13 / 38
第12話
しおりを挟む
朝の日差しが、部屋にやわらかく差し込む。久しぶりのベッドは心地よく、身体が布に沈んでいくようだった。が、このままでは昼になってしまうと自分に言い聞かせ、エマは重い瞼を無理やり開けた。
少し離れたところにある、かつて祖母が使っていたベッドに目を向けると、既に起床したルカが髪を整えていた。
ルカが階段の上り下りができるまでに回復したため、二階で寝起きしてもらうことになったのだ。一階のベッドは治療のためのもので、寝起きするには少々硬い。
エマもいつまでも床で眠っていてはいずれ体を壊してしまうので、二階に来れるのはエマにとっても喜ばしいことだった。
エマは半分寝ている頭で、ルカの様子を目で追った。もう起きてからしばらく経っているのだろうか。眠そうな様子はなく、てきぱきと体を動かしている。
エマは魔族といえば夜に動くものだと、なんとなく思い込んでいた。しかしルカが夜に就寝するところを見る限り、勘違いなのかもしれない。もしくは種族によるのかもしれない。
エマの視線に気づいたのか、ルカはエマの方を振り返った。
「おはよう。起こしてしまったか?」
「……おはよ。もう起きなきゃいけないから、大丈夫」
視力の悪いエマには、ルカの表情が全くわからない。表情どころか顔のパーツがどこにあるかすらわからないが、ルカの声音からすると、微笑んでいるように感じた。
魔族と人は争っているはずなのに、ルカはエマに随分と優しい気がする。最初は警戒心を剥き出しにしていたというのに、どういう心境の変化だろうか。
エマはベッドから起き上がり、ベッド横のテーブルから眼鏡を手に取る。良好な視界でルカを見ると、やはり穏やかに微笑んでいた。
「……朝強いのね」
「人間より短い睡眠で回復できるだけだ。夜の方が強い」
「魔族って夜行性?」
「基本的にはな」
どうやら勘違いではなく夜行性らしい。しかし“基本的には”ということは、ルカは違うのかもしれない。
エマは眠気が冷めないまま、ベッドから立ち上がった。
そのまま歩き出そうとしたとき、踏み出そうとした足が反対の足に引っかかってしまった。
「うわっ!」
身体が前のめりに傾く。倒れると思い目をつぶった。
しかし床にぶつかることは無く、エマは腰をしっかりと支えられた。
触れたところから伝わる温もりに、エマは一瞬息をのむ。顔を上げると、ルカが心配そうにエマを見ていた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがと。ごめん、大丈夫」
エマがしっかりと床を踏んだのを確認して、ルカはそっと身を離した。
ルカの腕は思いのほか逞しかった。一見細く見えるが、魔族は人より力が強いのだろうか。
二人で一階に降り、朝食をとる。決して質の良くない乾いたパンと、薬草のスープを飲みながら、エマは今後のことを考えていた。
もしかしたらルカは、既に治療がいらない段階まで回復しているのかもしれない。完治はしていないが、残っている傷はそもそも完治しないかもしれないのだ。少なくとも、失った腕は戻らない。
けれど、エマは諦めたくないと思っていた。
エマは今まで、自分の好奇心のままに研究をしてきた。誰かのために新しい薬を開発しようと思ったことなど、一度もなかった。
村人から寄せられる相談の多くは、祖母から習った薬で対応できた。さらに効くようにできないかと改良を加えたことはあるが、それも村人のためではなく、自分が気になったからだ。
今エマは、ルカの傷を元通りに治したいと思っている。腕も視力も、角も魔力も元通りになったルカを見てみたい。
それはエマにとって未知の感覚だった。なぜこんなにもルカのことが気になるのか。
「エマ、大丈夫か?」
「え?」
ルカの声で、エマは我に返った。手元を見ると、食事が全然減っていない。どうやら考え事に夢中になりすぎたようだ。
「ごめん、考え事してた」
そう言って、エマは誤魔化すようにスープを口にする。温かかったはずのスープはすっかり冷めていた。
「……私に解決できることはあるか?」
ルカが真剣なまなざしでエマを見た。
「エマは仕事で私を癒したのだろう?だが、私には返せるものがない」
「あー……」
言われてみれば確かに、治療に対価を払うのは当然のことである。
エマは打算でルカを拾ったわけではないし、見返りを求めてもいないが、本来は対価を求めてしかるべきだろう。ルカが言ったように、エマは仕事で薬師をしている。
困ったときはお互い様だとは思うが、返したいというルカの思いを断る理由もない。
