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第4話
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目抜き通りを歩くうち、二人は古着屋を見つけて店内に入った。
エリカは子ども用の古着をいくつか物色し、かなり綺麗な状態のワンピースを選んだ。袖口は広めで、ちょうど足首まで隠れるぐらいの長さがある。普段着ている服にも少し雰囲気が似ていた。
――かなり上等なものだわ。良家のお嬢さんが着ていたのかしら。
ふと傍らに小さな気配を感じ、横を向く。うすぼけたような色合いをした女の子がじっと立っているのを見つけ、ああ、と納得した。彼女は今、エリカが着ているのと同じ服を身に付けていた。
「お気に入りのものだったのね。ごめんなさい。少しの間、お借りしてもいいかしら。きっと悪いようにはしませんから――ありがとう」
小声で話しているエリカに気付いているはずだが、男は何も言わなかった。――彼にも視えているのだろうか。
「店主。このまま着せて帰ってもよいか」
「はい。もちろんでございますよ」
男は金の入った袋を懐から出すと、迷いなく代金を出した。その際に、エリカはその袋を一瞥したのだが、かなりずっしりしており、かなりの大金を持っていることがわかった。
エリカは店の奥で着替えさせてもらい、古い服は処分してもらうように頼んだ。お気に入りの寝間着であったが、さすがに持ち運ぶわけにもいかなかった。
「おとうさま、どうですか? にあう?」
思いのほか服が気に入ったエリカは調子に乗って店先にいた男に尋ねた。
男は無言ののち、こくりとひとつ頷き……おもむろにエリカの頭に唾広の帽子を乗せた。ワンピースにも似合う白い帽子だ。
「どうしました、これ」
「買った」
これ以上の説明は不要だとばかりに男は歩き出した。エリカは不思議に思いながらも男の隣まで戻ってきた。
「では服も着替えたことですし、また朝市をのぞきましょう」
目抜き通りに行くと、あいかわらず、どこかしこも食欲をそそる良い匂いがふわんと漂ってくる。なにか食べたいな、と物欲しげに屋台を見回していると、隣の男とばっちり目が合った。いや、先ほどから視線が突き刺さっていたからでもあるのだが。男は背丈の低いエリカが人にぶつからないようさりげなく立ち回っている。
エリカは思いついた。――今こそ、美幼女のハイスペックを生かすべし。
「……おとうさま、かって?」
帽子のつばをちょいと摘まんで、あざとかわいく上目遣いをし、甘えた声でねだってみた。すると、「おとうさま」はすっと無表情になり、こくこくと頷いた。
「買い占めてくる」
「そんなに食べられませんよ? あ、あれがいいです」
男はカクカクした仕草で目的の屋台へ行くと、ほかほかの揚げ菓子を買って戻ってきた。エリカは揚げ菓子の入った袋を受け取るも、ちょっと後悔した。あまりにあっけなく手に入りすぎて、逆に不安になったのだ。
男は適当なベンチへエリカを連れてきて座らせた。
「食べろ」
「は、はい」
エリカは細長い棒状の揚げ菓子をもぐもぐと咀嚼し、おいしいわ、と笑みを浮かべた。きつね色をした揚げ菓子に蜂蜜がかかっていて、もっちりとした食感がたまらない。
「あなたの分は買ってこなかったの」
「俺は腹がいっぱいだ」
男はむっつりと押し黙る。
たちまち揚げ菓子を食べ終わったエリカはベンチで足をぶらぶらさせた。日が高くあがり、空は快晴、たまに鳥が飛んでいる。エリカはしばし、ぼうっとしていた。
気づけば、目の前に「おとうさま」の顔があった。見下ろされているとたいした迫力だ。美しさのあまり息が詰まりそうになるのは滅多にない経験だ。
「あ、あの……おとうさま?」
さすがに少し緊張感が走る。男は懐から白い布を出した。
「口元が汚れているから拭く」
「あ、そう」
大人しく拭われることにした。ややぎこちない手つきでハンカチが頬を滑る。
どこのだれだかわからない美丈夫であるが、親切な性格をしているらしい(色々エリカのためにお金を出してくれる時点でお察しではあるが)。
「ねえねえ、おとうさま。これからどうする? 娘がいて、おとうさまが揃ったなら、次はおかあさまでも調達しに行く?」
ハンカチが仕舞われた後、調子に乗ってふざけてみると、名無しの「ハンス」は何も言わない。ややあってから、「隣にいる」とだけ、望みめいたことを言ってきた。
「隣? 私の隣にいたいってこと?」
男は否定しなかった。エリカの隣にいたいと思う人々は山のように見て来たが、これほど奥手な態度を取る人もいなかった。
彼は何かを望み、伝えるために聖女の元にやってきたはずだ。「隣にいたい」のであれば、すでに叶っている。
「ずいぶんと無欲ですね。私の元に来たならば、叶わぬだろうと思いながらも、とりあえず何でも願いを口にするものなのに」
