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第13話
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「……エマは本当に何も知らないのだな」
午後になり、エマは早速ルカから魔族や魔法について教わることになった。
その前にどこまで知識があるのか確認したいと、エマが知っていることを話した。魔族は知的能力を持つ魔物であること、人間と魔族は150年近く争っていること、そして魔法は「なんか色々できるすごいもの」。
それを聞いてルカが放ったのが、冒頭の言葉だ。
エマは返す言葉もなく、テーブルの上に項垂れた。
「本当にそれくらい情報が入ってこないんだって……。冒険者になるって村を出た人も、大半は戦いを知らずに「なんかかっこいいから」くらいの理由で冒険に出てるから」
「都会への憧れか」
「そんな感じ」
この平和な辺境の村に住んでいると、本当に争いが続いているのかさえ疑いたくなる。
戦争を実感する時といえば、冒険に出た人が遺体で帰ってくるときだけだった。
少しむくれているエマの様子に、ルカは小さく笑った。
「平和なのは、悪いことではないがな」
エマはなんだか馬鹿にされている気がして、ふてくされるように口をすぼめた。
「順を追って説明しよう」
そう言ってルカが手を振ると、空中に光る糸のようなものが現れた。
その糸は形を変え、角が生えた棒人間と普通の棒人間が、何もないところに描かれた。
エマはその不思議な光景に目を輝かせた。
「何これ、すごい!」
「これも魔法だ。多少は魔力が回復したから、この程度のことはできる」
この程度、ということは簡単な魔法なのだろう。それでもエマには驚きの光景で、エマは子供のようにはしゃいだ。
エマは声を弾ませながらルカを見る。
「これ、どうやって光ってるの?触っても大丈夫?」
そう言って、エマは光る絵に手を伸ばした。
「塵芥に光が反射しているだけだ。触っても問題ないが、汚いぞ」
「……やめとく」
エマはそっと手を下ろした。まさかこんなにきれいなものがゴミからできているとは。
あからさまに落ち込んだエマの様子に、ルカは顔を覆って笑いを堪えた。
気を取り直して、ルカは光る埃の絵を動かして説明を始めた。
「まずは戦争前の魔族と人との関わりについてだな。魔族の成り立ちについては不明点が多いが、記録によると2000年以上昔から存在し、人間とは小さな小競り合いを続けていたそうだ。ちなみに魔物は一万年前から存在している」
「そんな前からいるんだ」
「ああ。その魔物の一部が進化したものが魔族、姿をほとんど変えずに今に至るものが魔物だと、魔族界では考えられている」
「へぇ……」
ルカは当たり前のように魔族の成り立ちを説明しているが、エマは人の成り立ちなど知らない。エマが田舎者だから知らないだけで、都会に生まれたら教わるのだろうか。
この村では字の読み書きもできない者が多い。エマは祖母から習ったが、それはとても特殊なことだ。
ルカが魔族の中で高位の存在なのか、もしくは魔族の方が教育が行き届いているのか。気にはなるが、それはまたの機会に聞くことにした。
ルカは話を続ける。
「人間と魔族の関係が巨大な戦争にまで発展したのは150年ほど前。人間にとっては結構な年数だと思うが、数百年の時を生きる魔族にとってはつい最近の話だ」
「そんなに長生きするんだ。ルカは何歳なの?」
「300くらいか……?正確に数えたことはない」
300歳というのは、エマにとってはあまり想像ができない年数だった。長生きしたと言われた祖母ですら70歳で亡くなったのだ。少し数字が大きすぎる。
正直なところ、エマはルカが魔族であるという認識が薄かった。今ようやく種族の違いを実感した気がする。
「続けていいか?」
ルカが少し不満そうに眉根を寄せた。脱線してばかりで全然話が進んでいない。エマは申し訳ない気持ちでうなずいた。
ルカはまた光る絵を動かし始める。
