運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸

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 聖女マイがやってきてから目まぐるしく日は進み、気がつけば夏の陽気が訪れていた。さほどならない土地柄ではあるが、それでも夏季休暇があり久々に自宅に帰る生徒がほとんどだ。

 オリヴィアも今年の夏は結婚式それから結婚生活の準備として王宮の部屋を自分用に整えたり、侍女を新しく入れたりと大忙しの予定だったのだが、それらの予定はまったくすべて必要なくなったので、王宮でオリヴィアがいなくなった後の公務の引継ぎに時間を割く日々を送っていた。

 城にはオリヴィアお付きの侍女も何人かいるし、やることも特にないのでデリアにすら暇を出し、テオだけを連れて仕事以外の時間は休暇らしい休暇を過ごす。

 蒸し暑い日にはレモネードを飲みながら噴水や花壇を眺めて過ごし、他国から送られてきた氷をふんだんに使って果実を冷やし、それをつまみながらチェスをさしたりする。

 たまにカルステンからオリヴィアが担っていた公務について苦情が入ったがそんなことにはお構いなしにオリヴィアは悠々自適な日々を過ごした。

 今までこんなにゆっくりと彼女が過ごしているのをテオは見たことがなかったので、なんだか逆に焦燥感にとらわれたりしたが、オリヴィア自身もあまり楽しんでいる様子ではなかったので、テオは彼女を気遣ってバカみたいな顔をして過ごした。

 まったく今を不安に思っていないような顔をして、未来のことなど考えることはやめた。

 王太子妃になるために忙しく過ごすはずだった夏季休暇が、自堕落な日々で塗りつぶされていくのは、なんとも言えない重苦しさがあって、それでも贅沢というのは不思議なもので飽きさせることはなかった。

 そんな日々の中でもオリヴィアは第一王女のアマーリエに対する公務の引継ぎだけはきちんと面倒を見ていた。

 カルステンの公務もそれなりに手伝っていたオリヴィアだったが、そちらはまったく手助けをやめて、オリヴィアがいなくなった後のアマーリエが困らないようにだけ動いた。

 幸いどんなに自堕落にしていても、とにかく真面目な気質を持っていたオリヴィアは引継ぎだけに時間を使えば余裕をもって教えきることが出来る。

 そうなると自然とアマーリエと過ごすことも多くなる。

 今日も仕事の事で質問があったアマーリエが城のオリヴィアの部屋に来て、ついでにお茶をしているところだった。

 相変わらずテオはオリヴィアの背後に控えて、彼女たちが夕日に染められた白薔薇を眺めながら優雅にお茶を飲むのを見ていた。

 アマーリエは薄桃色の髪を耳にかけ丁寧に紅茶を飲む。目の前に出された茶菓子は夕食前ということもあって小さなチョコレートだった。

 それを口に含んでアマーリエは小さな唇を微笑ませる。

「甘未なんて久しぶりに食べたかもしれない」
「あら、どうして?」
「最近、少し太ってきたように感じていて控えてたの。でも口にしてみるとやっぱりこの味が恋しいかったのだと思いだしてしまった……」
「ふふふ、ほどほどにすればいいのよ。深夜に食べる以外ならこの程度の量たいして太る原因にならないわ、アマーリエ」
「本当? でも今あるドレスが入らなくなってしまったら、侍女頭に怒られてしまうし」

 ああ困ったとばかりに頬に手を添えてアマーリエはまた一口、紅茶を口にしてから、チョコレートを口に運ぶ。それをオリヴィアはいつもよりも優しい目をして見つめてから続けた。

「お前は育ち盛りなのだから、制限しすぎるのもよくないわ。あまり、周りの意見ばかりに流されすぎてはだめよ。侍女はただ、新しいドレスを用意するのが手間だから口にしているだけに過ぎないわ」
「……そうなの?」
「ええ、他人とは大方利害関係は一致しないものよ、誰の言う言葉を信じて自分の行動を決めるかよく考えて相手を決めるのね」
「なるほど、ちなみにオリヴィアは誰の言葉を参考にしているか聞かせて」

 アマーリエは琥珀色の瞳を美しく細めて、姉に甘える妹のようにオリヴィアに聞いた。オリヴィアは少し考えてから、チョコレートを口に含み、舐めるように溶かして嚥下してから、返す。

「昔は、母の言葉を信じていたわ。……今は、そうね。自分の声に従っている」

 そんな言葉にすこしオリヴィアをテオは少し不憫に思った。彼女の母親は魔法学園に入学するころに亡くなっている。

 もっと長生きしてくれれば今のこの状況も何か変わったのかもしれないと考えるが、果たしてこのオリヴィアが母を頼り自身の立場を守ってもらおうとするだろうかと思うとそれもそれで疑問だった。

 ……存命だったとしても、オリヴィア様は自らの声に耳を澄ませて自分自身の行動を決めそう……。

 テオはそう考えて勝手に納得した。しかし、自分の声を一番に聞いているといったオリヴィアに対して、アマーリエはあまりよくわかっていないような様子でこくんと頷く。

「オリヴィアは深い事いうね」
「……そうでもないと思うわよ」
「ううん。かっこいいよオリヴィア」
「…………お前も愛い子ね」

 そういってオリヴィアはテオにするみたいにアマーリエに手を伸ばしてその頭を撫でてやる。しかし、手つきはテオにするよりずっと優しくて髪をぐしゃぐしゃにしたりしない。

 それに妙にテオは嫉妬するような気持になったけれども顔には出さずに少しだけ視線をずらした。

 綺麗に結われた薄桃色の髪をさらりとなでつけて、編み込まれた彼女の髪をゆっくりと名残惜しそうにオリヴィアは撫でる。

 彼女たちは昔からそれなりに仲が良かった。

 幼いころから王太子妃となることが決まっていたオリヴィアは、よく城に足を運び王妃教育を受けていた。そんな彼女と第一王女であるアマーリエはいつの間にか姉妹のように仲睦まじくなり、カルステンの仕事を手伝ってあげるように、アマーリエの仕事も手伝ってあげている。

 しかし、こうして妙に悲しい雰囲気に感じるのは何故だろうとテオは思う。こんな夕暮れ時のお茶会だからだろうか。それとも……二人が今年の夏を最後に、もしかしたらもう二度と会えない可能性があるからだろうか。




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