「……無欲ではない。過分な願いだろう。あなたは地上の、すべての者に愛されているから」
「それもそうですね。この世界の人は『聖女』を愛していますし、そもそもそうでなければ『聖女』は要らないでしょう」
愛されているのは「エリカ」ではない。聖女という存在そのものだ。この世でたったひとりの聖女。たいがいの者にとって、聖女の傍に侍ることは、この上もない名誉であり、喜びなのだ。彼女は周囲にいる人々の願いと期待をきちんと理解していた。
もしもエリカが「聖女」でなかったら、などと考えるつもりはない。聖女はひとり。ひとつの魂。自分という存在はどこまでも「聖女」でしかない。人間が彼女を必要とする限りは隣にいる。お前はいらないと言われたらどこへなりとも去ろうと思っている。きっとそれは当分先のことになりそうだが。
「『聖女』じゃない。あなたの話だ」
あなたの、と繰り返されて、エリカの目は瞬いた。なんだか、不思議なことを言われた気がしたからだ。
「あなたは今、『聖女』としてここにはいない。他のだれもあなたが『聖女』だと気づかない」
なんせ、今は幼女だ。聖女がいるべき仙宮にもいない。ひとりで街をほっつき歩こうとしていた。……砂時計のような自由にいた。聖女としての時間にぽっかりと空いた余暇。
「なら、貴方は聖女ではない私といることを望むのですか。それでもいいと? ……いえ、返事はいいです。どちらと言っても私にできることはほんの少しだけですから」
――服を買ってもらって、揚げ菓子も御馳走になったし。
ごにょごにょと心の中で思い、男の願いを叶えることにした。一宿一飯の恩義のようなものだ。それにこの男が何だか気の毒で。
「今は隣にいますよ。元の姿に戻り、別れるその時までは一緒に。それは約束してあげられます」
彼はこくり、と頷いた。そうしてみると、大の大人の姿をした彼が、なんだか幼く見えてしまう。
ところで。エリカにはやはり気になることがあった。
「実はどこかであなたに逢っているのかしら。あなたぐらいの美貌があったらよほど印象に残っていそうよね? ――ねえ、おしえて? おとうさまはだれなのか……」
あざとかわいくおねだりしながら、ぐぐっと男へ迫る。彼は身じろぎ、次の瞬間、ぱっとベンチから立ち上がった。
「おとうさま? ごめんなさい。ふざけすぎてしまった?」
「いや……我慢しているだけだ」
『我慢している』。なんだかその言いぶりが、エリカの知る人と似ているような気がしていぶかしむ。
「もしかしてあなたの本当の名って」
エリカは子ども用の古着をいくつか物色し、かなり綺麗な状態のワンピースを選んだ。袖口は広めで、ちょうど足首まで隠れるぐらいの長さがある。普段着ている服にも少し雰囲気が似ていた。
――かなり上等なものだわ。良家のお嬢さんが着ていたのかしら。
ふと傍らに小さな気配を感じ、横を向く。うすぼけたような色合いをした女の子がじっと立っているのを見つけ、ああ、と納得した。彼女は今、エリカが着ているのと同じ服を身に付けていた。
「お気に入りのものだったのね。ごめんなさい。少しの間、お借りしてもいいかしら。きっと悪いようにはしませんから――ありがとう」
小声で話しているエリカに気付いているはずだが、男は何も言わなかった。――彼にも視えているのだろうか。
「店主。このまま着せて帰ってもよいか」
「はい。もちろんでございますよ」
男は金の入った袋を懐から出すと、迷いなく代金を出した。その際に、エリカはその袋を一瞥したのだが、かなりずっしりしており、かなりの大金を持っていることがわかった。
エリカは店の奥で着替えさせてもらい、古い服は処分してもらうように頼んだ。お気に入りの寝間着であったが、さすがに持ち運ぶわけにもいかなかった。
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思いのほか服が気に入ったエリカは調子に乗って店先にいた男に尋ねた。
男は無言ののち、こくりとひとつ頷き……おもむろにエリカの頭に唾広の帽子を乗せた。ワンピースにも似合う白い帽子だ。
「どうしました、これ」
「買った」
これ以上の説明は不要だとばかりに男は歩き出した。エリカは不思議に思いながらも男の隣まで戻ってきた。
「では服も着替えたことですし、また朝市をのぞきましょう」
目抜き通りに行くと、あいかわらず、どこかしこも食欲をそそる良い匂いがふわんと漂ってくる。なにか食べたいな、と物欲しげに屋台を見回していると、隣の男とばっちり目が合った。いや、先ほどから視線が突き刺さっていたからでもあるのだが。男は背丈の低いエリカが人にぶつからないようさりげなく立ち回っている。
エリカは思いついた。――今こそ、美幼女のハイスペックを生かすべし。
「……おとうさま、かって?」
