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遊猟会 その3

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 そして次の子に目線を向けると、待ってましたとばかりに、ぱあっと顔を明るくして彼女は、キュートに話し出す。
 
「ロイネ姫様っ、この時を心待ちにしておりましたっ!わたくし、ダウデルト侯爵家のアンジュと申します」
 
 興奮気味に自己紹介をしアンジュと名乗った彼女は、先程から私をあらぬ目線で見つめてくる少女だ。
 髪は短く視線は鋭い、現在も心底嬉しそうにしているが、そのお口からは噛み付かれたら一溜りもないような牙が覗いている。
 
 私は、本能的に椅子の背もたれに張り付く。
 
 怖いよぉ。な、なんだろう、この子。見てると身の危険を感じる。それに誰かに似ている気がするのだ。思い出せそうだけど、それほど深い関わりのある相手じゃないのか、はっきりとは分からない。
 
「エクトルお兄様が、たいっへんな失礼を働いたとお聞きして、いてもたってもいられませんでしたの!」
「エクトルお兄様?」
「ええ!」
 
 そんな名前の獣人、知り合いに居ただろうか。覚えていない。
 しかし、お兄様って事は、この子の兄弟だろう。丸いお耳にしっぽは猫のよう。それほど特徴的では無いので、どこかですれ違っただけとかだと忘れてしまっている可能性もある。
 
「ルカ様の付き人を任せられている、わたくしのお兄様です!せっかく獣人に友好的な姫様がいらしたというのにっ、あろう事か冤罪で剣を向けたと聞きましたわっ」
 
 あ、ああ~!
 なるほど、ルカの付き人か!居たな、確かに。
 よくよく思い出して見れば、似ているような気もする。明るいオレンジ色に近い毛色や、牙も似ている。
 
「気にしてないよ、彼もお仕事だったんでしょう?」
「それはそうですが!わたくしお兄様のせいで、ロイネ姫様とわたくしの仲に壁があるなんて、絶対に嫌ですの!」
「ん?」
「せっかく交流できる機会が来たんですもの、この場を借りて謝罪致します。ですから姫様!わたくしと、どうか、どうか、一からやり直してくださいませんかっ」
 
 一からやり直すも何も、私が気にしないと言っているのだから、私とアンジュの関係性は、完全にフラットなものの筈なのだが?一体、何をやり直すというのだろう。
 
 ちょっとばかり、癖の強い性格だ、ここでいちいちツッコミを入れていたら、アンジュとの会話は弾むだろうけれど、今回は二人きりではないのだ。全体の進行を考えよう……かな?
 
「……わかりました。いいですよ。一からやり直しましょう」
「ひっ姫様!何と、お優しいの!」
 
 アンジュは、恋する乙女のように胸元をぎゅっと抑えて、頬を紅潮させる。
 瞳をキラキラとさせて、牙を見せてニンマリ笑う。
 
 か、可愛いけど、やっぱり怖いな。笑顔が、その、人を選ぶ笑い方だ。本能的というか動物的というか、野性味が強い笑顔なのだ。
 私はぎこちなく笑い返した。
 
「わ、わたくし今日のために、その!」
「ねぇ!」
 
 私の笑顔を受けて、アンジュがさらに話を続けようとすると、少し大きな声でもう一人の女の子が遮った。
 ふと、私が彼女の方を見ると、少しイラついているらしい彼女は、口を尖らせて、アンジュを睨んだ。
 
「ノーラ、まだ、ロイネ様とお話してないのだけど」
「……」
 
 ノーラと目が合ったアンジュは、パッと目を見開いて、動きを止める。
 じっと目を合わせたまま睨み合いという程でも無いが、無言で見つめ合う時間が続く。しばらく、経過を見守っていると、アンジュがしゅんと耳を伏せた。
 
「ふんっ」
 
 ノーラは、そのまま私に振り向く。
 その場の空気がぴりついた気がした。
 私は、皆が何となく緊張しているという事は分かるが、理由は分からない。美少女だからだろうか。もしくは、癇癪持ちか何かなのだろうか。
 
 狼に近いような種類だと思われる茶色と灰色の間の毛色のお耳、長いしっぽが特徴的だ。ツンとした雰囲気のある、少女だが、歳の割に幼さが目立つ顔立ちをしている。
 
「アイメルト公爵家のノーラです。ロイネ様」
「ひいっ」
 
 ノーラがそう名乗った途端に、視界の端にいた、ディーテがガタンっと椅子を蹴飛ばすように立ち上がって、小さく悲鳴をあげた。
 ノーラの奥にいるアンジュはピクっと耳を動かして反応して、困惑している様にノーラを見やる。
 
「ノーラ、失礼だ。抑えろ」
「いやよ、ノーラの事バカにしているんでしょう!」
 
 ノーラって一人称が名前なんだな。可愛い。
 カミーユはなぜか、神妙な面持ちでノーラを静止する。しかし、なんの事だかまったくもって分からない。誰かわかりやすく、話して貰えないだろうか。
 
「ロイネ様、申し訳ございません、ノーラは普段はこれ程気の荒い獣人では無いのですが、人間と社交をする機会が少なく」
「カミーユ!!黙って!!」
 
 ノーラが吠えるように大声を出して、カミーユの弁解が遮られる。
 背後で控えて居たリノが、私とノーラの間に足音もなく現れた。
 
「リノ?」
「姫さん、この子、危険」
 
 私を背後に庇うように、リノは、両手を広げる。真剣なリノの声を聞いて、何となく、本当に彼女が何かをしているのだなという事が分かる。
 
 リノの後ろから、ひょっこりと顔を出して、ノーラを見つめると、怒っているらしい彼女と目が合った。
 
 ……多分圧力ってやつだろうか。私には見えないので、なんとも言えないが。ノーラが私に敵意を持って、というか、強い圧力を持って、威嚇的なものをしているのかな?
 
 圧力って無害なんじゃないのだっけ?
 それなら、なぜ、リノは私の前に出たのだろう。
 
「ノーラ……何を怒っているのか教えて貰っていい?」
「はっ、え?何を言ってるの」
 
 リノと睨み合いをしていた彼女は、ふと私に目線を向けて、信じられないというように目を見開いた。
 
「姫さんっ」
「大丈夫、リノ。お義母さまの紹介してくれた人だもの、私を害したりしないよ」
「っ……」
 
 お義母さまの名前を出すと、さすがに否定できなかったのか、ノーラを警戒しながら、一歩リノは下がった。
 


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