お前のこと、猫ちゃんて呼んだろか!!

ぽんぽこ狸

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獣人の姫 

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 クルスは、子供たちと遊んであげるために駆けていく。
 遊具があるわけではないが、塀で囲まれている孤児院の庭を走り回っているだけで、随分と楽しそうだ。
 
 私は、子供たちを監督しているカイリに、ルカが帰ったことを伝えて、皆とは少し離れた位置で寂しげに立っているアンジュのそばに寄った。
 
「戻りました、アンジュ。見たら分かると思いますけど、ディーテは元気に回復しましたよ」
「……そう、ですわね。……ディーテは、婚約が決まってから、随分と思い詰めていたので心配していたのですが……もう大丈夫なのですね」
「ディーテとは昔から付き合いがあるの?」
「えぇ、遊猟会にいた面々とも、昔馴染みですわ」
「そうなんだ」
 
 貴族同士だしね。逆に、面識がないことの方が稀だろう。今日、ついて来たのは、ディーテが心配だったからなのだろうか。
 
 しかしなんか、初めて会った時に比べて今日は、すごく大人しいねアンジュ。
 体調でも優れないのかな。
 
 改めて彼女を見ると、やはり不安げというか、自信なさげだ。

 何か話題を振った方がいいかな……。ううん、でも何を話したらいいのやら、アンジュは王族に仕えるお役目が欲しいと聞いているが、私は、その期待に答えられない。
 
 仲良くなっても……。先程のルカの言葉が頭をよぎる。どうせ帰るのにと、確かに自分でも思う。
 
「ロイネ姫様は……やはり、人間の姫君なのですね」
 
 彼女がつぶやくように言う。
 
 そりゃそうだ、私は人間だもの、ほかの種族では無い。なんとも言えずに、ぽかんとしていると、アンジュはこちらを振り向いて、眉を下げる。
 
「わたくしは、ロイネ姫様にお仕え出来るものだと、思っていました」
「……うん?」
 
 思い詰めた表情で、彼女は続ける。
 どうやら本当に何かあったらしい。
 
「家族に言われたのです、種族の違うわたくしが、誠心誠意そばにお仕えしても、一番に信頼されることは、無いのだと。諦めて、婿をとるようにと」

 なるほど……きっとアンジュを心配して言ったのだろう。彼女は会った時、素直で真っ直ぐ、そんな印象だった。だからこそ、実際に仕えた時にどうしても越えられない壁があったら、大きく挫折してしまうかもしれない。
 
 その人達の言い分も分かるかな。

「……今日来てみて、アンジュもそう思った?」
「どう、でしょうか。分かりません。わたくし、姫様が人であろうと、獣人であろうと、そんなことは些細な事だと思っていたのです」
 
 苦しげにアンジュは続ける。
 
「でも、人間は……わたくし達を信用する事は、やはり難しいのだと思いました。人間は、わたくしを見る目が違うのです。マナンルークから来る人間がわたくし達を敵視しているのをわかっていました。けれど、この国で暮らしている人間ですら、これ程、警戒されるとは……思ってもいませんでした」
 
 そんなことを思っていたのか。

 ……アンジュはきっと、リノのように感性が鋭いのだろう。人の機微に聡いのなら、私とレーナが会った時の反応で、人間同士が無条件に信頼を寄せるのだと思ったのかもしれない。
 まぁ、それがわかるのなら、初対面の時にできるだけ配慮して欲しかったけれど。
 
 アンジュは、感情を押し殺すように、視線を落として、拳を握る。
 
「でも……でも、ロイネ姫様は……違うでしょう?」
「……え」
 
 縋るように、彼女は私の手を取った。訴えかけるように、ずいっと近づき、私は一歩後退する。
 彼女は初対面の時同様、感情が高ぶると相手のことが見えなくなってしまうらしい。
 握られた手が少し痛む。
 
「姫様はっ!人間の姫君では、無くなるはずですわ」
「アンジュ?」
「タリスビアへ来たのですもの、家族がなんと言おうと、ロイネ姫様は人間よりも、獣人を大切にしてくださるはずです」
 
 ……それは、アンジュの理想だろう。本当は、彼女だってわかっているはずだ、それなのに、見て見ぬふりをしている。自分に都合のいいように解釈をしようと言葉を続ける。
 
「クルス様や、ルカ様が選んだのですもの、わたくしが仕えてなんの問題も無いはずですわ。家族は私に子を望んでいるだけです」
「……」
「わたくしそんな、のって納得出来ません、子を産むだけの人生なんて嫌ですわ!姫様もそう思うでしょう?わたくしを必要として、くださいますでしょう?!」
 
 彼女の鬼気迫る表情に、思わず息を飲む。どんどんヒートアップしていって、恐怖すら感じる。
 なぜだか足が震えた。やはり私は、獣人を怖いと思う。……けれど。
 
「人間なんかより、わたくしのほうがよっぽど役にたちますわ、絶対に、失望させません!姫様は普通の人間とは違うはずですわっ!獣人の事をちゃんと理解してくれる人のはずですわっ!」
「アンジュ」
 
 ……ジリジリと彼女は近づき、鼻先が触れそうだ。アンジュが大声を出すので、楽しく遊んでいた子供たちは、いつの間にか静まり返っている。
 
 私が助けを求めたら、きっとクルスもディーテも助けてくれるだろう。さっきだって転びそうになったら、文字通り飛んできてくれたのだ。
 
 怖いのを我慢して大きく息を吸う。彼女のこれは獣人どうこうというより、人として、人格の問題だと思う。

「だって、王族の子を成すのですもの!ちゃんと獣人の姫君になってくれるはずです!!」

 私だって、そんなことを思えるほど出来た人じゃないけどね。
 
「アンジュ!!!」
 
 できる限り、大きな声で彼女の名前を読んだ。
 というか怒鳴った。
 
 私の突然の行動に、彼女はビクリと肩を震わせて、伺うように私を見る。
 
「……」
 
 すぐには話さない、興奮しているようだったので、目を合わせて、私はゆっくりと瞬きをした。
 
 自分の呼吸も出来るだけゆっくりとして、彼女の興奮が覚めるのを待つ。
 
「……少し、落ち着いて」
 
 アンジュの手を握り返して、微笑む。大丈夫だ、それほど、心を乱さなくても、ちゃんとアンジュが言いたい事はわかった。
 
 あとはゆっくりと、話をしたらいい。きっと、本当に、家族に反対された事や、今日感じたことで傷ついたのだろう。必死にきっと、自分の考えの間違いを否定したかったのだろう。
 
「今度、私のお部屋に招待するね、その時にゆっくり、話をしよう?私は、いつでも聞くよ」
「……ぁ、……は、わたくし」
「大丈夫、アンジュ、焦ることない」
 
 口を開いて、えへへと笑った。
 落ち着いて真剣に考えたら、答えは出るだろう。今急いで、決めなくてもいい。選択肢はきっとアンジュが持っているのだから、大丈夫だ。
 
 アンジュは、やってしまった事に気がついて、手を離した、痣になりそうだが、大事無いだろう。
「申し訳ございません」と彼女は謝って、一歩下がる。
 
 きっとちゃんと話をしたら、仲良くなれるだろう。仲良くなってそれで……仕えて貰う?
 
 また、目眩がした。
 
 
 
 
 
 
 
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