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しおりを挟む食事をしてしばらく勉強をしているとチリンとベルが鳴り、オリヴィアからの呼び出しにテオは立ち上がって彼女の部屋へと入った。今日はテオが遅くまで番をしている日だったので、こんな日に呼び出しなんてラッキーだと思いながら暗い部屋の中オリヴィアを探した。
ベットに視線を送る前にティーテーブルに小さなランプの明かりがともされていて、そこにはネグリジェのまま髪も結わずに座っているオリヴィアの姿があった。
それにさらにテオはうれしくなる。なんせ、今日テオが遅番の日に呼ばれたのはラッキーだったのではなく、オリヴィアが狙っての事だったのだと分かったからだ。
テーブルの上にはチェス盤と駒が置いてあって、入ってきたテオに向かってオリヴィアは視線を向けた。
「……お前の赤い瞳は暗闇で見ると怪物みたいですわ。こちらへいらっしゃい」
「はい」
言われてテオは顔が勝手ににやけるのを一生懸命に止めて、真面目な顔をしてオリヴィアの向かいに座った。
テーブルのランプだけのわずかな光に照らされたオリヴィアは、なんとも神秘的な雰囲気をしていて。いつものきちっとした格好と髪型をしている分、ラフな格好をしているだけでどうにも女性らしい柔らかな印象を受ける。
普段からのギャップも相まって、夜にこうして会うオリヴィアにドキドキしてしまうのはテオだけの秘密だ。
目の前に座ってじっとオリヴィアを見ると、彼女は言葉少なにチェスの駒を並べていき、それに倣ってテオも丁寧に駒をそろえて並べる。それが終わると決まったようにオリヴィアは先手を打ってくる。それにテオはいつもの戦法で返す。
こういうチェスの時間は本当にまれにある。オリヴィアが本当にたまに気が向いたときにこうして夜中に呼び出されてチェスをするのだ。そうして話をしたりしなかったりする。
「……」
「……」
テオとしては沢山話をしたいような気もするけれども、彼女の思考を邪魔するつもりはなく、こうして深夜に呼び出すのだから、きっとチェスで遊びたいだけではない事も理解できる。
だから話しかけられた時だけ、話をする。しかし、昼間の事があってテオは少しだけ彼女にきちんと話をしたかった。あんな風にカルステンに叩かれて馬鹿にされて怒っているのだと、気持ちを伝えたかった。
しかし、それはテオの勝手な気持ちなのでオリヴィアに押し付けるわけにもいかない。
でも言いたいと、気持ちのはざまで揺れ動きながらテオはオリヴィアの様子を伺いながら、チェスをさした。そんな分かりやすいテオの目線にオリヴィアはほんの少しだけいつもの厳しい瞳を緩めて口を開く。
「……テオ」
「は、はいっ」
「お前、本当に愛いわね」
「……」
「あら、褒めているのよ? 嬉しくないのかしら」
「嬉しいけど……」
「ふふふ」
声だけで笑ってオリヴィアは大して笑みを見せない。しかしこれはこれで一応本当に機嫌がよく、本音で言ってくれているのだ。それはテオにはわかる。しかしながら、よく言われることがあるその言葉をテオはあまり誉め言葉だと思っていない。
不気味な赤い瞳、神聖な白を汚したような灰色の髪。これらを見れば大抵の貴族は嫌な顔をする。不吉な見た目をしている事は周知の事実だ、しかしテオはそれだけでなく、とても整った顔をしている。赤く不吉な癖に、大きく開かれた瞳、すっと通った鼻筋に弱気なハの字の眉。
女性と見紛うほどではないが、女装でもしようものなら男の一人や二人なら簡単にひっかけられそうな顔をしているのだ。
それはテオ自身だって知っている。しかしそれでも、騎士というお役目を与えられ男としてオリヴィアを守っているつもりのテオは、稀に言われるその言葉にどうにも素直に喜べない。
もっと鍛えればいいのかと考えはするけれども、騎士は騎士でも魔法騎士の部類に入るテオは鍛えるよりも魔法の修練をした方がいい。オリヴィアのように風の魔法の使い手だったなら、それだけで騎士の中でも最上位の強さを誇れただろうが、テオの持つ魔法は火の魔法だ。
それも魔力が少ないのであまり戦闘に向かない。精々相手に大やけどを負わせるぐらいしかできない。だからもっともっと修練が必要なのだが、果たしてそれをして周りの目が変わるのかというのは疑問が残る。
……いっそ顔に傷でもつけば男らしく見えるかな。
そんな風に考えながらテオは少ししょんぼりしてチェスの駒を動かした。
少し気落ちしているそんなテオは、オリヴィアから見てもとても愛らしい。
影を落とすほどの長いまつげはテオのザクロ石のような綺麗な赤い瞳を半分に隠して、小さな炎に照らされた彼の灰色の髪は銀髪のようにも見える。
そんな彼が、オリヴィアにかっこいいと言ってほしくて一人称を変えたりして色々と頑張っていることは知っていたがオリヴィアはこうして凹む姿が妙に好きで言うことは無かった。