いつもは現物がないなら労働で返してもらうのだが、残念ながら今すぐルカに頼みたいことは特にない。先ほど考えていた薬のことも、ルカを必要とするのは実際に使うときだけだ。
試作品ができるまで頼めることがないというのも、ルカを落ち込ませてしまうかもしれない。本当はエマが苦手な家事を頼みたいが、片腕では難しいだろう。
他にルカに頼めることと言えば……。
「じゃあ……魔族と魔法について教えて」
エマは己の好奇心を満たすことにした。ルカに出会ってから、魔族と魔法のことが知りたくて仕方がない。
それに魔族のことを知れば、ルカの傷を完治させる方法を思いつくかもしれない。
エマの頼みに、ルカはすぐにうなずいた。
「それくらいならいつでも話そう」
「ありがと。それと……」
エマは少し意地の悪い笑みを浮かべた。
「薬の実験台になってくれない?まだ試作品すらできてないんだけど、作りたい薬があるの」
エマの笑顔のせいか、または実験台という言葉のせいか、ルカは少し驚いたような顔をした。
エマが作りたい薬というのは、つい先ほど考えていた、ルカを完治させるための薬だ。意地の悪い笑みを作ったのは、ルカに「ルカのため」と思わせないためだった。
目的を伝えてしまうと、ルカは治療と捉えてまた対価を払おうとするかもしれない。ルカを完治させたいというのはエマのわがままだ。ルカに何かを支払わせるつもりはない。
ルカは少し間をおいて、つぶやくように言った。
「それは、もうしばらくここにいても良いということか?」
「え?うん」
エマは当然のようにうなずいた。ルカの頬が、ほんの少し赤く染まる。
ルカの考えがわからず、エマは首をかしげる。ルカは柔らかい笑みを浮かべてエマを見た。
「わかった。待っている」
その笑顔があまりにもきれいで、美醜に興味がないと思っていたエマも思わず見とれた。
この顔を何度も見ると思うと、少しだけ胸がくすぐったい。だがそれも悪くないと、エマは思えたのだった。
少し離れたところにある、かつて祖母が使っていたベッドに目を向けると、既に起床したルカが髪を整えていた。
ルカが階段の上り下りができるまでに回復したため、二階で寝起きしてもらうことになったのだ。一階のベッドは治療のためのもので、寝起きするには少々硬い。
エマもいつまでも床で眠っていてはいずれ体を壊してしまうので、二階に来れるのはエマにとっても喜ばしいことだった。
エマは半分寝ている頭で、ルカの様子を目で追った。もう起きてからしばらく経っているのだろうか。眠そうな様子はなく、てきぱきと体を動かしている。
エマは魔族といえば夜に動くものだと、なんとなく思い込んでいた。しかしルカが夜に就寝するところを見る限り、勘違いなのかもしれない。もしくは種族によるのかもしれない。
エマの視線に気づいたのか、ルカはエマの方を振り返った。
「おはよう。起こしてしまったか?」
「……おはよ。もう起きなきゃいけないから、大丈夫」
視力の悪いエマには、ルカの表情が全くわからない。表情どころか顔のパーツがどこにあるかすらわからないが、ルカの声音からすると、微笑んでいるように感じた。
魔族と人は争っているはずなのに、ルカはエマに随分と優しい気がする。最初は警戒心を剥き出しにしていたというのに、どういう心境の変化だろうか。
エマはベッドから起き上がり、ベッド横のテーブルから眼鏡を手に取る。良好な視界でルカを見ると、やはり穏やかに微笑んでいた。
「……朝強いのね」
「人間より短い睡眠で回復できるだけだ。夜の方が強い」
「魔族って夜行性?」
「基本的にはな」
どうやら勘違いではなく夜行性らしい。しかし“基本的には”ということは、ルカは違うのかもしれない。
エマは眠気が冷めないまま、ベッドから立ち上がった。
そのまま歩き出そうとしたとき、踏み出そうとした足が反対の足に引っかかってしまった。
「うわっ!」
身体が前のめりに傾く。倒れると思い目をつぶった。
しかし床にぶつかることは無く、エマは腰をしっかりと支えられた。
触れたところから伝わる温もりに、エマは一瞬息をのむ。顔を上げると、ルカが心配そうにエマを見ていた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがと。ごめん、大丈夫」
エマがしっかりと床を踏んだのを確認して、ルカはそっと身を離した。
ルカの腕は思いのほか逞しかった。一見細く見えるが、魔族は人より力が強いのだろうか。
