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進む時 その1
しおりを挟む季節が巡って、春がやってきた。
殺風景だった外の景色も、緑が生い茂り、所々に咲く野花が、厳かにその存在を主張している。開け放った窓からは、春の暖かな風が吹き込んで書類の端を撫でて過ぎていく。
暖かい。日向ぼっこでもしたい気分だ。
「ロイネ、手が止まっていますよ」
「あ……はーい」
私は窓の外を眺めるのをやめて、また出席者の座席表を見て唸る。
個人的には近い席に、身近なものを案内して、あまり交流のない人は、身動きの取りやすい席にしたい。
でも、安直にそれをやると、お義母さまから却下されてしまう。
あまり交流のないものこそ、こういう機会におもてなしして、仲良くなって行かなければならないだろう。どうせ、国の貴族全員の顔と名前を覚えなければならないのだから、歳の離れた人とも、会話をしておかなければ、苦労する事になる。
ペンを動かして、名前を記入していくと、隣で作業をしていたアンジュが、声をかける。
「ロイネ姫様、こちらの御二方は、少々折り合いが悪いのです。どちらか一方は、この方と入れ替えてはどうでしょうか」
「なるほど、ありがとう。そうする」
二重線を引いて、アンジュが指さした人物と入れ替える。
それと同時に、私は頭の中のメモ帳に、この二人は仲が悪いよ。と書き込む。
こういった、座席を考えたり、発注をするのは、本来は私の仕事ではない。お義母さまの教育の一環である。貴族同士の関係や、パーティなどの催しを開くのに、どれほど準備がいるのかという事を身をもって体感せよという事らしい。
お義母さまらしい、教育だけど、これがまた、随分と厄介なのだ。私の知らない常識も、まだまだあるし、魔法道具やこちらの神事などにはめっぽう疎い。
調べ物ばかりの毎日だ。
隣に置いてある貴族の登録帳をまた開いて、目当ての人物を探す。
この帳面使い勝手が悪すぎる。こちらお嫁に来る人間たちが可哀想なので、私が落ち着いたら、使いやすいように改造してやるんだから。
ルカとの結婚を決めてからは、話が早かった。
クルスなんて、あっさり人間と結婚予定のある、獣人貴族と、大量の魔法関係の贈り物を持って、マナンルークへと旅立って行ったし。私は私で、結婚式の準備や、貴族たちの顔繋ぎで大忙しだった。
次から次に、お茶会の誘いが入るし、イーリスのための修道院の運営から、私が結婚を先延ばしにしていた事によって、一次保留となっていた、マナンルークから婿や嫁にやってくる者達のための薬の量産。人間を迎え入れるもの達に配布する、書類や諸々の作成。
忙殺されるとは、まさにこの事だと思った限りだ。
今現在も、一ヶ月後に迫っている、結婚式の準備真っ最中である。
なんだか目がしばしばして来た。春の陽気も相まって、眠たいような、だるいような気がする。
……だめだ、だめだ!頑張らないと!それに今日は休日。お仕事は午前中だけだ、午後になったら、久方ぶりの休息である。
気合いれないとね!
私はへとへとになってお義母さまに、完成した書類を差し出す、すると、お義母さまは少し吟味して、ふぅと息を吐いた。
「良いでしょう。今日の所は、これまでです」
「やった!ありがとうございました」
頑張って考えただけあって、合格を貰えると、すごく嬉しい。思わず声を上げて喜んだ。
お義母さまはそんな私を見て、よしよしと頭を撫でる。
なんだか最近は、恥ずかしさは消え失せて、このために仕事を頑張っているような気さえしてきた。
「さて、お前に手紙が届いていますよ」
「お手紙ですか……」
嬉しいような嬉しくないような……。基本的には、お義母さまの許可した、お茶会の誘いだ。良い人ばかりなので、楽しい事には楽しいけれど、準備がそれなりに大変なのである。
手渡されて、確認すればそこにはカミーユの名前があった。
「あれ、カミーユだ」
「えぇ、遊猟会の誘いだそうですよ」
「い、いいんですか!」
今は新しい人と交流を深めるべきという、お義母さまに従って、春になっても、たまに孤児院に来ているディーテ以外とは、会う機会がなかった。
落ち着いたら、沢山、遊ぼうと思っていたのだが、こうしてお義母さまがお手紙を私に渡してくれたという事は、行ってきていいと言うことだろう。
「はい。ここ最近は、随分と頑張っていますからね。少し羽を伸ばしてきなさい」
「嬉しいです……行ってきます」
お義母さまの優しげな表情に、じんわりと心が暖かくなる。頑張りを認めて貰えたことにも、嬉しくなって、私の執務机に戻ってから、手紙を開く。
カミーユらしい、丁寧な文で遊猟会のお誘いが書かれていた。
メンバーは、前回と同じ、私と、ディーテ、カミーユ、ノーラ、それから、アンジュも。私の付き人ではなく参加者側だ。
「カミーユも、粋なことをするのですね」
「アンジュは知ってた?」
彼女は私の手紙を覗き込んで、耳をピコピコと動かしながら言う。
「えぇ、きっとロイネ姫様が、招待に応じるようであれば、私は自動的に来るだろうと言う算段だと思いますわ」
「そっか……楽しみだね」
「はい!今回こそ、ディーテよりも大きな獲物を仕留めてご覧に入れますわっ」
アンジュはグッと拳を握って、メラメラと対抗心を燃やす。
今度こそと言うが、ディーテは前回、狩りには参加していなかった。私はてっきり、ディーテは本当に狩りが苦手だと思っていたのだけど……。
「ディーテって狩りが得意なの?」
「もちろん!……でも、ロイネ姫様の前だと何故か情けないのですよね。ディーテって」
「あぁ、そういう事か」
人間に対してだけああいうオドオドした性格なのだろう。どこかで、彼は意外と優秀だと言う話を聞いた気がするし。
しかし、ディーテが狩りか……この間孤児院で、狸の姿で子供達相手に、もっこもっこと駆け回っていたが、あれでどうやって獲物を仕留めるのか、疑問が残る。
なんか前回は、カイリを背中に乗せて走っていた。
あの二人は、見てて微笑ましいのだけれど、距離感が不思議だ。あそこにお嫁さんが入って、どうなるのかなぁと想像して、私の頭の中で、お嫁さんとカイリを両方背中に乗せて、大きな狸がもふもふ走っている姿が思い浮かんだ。
「っふふ」
「どうかなさいました?」
「ううん、今度、私もアンジュの背中に乗せてもらおうと思って」
「ご希望とあらば、今おぶりますわ!」
それじゃただの、歩くのが面倒くさい人になってしまうので遠慮しておこう。
「今度!今度ね!」
私達が会話をしていると、コンコンと執務室の扉がノックされる。
「姫様、お迎えに上がりました」
「姫さん、お疲れ様です」
扉が開いて、メイドの二人がお迎えに来た。私は、アンジュと席を立って、お義母さまに挨拶をし、執務室を後にした。
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