平凡な薬師が勇者に負けた魔王様を拾ってしまった。

わしお

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第1話

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世界では、長きにわたり魔族と人間が激しい戦いを繰り広げている。
特に面積、人口共に世界一であるグランイズラ大陸では、もはや国ごとの問題では片付けられない規模にまで争いが広がっていた。

魔族とは魔物の一種であるが、人と似た姿を持ち、人に匹敵する知的能力を有している。魔物を使役し、時に人を捕食することから、古くより人間の天敵として恐れられていた。
しかし元々魔族は群れで狩りをしないため、人里に現れても、各国が独自に軍を派遣して制圧できる存在であった。

それがおよそ150年前、一人の魔族によってまとめ上げられ、魔族と魔物が大群となって人間を脅かした。

一体を倒すにも軍隊が必要なほどに、魔族は強大な魔力と頑強な肉体を有している。その魔族が団結したとき、人間達は全く歯が立たなかった。

そして大陸の北半分は魔族に占拠され、人間は南半分に追いやられてしまった。

人々は魔族を束ねる魔族を、「魔王」と呼称した。

一刻も早く魔王を打ち倒すため、権力者は民間人からも有志を募り、その見返りとしてこう宣言した。
「魔王を討った者には、どんな望みでも叶えよう」

多くの市民が人生逆転を狙い、チームを組んで魔王討伐に向かった。このチームは、後に冒険者と呼ばれるようになった。

今や冒険者は人気の職業の一つだ。多くの若者たちが望みを胸に、剣を振るい、魔法を磨き、仲間と共に魔王城を目指した。

そんなグランイズラ大陸の中で、戦の影響を全く受けていない平和な村があった。

大陸の南西に位置する村、カンフォーレ。
魔王城に行くルート上にないため冒険者は立ち寄らず、立地上拠点にもなりえないため魔族も来ない。
争いの前からほとんど変わらない姿を保っている、グランイズラ有数の田舎である。

若者の多くが冒険者を目指して村を出るため、村人のほとんどは高齢者。そうでなければ、村で生まれ育ち家業を継いだ者、あるいは冒険を諦めて村に戻った者だ。

数少ない若い女性であるエマは、”村で生まれ育ち家業を継いだ者”だった。薬師として、祖母から受け継いだ薬屋を営んでいる。
患者の多くは村の高齢者。最も需要のある薬は腰痛の薬だ。

治癒魔法が発見されてから薬師は需要が減っており、もはや絶滅危惧種と言っていい職業になっている。治癒魔法を会得した者の多くは、ヒーラーとして冒険に出るか、都会で診療所を開いていた。エマが薬師で生計を立てられているのは、カンフォーレ村がヒーラーの来ない田舎だからだ。
そのこともあり、またエマが運動神経も良くなければ魔力も使えず、冒険者に憧れもなかったため、冒険には行かず、村に留まることを選んだ。

この日も、エマは自宅兼仕事場でいつものように薬を調合していた。出来立ての軟膏を皮袋に包み、常連であるアンナに差し出す。

「はい、いつもの。薬に頼るのもいいけど、姿勢治したほうがいいよ。畑仕事の合間にちょっと腰伸ばすだけでもいいから」
「ありがとう。気をつけようとは思ってるんだけど、意識してないとどうにも忘れちゃうわね」
「だから意識しろって言ってるんだけど」

エマの無愛想な物言いを気にすることなく、アンナは人のよさそうな笑みを浮かべて皮袋を受け取った。

「ふふ。言い方がきついのはおばあちゃん似かしら。そんなんじゃお嫁に行けないわよ」
「またその話…」

エマは面倒くさそうに顔をしかめた。

エマは今年で二十歳だ。カンフォーレ村では二十歳というと、結婚して子供がいるのが当たり前の歳である。おかげで一部の村人からは、「婚期が遅れている」と揶揄されていた。
エマ自身は結婚する気はないし、自分に結婚相手が見つからない理由も検討がついている。

エマは決して家庭的ではなく、また女性らしくもなかった。

好きなことは実験、研究。家にいるより森で見たことのない植物を採集するのが好き。人の顔は見分けられないのに、よく似た薬草は一瞥しただけで判別できる。

気の強そうな釣り気味の目尻に、少し傷んだ茶色い髪。整っていない乱雑な三つ編みと、時代遅れの似合ってもいない丸眼鏡、薬品で所々脱色した苔色のワンピース。どれも世の男性が求める女性像からはかけ離れていた。

「いいの、結婚なんてしないから。一人の方が気楽だし」
「エマはいつもそう言うけど、心配だわ。世間体も良くないし…」

アンナはそのまま、心配の種をつらつらと並べ立てる。エマは困ったように頭を掻いた。
アンナが本当に心配しているのはエマも理解しているが、正直なところ、いい迷惑である。

アンナは極度の心配性だ。常連である理由も単に腰痛持ちというだけではなく、少しの擦り傷や切り傷でもエマを頼るためだった。

結婚できずに後ろ指をさされたら、子供ができずに馬鹿にされたら、みんなと違うことをして仲間はずれにされたら。

そうして村の常識から外れないように生きてきたアンナにとって、エマの考えは理解できないことだろう。

エマとしては放っておいてほしいのだが、アンナが優しさで気にかけてくれていることを理解しているため、無下にもできなかった。

「エマ、聞いてる?あなたを心配して言ってるのよ?」
「え?あぁ聞いてる聞いてる」

エマが適当な返事を返すと、アンナは眉間にしわを寄せた。聞き流していたことはばれてしまっているらしい。
だがこんなやり取りはいつものことだ。アンナは諦めたようにため息をついた。

「あなたはいつもそうなんだから……。ここだっていつまで平和かわからないのよ?あなたが大人になるころには、ここにも魔族が来てるかもしれないんだから」
「わかってるから大丈夫大丈夫。ていうかそろそろお昼の準備でしょ?気を付けて帰りなよ」

半ば追い出すようにアンナを帰し、エマはため息をつく。心配してくれるのはありがたいが、興味のない長話に付き合うのは疲れるものだ。
こんな辺鄙へんぴな村にまで魔族が来ることがあれば、それは人類が敗北した時ではないかとエマは思うのだが、きっとアンナは本気で心配しているのだろう。アンナらしいといえばらしい。

気を取り直して、エマも自分の昼食を準備することにした。今日のメニューは捕らえた昆虫だ。
昆虫は決して裕福ではないエマにとって、大切なたんぱく源だ。しかしカンフォーレ村には昆虫食の文化は無く、エマの食事はゲテモノにしか見えないだろう。

結婚できないエマよりも、自分と結婚してこんなものを出される旦那の方が可哀想だと、エマは他人事のように思った。
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