デボルト辺境伯邸の奴隷。

ぽんぽこ狸

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 服を着替えて、屋根のあるスペースに洗濯物を干したあと、部屋に戻り、モーリスとチェスをしていると、いつもの神経質な足音をやや急ぎめに響かせてアルフレッドがやってくる。

「モーリス!!」

 いつもはノックをふたつ必ずするのに、今日は突然大声で、呼びかけた。
 聞き迫った声にモーリスと顔を見合わせ、扉の方へ向かうと、同時にアルフレッドは入ってくる。

「私の予定がっ!!」
「え、うわっなに、どうしたの」
「私の予定が!!」
「それじゃわかんないって!」

 随分取り乱しているアルフレッドはモーリスの肩を掴み、ガクガクと揺さぶる。
 何か非常事態でも起きたらしい。予定が崩れた、アルフレッドは顔面蒼白で、異常な程汗をかいている。銃を乱射する手前だろう。

「落ち着いて、幽鬼絡みじゃないなら、僕が対処するから。フレッドはいつも通りでいい!!」

 こんな、パニックになっている彼にもモーリスは慣れているのか、逆に力に任せて肩を掴んで声を張る。長年の付き合いだから出来ることだと思う。

「っ……っ、い、いつも通り」
「そうだよ!それで、何があったの」
「は、えぇと、ヴィトリー侯爵が、突然、来訪致しました。客間に通しております」
「わかった。なにか緊急の仕事かも、シリル、すぐ出れる?フロランだけじゃ格好が付かない」
「大丈夫だ」

 話を振られてすぐに承諾する。休みの日は、モーリスとチェスをしているか勉強しかしていないので問題は無い。
 
「す、すみません、申し訳ありません。私はまた、また、失敗を、してばかりで」
「何も失敗してない。お前はたまに、そうなるけど、もっと柔軟でいい、行ってくる」
「よ、よろしく、お願いします」

 今にも倒れそうなアルフレッドに、モーリスは安心させるよう、肩をポンポンと叩いて、気軽に声をかけた。

 普段では見られないやり取りに、少し驚く。
 アルフレッドを愛称で呼ぶのはモーリスだけだ、存外、彼らは俺が思っているより、深い仲なのかもしれない。

 そんなことを考えながら、モーリスの背中をついて行く。モーリスが前を歩きながら、サクサク髪を整え、襟、裾を確認するので俺もそれに習っていればすぐに事情を聞いたらしいヴァレールと合流し、既にフロランが給仕に当たっているらしいという事を知る。

「休日にすまないね、二人とも」
「問題ありません」

 話を振られたが、ろくに丁寧な言葉を喋れないので首肯しておく。

「……アルフレッドはいつも通りかな、出来ればシリルではなく彼を付けたいんだが」
「難しいと思います、ヴァレール様、何か問題でも?」
「いや、私の取り越し苦労ならいいのだけど……」

 ヴァレールは険しい顔で俺に視線を送ったあと、さらに眉を顰めて思案し、少しすると、はぁとため息をついた。

 俺も出来ることなら、アルフレッドに対応して欲しい、先日あった時から、オーギュストは苦手だ。

「仕方ない、シリル、君は背後で待機しているだけでいい」
「わかった」

 俺の返事に頷いて、ヴァレールは笑みを浮かべてモーリスに合図する。モーリスが扉を開き客室に入る。
 そこには、変わらず、使用人を携えて、きっちりとした正装をしているオーギュストがいた。席を立ち、深々と礼をして、笑顔を向ける。

「突然の訪問、申し訳ございません、ヴァレール殿、取り急ぎお伝えしたいことがありまして、無礼を承知で訪問致しました」
「いい、掛けてくれ。こちらにも予定がある、要件を手短に」
「はい。恐れ入ります」

 ヴァレールは、いつもより声がワントーン低く威圧感があり、その状態の彼と対面しているにも関わらず、どこか飄々とした態度のオーギュストに少し嫌悪感が湧く。
 
 言葉は丁寧で、表向きは、敬っているような態度を取っているが根は舐めているのだろうと思う。前来た時も、唐突に俺の話題出してたしな。

 ヴァレールが仕事を頼む相手だ、有能なのだと思うけれど、その分警戒しておかないと、いつ寝首を搔くか分からないタイプだ。

「国王陛下のご意向により、ヴァレール殿管轄亜人種への魔導術の軽減措置が取られる王命が、発令されるようです」
「……ふむ」
「隷属亜人の減少により、生産力の減少、亜人の値段高騰を主な原因に、反抗的な亜人への対応の見直しが図られました」

 その王命とやらがどうヴァレールに関係があるのかよく分からないけれど、話を理解するつもりは無い。仕事をするのはヴァレールだ、俺が余計な事考えなくてもいい。

 「詳細は、こちらの資料にて、現時点では公に発表していない情報ですので、くれぐれもよろしくお願い致します」

 軽く手を振って合図をすると、オーギュストの使用人が分厚いファイルごとモーリスに渡す。
  
 秘密にするべき内容だから、急いで自分の手で届けに来たってことか?途中で紛失しては困るから、自らがもって来たのだろうか。

 やはり俺にはことの重大性が分からないので、ヴァレールの事を眺める。背後に控えているので顔は見えないが、あまり機嫌は良くないだろう。

「……まったく、彼らのわがままも困ったものだな」
「まだ、お若い方ですので、仕方ないとは存じますが、ヴァレール殿の仰る通りでございます」
「しかしな、予想していた事とはいえ、手間がかかる、亜人への魔術の変更に関わる供物やそもそも王都にまた顔を出せと……」

 話が繋がっている気がしない。近々また、出張がありそうだなと思うが、あまり忙しいと、ただでさえストレスを溜め込んでいるヴァレールの性癖がまた歪んでしまいそうだ。

 こうして、貴族と会うだけで、何となくピリピリとして良くないのに。
 面倒事は、放っておいてもいずれ判明するし、その事実は変わらないはずなのに、それを持ち込んできたと言うだけでオーギュストが恨めしい。

「あの方々は、何かにつけてヴァレール殿の魔術にあやかろうと必死ですから、理由をつけて呼び寄せたいと言う思惑の方が主かもわかりません」
「……彼らの息子の一人でも養子に迎えれば事は丸く収まるのだろうね」
「養子ですか……」
「しかし、実の子供も妻も、自己の魔術の犠牲にしたのではと噂を流す程だ、素直に教えを乞う子供が来るかは甚だ、疑問だが」

 棘のある言葉に、拒否感が伺える。あの方が誰を指しているのか、どう収まるのかはみなまで言わない。なので俺には何を言っているのかさっぱりだ。

 これはこれでなんか、モヤッとするよな。モーリスはわかってるのか?

 話についていけていないのは俺だけかとモーリスの方を目線だけで伺うと、顔は笑っているように見えるが、内心は相当に機嫌が悪いという事だけがわかって、視線を戻す。

 それから、はっきり名詞を言わずに、あの方だ、彼だ、という言葉で濁された会話が続く。

 貴族の間では常識的なことだとしても、これで相手との認識に齟齬はないのだろうか。

 話し合いと言うか、腹の探り合いのようなピリついた空間に気が滅入る。ただでさえ、雨だというのに。

 顔だけは前を向けたまま窓を見る。ザアザアと強く降り続いて居て、夜のように外は暗い。




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