平凡な薬師が勇者に負けた魔王様を拾ってしまった。

わしお

文字の大きさ
14 / 38

第13話

しおりを挟む
「……エマは本当に何も知らないのだな」

午後になり、エマは早速ルカから魔族や魔法について教わることになった。
その前にどこまで知識があるのか確認したいと、エマが知っていることを話した。魔族は知的能力を持つ魔物であること、人間と魔族は150年近く争っていること、そして魔法は「なんか色々できるすごいもの」。

それを聞いてルカが放ったのが、冒頭の言葉だ。

エマは返す言葉もなく、テーブルの上に項垂れた。

「本当にそれくらい情報が入ってこないんだって……。冒険者になるって村を出た人も、大半は戦いを知らずに「なんかかっこいいから」くらいの理由で冒険に出てるから」
「都会への憧れか」
「そんな感じ」

この平和な辺境の村に住んでいると、本当に争いが続いているのかさえ疑いたくなる。
戦争を実感する時といえば、冒険に出た人が遺体で帰ってくるときだけだった。

少しむくれているエマの様子に、ルカは小さく笑った。

「平和なのは、悪いことではないがな」

エマはなんだか馬鹿にされている気がして、ふてくされるように口をすぼめた。

「順を追って説明しよう」

そう言ってルカが手を振ると、空中に光る糸のようなものが現れた。
その糸は形を変え、角が生えた棒人間と普通の棒人間が、何もないところに描かれた。

エマはその不思議な光景に目を輝かせた。

「何これ、すごい!」
「これも魔法だ。多少は魔力が回復したから、この程度のことはできる」

この程度、ということは簡単な魔法なのだろう。それでもエマには驚きの光景で、エマは子供のようにはしゃいだ。
エマは声を弾ませながらルカを見る。

「これ、どうやって光ってるの?触っても大丈夫?」

そう言って、エマは光る絵に手を伸ばした。

塵芥ちりあくたに光が反射しているだけだ。触っても問題ないが、汚いぞ」
「……やめとく」

エマはそっと手を下ろした。まさかこんなにきれいなものがゴミからできているとは。
あからさまに落ち込んだエマの様子に、ルカは顔を覆って笑いを堪えた。

気を取り直して、ルカは光る埃の絵を動かして説明を始めた。

「まずは戦争前の魔族と人との関わりについてだな。魔族の成り立ちについては不明点が多いが、記録によると2000年以上昔から存在し、人間とは小さな小競り合いを続けていたそうだ。ちなみに魔物は一万年前から存在している」
「そんな前からいるんだ」
「ああ。その魔物の一部が進化したものが魔族、姿をほとんど変えずに今に至るものが魔物だと、魔族界では考えられている」
「へぇ……」

ルカは当たり前のように魔族の成り立ちを説明しているが、エマは人の成り立ちなど知らない。エマが田舎者だから知らないだけで、都会に生まれたら教わるのだろうか。

この村では字の読み書きもできない者が多い。エマは祖母から習ったが、それはとても特殊なことだ。
ルカが魔族の中で高位の存在なのか、もしくは魔族の方が教育が行き届いているのか。気にはなるが、それはまたの機会に聞くことにした。

ルカは話を続ける。

「人間と魔族の関係が巨大な戦争にまで発展したのは150年ほど前。人間にとっては結構な年数だと思うが、数百年の時を生きる魔族にとってはつい最近の話だ」
「そんなに長生きするんだ。ルカは何歳なの?」
「300くらいか……?正確に数えたことはない」

300歳というのは、エマにとってはあまり想像ができない年数だった。長生きしたと言われた祖母ですら70歳で亡くなったのだ。少し数字が大きすぎる。
正直なところ、エマはルカが魔族であるという認識が薄かった。今ようやく種族の違いを実感した気がする。

「続けていいか?」

ルカが少し不満そうに眉根を寄せた。脱線してばかりで全然話が進んでいない。エマは申し訳ない気持ちでうなずいた。
ルカはまた光る絵を動かし始める。

「戦争のきっかけは、後に魔王と呼ばれる魔族が人間の集落を壊滅させたことだった。当時は魔道具の材料となることから、有角種の角が乱獲されていた。魔力を溜める性質が魔道具に向いていたんだろう」