「戦争のきっかけは、後に魔王と呼ばれる魔族が人間の集落を壊滅させたことだった。当時は魔道具の材料となることから、有角種の角が乱獲されていた。魔力を溜める性質が魔道具に向いていたんだろう」
有角種というのはルカが属する種だ。エマの視線がルカの頭に移る。
「ルカの角は……?」
「私は取られていない。取られていたら、魔国からここに転移できるほどの魔力は溜まらなかっただろうな」
「そっか」
エマは少しほっとした。が、また話を反らしてしまったことに気付き、恐る恐るルカの顔を見る。
エマの予想に反し、ルカは微笑んでいた。
「心配してくれたのか?」
「そりゃ、まあ……」
ルカの柔らかい視線がくすぐったく、エマはルカから目を逸らした。ルカも視線を光る絵に戻す。
「乱獲に怒った魔王は、狩人の拠点となっていた集落を壊滅させた。それだけでは怒りは収まらず、魔王は人間全員に牙を剥いた。……もしかしたら乱獲はきっかけにすぎず、それまでにも鬱憤が溜まっていたのかもしれないな」
そう言ったルカの横顔は、どこか遠くを見ているようだった。まるで当時の記憶を思い出しているかのように。
実際に見ていてもおかしくはない。ルカは有角種で、当時既に生まれているのだから。
けれど、なんだかそれだけではない気がした。
「ルカは魔王と知り合いなの?」
エマの問いに、ルカのこめかみがぴくりと動いた。その目は少し焦っているようにも見える。
「……知ってはいる」
少し間をおいて、ルカから帰ってきたのは微妙な返事だった。
はっきりと知り合いと言わなかったということは、それほど親しくはないのだろうか。しかしそれにしては不思議な間だった気もして、エマは首を傾げた。
けれどルカの表情を見る限り、あまり触れない方がいいような気がして、エマはそれ以上詮索しなかった。
ルカは誤魔化すように話を続ける。
「最初、戦況は魔族が圧倒的有利だった。人間には魔法が使えるものが少なかったからだ。しかし人間は魔法、武器、防具、あらゆるものの研究を重ね、魔族に対抗する術を身に着けていった。決定的に戦況が変わったのは約40年前、治癒魔法が開発されたときだった」
「魔族だけを殺す魔法の研究中に、偶然発見されたんだっけ?」
エマの問いに、ルカがゆっくりうなずいた。
「治癒魔法が一般化したことで、人間側の致死率が圧倒的に下がった。何せ致命傷でも一瞬で癒してしまう。誇張ではなく、即死以外はかすり傷になったのだ」
「すご……」
エマにとって治癒魔法とは、薬に取って代わった治療法という認識でしかなかった。まさか致命傷を一瞬で治せるほどの力だとは。
「魔族の勢いは一気に衰え、戦況は覆った。それから徐々に魔族は数を減らし、今では人間が優位に立っている」
「そうなの?」
エマはてっきり、戦況は拮抗していると思っていた。辺境の村だから、情報が遅れて届いているのだろう。
ルカは「ああ」とうなずいた。
「治癒魔法がなければ、今でも魔族が優位だったかもしれない」
「一つの魔法がそんなに戦況に影響するなんて……」
「しかも治癒魔法は、天才研究者が一人で開発したものだ。カトリーヌさえいなければ……」
「カトリーヌ?」
エマは思わず素っ頓狂な声を上げた。ルカが驚いたようにエマを見る。
「知っているのか?」
「おばあちゃ……祖母と同じ名前」
エマの祖母は都会で暮らしていたことがある。40年前ならまだ都会にいたはずだ。
都会で何をしていたのかは教えないまま亡くなったが、魔族を殺す魔法を研究していたのなら、魔族と対峙したことがあってもおかしくはない。
ルカはその「カトリーヌ」にいい思い出がないのだろう。眉間に深いしわを寄せた。
「エマのご祖母様が……?」
「わかんない。たまたま同じ名前なだけかも。カトリーヌって結構一般的な名前だし。治癒魔法が使えるなら、こんな田舎で薬師をする理由はない気がする」
祖母の経歴については、エマにもわからないことが多い。つい最近祖母の研究資料を漁ったが、魔法に関するものは何もなかった。
祖母が治癒魔法の開発者なのか、偶然名前が同じだけなのか。
考えても仕方がないと思いながらも、エマの心に小さな棘のような違和感が残った。
午後になり、エマは早速ルカから魔族や魔法について教わることになった。
その前にどこまで知識があるのか確認したいと、エマが知っていることを話した。魔族は知的能力を持つ魔物であること、人間と魔族は150年近く争っていること、そして魔法は「なんか色々できるすごいもの」。
それを聞いてルカが放ったのが、冒頭の言葉だ。
エマは返す言葉もなく、テーブルの上に項垂れた。
「本当にそれくらい情報が入ってこないんだって……。冒険者になるって村を出た人も、大半は戦いを知らずに「なんかかっこいいから」くらいの理由で冒険に出てるから」
「都会への憧れか」
「そんな感じ」
この平和な辺境の村に住んでいると、本当に争いが続いているのかさえ疑いたくなる。
戦争を実感する時といえば、冒険に出た人が遺体で帰ってくるときだけだった。
少しむくれているエマの様子に、ルカは小さく笑った。
「平和なのは、悪いことではないがな」
エマはなんだか馬鹿にされている気がして、ふてくされるように口をすぼめた。
「順を追って説明しよう」
そう言ってルカが手を振ると、空中に光る糸のようなものが現れた。
その糸は形を変え、角が生えた棒人間と普通の棒人間が、何もないところに描かれた。
エマはその不思議な光景に目を輝かせた。
「何これ、すごい!」
「これも魔法だ。多少は魔力が回復したから、この程度のことはできる」
この程度、ということは簡単な魔法なのだろう。それでもエマには驚きの光景で、エマは子供のようにはしゃいだ。
エマは声を弾ませながらルカを見る。
「これ、どうやって光ってるの?触っても大丈夫?」
そう言って、エマは光る絵に手を伸ばした。
「塵芥に光が反射しているだけだ。触っても問題ないが、汚いぞ」
「……やめとく」
エマはそっと手を下ろした。まさかこんなにきれいなものがゴミからできているとは。
あからさまに落ち込んだエマの様子に、ルカは顔を覆って笑いを堪えた。
気を取り直して、ルカは光る埃の絵を動かして説明を始めた。
「まずは戦争前の魔族と人との関わりについてだな。魔族の成り立ちについては不明点が多いが、記録によると2000年以上昔から存在し、人間とは小さな小競り合いを続けていたそうだ。ちなみに魔物は一万年前から存在している」
「そんな前からいるんだ」
「ああ。その魔物の一部が進化したものが魔族、姿をほとんど変えずに今に至るものが魔物だと、魔族界では考えられている」
「へぇ……」
ルカは当たり前のように魔族の成り立ちを説明しているが、エマは人の成り立ちなど知らない。エマが田舎者だから知らないだけで、都会に生まれたら教わるのだろうか。
この村では字の読み書きもできない者が多い。エマは祖母から習ったが、それはとても特殊なことだ。
ルカが魔族の中で高位の存在なのか、もしくは魔族の方が教育が行き届いているのか。気にはなるが、それはまたの機会に聞くことにした。
ルカは話を続ける。
「人間と魔族の関係が巨大な戦争にまで発展したのは150年ほど前。人間にとっては結構な年数だと思うが、数百年の時を生きる魔族にとってはつい最近の話だ」
「そんなに長生きするんだ。ルカは何歳なの?」
「300くらいか……?正確に数えたことはない」
300歳というのは、エマにとってはあまり想像ができない年数だった。長生きしたと言われた祖母ですら70歳で亡くなったのだ。少し数字が大きすぎる。
正直なところ、エマはルカが魔族であるという認識が薄かった。今ようやく種族の違いを実感した気がする。
「続けていいか?」
ルカが少し不満そうに眉根を寄せた。脱線してばかりで全然話が進んでいない。エマは申し訳ない気持ちでうなずいた。
ルカはまた光る絵を動かし始める。
「戦争のきっかけは、後に魔王と呼ばれる魔族が人間の集落を壊滅させたことだった。当時は魔道具の材料となることから、有角種の角が乱獲されていた。魔力を溜める性質が魔道具に向いていたんだろう」