帽子のつばをちょいと摘まんで、あざとかわいく上目遣いをし、甘えた声でねだってみた。すると、「おとうさま」はすっと無表情になり、こくこくと頷いた。
「買い占めてくる」
「そんなに食べられませんよ? あ、あれがいいです」
男はカクカクした仕草で目的の屋台へ行くと、ほかほかの揚げ菓子を買って戻ってきた。エリカは揚げ菓子の入った袋を受け取るも、ちょっと後悔した。あまりにあっけなく手に入りすぎて、逆に不安になったのだ。
男は適当なベンチへエリカを連れてきて座らせた。
「食べろ」
「は、はい」
エリカは細長い棒状の揚げ菓子をもぐもぐと咀嚼し、おいしいわ、と笑みを浮かべた。きつね色をした揚げ菓子に蜂蜜がかかっていて、もっちりとした食感がたまらない。
「あなたの分は買ってこなかったの」
「俺は腹がいっぱいだ」
男はむっつりと押し黙る。
たちまち揚げ菓子を食べ終わったエリカはベンチで足をぶらぶらさせた。日が高くあがり、空は快晴、たまに鳥が飛んでいる。エリカはしばし、ぼうっとしていた。
気づけば、目の前に「おとうさま」の顔があった。見下ろされているとたいした迫力だ。美しさのあまり息が詰まりそうになるのは滅多にない経験だ。
「あ、あの……おとうさま?」
さすがに少し緊張感が走る。男は懐から白い布を出した。
「口元が汚れているから拭く」
「あ、そう」
大人しく拭われることにした。ややぎこちない手つきでハンカチが頬を滑る。
どこのだれだかわからない美丈夫であるが、親切な性格をしているらしい(色々エリカのためにお金を出してくれる時点でお察しではあるが)。
「ねえねえ、おとうさま。これからどうする? 娘がいて、おとうさまが揃ったなら、次はおかあさまでも調達しに行く?」
ハンカチが仕舞われた後、調子に乗ってふざけてみると、名無しの「ハンス」は何も言わない。ややあってから、「隣にいる」とだけ、望みめいたことを言ってきた。
「隣? 私の隣にいたいってこと?」
男は否定しなかった。エリカの隣にいたいと思う人々は山のように見て来たが、これほど奥手な態度を取る人もいなかった。
彼は何かを望み、伝えるために聖女の元にやってきたはずだ。「隣にいたい」のであれば、すでに叶っている。
「ずいぶんと無欲ですね。私の元に来たならば、叶わぬだろうと思いながらも、とりあえず何でも願いを口にするものなのに」
「……無欲ではない。過分な願いだろう。あなたは地上の、すべての者に愛されているから」
「それもそうですね。この世界の人は『聖女』を愛していますし、そもそもそうでなければ『聖女』は要らないでしょう」
愛されているのは「エリカ」ではない。聖女という存在そのものだ。この世でたったひとりの聖女。たいがいの者にとって、聖女の傍に侍ることは、この上もない名誉であり、喜びなのだ。彼女は周囲にいる人々の願いと期待をきちんと理解していた。
もしもエリカが「聖女」でなかったら、などと考えるつもりはない。聖女はひとり。ひとつの魂。自分という存在はどこまでも「聖女」でしかない。人間が彼女を必要とする限りは隣にいる。お前はいらないと言われたらどこへなりとも去ろうと思っている。きっとそれは当分先のことになりそうだが。
「『聖女』じゃない。あなたの話だ」
あなたの、と繰り返されて、エリカの目は瞬いた。なんだか、不思議なことを言われた気がしたからだ。
「あなたは今、『聖女』としてここにはいない。他のだれもあなたが『聖女』だと気づかない」
なんせ、今は幼女だ。聖女がいるべき仙宮にもいない。ひとりで街をほっつき歩こうとしていた。……砂時計のような自由にいた。聖女としての時間にぽっかりと空いた余暇。
「なら、貴方は聖女ではない私といることを望むのですか。それでもいいと? ……いえ、返事はいいです。どちらと言っても私にできることはほんの少しだけですから」
――服を買ってもらって、揚げ菓子も御馳走になったし。
ごにょごにょと心の中で思い、男の願いを叶えることにした。一宿一飯の恩義のようなものだ。それにこの男が何だか気の毒で。
「今は隣にいますよ。元の姿に戻り、別れるその時までは一緒に。それは約束してあげられます」
彼はこくり、と頷いた。そうしてみると、大の大人の姿をした彼が、なんだか幼く見えてしまう。
ところで。エリカにはやはり気になることがあった。
「実はどこかであなたに逢っているのかしら。あなたぐらいの美貌があったらよほど印象に残っていそうよね? ――ねえ、おしえて? おとうさまはだれなのか……」
あざとかわいくおねだりしながら、ぐぐっと男へ迫る。彼は身じろぎ、次の瞬間、ぱっとベンチから立ち上がった。
「おとうさま? ごめんなさい。ふざけすぎてしまった?」
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