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ロイネの話 その3
しおりを挟む「……一日に一食しか出ない日が一週間続いたり……怒鳴られて、耳が片方聞こえづらくなったりする事は、あったけど、不便はなかった……よ、なんて」
何故か、言葉にしてはいけない様な気がして、自分が思った事と反対の事を言う。
あれ、あ、なんだ、ろうな。
子供だったのだから、あの扱いは、まあまあ普通だろう。いくら身分が高いとはいえ、躾をしなければ、子供はしっかり育たないのだと、メイド長は言っていたし、わざわざ言うようなことでもない……はず。
恐る恐る、ルカを見ると、眉間に皺を作って、何か言いたげに、私を見ている。
「あ、いや、ごめん忘れて、躾は厳しかったけど、悪い人たちではないんだ」
「……他には?」
「……」
「他に不満に感じたことは?」
「……き、聞いたって、楽しくない、んじゃ、ないかな」
茶化すように笑って見たが、ルカは真剣な表情だ。
自分の笑顔がぎこちないだろう、と言うことは、わかる。なんだか恥ずかしくなって、ルカから目を逸らす。
思い出せなかった過去が少しずつ、はっきりとしてくる。このまま、見えないままの方がいい、その方が、屋敷に戻った時、楽なはずだ。
青白く光る大理石を見つめて、それから天井を見上げて煌々と光る月に目をやった。ランプの光があるので、先日よりは輝きは薄れているように感じるが、そうだとしても美しいものだ。
思い出そう……今日、言わなければ、ずっと自分の中の矛盾は解消されないだろう。それに、話をしたいと言ったのは私だ。
このどうにもならない感情を聞いてほしかったはずだ。
「誰にも言ってはいけないと、言われていて……」
「何を?」
「屋敷での生活は、外の人間には漏らしてはいけないと、よく、言われてて」
「……」
「確か、両親の事を聞いたことがあったんだけど、その時に、肉親が居ない私は、孤児と同様なのだと、みんなが言ったのよ」
幼い時、下働きの者が、子供を連れて屋敷で働いていたことがあった。手を引かれて屋敷へ来て、それから、子供は、何かと親の目を引く行動をして、仕事の邪魔をして、そしてまた手を引かれて家に帰っていった。
それを見た私は、私の親はどこに居るのだろうと、屋敷の中を探し回ってそれから、その使用人に聞いてみた。
すると、その答えが返ってきた。
誰に聞いても、だいたい答えは同じで、また、使用人の子供が来た時、私は癇癪を起こしてその子を殴ったが、その子の親に殴り返された事を覚えている。
その辺からだ、自分の立場を認識し始めたのは。
「だから、家族のように接する人が居ないのは、当たり前なんだって、思って……」
「……それから?」
「それ、から、は、何度か脱走してみたり」
「うん」
「クリスティナ様に、話をしてみたり、したんだけど」
ある時は親を探しに行こうと思い立ち、外に出た。すぐそばにある村に足を伸ばしてみたが、追手が来たので、全力で逃げたのだ。すると、存外、あっさりと諦めてくれた。
一日ぐらいは、意気揚々としていたが、夜になれば居場所がなくなって、身の危険を感じたので、屋敷に戻らざる得なかった。そして、部屋に鍵が付く羽目になったのだ。
今考えると、よく死ななかったなと思う。人攫いにでも目をつけられていたら、間違いなく今ここには居なかっただろう。
思い出し始めると、案外、スラスラと頭の中に記憶が再生される。
あー、恥ずかしいな。そう言えば、そんな感じの幼少期だった。
死んだとも、捨てられたとも、言われていない私の家族について、ひたすら考えて、その時はもはや誰でも良くなっていた。唯一、私に会いに来てくれるクリスティナ様こそ家族だと思ったのだが、それを本人に伝えると、ありえない、無礼だと叱責が飛んできた。
「どうやら、本当に家族は居ないんだなって、わかって、から、それから、は適度に、屋敷の人と上手くやって……るかんじ」
「……ぼかさず話して、何度も言わなきゃ分からない?」
「……ごめん」
クリスティナ様に、その事を聞いたあたりから、屋敷の大人は、私には家族が居なくても、ここでこれ程満たされた生活をしているから、不幸では無いのだと言うようになった。
大切にされているのだと。
だから、望んではいけない、口に出しても行けない。寂しいも、悲しいも、言う資格はないと。
今思えば、クリスティナ様が使用人達に何か注文をつけたのだろう。例えば、家族を探させないようにしろ……とか。
実際問題、私はそれを言わなくなった。探すことを辞めた。さすがに言ってはいけない事だと気がついた。けれど、本当は。
「本当はひ…………ど……ぁ」
どう思っていたのか、言おうとすると、ぐるりと目が回って、途端に焦点が合わなくなる。自分が回転しているのか、世界の方が回転しているのか分からない。
あ、うう、気持ち悪いな。感覚を振り払うようにして頭を降ってみるが、目が回る症状は収まらない。
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