有角種というのはルカが属する種だ。エマの視線がルカの頭に移る。

「ルカの角は……?」
「私は取られていない。取られていたら、魔国からここに転移できるほどの魔力は溜まらなかっただろうな」
「そっか」

エマは少しほっとした。が、また話を反らしてしまったことに気付き、恐る恐るルカの顔を見る。
エマの予想に反し、ルカは微笑んでいた。

「心配してくれたのか?」
「そりゃ、まあ……」

ルカの柔らかい視線がくすぐったく、エマはルカから目を逸らした。ルカも視線を光る絵に戻す。

「乱獲に怒った魔王は、狩人の拠点となっていた集落を壊滅させた。それだけでは怒りは収まらず、魔王は人間全員に牙を剥いた。……もしかしたら乱獲はきっかけにすぎず、それまでにも鬱憤が溜まっていたのかもしれないな」

そう言ったルカの横顔は、どこか遠くを見ているようだった。まるで当時の記憶を思い出しているかのように。

実際に見ていてもおかしくはない。ルカは有角種で、当時既に生まれているのだから。
けれど、なんだかそれだけではない気がした。

「ルカは魔王と知り合いなの?」

エマの問いに、ルカのこめかみがぴくりと動いた。その目は少し焦っているようにも見える。

「……知ってはいる」

少し間をおいて、ルカから帰ってきたのは微妙な返事だった。
はっきりと知り合いと言わなかったということは、それほど親しくはないのだろうか。しかしそれにしては不思議な間だった気もして、エマは首を傾げた。

けれどルカの表情を見る限り、あまり触れない方がいいような気がして、エマはそれ以上詮索しなかった。
ルカは誤魔化すように話を続ける。

「最初、戦況は魔族が圧倒的有利だった。人間には魔法が使えるものが少なかったからだ。しかし人間は魔法、武器、防具、あらゆるものの研究を重ね、魔族に対抗する術を身に着けていった。決定的に戦況が変わったのは約40年前、治癒魔法が開発されたときだった」
「魔族だけを殺す魔法の研究中に、偶然発見されたんだっけ?」

エマの問いに、ルカがゆっくりうなずいた。

「治癒魔法が一般化したことで、人間側の致死率が圧倒的に下がった。何せ致命傷でも一瞬で癒してしまう。誇張ではなく、即死以外はかすり傷になったのだ」
「すご……」

エマにとって治癒魔法とは、薬に取って代わった治療法という認識でしかなかった。まさか致命傷を一瞬で治せるほどの力だとは。

「魔族の勢いは一気に衰え、戦況は覆った。それから徐々に魔族は数を減らし、今では人間が優位に立っている」
「そうなの?」

エマはてっきり、戦況は拮抗していると思っていた。辺境の村だから、情報が遅れて届いているのだろう。
ルカは「ああ」とうなずいた。

「治癒魔法がなければ、今でも魔族が優位だったかもしれない」
「一つの魔法がそんなに戦況に影響するなんて……」
「しかも治癒魔法は、天才研究者が一人で開発したものだ。カトリーヌさえいなければ……」
「カトリーヌ?」

エマは思わず素っ頓狂な声を上げた。ルカが驚いたようにエマを見る。

「知っているのか?」
「おばあちゃ……祖母と同じ名前」

エマの祖母は都会で暮らしていたことがある。40年前ならまだ都会にいたはずだ。
都会で何をしていたのかは教えないまま亡くなったが、魔族を殺す魔法を研究していたのなら、魔族と対峙したことがあってもおかしくはない。

ルカはその「カトリーヌ」にいい思い出がないのだろう。眉間に深いしわを寄せた。

「エマのご祖母様が……?」
「わかんない。たまたま同じ名前なだけかも。カトリーヌって結構一般的な名前だし。治癒魔法が使えるなら、こんな田舎で薬師をする理由はない気がする」

祖母の経歴については、エマにもわからないことが多い。つい最近祖母の研究資料を漁ったが、魔法に関するものは何もなかった。

祖母が治癒魔法の開発者なのか、偶然名前が同じだけなのか。

考えても仕方がないと思いながらも、エマの心に小さな棘のような違和感が残った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

冤罪で追放された平民書記官が、僻地で出会ったゆるふわ最強魔導士。実は王弟でした

卯崎瑛珠
恋愛
冤罪で僻地送りにされた平民書記官ミリアル。 原因は、騎士団長の横領の揉み消しだった。 左遷先は『人喰い』の噂がある、怪しい王宮魔導士ユーグの屋敷。 だが彼はゆるく見えて、実は王国最強。 「ミリちゃんを泣かせたやつは、絶対許さないよ。ねえミリちゃん、選んで。絞首と斬首、どっち?」 ミリアルはなぜかユーグに溺愛されて、騎士団長にざまぁします。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

処理中です...