二人で一階に降り、朝食をとる。決して質の良くない乾いたパンと、薬草のスープを飲みながら、エマは今後のことを考えていた。
もしかしたらルカは、既に治療がいらない段階まで回復しているのかもしれない。完治はしていないが、残っている傷はそもそも完治しないかもしれないのだ。少なくとも、失った腕は戻らない。
けれど、エマは諦めたくないと思っていた。
エマは今まで、自分の好奇心のままに研究をしてきた。誰かのために新しい薬を開発しようと思ったことなど、一度もなかった。
村人から寄せられる相談の多くは、祖母から習った薬で対応できた。さらに効くようにできないかと改良を加えたことはあるが、それも村人のためではなく、自分が気になったからだ。
今エマは、ルカの傷を元通りに治したいと思っている。腕も視力も、角も魔力も元通りになったルカを見てみたい。
それはエマにとって未知の感覚だった。なぜこんなにもルカのことが気になるのか。
「エマ、大丈夫か?」
「え?」
ルカの声で、エマは我に返った。手元を見ると、食事が全然減っていない。どうやら考え事に夢中になりすぎたようだ。
「ごめん、考え事してた」
そう言って、エマは誤魔化すようにスープを口にする。温かかったはずのスープはすっかり冷めていた。
「……私に解決できることはあるか?」
ルカが真剣なまなざしでエマを見た。
「エマは仕事で私を癒したのだろう?だが、私には返せるものがない」
「あー……」
言われてみれば確かに、治療に対価を払うのは当然のことである。
エマは打算でルカを拾ったわけではないし、見返りを求めてもいないが、本来は対価を求めてしかるべきだろう。ルカが言ったように、エマは仕事で薬師をしている。
困ったときはお互い様だとは思うが、返したいというルカの思いを断る理由もない。
いつもは現物がないなら労働で返してもらうのだが、残念ながら今すぐルカに頼みたいことは特にない。先ほど考えていた薬のことも、ルカを必要とするのは実際に使うときだけだ。
試作品ができるまで頼めることがないというのも、ルカを落ち込ませてしまうかもしれない。本当はエマが苦手な家事を頼みたいが、片腕では難しいだろう。
他にルカに頼めることと言えば……。
「じゃあ……魔族と魔法について教えて」
エマは己の好奇心を満たすことにした。ルカに出会ってから、魔族と魔法のことが知りたくて仕方がない。
それに魔族のことを知れば、ルカの傷を完治させる方法を思いつくかもしれない。
エマの頼みに、ルカはすぐにうなずいた。
「それくらいならいつでも話そう」
「ありがと。それと……」
エマは少し意地の悪い笑みを浮かべた。
「薬の実験台になってくれない?まだ試作品すらできてないんだけど、作りたい薬があるの」
エマの笑顔のせいか、または実験台という言葉のせいか、ルカは少し驚いたような顔をした。
エマが作りたい薬というのは、つい先ほど考えていた、ルカを完治させるための薬だ。意地の悪い笑みを作ったのは、ルカに「ルカのため」と思わせないためだった。
目的を伝えてしまうと、ルカは治療と捉えてまた対価を払おうとするかもしれない。ルカを完治させたいというのはエマのわがままだ。ルカに何かを支払わせるつもりはない。
ルカは少し間をおいて、つぶやくように言った。
「それは、もうしばらくここにいても良いということか?」
「え?うん」
エマは当然のようにうなずいた。ルカの頬が、ほんの少し赤く染まる。
ルカの考えがわからず、エマは首をかしげる。ルカは柔らかい笑みを浮かべてエマを見た。
「わかった。待っている」
その笑顔があまりにもきれいで、美醜に興味がないと思っていたエマも思わず見とれた。
この顔を何度も見ると思うと、少しだけ胸がくすぐったい。だがそれも悪くないと、エマは思えたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
冤罪で追放された平民書記官が、僻地で出会ったゆるふわ最強魔導士。実は王弟でした
卯崎瑛珠
恋愛
冤罪で僻地送りにされた平民書記官ミリアル。
原因は、騎士団長の横領の揉み消しだった。
左遷先は『人喰い』の噂がある、怪しい王宮魔導士ユーグの屋敷。
だが彼はゆるく見えて、実は王国最強。
「ミリちゃんを泣かせたやつは、絶対許さないよ。ねえミリちゃん、選んで。絞首と斬首、どっち?」
ミリアルはなぜかユーグに溺愛されて、騎士団長にざまぁします。
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる