整える。
 
 手紙の事は、戻ってきてから考えよう。……今日は時間も無いしね。
 
 マティに、軽く服装を整えられて、私は二人を伴って、部屋を出た。
 
 
 
 
 今日は、エグバート様からの呼び出しだ、夕食後の時間だったので、使いの者が来るまで、時間があると思い手紙を書いていたのだが、すぐに呼び出されてしまった。
 
 暗い廊下を歩き、エグバート様の私室に到着する。
 結婚もまだの私が、既婚者であれど男性の部屋に、夜に入室するなど、マナンルークでは常識はずれの自体だが、ここでは咎められる様なことでは無いようだ。
 
 現に、メイドの二人も知らせが来た時に驚く様子は見せなかった。
 
 マティが、扉の前で入室の確認をすると、少し間を置いて、エグバート様の声が返ってきた。
 
 扉が開かれると、そこは、私室というより、研究室の様な風貌だった。
 カーペットの無い床に、大きな作業机がいくつかあり、壁には、本のぎっしりと詰まっている本棚が所狭しと並んでいた。ガラス製の実験道具が入っている棚も置いてある。
 
「よく来ました。ロイネ」
 
 私にそう声をかけたのは、エグバート様では無く、作業台をテーブルにして、お茶を楽しむ美しい獣人だった。
 




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