有角種というのはルカが属する種だ。エマの視線がルカの頭に移る。
「ルカの角は……?」
「私は取られていない。取られていたら、魔国からここに転移できるほどの魔力は溜まらなかっただろうな」
「そっか」
エマは少しほっとした。が、また話を反らしてしまったことに気付き、恐る恐るルカの顔を見る。
エマの予想に反し、ルカは微笑んでいた。
「心配してくれたのか?」
「そりゃ、まあ……」
ルカの柔らかい視線がくすぐったく、エマはルカから目を逸らした。ルカも視線を光る絵に戻す。
「乱獲に怒った魔王は、狩人の拠点となっていた集落を壊滅させた。それだけでは怒りは収まらず、魔王は人間全員に牙を剥いた。……もしかしたら乱獲はきっかけにすぎず、それまでにも鬱憤が溜まっていたのかもしれないな」
そう言ったルカの横顔は、どこか遠くを見ているようだった。まるで当時の記憶を思い出しているかのように。
実際に見ていてもおかしくはない。ルカは有角種で、当時既に生まれているのだから。
けれど、なんだかそれだけではない気がした。
「ルカは魔王と知り合いなの?」
エマの問いに、ルカのこめかみがぴくりと動いた。その目は少し焦っているようにも見える。
「……知ってはいる」
少し間をおいて、ルカから帰ってきたのは微妙な返事だった。
はっきりと知り合いと言わなかったということは、それほど親しくはないのだろうか。しかしそれにしては不思議な間だった気もして、エマは首を傾げた。
けれどルカの表情を見る限り、あまり触れない方がいいような気がして、エマはそれ以上詮索しなかった。
ルカは誤魔化すように話を続ける。
「最初、戦況は魔族が圧倒的有利だった。人間には魔法が使えるものが少なかったからだ。しかし人間は魔法、武器、防具、あらゆるものの研究を重ね、魔族に対抗する術を身に着けていった。決定的に戦況が変わったのは約40年前、治癒魔法が開発されたときだった」
「魔族だけを殺す魔法の研究中に、偶然発見されたんだっけ?」
エマの問いに、ルカがゆっくりうなずいた。
「治癒魔法が一般化したことで、人間側の致死率が圧倒的に下がった。何せ致命傷でも一瞬で癒してしまう。誇張ではなく、即死以外はかすり傷になったのだ」
「すご……」
エマにとって治癒魔法とは、薬に取って代わった治療法という認識でしかなかった。まさか致命傷を一瞬で治せるほどの力だとは。
「魔族の勢いは一気に衰え、戦況は覆った。それから徐々に魔族は数を減らし、今では人間が優位に立っている」
「そうなの?」
エマはてっきり、戦況は拮抗していると思っていた。辺境の村だから、情報が遅れて届いているのだろう。
ルカは「ああ」とうなずいた。
「治癒魔法がなければ、今でも魔族が優位だったかもしれない」
「一つの魔法がそんなに戦況に影響するなんて……」
「しかも治癒魔法は、天才研究者が一人で開発したものだ。カトリーヌさえいなければ……」
「カトリーヌ?」
エマは思わず素っ頓狂な声を上げた。ルカが驚いたようにエマを見る。
「知っているのか?」
「おばあちゃ……祖母と同じ名前」
エマの祖母は都会で暮らしていたことがある。40年前ならまだ都会にいたはずだ。
都会で何をしていたのかは教えないまま亡くなったが、魔族を殺す魔法を研究していたのなら、魔族と対峙したことがあってもおかしくはない。
ルカはその「カトリーヌ」にいい思い出がないのだろう。眉間に深いしわを寄せた。
「エマのご祖母様が……?」
「わかんない。たまたま同じ名前なだけかも。カトリーヌって結構一般的な名前だし。治癒魔法が使えるなら、こんな田舎で薬師をする理由はない気がする」
祖母の経歴については、エマにもわからないことが多い。つい最近祖母の研究資料を漁ったが、魔法に関するものは何もなかった。
祖母が治癒魔法の開発者なのか、偶然名前が同じだけなのか。
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