そんなこととは露知らず、テオは「身長がもう少し伸びたりしないかな……」と呟くように言うのだった。
今だって、ハイヒールを履いているオリヴィアと同じくらいなのだから十分な程度なのだが、大きな体格を手に入れられたらそれだけで男らしくなれるのにとテオはそう口にするのだった。
それに「ふふふ」っとオリヴィアはまた笑って駒を動かす。それから少しの沈黙が訪れて、しばらくするとオリヴィアはまたぽつりと言った。
「……お前が愛らしい子だというのは確かだけれど、人によって美しさを感じる定義というのは変わってくるのかしら」
思案するような声だった。それにテオは首をかしげて返す。急に難しい事を言われて言葉を理解しようとしている子犬のようにオリヴィアを見た。
すると、真面目な顔をして、それから少しだけイラついた様子でオリヴィアは言う。
「率直に言うと、カルステン殿下はふとましい女性に美を感じるような方なのかという話よ」
そういわれてピンときた。やはり昼間の出来事をオリヴィア自身も気にしている様子でカルステンがなぜオリヴィアではなくマイを選ぶのかを考えていたらしい。
……それに、たしかに聖女マイはコルセットで体の線を整えていないらしいという話ですし、なにより……。
ふとましい、というかふくよかな印象を受ける。甘いものを好んでいるようでよく食べているし。
「わたくしは、わたくしの方がずっと美しいと思うわ。余分な肉のついた体よりも、厳しく節制し自らに必要な美しさを手に入れていると思う」
「……」
「教養だってそう、学業だってそう、自らに必要なものを手に入れるために努力をしてきた。わたくしは自らを良い女性だと思えるわ」
カタンと強くポーンの駒を置いてオリヴィアは声を低くして続ける。
「けれど、他人から見て、わたくしよりもマイが勝っているものがあるからカルステン殿下は彼女を選んだのかしら。それは、肉体的な美しさ?それとも聖女の運命の力?もしくは彼女自身にしか持ち合わせていない何かがあるのかしら」
テオに問いかけられて、テオは心底真面目に悩んだ。いったんチェスの戦況の事は置いておいて、考える。
そもそも、テオは今日の事だけではなく、ずっと前からカルステンはとてもじゃないがオリヴィアとは釣り合わないと思っていた。しかし、それでも身分だけは一流でありオリヴィアに恩恵をもたらすことが出来る。
だからこそ彼を認めていた。しかし、オリヴィアをないがしろにして選ばなかったカルステンは、オリヴィアになんの恩恵も与えられない、見る目もなく何の足しにもならないオリヴィアを傷つける権力者である。
ならば、そんな人間の評価などテオにはどうでもいい。興味もない。しかしながらオリヴィアはそうではないのだ。
今日この日に真剣に悩んでいることは、婚約者に叩かれて傷ついたことでもなく、他人の前でけなされたことでもなく、対外的に見て美しさとは何かという事を悩んでいる。
「……」
それはテオから見るととても不思議で、しかし悩むということは、マイと比べてオリヴィアが優れているはずの美しい部分が本当はそうではないのかもしれないと、彼女のなかでの価値観が揺らいでいるからだ。
決して間違ってはいないはずの事に珍しくオリヴィアは悩んでいる。
それはおかしな話だ。
オリヴィアは美しいテオはそう思う。でもただそう言ったって、テオの価値観なんかオリヴィアは興味ないだろうから、他人事みたいにいう。
「……美しいとか綺麗っていうのは、確かに人それぞれだと思うけど、大体の人がオリヴィア様の方が美しいと思っていると思う。それにマイのどこかに惹かれたから、カルステン王太子殿下がマイを選んだって言ってるけどその惹かれた美しさが、全員にとっての美しいと思う事ではないと思う」
「……そうね」
「誰か一人の気持ちなんてオリヴィア様の参考にはならないし、そんな一人の気持ちより、オリヴィア様の思う美しさの方が価値がある」
「あら、わたくしだってひとりの人間よ?」
「うん。でも、俺にとっては絶対の価値観だから、俺はオリヴィア様が思う美しさを美しいと思うから、だから、オリヴィア様は……間違ってない」
結局は自分の話になってしまったけれども、テオに言えるのはこのぐらいだ。
オリヴィアの価値観が誰にでも通用するものだという証明は出来ないけれども、どんなに社会とかけ離れようともテオはオリヴィアの言う事を信じるから決してたった一人だけの間違った人間にはなったりしない。
そんなテオなりの励ましというか、信頼の言葉だった。それを聞いてオリヴィアは「暴論ね」と口にしたが、それ以降同じ話はしなかった。
だからきっと揺らいでいた彼女の美しさに対する価値観は安定を取り戻すことが出来たのだと思う。
そして気がついたらテオはチェスで負けていて、オリヴィアは機嫌よさそうに眠りについたのだった。
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